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会場:東京大学
シリアスゲームとは、本誌でも何度も扱っているが、コンピュータゲームの手法やノウハウを使って、娯楽のみを目的とせず、「学習」、「医療」、「福祉」といった様々な活用を目的としたゲームを指す。「脳を鍛える大人のDSトレーニング」(「脳トレ」)や、アメリカ陸軍により開発された新兵をリクルートするために無料配布された「America's Army」など、様々なゲームが存在する。シリアスゲームの最新事情はどうなっており、それを見るゲーム開発者はどのような思いを抱いているのだろうか。
■ 教育、医療、新人研修……欧米で産学協同で積極的に取り組まれるシリアスゲーム
藤本氏は最初に講演を行なったCEDEC2005を振り返った。そのころは「脳トレ」ブームの前であり、「セカンドライフ」は名前も知られておらず、日本語の文献もなかったため、シリアスゲームという言葉そのものも日本では認知されていなかった。しかし、現在ではゲーム開発者やゲームマスコミにこの言葉は浸透しはじめ、DSを中心とした知育ゲームのブーム、また、「セカンドライフ」がマスメディアに大きく取り上げられるようになったり、WFP(国連世界食糧計画)が制作した食糧支援シミュレーション「FoodForce」の日本語版がリリースされるなど具体的なタイトルも多くで始めている。 アメリカやヨーロッパではシリアスゲームの定例イベントが開かれるなど取り組みも積極的だ。また、どのようにしたらゲームを様々な分野に活用できるかを、「ゲームデザインコンテスト」を開催することで、一般からも広くコンテンツを集めている。募集は医療や健康への知識獲得や応用にとどまらず、環境問題、さらには社会変革や啓蒙にもゲームは使えるのではないか、という試みがなされている。 具体例として藤本氏が上げたのは、UN/ISDR(国連国際防災戦略)の「Stop Disasters!」。何ターン後かに来る災害に対して備えるゲームで、津波や山火事、ハリケーン、地震などへどのように対処していくかが学ぶことができる。フランス政府が作った「Cyber-Budget」は納められた税金をどう使うか、「財政管理の大変さをわかってもらうゲーム」だという。 スターバックスと環境保護団体が作った環境保護ゲーム「Planet Green Game」、子供を働かせ家計を確保するか、勉強させるかなどシビアな開発途上国の貧困問題を描いた「Ayiti: The Cost of Life」、パレスチナ問題をゲームとして俯瞰的に表現する「PeaceMaker」、消防士の実務を学び新人を教育する「Hazmat: Hotzone」……。シリアスゲーム事業へ参入するメーカーも出てきた。日本もスクウェア・エニックスと学研による合弁会社SGラボが2006年3月に誕生している。 エンターテイメントよりも教育や医療、さらに社員教育や啓蒙など目的を持ったゲームは、普通のゲームと比べて購入するユーザーが見えにくい。また、幅広いユーザーに見てもらうためには、凝ったゲーム性やダウンロードに時間がかかるなど間口を狭くしてはならない。こういった性格があるためか、特に欧米のシリアスゲームの小さな会社が、公式ページに行くと遊べるような「軽い」ゲームを作るというケースが多い。ゲームに関する開発資金がかからないという所も大きい。 一方で、中堅のゲーム開発会社はゲームの開発力を活かし、自社タイトルのエンジンなどを使って展開する場合もある。ユニークなところでは、2K Gamesが「シヴィライゼーションIII」で、カナダ史を学ぶためのModを開発し、カナダの高校に配布しているという。エンジンをライセンス販売して展開する会社もある。オリジナルエンジンを使用する場合は、軍関係や災害対策など特別な予算が組めるところと手を組んでいる場合が多いという。 この他、「ゲームをプレイするように勉強が学べたら」というアプローチでも新しいテストが行なわれている。ニューヨーク市にゲームデザインをカリキュラムに取り入れた小学校が開校予定だ。また、ゲームメーカーがモデルケースとして積極的に学校にゲームを貸しだし、教育に使うというアプローチも考えられている。「社会貢献をしている」という実績をゲームメーカーのイメージとして付与していく手法も模索されている。 藤本氏はまとめとして、シリアスゲームの認知度は上がっており、ゲーム業界のみならず様々な業界で注目されていること。それに合わせて市場ができつつあり、資金が流入し、シリアスゲームズをビジネスにする人達が増えつつある。またシリアスゲーム制作に関して、様々な業界の人々とゲーム業界の交流が深まっているという点を上げた。シリアスゲームは、「開発者教育」、「社会啓蒙活動」、「産業振興」のプラットフォームたり得ると、言葉を結んだ。 今回の藤本氏からは、欧米の積極的なシリアスゲームへの取り組みが語られた。昨今では日本でも企業の広告としてゲームが取り入れられたり、博物館の展示物説明などでゲームの手法を取り入れられているが、実例を見比べるとやはり日本はまだまだなのかな、とも思える。
