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【特別企画】eスポーツを“学校おこし”に活用する岡山共生高校訪問レポート

学校教育でeスポーツに取り組みプロを目指す高校生たちに密着。目標は全国高校eスポーツ選手権制覇!

【全国高校eスポーツ選手権】

オンライン予選:2018年12月23日~26日

オフライン決勝:2019年3月23日、24日

 毎日新聞社とサードウェーブが主催する高校生を対象にしたeスポーツ選手権大会「全国高校eスポーツ選手権」の予選が、いよいよ12月23日に迫ってきた。海外に比べて10年、20年遅れているとされる日本のeスポーツ界において、裾野を広げるための、数十年先を見据えたエポックメイキングなイベントであり、この大会がどのような盛り上がりを見せ、日本のeスポーツ界にどのような影響を与えるのか注目されるところだ。

【全国高校eスポーツ選手権】

 本大会の主役は言うまでもなく高校生だ。大会に出場する高校は、学内にeスポーツ部ないし、それに準ずる組織を設置し、日夜アスリートとして練習に取り組んでいる。

 筆者が高校に所属していたのはかれこれ20年以上前になるが、その当時はeスポーツはまだ影も形もないばかりか、家庭や学校教育の現場ではゲーム自体が極めて否定的に捉えられていた時代だ。ゲームとは親や先生に隠れながらやる“秘められた遊び”であり、授業中に没収覚悟でゲームボーイを持ち込むヤツは英雄扱いされたし、コンピューター室でこっそりゲームを立ち上げたとき、とても背徳的な気持ちになったのを覚えている。ともあれ、学校でゲームはタブー中のタブーであり、学校でゲームをやること自体が信じられない世代である。

 ところが20年が経過して状況は大きく変わった。ゲームの“余暇を過ごす娯楽”、“親にとって接触は最小限に留めたい中毒性のある遊び”という位置づけに変化はないものの、ゲームの向き合い方の1つとしての“eスポーツ”は、スポーツ同様、集中力や協調性、コミュニケーション能力などを育む、学校教育の教材のひとつとして、徐々に学校教育の現場に浸透しつつある。

 これは凄いことだ。というのも、通算幾度かめの“eスポーツ元年”を迎えた日本では、“ゲームとeスポーツは違う”ということすら、まだゲームファンや業界の間でも十分な理解がない。卓球で表現するなら、温泉場で浴衣にスリッパで遊ぶ“温泉卓球”と、国際卓球連盟が統括する“卓球”をごっちゃにしているようなものだ。言うまでもなく、温泉卓球は卓球をモチーフにした娯楽に過ぎず、温泉卓球の延長線上に卓球はないのだが、ゲームの延長線上にあたかもeスポーツがあるような錯覚に陥っている人はまだまだ多い。

 ゲーム界ですらそうなのだから、そこから遙か遠く離れた教育界の現場で、「でもゲームでしょ? 遊びでしょ?」というネガティブな意見が多いであろうことは想像に難くない。そうした中で、ひとつひとつファクトを積み重ね、周囲を説得し、eスポーツを教育現場に導入している先生達の苦労は想像を絶するものがあり、そうした現場を是非取材し、そこで育まれつつある“若い息吹”を見届けたいと思った。

 そうした先進的な学校にとって初の晴れ舞台となるのが「全国高校eスポーツ選手権」だ。さっそく本大会の運営を担当するサードウェーブに相談したところ、100校以上の参加校の中で真っ先に紹介されたのが岡山県共生高等学校だった。赤バフ選手という超高校級の「League of Legends」プレーヤーを擁し、かつ「eスポーツ部 発足支援プログラム」を利用してeスポーツ部を新設しており、さらに学内に部室があって日々練習しているという“模範校”であるのがその理由だ。

