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会場:日本未来科学館
エンタテインメントコンピューティング2006(EC2006)は、デジタルエンターテインメントの専門的な技術を広く一般に知らしめるために年に1度開催されているシンポジウム。実行委員会のメンバーには、映像、音楽、ロボット(AI)など各分野を専門にしている研究者たちがズラリと並び、参加者も大学関係者が多い。一般参加も可能だが、極めて学術よりのシンポジウムである。 ただ、セッションの内容は、他分野の専門家でも内容が理解できるように、かなり平易なレベルに留められており、デジタルエンターテインメントに興味のある人なら誰でも理解でき、一定の知的好奇心を満たしてくれる内容になっている。 EC2006は、今年初めて会場を東京に移し、通常のプログラムに加えて、先端情報を扱ったチュートリアルセッションや、日本将棋界を牽引する羽生善治三冠らを招いた招待講演なども実施する。ゲームカンファレンスでも、シリアスゲームでもない独自の立ち位置がユニークなシンポジウムといえる。 初日に行なわれたチュートリアルセッションでは、携帯電話のエンターテインメント、物理シミュレーション、音楽エンターテインメントシステム、ゲーム情報学、オンラインゲームをテーマに1時間のセッションが行なわれた。もともと我々ゲームメディアが「ゲーム」と呼ぶデジタルエンターテインメントは、ECでは親和性の高い題材としてたびたび取りあげられてきているが、チュートリアルセッションの中に、オンラインゲームが取りあげられているのは時代を象徴しているようで興味深い。 それでは以下、比較的、弊誌読者にも親しみやすいゲーム情報学とオンラインゲームのセッションの模様をお伝えしていきたい。
■ ゲーム情報学の目的は“人を楽しませるアルゴリズム”の開発
ゲーム情報学とは、そのネーミングとは裏腹にコンピューターゲームとは直接関係がなく、チェスや将棋、オセロ、囲碁といった古くから存在するゲームを題材にした情報技術の研究のことを指している。実世界へのわかりやすい適用例としては、人工知能がある。松原氏は人工知能の専門家であり、その原点としてのゲーム情報学をわかりやすく解説してくれた。 松原氏はまずはじめにチェス、将棋、オセロ、囲碁といったいわゆる“二人零和有限確定完全情報ゲーム”をテーマに、ゲーム情報学の過去を振り返った。以下の話は、いずれもよく知られている話だが、話としておもしろいので触れておく。 松原氏によれば、二人、零和、有限、確定、完全情報のすべてに該当するゲームは、理論上すべて必勝法が存在するという。たとえば、三目並べは“引き分け”、五目並べは“先手必勝”、オセロは“後手必勝”、チェッカーは“先手必勝”といった具合である。三目並べや五目並べといった簡単なゲームに関しては、具体的な手順まで解明されている。 それ以上複雑なゲームに関しては、理論上は必勝法が存在するが、まだ解明されるまでには至っていないという。今回のメインテーマである将棋は、まだ必勝法が解明されていないゲームのひとつで、松原氏の予測では先手必勝。ただ、羽生三冠は引き分け説を採っているという。松原氏によれば、いずれにしても今後将棋は完全に解明され、その結果、コンピュータが人間に勝つのは時間の問題だという。ロードマップとしては、数年内にプロ棋士に匹敵する棋力を得、10年内に名人/竜王に勝つという予測を披露した。将棋の世界で、コンピュータが人間に勝つのはすぐそこまで来ているという報告はなかなかエキサイティングだった。 ちなみに、コンピュータチェスは、よく知られているように'97年にIBMのスーパーコンピュータDeep Blueが世界チャンピオンのカスパロフに勝利し、研究領域としての役割を終え、現在ではPCソフトレベルでチャンピオンの実力を上回るまでになっている。また、囲碁については、碁盤の広さとコマの多さから、“二人零和有限確定完全情報ゲーム”であることから理論上は必勝法が存在するが、その目処はいまだ経っておらず、その実力はアマ1級程度に留まっている。 松原氏は、ゲーム情報学を「“人対コンピュータ”の戦いの構図に当てはめられるのは本意ではない」とし、その研究の意義として人間が楽しくプレイするための方策の研究、おもしろい新たなゲームの開発研究、既存のゲームの必勝法を求めるなどを挙げ、具体的な例として「接待将棋」を挙げ、会場の笑いを誘った。 しかし、松原氏はあくまで真剣に「馬鹿にしていると思わせないように、相手に悪手とわからない程度の手を打つアルゴリズムの研究は、研究テーマとしておもしろい」とし、転じて教育にも適用可能だと将来の展望を語った。 松原氏の直近の野望としては、2007年初旬開催に向けて準備を進めているというプロ棋士対コンピュータの戦い。2005年10月に将棋連盟は、連盟の許可なくプロ棋士がコンピュータと対戦することを禁止している。松原氏は、なんとか連盟に特例を認めさせ、コンピュータの棋力が人を上回ることを証明してみせる考えだ。 ゲーム情報学の課題なのは、囲碁の研究が終了する、つまり人間に勝つのが2040年とかなり先であることだが、松原氏によれば、今後ゲーム情報学の研究領域は、単純なゲームに留まらず、「人生ゲーム」や「モノポリー」といったボードゲームにも広がり、オンラインゲームなどのデジタルエンターテインメントも対象になるかもしれないという。 松原氏が取り組んでいる人工知能で、オンラインゲームへの適用事例としてもっとも期待されるのは、「数千人規模のゲームプレイシミュレーション」だろう。つまり、高度なアルゴリズムを持ったAIが、実際のプレーヤーと同様にゲーム世界を物理的に闊歩し、クエスト、モンスターハント、アイテム売買などを行ない、“想定外”の事態の発生を事前にチェックするという人工知能を使った大規模デバッキングシステムである。
