【特別企画】

ZETA DIVISION堂々3位の大躍進! 「VALORANT」世界大会「VCT 2022 Stage 1 Masters」レポート

SNSを中心に盛りあがりを見せた背景とは?

【VCT 2022 Stage 1 Masters】

開催期間:4月10日~25日

 日本においてゲームを趣味としている人は比較的多いものの、プロゲーマーによるeスポーツ大会の観戦を楽しんでいる人は、世界と比べるとまだまだ少ないのが現状だ。しかも国内では家庭用ゲーム機やモバイルゲームが中心であり、世界で人気を誇るPCゲームの知名度は日本だとそこまで高くないと言える。

 しかし最近、とあるPCゲームのeスポーツ大会で活躍した日本代表のプロゲーミングチームへの注目度が爆発的に伸びている。それが「VALORANT」の世界大会「VALORANT Champions Tour(以下VCT)」に出場したZETA DIVISION(以下、ZETA)である。おもにTwitterでの注目度が高く、世界のトレンドの1位にもなったほど。彼らは今回、世界3位という偉業を成し遂げた。

 とはいえ、この分野に明るくなければ何が起きたのか判りづらいという側面はある。今回はそういった人たちに向けて、なぜここまで盛りあがりを見せたのか、その背景をまとめていきたい。これまで競技シーンを熱心に観戦してきたファンにとっては周知の事実であり、少々物足りない内容になるかもしれないが、ひとつの記録として捉えていただくなり、周りの人への宣伝に役立てていただくなりして、うまく利用していただければと思う。

 まず前提として「VALORANT」とはライアットゲームズが開発・運営している5対5のタクティカルシューティングゲームであり、そのeスポーツ大会の名称が「VCT」である。話題になっているのはそのなかの「Masters」という世界大会で、地域大会を勝ち抜いた12チームがアイスランドに集結。日本からは、国内大会で優勝したプロゲーミングチームのZETAが代表として出場を果たした。

「CS:GO」から「VALORANT」へ転向

Rascal Jester Absolute(左からAo選手、Laz 選手、barce選手、crow選手、Sakura選手/スイニャン撮影)

 ZETAの前身は2015年に結成されたAbsoluteというチームで、もともとは同ジャンルの「Counter Strike : Global Offensive(以下CS:GO)」という別のゲームで活動していた。2016年にプロゲーミングチーム・Rascal Jesterと統合し、ここからAbsolute出身のLaz選手とRascal Jester出身のcrow選手がチームメイトとしての歩みをスタートさせる。2017年からの2年間はプロゲーミングチーム・SCARZ所属となったのち再びAbsoluteに戻り、2019年にはJUNiORコーチが加入。「CS:GO」での活動休止を発表した2020年4月までの5年間、Absoluteは国内屈指の強豪チームとして日本の「CS:GO」競技シーンをけん引した。

SCARZ Absolute(左からtakej選手、crow選手、Laz選手、Reita選手、barce選手)

 この2020年4月というのは、「VALORANT」のクローズドベータテストが韓国サーバーで開始されたタイミングにあたる。Absoluteは「VALORANT」への転向を発表し、プロゲーミングチーム・JUPITERへチームごと加入した。この時期にほかのプロゲーミングチームも次々と「VALORANT」の競技シーンに参入し、国内プロシーンが確立。JUPITERは「CS:GO」で培った実力を「VALORANT」でいかんなく発揮し、国内の各種大会でトップレベルに登りつめた。同年11月にはXQQコーチがCYCLOPS athlete gamingより移籍し、ヘッドコーチに就任。時を同じくして、アナリストのgya9氏もチームに合流した。

Absolute JUPITER(左からReita選手、Laz選手、takej選手、barce選手、crow選手、JUNiORコーチ)