 正直な所、最初はeスポーツを学教教育に取り入れた現場を見てみたい、という純粋な好奇心でスタートした企画だが、取材を重ねていくうちに、少子化に苦しむ地方校の“学校おこし”に活用する学校関係者や、不登校の子供をどうにかして学校に行かせたい親、やりたいことが見つからず将来に不安を感じている学生達など、地方ならではの問題が見えてきて、それが結果としてeスポーツに繋がっていることがわかり、すでにeスポーツが地方の人びとの人生に影響を与える存在になりつつあるということを知って、1人のゲームファン、eスポーツファンとして胸が熱くなった。それではさっそく岡山共生高校が、eスポーツにどのように取り組んでいるのか、レポートをお届けしたい。

【岡山県新見市】
新幹線で岡山まで行きそこから特急やくも号に乗り換え、東京から計5時間あまりの道程。典型的な地方都市の風景が広がる

eスポーツ同好会からeスポーツ部へ。そこで実現したひとつの“奇跡”

 岡山共生高校は、岡山県の北西にある山間部 新見市にある。東京から新幹線と特急を乗り継いで片道5時間超、山と川に包まれた典型的な日本の田舎町といっていい。駅から歩き出すと、eスポーツのeの字がどこにも感じられない牧歌的な風景が広がるが、実際には周囲の市町が羨むハイテクシティだ。

 新見市は2017年1月にソフトバンクと情報通信技術について包括協定を交わしており、学校や各家庭に高速な光ファイバー網が引かれている。日本の地方はまだまだ光ファイバーの普及率は高くなく、遅いインターネットスピードや高いPingに苦しめられている。今回取材した赤バフ選手も、「自宅よりも学校の方がPingがいいので学校の方がプレイしやすい」とコメントしており、その点では岡山共生高校はeスポーツ部を始めるにあたり、理想的な環境が整えられているということになる。

 学校は駅から歩いて15分ほどの山あいにあった。校内にある一軒家に住み込みで働いているというジャージ姿の体育教師に案内され、応接室で普通科メディア情報コースの教諭を務める柴原健太氏と池田勝宣氏に話を聞くことができた。

【岡山県共生高等学校】
正門から撮ったところ。野球とソフトボールで有名

 岡山共生高校は、1学年の定員は80名ほど、3学年で171名しかいない小さな学校だ。岡山県内でも小さい高校ということで、学科は普通科のみで、大学進学を目指す普通コースや、スポーツに特化したスポーツ科学コースなど4つのコースが存在し、さらに各コースがいくつかの専攻に細分化されている。

 eスポーツを取り扱っているのは、「普通科 メディア情報コース eスポーツ専攻」で、他にも絵や動画などの専攻が存在する。eスポーツ専攻は2018年2学期にスタートしたばかりで、学生数はまだ9人ほど。学校が認める部活動としてeスポーツ部が別にあり、こちらは15名ほど。eスポーツ専攻よりeスポーツ部のほうが多いのは、他のコースの学生も入部できるためだ。

【学校のパンフレットにもeスポーツの文字が】
メディア情報コースに新たに「e-sports」が追加された
部活動・同好会の紹介にも、最も大きく描かれている。イラストは、韓国などの大きなeスポーツ大会での盛り上がりをイメージしたということだ。

 eスポーツ専攻が具体的に何をしているかというと、eスポーツの手前の手前、メディアリテラシーやネットマナーの基礎を教えているという。ゲームの遊び方すらわからない学生がいるため、アカウントの登録の仕方や、メールの設定の仕方あたりからレクチャーする。ひととおり基礎をマスターした後は、学生ごとに競技として取り組むゲームタイトルを設定し、通常授業の枠内でやりこんでいく。1週間あたりのコマ数は6時間で、科ではなくコースの学校設定科目であるため、学校内の裁量でできるのだという。

 先生達がeスポーツ専攻について県内の中学に説明に回ったところ、eスポーツについて理解があったのは、10以上の中学を回ってわずかに1校か2校だったという。その一方で、メディアの報道によって中学生の子を持つ親からの問い合わせが増えており、岡山共生高校に対する関心がこれまでになく高まっているという。入試に関する問い合わせも、eスポーツ専攻がもっとも多く、オープンキャンパスを開くと2桁の生徒が参加する。これは地方校としては大反響といえる数字だという。

