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会場:Moscone Center
「Relflection of Zelda(ゼルダを振り返る)」と題したこのゲームデザインセッションでは、「ゼルダ」メーカーである青沼氏が、「風のタクト」の日本でのセールスの伸び悩みを出発点に、「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」の発売に至るまでの長い長い苦悩とチャレンジのプロセスが語られた。 モチーフ、語られた要素、その実証に至るまで、GDCにおけるゲームデザインの講演としては理想的な内容といえた。最後にはファミリーが「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」を楽しんでくれたという微笑ましいエピソードまで公開するなどサービス精神も旺盛で、「風のタクト」の航海シーンのような涼やかな風を感じさせる講演となった。
■ 出発点は2002年「風のタクト」の国内販売不振。“新たな遊び”の模索が始まる
青沼氏は、まず始めに講演で取り上げる「ゼルダ」シリーズを一覧で紹介。「ゼルダの伝説 風のタクト」(2002、GC)、「ゼルダの伝説 神々のトライフォース&4つの剣」(2003、GBA)、「ゼルダの伝説 ふしぎのぼうし」(2004、GBA)、「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」(2006、GC、Wii)、「ゼルダの伝説 夢幻の砂時計」(2007、DS)の5タイトル。続いて青沼氏は、「ゼルダ」プロジェクトのロードマップを参照しながら、「風のタクト」以降の軌跡を振り返っていった。 まず、「風のタクト」について青沼氏は、北米ではミリオンのセルスルーを達成しているが、実は日本ではそれほどヒットしなかったという。これについて青沼氏は、日本と北米マーケットの温度差の違いと、日本のゲーム離れがハッキリしてきたためという見方を示した。任天堂の上層部はこの「ゼルダ」不振の事態を重く見て、解決策を模索し始めたという。その流れの中で誕生したのがニンテンドーDSであり、DSとワンセットで大々的にプロモーション展開されたタッチジェネレーションのムーブメントに繋がっていく。 青沼氏自身は、トゥーンという表現は好き嫌いがあり、こういう結果が出ても仕方がないと見て、あまり危機感は持たなかったという。一方、「ゼルダ」の生みの親である宮本氏は、「ゼルダ」は3D化してから本質的に“新しい遊び”を盛り込んでおらず、そういう意味で飽きが来始めている。また「ゼルダ」未経験者にとっては複雑で難しい印象を与えていると判断し、「風のタクト」をベースに“新しい遊び”を盛り込むことを青沼氏に命じる。「風のタクト2」と名付けられたこのプロジェクトは、のちに「トワイライトプリンセス」として世に生み出されることになる。 青沼氏はここで当時行なわれた“新しい遊び”の具体例として、コネクティビティを紹介した。コネクティビティとは、GCとGBAを繋ぎ、GBAをモニタ付きコントローラとしてプレイする任天堂の新しい提案であある。「ゼルダ」フランチャイズでは、コネクティビティを従ではなく主として据え、マルチプレイで楽しむ「ゼルダ」というコンセプトで、GBAで2003年に発売された「ゼルダの伝説 神々のトライフォース&4つの剣」をベースとした青沼氏初のプロデュース作品「ゼルダの伝説 4つの剣+」として結実する。 しかし、この「ゼルダの伝説 4つの剣+」は、E3 2003での反応は良好だったものの、実際のセールスは芳しくなく、青沼氏の期待は再び裏切られることになる。青沼氏は、GBAを持参する必要があり、さらに通信ケーブルが必要という2つのネガティブな要素が、不振の原因だと分析する。さらに最大の要因として、GCをターミナルとしてGBAを持ち寄って通信ケーブルを繋いで4人で遊ぶという遊びの形態が複雑すぎて、未経験者にはピンと来ないことを挙げた。 