 2021年からはライアットゲームズの公式大会「VCT」が発足。JUPITERは世界大会出場を目指し試合に臨んだが、このころから頭角を現してきた強豪チーム・Crazy Raccoon(CR)に行く手を阻まれてしまう。そうしてCRが国内優勝を果たし世界大会「VCT 2021 Stage2 Masters」に出場することとなったが、残念ながら悲願の1勝ならず、敗退。日本がまだまだ世界のレベルに追いついていないことを痛感させられる結果であった。

 その後JUPITERは2021年7月にリブランディングを行ない、チーム名をZETA DIVISIONに変更。そして同年8月に行なわれた国内大会で見事1位に輝いたZETAは、翌9月にベルリンで開催された「VCT 2021 Stage3 Masters」への出場を果たした。しかし国内大会2位で出場したCRは日本に初の1勝をもたらしたものの惜しくも敗退、ZETAは残念ながら1勝もできずに敗退した。試合終了直後、Laz選手がインタビューで口にした「すみませんでした」の言葉が胸に突き刺さる。この結果を受け、ZETAは思い切ったチーム方針を打ち出した――。

チームの強化・再編成により新生ZETA誕生

 その方針とは、同年10月のアジア地域予選「VCT: APAC Last Chance Qualifier(以下APAC LCQ)」への出場を辞退する、というものであった。この決定について公式サイトでは、以下のように説明している。

「『VCT Stage3 Masters Berlin』では私達の予想よりも厳しい結果となりました。 この結果を受け、チームの強化・再編成を行なわないまま『APAC LCQ』へ出場するよりも、その時間を2022シーズンに向けた体制づくりに用いることが最良と判断しました。」

(ZETA DIVISION公式サイトより引用)

 そして2021年12月、既存のメンバー3名がそれぞれ移籍、ストリーマー転向、学業専念という新しい道を歩むこととなり、代わりにREJECTからDep選手、NORTHEPTIONからSugarZ3ro選手とTENNN選手の移籍が発表された。既存のベテラン選手2名と盤石のコーチ陣に加え、有望株の若手3名を迎えた新生ZETAがここに誕生した。

 新生ZETAは2022年2月にスタートした国内大会「VCT 2022 Japan Stage1」で、まさに桁違いの強さを見せつけた。順調にトーナメントを駆け上がり、ライバルチーム・CRまでをも決勝戦で倒し見事無敗で優勝。これによりZETAは「VCT 2022 Stage1 Masters」への出場権を獲得し、世界の強豪たちと戦うべくアイスランドへと向かった。

ZETAの世界大会での目標は「まずは1勝」を挙げることだった

 ZETAの国内大会優勝後、弊誌ではインタビューを実施している。そのとき語った彼らの目標は、世界大会で「1勝」することだった。

 さて、最初に彼らが戦うのはグループステージ。各地の大会を勝ち抜いた8チームが2つのグループに分かれ、最終的に2回勝利を収めたチームがプレイオフに進出できる。下馬評でZETAは、ほぼ下位チームと見られていた。これまでの世界大会での実績がないので、悔しいが致し方ないといったところである。

ZETA DIVISION(左からDep選手、SugarZ3ro選手、Laz選手、TENNN選手、crow選手)

 初戦の対戦相手は韓国のDRX。彼らもまた「CS:GO」から転向した韓国最強のチームである。国内大会で桁違いの強さを見せたZETAがどこまで戦えるのか注目が集まったが……結果は0−2で敗北。マップ毎のスコアも2−13、3−13と惨敗であった。ここまで強くなってもまだ世界では通用しないのか、そんな絶望感に包まれた。

【DRX】

 後がなくなったZETA、ここで負ければ即帰国。そんな大事な試合での対戦相手は、イギリスの名門・Fnatic。厳しい試合になるだろうと予想されたこの試合で、なんとZETAは生まれ変わったかのような快進撃を見せ、見事勝利。インタビューでcrow選手は「(前回の敗退を受けて)ミスの修正に時間をあてて、練習通りできたら勝てるという自信をつけて臨んだ」と回答。新型コロナウイルスなどの影響でベストメンバーのFnaticではなかったが、世界中をあっと驚かせたジャイアントキリングとなった。