 人気の秘密は、“学校でゲームができること”だという。とりわけ効果があるのは、中学で不登校になってしまった生徒で、「ゲームならば」ということで子供を学校に向かわせることができるという。このケースは、言わば親と子の“誤解”を逆手に取っているわけだが、ここで大事なのはゲームとeスポーツは別物だということではなく、学校に向かわせるきっかけをどう作るか、何を目的に学校に行くかである。

 ゲームを目的に子供が学校に行き、その過程で授業を受け、友達を作り、日々学生生活を送ってくれるようになってくれれば親子とも万々歳なわけだ。先生によれば、不登校になる生徒は、潜在的に非常に優秀な子が多く、正しく指導してあげることで、一気に花開くことが多いのだという。

 その代表例が、今回、取材対象となった赤バフ選手こと、佐倉涼太君だ。佐倉君は中学校の時、学校に通えなかった日が多かった。三人兄弟の末っ子で、彼に何かをさせなければということで、長兄がPCを与え、次兄がゲーム好きだった影響で一緒にPCゲームを遊ぶようになり、その過程で「League of Legends」と運命的な出会いを果たす。

【佐倉涼太君(赤バフ選手)】
彼が主将の佐倉涼太君。まだ幼さを残す17歳だが、「LoL」のランクはチャレンジャーだ

 次兄も同じ高校出身で、すでに学校を卒業し、福祉関係の仕事に就いているということだが、今から4年前に現在のeスポーツ部の原型となるeスポーツ同好会の設立に尽力する。当時は「ゲーム如きが」という凄まじい反発があったということだが、現eスポーツ部顧問を務める柴原先生が、自身もゲーム好きだったことから陰に陽に同好会を支援。これがきっかけで佐倉君も同校に入学することになる。

 佐倉君は中学3年間の成績があまり良くなかった。そこで高校入学後、中学の復習から始めたところ、あっという間に学習したという。

「ゲームの影響でしょうけど、とにかく集中力が凄い。『LoL』は1試合1時間で、それを飲まず食わずで5~6時間やる。そこで集中力が養われたのか、勉強も凄まじい集中力でフルパワーで取り組むんです。それはもうこっちが疲れてしまうぐらい」(池田先生)

 高校2年に上がった現在では、成績は学内で1~2位、学生内から信望が厚く生徒会長を務め、ボランティアにも精を出すという模範的な生徒となった。中学校の担任からすると今の状況は「すべてが奇跡」ということで、先生たちはこれこそがeスポーツ、そのきっかけ作りとしてのゲームの効能ではないかという。

「これはレアケースではないと思うんです。こういう生徒は全国にいっぱいいると思います。本校なら全日制の学校でゲームができる。自分の活動(ゲームを遊ぶ)が社会的に認められたということで、学校から足が遠のいていた子も登校し出すという効果はあると思います」(池田先生)

 そして佐倉君が2年生を迎えた2018年に一気に事態が動き、eスポーツ部が誕生する。同校にとっても歴史的なターニングポイントとなる。

 eスポーツ部の設立は2018年度の2学期から、つまり9月1日からだという。設立の直接のきっかけになったのが「全国高校eスポーツ選手権」かと思いきや、実はそうではないという。

「それはもう国体の競技種目になると決まったときです。僕らがなんぼいうより、国体、オリンピックといえば“おじさんたち”も二つ返事です」(池田先生)

【いきいき茨城ゆめ国体】
eスポーツ部設立にもっとも大きな影響を及ぼしたという国体のeスポーツ採用

 ちなみに池田先生のいう“おじさんたち”の定義とは「何も話を聞こうとせずに『ゲームせずに勉強せえ』という人たち」ということで、積年の恨みが言葉に篭もっている。

 5月に国体種目に決まり、7月には「全国高校eスポーツ選手権」の開催が決定、同時に「eスポーツ部 発足支援プログラム」も発表され、理事長判断で「それならば良かろう」ということで部の設立が認められた。

【教室内に張り出されたポスター】
「全国高校eスポーツ選手権」のポスターが学校内の様々な箇所で見ることができた。eスポーツが校内の関心事となっている

 ただし、年度の途中ということで、予算は付かず、理事長付きという特別扱いで部の新設が認められた。部室は暫定的に使っていなかったカウンセリング室があてられ、部の機材はひとまず「eスポーツ部 発足支援プログラム」頼り。足らないものは顧問を務める柴原先生の“私物”が投入されている。