この結果を受けて任天堂上層部は“新しい遊び”は、直感的なものでなければ受け入れられないと判断する。一方、青沼氏は自身が制作に携わった北米版「風のタクト」が、100万本を達成したあと急速に失速し、トゥーンシェーダーを使ったことが低年齢層向けのゲームのように誤解を与えてしまっていることを知り、同様にトゥーンシェーダーを使用する「風のタクト2」の先行きに不安を覚える。そこで青沼氏は、マーケットが健全な米国のユーザーが求める「リアル版ゼルダ」を作るべきだという結論に至る。 2003年末に宮本氏に話を持ちかけたところ、“新しい遊び”を考えずに、見た目の変化だけで乗り切ろうとする青沼氏の考えに当初は否定的だったものの、「時のオカリナ」で実現できなかった馬に乗っての戦闘を、「風のタクト」のエンジンを使って作ってみて、その出来で判断すべきだという決断を下す。 青沼氏は、従来の路線とはまったく方向性の異なる決断に、スタッフは困惑すると予想していたというが、実際には遅々として進まなかったプロジェクトがウソのような活気を見せ始めたという。その4カ月後には、馬に乗ったリアルなリンクが剣を振って敵と戦闘するシーンが完成する。よく知られているように、この映像は2004年のE3で「リアル版ゼルダ」として電撃的に公開され、スタンディングオベーションを持って迎えられる。これに強い手応えを感じた宮本氏と青沼氏は、「2005年」にリリースすることを発表する。 ちなみにこのE3 2004の任天堂メディアブリーフィングで目玉となったのは「ゼルダ」ではなくニンテンドーDSである。青沼氏はこの時点では、「リアル版ゼルダ」で頭がいっぱいだったこともあり、DSへの「ゼルダ」の展開は特に意識しなかったと言うが、宮本氏はこの段階からDS版「ゼルダ」の開発をスタートさせていた。 講演では、その当時のプロトタイプが公開され、2画面における画面配置の模索のプロセスが披露された。当初はメイン画面が上部画面にあったが、青沼氏は、これをDSならではの直感的な操作を実現するために下部画面に変えさせ、フィールドやモンスターなどを直接タッチして操作するインターフェイスをスタンダードにすることを提案する。 その結果、敵を直接タッチするロックオン剣振り、ブーメランの軌跡をペンで直接入力する、マップにメモが残せるといったアイデアが次々と生まれていく。これにより、「ゼルダ」シリーズが3D化されてから初となる“新しい遊び”を、複雑な操作を要求しない形で実現し、ビギナー層に対する手応えを感得する。また、「ゼルダ」ファンに対してもWiFiを使ったオンラインプレイを提案する。こうしてDS版「ゼルダ」は、「リアル版ゼルダ」より遙かに早い段階でコンセプトが固まっていくことになる。
■ 暗礁に乗り上げた「トワイライトプリンセス」。最終的な解決策はGC、Wii同時展開に
青沼氏はこのアイデアについて、宮本氏に「二本足のリンクですら処理が大変なのに、四本足の狼をやろうなんてのは素人のやることだ」としかられ、のちにまったくそのとおりだと反省することになったとコメントして笑いを誘ったが、多少無理があるほうがスタッフの意識のブレイクスルーに繋がるのではないかと考えたのだという。 しかし、青沼氏は、この大事なタイミングで、「ゼルダの伝説 ふしぎのぼうし」の監修を手がけることになる。青沼氏は、「世界を変えることで遊びが変わる」というコンセプトにのっとり、現実世界とリンクが小さくなった世界の2つの世界を行き来するという世界観を採用した同作監修に熱を入れる。青沼氏は、この行動について、「リアル版ゼルダ」の制作からの逃げであり、自分勝手な行動だったと反省するが、このタイムロスが結果的に発売延期という重大な結果を招くことになる。 その後、青沼氏は、「リアル版ゼルダ」の制作にカムバックし、E3 2005のトレーラーの制作に着手する。その当時、「リアル版ゼルダ」は、小さな遊びは無数に作られていたが、柱となる大きな遊びやシーケンシャルにまとめる設計がまだ行なわれていないという状況だった。