しかし一方でDSのブーム、特に高齢者層などのゲーム(ゲーム機)に距離感を持っていた新しいユーザーへの広がりなどは日本だけの特筆すべきものではないだろうか、という疑問も浮かんだ。欧米と日本の異なる点などは、この講演の後で行なわれたラウンドテーブル。「ビジネスとしてのシリアスゲームの方向性と課題」でも話し合われた。続けて紹介したい。
■ 日本の知育ゲームの今後のアプローチ。欧米とは異なるシリアスゲーム市場
今回、最初に話題になったのが「市場規模」についてだ。シリアスゲームは通常のゲーム制作に比べて売れるコンテンツになりうるのか? ここで指摘されたのが、藤本氏が講演で出した事例の多くは「BtoB(企業間の取り引き)」であって、「BtoC(企業と一般消費者)」のビジネスではないこと。DSの知育ゲームを制作し、ユーザーに販売していくビジネスと、政府や企業の要請を受けた上で啓蒙や教育を作るゲームビジネスとは根本的に異なっている点だ。 日本では政府や企業の取り組みが足りないように感じる一方で、欧米ではメーカーが直接ユーザーに向けた知育ゲームはそれほど販売されておらず、ユーザーの認知度も高くない。市場規模を考えようにも、土台が全く違ってしまうのだ。また、ゲームそのものを無償提供して、広めるのが目的、というのとユーザーに向けたコンテンツでは作る意味合いすら大きく異なってしまう。現状では、市場規模は分析する視点によって全く変わってしまう。 企業の広告となるゲームという視点で考えた場合も、メーカーの広告となるゲーム、というのはシリアスゲームの中でも開発資金を得やすいが、「広告効果を広告主に説明しにくい」という問題点が提示された。この問題に、実際企業向けにゲームを制作したメーカーは、「ゲームを置くことでそのメーカーにも興味の無かった人が訪れ、更に他のページに飛ぶというアクセス数が、明確な成績となった」という1つの事例を答えた。 日本のDSと欧米のPCという遊ばれているプラットフォームの違いという議題は、その後のラウンドテーブルの流れを大きく変えた。欧米は公式ページからそのまま遊べるゲームという形が多いこと、日本のDSの一般ユーザーに向けて販売しているコンシューマゲームとは全く違うこと、これは欧米とは全く違うケースであることが指摘された。 ここからDSのゲームの話にうつり、「現在はブームだが、盛んに出ている知育ゲームがユーザーに飽きられてしまうのではないか」、「知育ゲームはコストが抑えられており、ゲーム性も薄く、ゲームを作りたいという開発者のモチベーションを下げかねない」、といった意見、「勉強にゲームを使うとしても、それが当たり前になったらやっぱり子供はいやがるのでは?」、「高齢者など新しいユーザー層が生まれている。もっとターゲットを絞れば企画は生まれてくるのではないか」、「知育ゲームは通常のゲーム以上に長いスパンで売れ続ける」などなど、立場に加え、家庭での体験も含めた意見が出てきた。 さらに議論は「もともと知育ゲームはあったが、DSのタッチパネルという直感的に使え、かつ極めて良好なレスポンスを得ることができるデバイスが、現在の知育ゲームをプレイして楽しいゲームまで引き上げたのではないか」、「DSは知育玩具としての可能性を感じた。他のメーカーでは作れなかったのではないか」と展開していき、“日本のDSビジネスの方向性”といった方向にシフトしていってしまったかな、とも感じた。現在のゲーム開発者が最も考えているところ、ともいえるかもしれない。 議論を聞きながら、「教育を目的とすればユーザーへの敷居は低くなり、ゲームとしての駆け引きや面白さは下がるのではないか」、「ゲームとしてデフォルメしている部分と、史実の整合性はどうするか」などなど、教育ゲームを作る場合の問題も浮かんできた。ラウンドテーブルに参加して感じたのは、現状ではシリアスゲームの範囲は極めて広く、「BtoB」と「BtoC」という大前提が違ってしまうと、話も大きく変わってしまう。藤本氏の提示した欧米での展開と、日本の開発者の目の前の状況で最も違っている部分なのだろう。
とはいえ、今後のシリアスゲームがどのようになっていくかは期待して見守りたいところである。欧米に限らず、韓国のMMORPGを使った商取引の体験授業なども行なわれているし、教育に関してのダイナミックな動きがないとは言い切れない。また、健康や美容に関しての啓蒙ゲームが出たら、アメリカでもブームに繋がる可能性もある。現在の状況がどう変化していくか、シリアスゲームというジャンルは、ゲーム業界の中でも大きな注目点だ。今後考えていく様々な論点が見えてきたラウンドテーブルだった。
□CESAのホームページ (2007年9月26日) [Reported by 勝田哲也]
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