「『LoL』については支援プログラムでゲーミングPCがお借りできたので大変助かってますが、国体種目の『ウイニングイレブン』をやるためにPS4とゲームソフトは僕のものをおいてます。コントローラーは自分で用意せえと言ってますが(笑)」(柴原先生)

 練習時間は、月水金の3日間で、15時半から17時半まで。その後自主練習時間として17時から19時ぐらいまで自由に使えるという。自主練習時間とは寮生のための延長時間で、月水金と限っているのは、部の掛け持ちを可能にするためだ。

「寮生の門限が18時で、要するに夕食の時間なんですが、それが終わったらまた部室に戻ってきて19時半ぐらいまでやってます。寮生にとっては最高の環境だと思います」(池田先生)

 ちなみにゲーム部の顧問を務める柴原先生は、学生時代から社会人時代までバスケをプレイしており、現在、兼任でバスケ部の顧問も務めつつ、審判もするという現役のスポーツマンでありスポーツ指導者だ。今回、そうしたキャリアを持つ先生に対して1番聞きたかった質問は、「eスポーツは、スポーツとして認められるかどうか?」だ。

「認められます。集中力や団結力など、スポーツに必要なものは、eスポーツでも同じように必要になります。今、運動部で取り入れている整体を試験的に取り入れようと考えていますし、自分自身も『ウイイレ』が好きなので、これからメンバーを揃えて国体の成年の部で、岡山の代表として出場しようかと思っているところです(笑)」(柴原先生)

最新のゲーミングPCが並ぶ部室。eスポーツ部黎明期ならではの風景が広がる

 応接室での取材後、さっそく、部室に足を運んでみた。この日は凍り付くような寒さで、冷え切った廊下が学生時代を思い出させてくれたが、部室の中は暖房が効いていて暖かかった。

 部室の広さは8畳から10畳ほどだろうか。長机が中央と奥に2つ置かれ、そこに「eスポーツ部発足支援プログラム」によってサードウェーブとBenQより貸与された5台のゲーミングPC、3台のゲーミングモニターが置かれていた。すでにメンバー5人が全員揃い、談笑しながら練習している。メンバーは、佐倉君と、その従兄弟の2人が日本人で、残る3名は中国人。今やeスポーツ大国に成長した中国からの助っ人が過半数を占める。

 それにしても部室の中とはいえ、学校内にゲーミングPC、ゲーミングモニターが堂々と置かれ、生徒達が「League of Legends」をプレイし、顧問の先生がそれを見守りながらアドバイスを送るという風景は、「これはドッキリなのでは?」と思わざるを得ない。

【eスポーツ部の部室の様子】
元「カウンセリング室」を暫定的な部室として使っている
中に入ったところ
生徒が練習する様子を後ろから見守る柴原先生。人数が足りない場合は先生も入るということで、「実力は2軍以下ですが」と笑う。色んな意味で羨ましい環境だ

 この部室に入る前、準備する間にeスポーツ専攻があるメディア情報コースが使っているコンピュータールームを見せて貰ったのだが、ずいぶん型落ちのPCとモニターが使われていた。PCはビデオカードは搭載されておらず、モニターの縦横比は4:3で、とてもゲームなどはできそうになかった。「一応、『LoL』がギリギリ動く」ということだが、いずれにしてもeスポーツに使えるようなレベルではない。先進的な岡山共生高校でこのレベルなのだから、他の高校も“eスポーツ部”の環境を整えるためにどこも苦労していることが窺える。

 その点で言うと、「全国高校eスポーツ選手権」とセットでスタートさせた「eスポーツ部発足支援プログラム」は、まさに画期的なプログラムだ。5台のゲーミングPCを3年間無償貸し出し。このレベルの機材を一気に揃えようとすれば買おうが借りようが100万円を超える予算が必要になるが、初年度からそんな額の予算はなかなか付けられないだろう。PCゲームにありがちな、予算の問題を綺麗にクリアしてくれる夢のようなプログラムだ。