Fnatic Boaster選手

 韓国のDRXがすでにグループステージ1位抜けを果たしたなか、2位の座をかけたグループ最終戦。対戦相手は世界有数のFPS強国・ブラジルのNinjas in Pyjamas(NIP)となった。ここで負けたら敗退というプレッシャーのなか、ZETAは信じられない粘り強さを発揮。スコア8-12で相手にあと1本とられたら負け、という圧倒的不利な状況からラウンドを連取し、劇的な勝利を収めたのである。これには選手も実況解説も、そして見守っていたファンも皆、涙した。こうしてZETAは、プレイオフ進出という歴史的快挙を成し遂げたのである。

【ZETA vs NIP戦】
スコア8−12で追い詰められたZETA。延長戦(オーバータイム)を目指して4連勝しなくてはならない
あと1敗で負けという場面から怒涛の連勝で延長戦へ
ラストはcrow選手の操るブリーチによるフォールトラインが炸裂。相手の動きを抑制し、SugarZ3ro選手とのコンビネーションで勝利した

世界が驚く成長ぶり!弱小チームのサクセスストーリー

 プレイオフからは「ダブルイリミネーション」、つまり1度負けてもローワーブラケットで勝ち続ければ生き残ることができる形式に変わる。まずは、グループステージを勝ち上がったZETAを含む4チームとトップシード4チームとの対戦カードが組まれた。

 ZETAのプレイオフ初戦の相手となったシードチームはヨーロッパの強豪・G2 Esports。ここでZETAは新たな壁にぶつかってしまう。相手の細やかなフィジカルや連携プレイにあと一歩及ばず、2-0で敗北。しかし、相手チームに「ZETAは大会中にものすごい成長をした、本当に上手かった」と言わしめるほど、試合内容は決して悪くなかった。

G2 Esports Meddo選手

 ローワーブラケットに落ち、後がなくなったZETAの対戦相手はTeam Liquid。2000年にオランダで設立された歴史ある名門チームだ。前回の敗北で漂った「さすがにプレイオフは難しいのか……?」という雰囲気を、ZETAは見事な勝利でぶち壊してくれた。しかもメンバー全員が活躍し全員が目立つ、そんな試合内容であった。5人の成長が著しい。

【Team Liquid】

 そうしてコマを進めたZETAの前に訪れたのは、因縁の対決。初戦で大敗を喫したDRXとの再戦であった。しかし、あのときの弱いZETAはもういないと言わんばかりの強気なプレイを見せつける。最終マップでは、なんと13-4と大差をつけて圧勝。「VCT」で世界の強豪たちと戦いながら、ひと回りもふた回りも成長してリベンジを成功させた、ZETAのセンセーショナルで意味深い勝利であった。

【ZETA vs DRX戦】
SugarZ3ro選手・ヴァイパーのスネークバイトとcrow選手・ソーヴァのショックボルトによるスパイク設置阻止。姿が見えていない敵を倒すスーパープレイ
続く第5ラウンドでもSugarZ3ro選手とcrow選手がスパイクの設置を阻止。先程とは設置位置が違うが、しっかりと対応している
3マップ目となるスプリット。最後はLaz選手・ヴァイパーのヴァイパーズピットで相手を翻弄し勝利を収める

「NICE! NICE! NICE!」ZETAが巻き起こした一大ムーブメント

 DRX戦での勝利により、ZETAの世界ベスト4入りが確定。彼らの引き起こすミラクルに、世界中のプレーヤーから賞賛が寄せられた。ZETAの最下位予想をした海外キャスターは謝罪を余儀なくされ、リーグ公式はLaz選手が試合中に発した「NICE!」という掛け声を使用したMADムービーまで制作。ZETAが「VALORANT」界隈に一大ムーブメントを巻き起こしたと言っても過言ではないだろう。