これが可能になれば、現在数多くのオンラインゲーム運営会社が直面している、ローンチ時のログイントラブルや、バグを悪利用した不正なプレイの防止/早期発見、あるいは現実に近い形での負荷テストが可能になる。現時点では夢物語に過ぎないが、オンラインゲームが普遍的なエンターテインメントになるためには必要不可欠な機能と言っていい。松原氏の今後の研究に期待したいところだ。
■ 次世代オンラインゲームサービスに向けて基幹システムの構築を提唱
松原氏が技術的、社会的課題として掲げたのは、不正行為とリアルマネートレードの2つ。不正行為では、台湾での「大航海時代 Online」での事例を紹介。台湾では「航海兄弟」と名付けられた「大航海時代 Online」のBOTツールが出回り、日本側でその対策を行なっているが、いたちごっこになっているという。松原氏によれば、優秀なエンジニア集団による組織的な犯行であり、こちらがいくら対策してもプログラムの脆弱性を付いて、セキュリティを突破してくるという。 日本では、バグを使ったゲーム内通貨が稼げる情報などが、2ちゃんねる等の掲示板で一瞬で広まるという事象を報告。こうした不正行為への求められる対応として、不正行為を事前に防ぐ手段、不正行為を発見する手段、そして不正をただす手段に関して、現状では各運営会社ごと個別に対応しており、それらの横断的な情報共有が必要だとした。 RMTについては、7月に発覚したガンホーの不正アクセス事件を例に、その潜在的な市場規模の大きさと、ハイパーインフレによってゲーム内経済バランスへもたらす影響の大きさを強調。非常に専門性の高い内容であり、来場者が理解できたかどうかは未知数だが、その論旨は弊誌が6月にインタビューした際と変わっておらず、一般ユーザーが迷惑する行為であり、実態としてあるかどうか、ニーズがあるかどうかは関係なく、断固として無くすべきだという内容。メーカー側の人間としては、RMT否定派の最右翼であり、エンドユーザーから見ても非常に頼もしい限りである。 続いて松原氏は、未来への展望への話を移し、「Onlinegame 2.0」と題したスライドを提示し、オンラインゲーム業界全体の今後の方向性を占って見せた。 まず全体のトレンドとして、MMOからMMOを含むカジュアルゲームへとメインストリームが映ることを予測。その原動力として“わかりやすさ”を強調。松原氏は、「信長の野望 Online」のゲーム内容の説明は、自身がプロデューサーを担当しているにも関わらずとても一言では表現できないのに対し、ゴルフ、テニス、サッカーといったスポーツをテーマにしたカジュアルゲームは、そのモチーフを伝えただけでゲーム内容が想像できる。「この違いは大きい」とした。 ビジネスモデルは月額制からアイテム課金制へと移り、そして次のフェイズとしてゲームコミュニティの拡張としてポータルサイトの多様化が図られると予測。松原氏は、Web2.0というキーワードを用いつつ、現在は自社から外れたパブリックスペースで提供されているオークションシステムやBBS、SNS、BLOGといったWeb2.0的サービスが、今後はすべて自社で抱え込むことを提案。 松原氏は、「すでに外部でコミュニティができあがっている既存のコンテンツについては適用が難しい」としながらも、「今後新たに開発されるオンラインゲームでは、コミュニティサービスをすべて自社で行なう例が増えてくるのではないか」と予測した。 松原氏はさらに論を進め、「仮にそうなってくれば、ゲーム、公式サイトによるサービス、コミュニティサービスをすべて束ねるエンターテインメントプラットフォームが必要になってくる」とし、これはまさに大手企業で採用されているエンタープライズシステムとまったく同じ考え方であることを指摘した。 松原氏の考えは、日立のブレードシンフォニーのような基幹システムの導入を推奨しているのではなく、公式サイト用のウェブサーバー、ゲームコンテンツを配信するダウンロードサーバー、ゲームサーバー、顧客管理データベース、そして現在は外部で提供されているWeb2.0的コミュニティサービスを統合化し、単一プラットフォーム上で提供しようというもの。いずれにしても元エンジニアらしい見方である。
松原氏によれば、「これはコーエー、あるいは次期主力MMORPG『三国志 Online』で採用するというレベルの話ではなく、あくまで一般論」としているが、コーエーのオンラインゲーム事業のトップの発言が一般論で終わるはずはない。松原氏が今後、会社組織における縦割りの弊害にいかに克服し、ネットワーク端末化した次世代機戦略とも絡めつつ、全社一丸的横断的なオンラインサービスを提供していくかが注目されるところだ。
□エンタテインメントコンピューティングのホームページ (2006年9月15日) [Reported by 中村聖司]
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