【コンピュータールームとeスポーツ部部室】
昔ながらのコンピュータールーム。そう、これが学校のコンピュータールームだ。テストを終えた女子学生たちがキャッキャ言いながら奥でPCを扱っていた
こちらがeスポーツ部に置かれた「eスポーツ部発足支援プログラム」で貸与されたゲーミングPC。144Hzの出力が可能なBenQのゲーミングモニター「XL2536」とセットで貸与されており、最高の環境で「LoL」に取り組むことができる

 さっそく練習を見せて貰った。日本サーバーであらかじめ5人でチームを組んで、5対5で対戦を行なった。序盤ミスもありやや押されていたが、赤バフ選手や中国人選手の活躍で華麗に逆転勝利を収めた。相手はゴールド、シルバーランクが多く、チャレンジャーの赤バフ選手が突出して高い。取材した当時、赤バフ選手は日本サーバーで30位に入っており、本人は時期的にランクはあてにならないと謙遜していたが、プロ一歩手前のトップランカーであることがわかる。

 印象的だったのは、対戦中とにかく静かだったことだ。ゲーミングヘッドセットを使った指示出し、かけ声などはほとんど聞かれず、黙々とプレイする姿が目立った。リーダーの赤バフ選手も、性格的にあまり積極的なタイプではなさそうだが、中国人選手もそれにも増して消極的な印象だった。やはり言葉の壁が大きいと感じた。

【練習風景】

 柴原先生によれば、実際にはアイコンタクトや片言の英語を使ってコミュニケーションを取ったり、ピンを立てたりしてチームメイトに意思を伝えているということだが、円滑なコミュニケーションができるに越したことはないし、実力が拮抗したチーム同士なら、よりコミュニケーションがしっかり取れているチームの方が有利なのは言うまでも無い。

 まだチームで実力の近しい高校のチームとスクリムもできていないということで、細かい作戦や指示出しもなく、とりあえず個人技×5でごり押ししているというのが実態だ。岡山共生高校の選手達の個人スキルが高いため問題になっていないが、個人技だけのゴリ押しはどこかのタイミングで限界が来るため、そこからチームとしてどう実力を伸ばしていくか。この荒削りな状況はいかにも、“eスポーツ部の黎明期”を見たという印象がした。

【eスポーツ業界を背負う】
eスポーツ部の部員の心得。「eスポーツ業界の未来が掛かっている」というワンフレーズが重い
ホワイトボードは、「LoL」に関する情報一色だ

「プロゲーマーになりたい!」 赤バフ選手が目をきらきらさせながら語るプロへの憧れ

【赤バフ選手】

 試合後に赤バフ選手に話を聞くことができた。先述したように、兄から与えられたPCでゲームをはじめた影響からか、今時珍しいぐらい純粋培養のPCゲーマーだった。事始めは小学三年生ぐらいにプレイした「マインクラフト」。そこから「サドンアタック」や「カウンターストライクオンライン」など基本プレイ無料のゲームを一通りプレイ。だが、その頃はまだゲームは下手で弱かったという。

 巧くなったのは中学からで、その最初のタイトルが「LoL」だったという。ただ、おもしろいかというと「おもしろくなかった」。それでも遊び続けた理由は「みんながやっていたから」で、他のゲームを1人で遊ぶよりは「LoL」をみんなで遊ぶ方を選んだだけだった。それでもプレイを繰り返し、強くなるにつれてそのおもしろさに気づいたという。プレイの過程で気づいた「LoL」のおもしろさとは何だろうか?