中でも深刻な課題として、2世界や狼といった新要素を盛り込んだ結果、肝心のリンクの動きに魅力がないと感じていた。宮本氏からは、2004年の大反響をふまえ、「120%のゼルダ」、「『時のオカリナ』を超えるゼルダ」という命題が下されていたというが、その実態は「時のオカリナ」を超えるどころではなかったという。 E3 2005では「トワイライトプリンセス」という正式タイトルを発表。ブースでの豪華な演出により、前年同様の好評を得たが、青沼氏としては、DS版のような新しい遊びを提案できていないことに大きな壁を感じていた。このことは、2005年のプレスブリーフィングにおける青沼氏の発言にも現われている。 青沼氏 「1年間作ってきたものを宮本に見せたが、見事にちゃぶ台をひっくり返された。若いディレクターはちゃぶ台返しに慣れておらず、元に戻すのは私の役目になっていたので、ディレクターに戻った」 一方、宮本氏は同じ席でこう語っている。 宮本氏 「グラフィックスはリアルに作れるようになったが、触ったときのリアリティとは別物だし、まだその部分が弱い。人のやらないことをやっていくのが我々のスタイルなので、これからももっと発見があると思う」 宮本氏の2005年の発言を振り返る限りでは、この時点で宮本氏は、発売延期をある程度意識していた様子がうかがえる。 そして青沼氏はE3終了後に、宮本氏からRevolution(Wii)へのプラットフォーム移行の提案を受ける。青沼氏としてはWii版「ゼルダ」の検討は、あくまで「トワイライトプリンセス」の開発終了後として捉えていたため、その提案に驚いたというが、決定打に欠ける現状打開のために、試しにWiiのポインティングデバイスによる弓矢操作を実験的に行なってみることにした。 結果は、内容的には不完全だったものの、直感的な操作は「ゼルダ」が生まれ変わった感覚を十分に感じることができ、たちまち青沼氏は、この直感的な操作に頭が支配されてしまう。しかし「トワイライトプリンセス」はGCでの発売を予定しており、Wiiに移行することはGCユーザーを裏切ることになる。しかし、いずれにしても2005年に発売することは不可能な状況になっている。
そこで最終的に出された結論が、「ゼルダ」シリーズ初の試みとなるGCとWii同時展開である。GCユーザーに1年待ってもらうことで、「120%のゼルダ」と「新しい遊び」を盛り込む。またWiiのローンチタイトルとすることでWiiの起爆剤にする。この岩田氏と宮本氏の間で下された決断により、「トワイライトプリンセス」はWii版とGC版の両方で同時開発されることになる。
■ 紆余曲折、宮本氏のちゃぶ台ひっくり返しの末ついに完成、青沼ファミリーも「ゼルダ」ファンに
青沼氏は、インターフェイスのほかにも、カメラ視点(主観視点、客観視点)、モーションセンサーでの剣振りなどさまざまな模索を行なっていく。そうした模索の上で、E3 2006での初公開を迎えるが、「操作が難しい」、「アイテム使用中にカメラが勝手に動く」、「十字キーでのアイテム使用は誤動作が多い」など、数々のネガティブな反応が生まれてしまう。 しかし、青沼氏は、マスターアップまで4カ月を切っていることをふまえ、操作系統の見直しは行なわないで行きたいと考え、これらのネガティブな反応を「ブースでは短い時間しか遊べないから当然の反応ではないか、操作に慣れていないだけだ」と判断する。しかし、他のローンチタイトルをプレイしていくうちに、「Wiiの利点を無理矢理当てはめただけで、ユーザー本意の視点に立っていない」ということに気がついたという。 そこで宮本氏と青沼氏は、操作体系の全面的な見直しを行なうことになる。新しいコンセプトとしては「安心して操作できること」とし、そのためにWiiのモーションセンサーによる操作統一を断念したり、アイテム操作の分離、左利きのリンクの操作を右利きのユーザーが行なっても違和感がないように世界のミラーリング(左右を逆転させる)を行なったりなど、ドラスティックな仕様変更を行なっていく。 