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会場:東京大学
「CEDEC 2007」の3日目、「Elebits」のプロデュースを務めた向峠慎吾氏が、「Elebitsの企画立案と制作について」と題した講演を行なった。内容は、独創的なゲームを作りあげる手法という話ではなく、ローンチで作りこんだゲームを出すため、実務上でどのようなプロセスを辿ったかというもの。ただ、このプロジェクト立ち上げからのアプローチが実に風変わりで、来場者を大いに驚かせた。
先に言っておくと、この講演で語られたのは、企画を立案し、企画書を作成するまでの話だけで、実際の開発における話題はほとんどなし。そこに今回の講演の意味がある。
■ プロデューサは戦略のみを立案し、企画はスタッフに立てさせる
1番目の「プロジェクト戦略の立案」は、プロデューサー、すなわち向峠氏が行なった。会社の企業理念や部門のビジョンなど上から求められるものと、制作スタッフがやりたいということを加味して、プロジェクトの方向性を決める。今回の場合、会社から「オリジナルのローンチタイトルを作ってくれ」という指示があったそうで、これが「Elebits」のスタート地点ということになる。 会社や上司などから求められたものとしては、DSにおいてタッチスクリーンなどの新要素を使わず、定番タイトルで戦おうとして失敗したことの反省を踏まえることや、「Grand Theft Auto」でゲームの暴力表現が取りざたされていた時期なので、そういった点で社会的イメージを落とさないものにすることなどがあったという。逆に制作スタッフからは、トップダウンのものではなく、制作中止にならないことなどがあったという。当時は会社の合併の中で中止になるプロジェクトが多く、スタッフがナーバスになっていたようだ。 これらを受けた上で向峠氏は、戦略を検討する手法として、さまざまな要素の洗い出しと分析を行なったという。例えば、独創性と高機能、ヘビーさとライトさを軸にしたポジショニングマップの作成においては、Wiiの中でも独創性は高く、コアよりのユーザーをターゲットとしたものと位置づけた。またSWOT分析では、開発力では強みがあるものの、会社の状況を考えると長期のプロジェクトにできないこと、ニンテンドーDSの人気によるユーザーのゲームへの回帰は見られるというチャンスはあるものの、逆にゲーム離れが進み、また任天堂自社タイトルのブランド力そのものが脅威となると分析していた。 これらの結果、ターゲット層は小学生から高校生をメイン、ファミコン時代のゲームユーザーをサブとすること、コンセプトはWiiリモコンを最大限に生かしつつ、直感的で簡単な操作、その上で新規キャラクタのオリジナル作品を作るということに決めたという。
この方向性が固まったら、向峠氏は上記の方向性を開発スタッフに示し、徹底してコンセンサスを取った。このとき、スタッフに押し付けるように同意を求めるのではなく、よく理解を求めて合意を得ることが大切だという。そしてその後の企画立案作業には向峠氏は参加せず、あとは全てスタッフに任せた。これには、「スタッフが自ら立てた企画という意識を与え、モチベーションを上げる」という狙いがあるのだという。
■ 決してぶれない方向性を示し続ける スタッフによる企画立案では、徹底したブレストと検討を行なう。ブレストは、企画やアイデアの幅を広げることを目的としているため、「あらゆる意見を否定しないことが重要」という。なお、ブレストの段階では、向峠氏は参加しておらず、議事録を確認するだけに止めた。 そしてアイデアを絞り込む検討を行なう。ここでは向峠氏も参加し、最初に掲げたターゲットとのずれはないか、コンセプトが反映されているかをチェックする。ずれていれば、再びブレストに戻す……という工程を繰り返して、正しく方向性に乗せた企画を固めていく。 実際に挙がった企画は10ほどあり、差別化の観点から他社でやりそうなものを外していき、「Elebits」の原型となる「こびといっぱい」というものをを選び出した。「この後はぶれていない。一度決めたら動かしてはいけない」と、ぶれない方向性を示し続けることを強く語った。ちなみに企画の中には、「オーケストラ」や「屋台」をテーマにしたものもあったそうで、「これをやらなくてよかった」と言って会場の笑いを誘っていた。 ここまで来て、ついに企画書の作成が始まる。一般的に、何か新しい企画を立てたいときは、まずスタッフに「何か考えて企画書を出して」というもの。しかしこれに対して向峠氏は、「戦略がなく、会社の方針とも違うものは、いくら出しても形にならない」とした。 企画書において必要なことにも触れ、アピールすべき部分にフォーカスした簡潔なものにすること、面白さやターゲットをわかりやすく伝える工夫をすることなどが示された。結果として、いつもは渋い表情を変えないという小島秀夫氏に「こびといっぱい」の企画を見せた際にも、初めて絶賛されたのだという。 その後の仕様作成の話題も少し展開された。初めはキャラクタが「エレビッツ」ではなく、筋肉質な男性キャラクタとなっていたが、さすがにこれでは売れないと判断し、社内コンペを行なった。時期的にフリーなデザイナーが多く、数十人の応募があったという。この中から1つを選び出すのも、向峠氏が直接選ぶことはせず、「妖精として捕まえたくなるキャラクタは?」、「妖精として存在して欲しくないのは?」といった市場リサーチを実施。この結果などを踏まえて、「エレビッツ」が選び出された。ちなみに向峠氏自身は初めから「エレビッツ」のキャラクタになるだろうと思っていたそうで、「市場とのずれがなくて安心した」という。 こういったプロセスをスタッフ全員で共有していくことで、プロデューサーがさまざまな事項を直接決定していくように見せないようにし、スタッフ自身が作っていると感じさせることが大切だとした。ただ、市場のデータをもとに全ての判断を下すわけではなく、指示をしなければならない場面もあるとしている。例えば「Elebits」においては、「使用するボタンを増やしたい」とスタッフからの要望があった際、1ボタンでの操作を厳命したという。これは初期にある「直感的で簡単な操作」から方向性がずれるからで、そこはプロデューサーとして指示をするとした。 会場では、初期に作られたサンプルも披露された。このサンプルが完成するまでが約3カ月で、その後の制作期間が10カ月程度という。初期の3カ月の動きは上記の通りで実に整然としているが、制作においては途中の増員で意思疎通が取れず、方向性の不一致やコンセンサスの欠如でトラブルが続いたという。
向峠氏は、「このやり方が最高で何にでも適用できるとは思っておらず、あくまで1手法だ」としている。ただ、途中で企画をひっくり返したり、制作中止になるようなことはなく、そういった意味では幸せに進められたプロジェクトだったといえるだろう。
(C)2006 Konami Digital Entertainment Co., Ltd.
□CESAのホームページ (2007年9月29日) [Reported by 石田賀津男]
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