「色々考えたんですけど、チャンプの多さだと思います。1試合に10体しか出ない。でもチャンプは140体もいるわけです。試合に出るチャンプが1体変わるだけでゲーム展開、テンポが変わる。まったく同じ構成になることはないので1試合1試合、違ったものになる。それがとてもおもしろいと感じました」(赤バフ選手)

 気になる名前の由来は「赤バフが貰いたかったから」だというからおもしろい。

「僕はADCメインで、常に赤バフが貰いたいことをアピールするためにそういう名前にしたらそれで有名になっちゃって、本当は別の名前があったんですけど、変えるに変えられなくなってしまいました」(赤バフ選手)

【ポジションはADC】
ADCとして積極的に攻める赤バフ選手。もともとサポートだったが、ダイヤモンドで伸び悩み、ADCにポジションチェンジしたところ、一気にチャレンジャーまで上り詰めることができたという

 赤バフ選手の練習時間は、部室で15時半から17時半まで全体練習を行ない、寮生ではないためその後は自宅に戻り、個人練習に移る。夕食を食べてから後はずっと練習で、「昨夜も午前2時までやっていた」ということだが、取材当日直前まで期末試験が行なわれていた。

「昨日は19時から21時まで勉強して、それからゲームです。テストの試験範囲が短いのでなんとかなるんですけど、試験があっても勉強とゲーム、両方欠かさずやっています」(赤バフ選手)

【集中する赤バフ選手】
2人の先生が赤バフ選手の特筆すべき点として語っていたのが集中力

 中学高校と多感な時期を「LoL」のプレーヤーとして過ごしているわけだが、他のゲームに浮気したり、「LoL」をやめたくなったりはしないのだろうか?

「もう何度も辞めてます(笑)。負けた後に『もうやめるわ』っていって2回ぐらいアンインストールしています。でも帰って来ちゃうんですよね。『ハースストーン』や『PUBG』、『Dead by Daylight』なんかもプレイしてそこそこ勝てたりしたんですけど、最終的には飽きて『LoL』に戻って来ちゃうんです。今では『LoL』は僕にとって“夢”ですね。かけがえのない存在です」

 負けて腹を立ててアンインストールするというエピソードはいかにも高校生らしい衝動的な行動で微笑ましいが、自分が高校の頃、夢であり、かけがえのない存在と言い切れるものを持てていただろうかと、赤バフ選手が少し羨ましくなった。ただ、赤バフ選手にとって「LoL」は単なるゲームではなくeスポーツである。強くなるために日々練習しなければならない。

 岡山共生高校の練習内容は、自分のレーン(ポジション)で扱えるチャンプを増やしていくこと。「LoL」では、レーンごとに使用するチャンプが異なるが、選択肢は数十種類に及び、定期的に新たなチャンプが追加されるため、勝ち続けるためには常に学習し続けなければならない。プロレベルになると、全チャンプの習得は必須とされるが、赤バフ選手のようなアマチュアではどうなのだろうか? 赤バフ選手は、選手ごとに用意されたチャンプリストを見せながら詳しく解説してくれた。

「僕たちは希望レーンをやるようになっています。レーンを決めた上で自分が使えるチャンプをメモって、日々の練習で得意なチャンプを増やしていきます。赤い○が得意なチャンプ、×が試合では使われないチャンプ、青い○が不得意なチャンプです。僕はいくつかのプロチームの方とも仲良くさせていただいているのですが、プロが全チャンプ使えるのは当然ですが、その下部組織であるアカデミーチームの段階から『全チャンプ使えるようになれ』と言われます。『LoL』ではバンピックから勝負が始まっているので、使えるチャンププールの豊富さを見せつける必要があります。僕はADCのチャンプは全部使えますが、まだ高校生で時間もないのでみんなには強いチャンプ2体と得意なチャンプ2体を用意しようといっています」(赤バフ選手)

【チャンプチェックリスト】
選手ごとに用意されているチェックリスト。部外秘の内部情報にあたるためぼかしているが、赤青の○と×が付けられている

 赤バフ選手と話していると感じるのは、高校生とは思えないような意識の高さと、ロジカルさ、そしてプロを見据えた向上心だ。さぞかし、小さい頃から親の理解があったのだろうと思いきや、最初はまったくそんなことはなかったのだという。