 そんなZETAの次なる対戦相手はシンガポールのPaper Rex。ZETAがプレイオフ初戦で勝てなかったG2を破って勝ちあがるほど実力のあるチームだ。両チーム1マップずつとって迎えた最終戦、常にビハインドを背負い苦しい戦いを強いられてきたZETAが底力を発揮する。7-9から9-9に並び、最終的に13-10で逆転勝利。これでアジア1位が確定するとともに、世界トップ3入りを果たした。

Paper Rex Benkai選手
勝利後に抱き合うLaz選手とcrow選手

 ここから始まるトップ2争いでは試合形式がBo5、いわゆる3本先取に変わる。対戦相手は北米代表のOpTic Gaming。ZETAはアジアの期待を一身に背負って勝負に挑む。1マップ目、オーバータイムまでもつれ込む接戦の末、惜しくもラウンドを逃したZETA。その後も自分たちのペースを上手くつかむことができぬまま、最終的に0-3で悔しいストレート負けを喫した。完全なるZETA対策を組んできた相手が上回った結果だろう。

OpTic Gaming yay選手

 これによりZETAの「VCT 2022 Stage1 Masters」は終了となった。とはいえ世界3位、歴史的偉業を成し遂げたと言えるだろう。そして、最終的にこの大会を制し優勝に輝いたのはOpTic Gamingであったことも記しておく。決勝戦でも対戦相手LOUDへの対策力が光り、3-0の完勝だった。

ZETAの活躍は先人たちの挑戦があったからこそ

キャスター・岸大河氏は「WarRock」、「SPECIAL FORCE2」など様々なFPSタイトルで選手として活躍、yukishiro氏は「CROSSFIRE」の元プロゲーマー

 ここでひとつ、皆さんに知っておいてもらいたいことがある。それは今回のZETAの偉業は、長年日本のFPS界に携わってきたプレーヤーやファンの力があってこそ、ということだ。これまで世界に挑戦してきた先人たちが何人もいた。「VCT」のキャスター陣も実はこの世代。そういう人たちの努力が、現在につながっているのである。一朝一夕で成し遂げられるものではない。彼らの挑戦と挫折の繰り返しの上に今のZETAがいる。

 そもそもFPSに限らずeスポーツ自体、日本が世界でなかなか活躍できなかったという背景もまた存在する。もちろん格闘ゲームやカードゲームなどでは日本がその強さを証明してきたが、世界において影響力の高いゲームタイトルで活躍をすることが話題性や評価に直結しているのが現状だ。かつて日本が実力を発揮したFPSタイトルもあり国内での盛り上がりは申し分なかったが、今回は現在eスポーツ界で最も影響力が高いゲームタイトルのひとつとされる「VALORANT」で日本チームが活躍したことで、国内外のより多くの地域で、より大勢の人々に評価され話題になったと見られる。

 「VALORANT」と同じライアットゲームズが開発・運営しているPC用MOBA「League of Legends(以下LoL)」も、世界で最も影響力の高いゲームタイトルとされているeスポーツ種目のひとつであり、昨年の世界大会で日本チームがベスト16に入る快挙を成し遂げたばかりだ。今回それを上回るZETAの記録を目の当たりにした「LoL」界隈の人々も、別ジャンルのゲームであるにも関わらず彼らの活躍に目を向ける人が増えた。

 その他の各種eスポーツに興味を持つ人たちの間でも、ZETAの偉業は知れ渡った。さらに最近はテレビでもSNSの動向を放送しており、大会のたびにTwitterトレンドに入る「VCT」関連用語を地上波の番組が紹介。これによってゲームと関係のない一般層にも「何かすごいことが起こっている」という情報が入った結果、今回の前代未聞の盛りあがりが生まれたと考えられる。

 長くなってしまったが、興味を持った方は録画が残っているので是非今からでも彼らの試合を見てほしい。リアルタイムの感動には及ばないかもしれないが、彼らのサクセスストーリーを共に味わってもらえたらと思う。この記事が皆さんにとって、今回の盛りあがりへの理解の一助となれば幸いである。