こうした改良の結果、普段はあまりゲームに触れていない女子社員でもボスが倒せることを確認して、ようやく「リアル版ゼルダ」として新たに生まれ変わった実感を持ったという。その後も、宮本氏に「ユーザーの視点に立っていない」として、いわゆるちゃぶ台ひっくり返しの洗礼を受けたというが、こうして「トワイライトプリンセス」は完成を迎えた。北米ではWiiとセット購入するユーザーが多く、たちまちミリオンセールスを達成するという高い評価を受けた。ただ、日本ではまだ青沼氏が期待したほどのセールスは挙げておらず、まだまだ難解なもの、遊べないゲームだという認識は根強いという見方を崩さなかった。青沼氏としては、“新たな遊び”を多数盛り込んだ今年発売予定のDS版に大きな期待を寄せているようだ。 最後に青沼氏は、最近の身近な出来事として、青沼家の変化を報告した。青沼家は、同年代の妻と5歳の息子の3人家族。妻はゲームにはまったく興味がなく、夫を「会社で好きなゲームを遊んでいる幸せな人」と見ているという。青沼氏は、「私の日々の苦労をまったくわかってくれません」と嘆いて会場を笑わせた。 妻のゲームの無理解からそれまで家庭にゲーム機はなく、青沼氏も強いて置くことを考えなかったというが、ある日5歳の息子が「Wiiリモコンがほしい」と言い出したという。WiiではなくWiiリモコンであるところがポイントだが、CMなどの影響からあの何かとても楽しそうなものに触ってみたいという欲求に駆られたようだ。そこでさっそく青沼氏は、家庭にWii本体と「Wii Sports」、そして無理だろうなと思いつつ「トワイライトプリンセス」を導入する。 「Wii Sports」は5歳児でも十分に遊べ、中でもボクシングを楽しそうにプレイしていたという。ここまでは予想通りだったというが、Wiiリモコンとぬんちゃくを手渡して「トワイライトプリンセス」をやらせてみたところ、最初はとまどっていたが、青沼氏が操作を教えることで、トアル村で釣りや鷹を呼ぶといった基本的なアクションから、最終的にはパチンコを的に当てるといった複雑な操作までできるようになったという。 青沼氏は、5歳児が「ゼルダ」をプレイすることに衝撃を覚えたというが、翌日にはもっと衝撃的な出来事に出くわすことになったという。早めに帰宅した家庭のリビングでは、ダンジョンのモンスターと格闘する妻と、それを応援する息子の姿があったという。まさに漫画のような展開である。 妻に理由を聞くと、息子がモンスターを恐れて先に進めないのを見て、仕方がないので自分が先に進めることにしたが、息子がアドバイスしてくれるので一緒に遊んでいて楽しく、ゲームオーバーになると息子が悲しがるので、そうならないようについつい遊んでしまったという。青沼氏は、こんなことならもっと早く「ゼルダ」を遊ばせていればよかったと思ったという。 あとで妻から「隣で息子がやっているのを見てやってみたくなった」と聞き、人がやっているのを見て自分がやってみたというのは、自身がファミコンの「マリオ」に出会ったのとまったく同じシチュエーションであり、こうした感覚を再び呼び起こしてくれたWiiというハードはゲームに大切なものを教えてくれているのではないかと、自社のハードを絶賛した。 そして現在青沼氏は、モンスターを恐れてトアル村でルピー集めに勤しむ息子の姿を見ながら、次の「ゼルダ」の構想を練り始めていることを報告。最後に次回作となるDS版「ゼルダの伝説 夢幻の砂時計」のプロモーションムービーを公開して講演を終えた。アイデア着想のヒントを家庭に得た青沼氏が、次の「ゼルダ」で何を見せてくれるのか、今から非常に楽しみだ。
□Game Developers Conference(英語)のホームページ (2006年3月9日) [Reported by 中村聖司]
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