「最初は全然理解がなかったんです。ゲームなんかやらずに勉強やれと言われて、ネットの回線抜かれたり、PCの電源を抜かれたりしました(笑)。変わってきたのは、アマチュア大会の賞品が届き始めてからですね。たとえば『マラカップ』で優勝して牡蠣が届いて、『これ涼太が取った牡蠣やでえ』、『ほー』という感じでどんどん理解が深まって、ちょっとした親孝行もできました(笑)。それからこうやって取材に来られるということも大きいです。以前、岡山のTVチャンネルの方が取材に来て僕がTVに映って、eスポーツが世間で話題にもなっているので『じゃあ応援してみるか』、『好きにやればええ』と言う風に変わっていきました」(赤バフ選手)

 高校2年生というと、進学するのか、就職するのか決めなければいけない重要なタイミングだ。赤バフ選手こと佐倉涼太君は、生徒会長で学業優秀、eスポーツも万能と、推薦で大学進学も十分可能な状況にある。将来についてどう考えているのだろうか?

「プロゲーマーになりたいです。僕は高校に入ってから勉強にハマっていた時期があって、そのときは勉強ばかりしていて、プロになるか、進学するかずっと悩んだんですけど、人生1回しかないのでチャレンジしたいです。声を掛けてくれるチームがあればそこに行って、やってみてダメなら大学に行き直してもいいかなと考えています。もしプロになれなくてもeスポーツに関わる仕事がしたいです。プロチームではコーチやアナリストなど選手を支える仕事があって、凄く苦労してそういう仕事に就いたという話を聞くといいなあと思って、そういう仕事にも興味があります」

 赤バフ選手が憧れるプロeスポーツ選手だが、赤バフ選手の目にはどう映っているのだろうか?

「あこがれの選手は韓国のViper選手、Ruler選手、Bang選手です。Bang選手はADCですが、見ててカッコイイですよね。アグレッシブさ、キルラインの見極めが凄い。単に行くだけなら“イキり”に過ぎないですよね? 行ってADCが死ぬと、試合が10分延びるので責任重大です。そういうプレッシャーの中で、行って、敵のADCを倒して帰ってくる。そういう姿に凄く憧れます。今はまだ勝てないですし、練習しても勝てるようになるかどうかはわからないですけど、プロになって配信で見ている憧れの人と対戦するのが凄く楽しみで、ムッチャわくわくしますよね」

【憧れはBang選手】
「RAGE 2018 Winter」にゲスト出演した韓国の有名プレーヤーであるBang選手(右)とFaker選手(中央)

 Bang選手といえば、「RAGE 2018 Winter」(参考記事)でも招待選手として招かれた韓国のトッププロであり、世界を代表する「LoL」プレーヤーの1人だ。彼と自分を比較した時に、どこが違うか尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。

「それはもう全部ですよね(笑)。環境、プロとしての環境だと思います。韓国のプロ選手は凄くカッコイイし、スターのような扱いを受けていますが、日本はまだそうなってないですし、“社会不適合者”みたいな悪いイメージが残っています。『プロゲーマー? そんなんでやっていけるの?』という偏見があると思います」

 プロに対する憧れだけでなく、日本のeスポーツ界の課題、問題点なども正しく認識しており、見た目こそまだ幼さを残した17歳の青年ながら非常に頼もしく感じた。ちなみに日本の統一団体である日本eスポーツ連合(JeSU)は、将来的に克服すべき課題として、業界団体ではなく競技団体への移行が挙げられる。そのためには理事にゲームメーカートップのみならず、(元)選手や監督も選任し、真の意味で競技者のための団体になることが求められる。そうした未来に、トッププロとして世界で活躍する赤バフ選手が理事に選任され、日本のeスポーツ界を改革していく。そういう未来も良いなと思った。

 さて、赤バフ選手は、12月22日に決勝が行なわれるアマチュア大会「ロジクールGカップ」と、12月25日より予選が開幕する「全国高校eスポーツ選手権」にそれぞれ出場する。「ロジクールGカップ」では所属しているアマチュアチーム「山」のメンバーとして出場し、「全国高校eスポーツ選手権」では岡山共生高校を率いる主将として出場する。ズバリ勝てるのだろうか?

