山村智美の「ぼくらとゲームの」

連載第144回

ひたすらに美しく、プレーヤーの心に色を取り戻す、Happy New Year「GRIS」の話

この連載は、ゲーム好きのライター山村智美が、ゲームタイトル、話題、イベント、そのほかゲームにまつわるあれやこれやを“ゆるく”伝えるコラムです。毎週、水曜日に掲載予定。ちなみに連載タイトルは、本当は「ぼくらとゲームの間にある期待の気持ち」。新しい体験の、その発売を、いつでも楽しみにしている期待の気持ち。そのままだと連載タイトルとしては長すぎたので……「ぼくらとゲームの」。

新年、明けましておめでとうございます!

この週刊ゆるゆるゲームコラム「僕らとゲームの」もなんだかんだで今年で4年目となりますが、今年もこれまでとなにも変わることなく好きなことを好きなままに書いていきますので、皆様よろしくお願いいたします。

そんなわけで、2019年になりましたねー。

来年はもう2020年なわけで、2020年というと“ニーゼロニーゼロと20が2個並ぶキリの良さ”に、ボクなんかはいかにも未来を感じるのですが、

2019年はその未来の手前であり、2010年代最後の年。どこか一時代のクライマックスを感じるものがあります。

そんな今年は5月1日から平成から新元号となって、そこから約半年あまりが過ぎてようやく新元号に慣れた頃には2020年がやってきて、一気に東京オリンピックイヤーに入るというわけで。2019年は未来への準備をしていくような慌ただしい年になりそうです。

ゲームシーンも同様に、そんな新しい時代へ変わっていくための前段階の1年になりそうな予感が、個人的にはしています。

……まぁ、どんな1年になるにせよ、いつでも楽しくありたいですね。ゲーム好きですからね、楽しむ才能が何より大切ですよ。

さてさて、そんな2019年のことを考えつつもボクがこの年末年始にプレイしたのは、

「GRIS」です。

「GRIS」は昨年12月13日より、Nintendo Switch及びSteamに配信開始されたアクションゲーム。これが、新年を迎えて行くにあたって、いろんなことを考えつつ心を洗っていくのにとても良かったんですよ。

一言で言えば、ひらすらに“美しい”ゲームです。

「GRIS」の開発はスペインはバルセロナを拠点とするNomada Studio。スペインのアーティストConrad Roset氏と、元Ubisoft所属のゲーム開発者によって設立されたスタジオですね。インディーゲームのパブリッシングを行なっているDevolver Digitalが販売しています。

「GRIS」は、歌声を失ってしまった少女が、幻想的な精神世界を旅するという物語で、言葉では語らず、ビジュアルとサウンドでプレーヤーの感情を揺さぶる、アーティスティックな側面が非常に強い。

ゲームとしてはシンプルなジャンプアクションが基本で、ひたすらに道の先を目指していくものですが、途中に能力を手に入れることにより、パズル的なギミックも。

「GRIS」の魅力はなんといってもそのビジュアルにあります。水彩画のような、淡い色使いを基調としたイラストのようなグラフィックスは非常に独特かつ繊細。

主人公の少女Grisの動きをはじめとしたアニメーションも豊富で滑らか。繊細なビジュアルの世界はときにトリックアートのように立体的で、そんな不思議なアートの中をすり抜けるように駆けていきます。

プレーヤーの感情を揺さぶるという点で重要になるサウンドも、「GRIS」は非常に優れています。少女の心境を描くような楽曲は、時に少女の困難にあわせて転調し、光景の移り変わりとともに変化し、プレーヤーが「GRIS」というゲームを理解していくのを助けてくれます。

こうしたアーティスティックなゲームというと、「風ノ旅ビト」を思い出す人が多いかもしれませんね。

実際のところ、「GRIS」のクリエイティブディレクターであるConrad Roset氏は、「GRIS」の中に「風ノ旅ビト」をトリビュート(賞賛や尊敬を表すること)したシーンがあることを明かしています。

「風ノ旅ビト」は生まれてから死んでいくまでの人生という旅を表現したゲームでした。好奇心のままに砂漠を歩き回るような子供時代、海岸沿いの道路を車なりバイクなりでドライブしているかのような青春時代、一転して暗い深海の中を手探りで模索していくような社会に飛び出したばかりの頃……。

「GRIS」は人生の旅というテーマも異なれば、横スクロールアクションなので見せ方も異なりますが、「風ノ旅ビト」に多くをインスパイアされていることを感じさせます。

2012年に発売された「風ノ旅ビト」。15人程度の少人数で開発を行なうスタジオ「thatgamecompany」が手がけた

また、「GRIS」には“色を取り戻す”というファクターがあります。

これは「風ノ旅ビト」を手がけた「thatgamecompany」の作品のひとつ「Flowery」でも重要なものでした。

10年前に同じく“色を取り戻す”という言葉を聞きました。それは、2008年の東京ゲームショウで「thatgamecompany」の代表取締役であり開発者でもあったケリー・サンティアゴさんにインタビューしたときのこと。

ケリーさんは、“「Flowery」のコンセプトは色あせていた世界に色を取り戻すこと。花が咲くことで周囲にも色が咲きます。そして、プレイしているプレーヤーの心にも色を取り戻します”と話してくれました。

「プレーヤーの心に色を取り戻す。」

今でもボクの記憶に強く残っている言葉です。

「GRIS」が「Flowery」にも影響を受けているかは定かではありませんが、共通する美しさが、そこにはありました。

「thatgamecompany」が制作した「Flowery」
たくさんのクリエイターさんにインタビューさせて頂いてきたボクですが、その中でも特に心に残っているひとつが、ケリーさんの「プレーヤーの心に色を取り戻す。」という言葉。写真は2008年のもの

「GRIS」が描くのは、立ちふさがる困難と、それを乗り越えていくこと。そのテーマは昨年の傑作インディーズタイトル「Celeste」にも通じるものがありますね。

繊細な世界を旅し、心に色を取り戻し、困難に立ち向かう。プレイしているとどこか心が静かになっていって、じわりじわりと感受性に浸透していき、開かれた心にはいろいろな記憶が去来して、自身を見つめ直すこともあるかもしれませんが、それもまた他では得がたい体験です。

前に進むこと、思い切って飛び込むこと、少しずつ焦らずに、心静かに困難に取り組んでいくこと。

そうしていった先で得られるもの。

忘れていた心の色を取り戻すということ。

「GRIS」をプレイすることで、これから1年を立ち向かっていく新年にぴったりなそんな体験が、もしかするとできるかもしれませんね。もちろん、そうなるかどうかは感受性次第ですが。

どこまで深く受け止められるかはさておいても、ビジュアルとサウンドの美しさだけでも「GRIS」は必見もの。オススメです。

ではでは、今回はこのへんで。また来週。