「ロジクールGカップは優勝できると思います。でもそれは僕が強いからではなくてチームが強いから。メインのADCの方が顔出ししたくないからサブの僕が出ることになったんです。僕は以前、中レベルぐらいの強さの頃、僕がやれば絶対勝てるし、プロにもなれると思っていたんですけど、上のレベルに行けば行くほど自分はまだ弱いということがわかりました。山のチームメイトは全員強いです」(赤バフ選手)

【ロジクールGカップ】
歴史と伝統のあるアマチュア大会「ロジクールGカップ」にも赤バフ選手は出場する

「全国高校eスポーツ選手権は、優勝は難しいと思います。事前に柴原先生と調べたんですけど、N高と東京芸大付属国際中等教育学校が強いです。Burning Coreの練習生もいたり、同じブロック内で強いチームもいるので、幕張(ベスト4)まで行けるように頑張りたいです」(赤バフ選手)

「目標は幕張(ベスト4)です。柴原が戦略、佐倉(赤バフ選手)が戦術を考えて、出場選手1人1人のサモナーネームを検索してチャンプの傾向を調べて、うちの2軍と一緒に練習して強くなっていってます。全国高校eスポーツ選手権はどうしても通信制が有利なので、全日制として第1回大会で健闘する姿を残したいです」(池田先生)

「最初の60チームが発表された時に調べたんです。全日制でeスポーツ部があるのはうちだけでした。うちには佐倉がいるので、しっかり結果を残して、まずゲーミングチェアを買いたい(笑)。実は岡山のイオンシネマで予選のライブビューイングをやることが決まっているんです。ですから予選の途中で負けるわけにはいかないんです(笑)」(柴原先生)

【ゲーミングデバイスの使い方をレクチャー】
今回、モニタースポンサーのBenQの関係者も同席していたが、生徒達はマウスやキーボードといったゲーミングデバイスへの関心は高いものの、ゲーミングモニターの使いこなしはまだまだのようで、ほぼデフォルトのまま使用していたため、担当者がイチからレクチャーしていた。ゲーミングデバイスメーカーが、スポーツ用品メーカーのように、有力校に頻繁に出入りする未来が来るかもしれない

 4時間近くに及んだ取材は、想像以上に多くの学びがあった。改めてゲームというデジタルエンターテインメントが持つ可能性、ゲームを競技として取り組むeスポーツのポテンシャルの高さ、地方に芽吹きつつあるeスポーツアスリートの存在などを感じることができた。そして何より、全国高校eスポーツ選手権の開催理念である「eスポーツを新しい文化として応援し、育てていく」ということが実際の現場で感じられたのは、個人的にとても大きな収穫だった。また機会があれば様々な学校を取材したいと思う。

 初年度のeスポーツ部発足支援プログラムの申し込み校は、先着100校に対して78校に留まった。これはeスポーツが実際は人気がなかったというわけではなく、単純に年度の途中でeスポーツ部を新設することが難しかったからだ。eスポーツ部を新設するためには、部員のみならず、部室、顧問、ブロードバンド回線が必要になる。学校教育の現場では年度の途中でこれらを整備するのは難しいのが実情で、今回取材した岡山共生高校は例外的なケースといっていい。

 だが、2019年度は、世の中の流れを汲んで満を持してeスポーツ部を発足させる学校が急増するのは間違いないと思われる。eスポーツ部発足支援プログラムが来年も実施されるのかどうかはわからないが、もし実施されれば今度こそ嬉しい悲鳴を挙げることになるだろう。その結果、日本全国に眠っているeスポーツアスリートが覚醒し、全国高校eスポーツ選手権が全国高校野球選手権大会に並ぶ盛り上がりを見せるようになるかもしれないし、そうなれば日本がeスポーツ大国になるのも夢ではないだろう。学生レベルからeスポーツを支援していく取り組みに、今後も引き続き注目していきたい。

【岡山共生高校eスポーツ部の新部室予定地】
岡山共生高校eスポーツ部は、今後校長室として使われていたより大きな部屋に移動し、より練習しやすい環境が整備される。光回線をどうやってここまで引っ張ってくるかという問題と、運動部が使うアイシングのための製氷機をどこに置くのかという問題を解決しなければならないという