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会場:昭和女子大学
発売の前後にはあまり強調されなかった要素ながら、プレイした実感として大きくアピールしたい要素がサウンドの素晴らしさであり、とりわけゲーム全編にドルビープロロジックIIの5.0チャンネルサラウンドを採用したサウンドエフェクトの素晴らしさである。ラバナスタの街に降り立ち、ぐるりと視界をまわしたときの街の喧噪に包まれる感覚。個人的には2006年のゲームシーンにおける大きな感動体験のひとつだ。 「ファイナルファンタジー」シリーズは、もともとサウンドにこだわったRPGだが、特に近作では新しいテクノロジーを次々に取り入れている。「FF X」でイベントムービーにドルビーデジタルを採用し、「FF XI」では2チャンネルサラウンド、「FF XII」ではゲーム全編にドルビープロロジックIIを採用と、常に新たなチャレンジを続けている。ちなみに現在開発されている「FF XIII」の提供プラットフォームとなるPS3ではハードウェアレベルでドルビーデジタル5.1チャンネルに対応する。「FF XIII」がどうなるのかは未発表だが、また新しいチャレンジをやってくれそうで、大いに期待したいところだ。 さて、今回のCEDECでは、初日に開催されたドルビーのスポンサーセッション「みんなでつくろう! ゲームサラウンド環境」において、「FF XII」のドルビープロロジックIIを使ったインタラクティブサラウンド音響制作に関する取り組みが公開された。ゲームにインタラクティブサラウンドを導入するとはいったいどういうことなのか。日頃あまり語られない部分だけに大いにカルチャーショックを受けたセッションだった。 セッションスピーカーは、スポンサーのドルビーからは、元カプコンのサウンドデザイナー、現ドルビー システム技術スペシャリストの近藤広明氏、スクウェア・エニックスからはサウンド室サウンドエディターの矢島友宏氏、そしてソニーPCLポストプロダクション部メディア技術課エンジニアの染谷和孝氏の3名。矢島氏は、「FF XII」全体のインタラクティブサラウンド音響制作を担当し、染谷氏はムービーパートのサラウンドミキシングを担当している。本稿では、矢島氏の話を中心にお伝えしていきたい。
■ 足音ひとつで“力強さ”や“たじろぎ”といった感情を表現
プロロジックII導入にあたって重要だったのは、ノウハウの修得以前の問題として、グラフィックス、イベント、プログラムなど各セクションとの連携だったという。主人公の周囲や背後から音を出せるにも関わらず、各パートの協力がなければ宝の持ち腐れになる。粘り強くミーティングを重ねることでプロロジックIIというドルビーのサラウンドフォーマットに対して興味、関心を持って貰えたという。 「FF XII」では、「FF XI」と同様に3Dフルインタラクティブ環境を実現しているが、「FF XII」の場合、ことあるごとにリアルタイムイベントが挿入され、その都度カメラ位置が変わる。3Dゲームの場合、音を拾う位置はたいてい固定だが、「FF XII」ではその都度任意で音を拾う位置を変えている。基本的にフィールドではカメラの位置、イベントシーンはカメラと主人公の中間点で音を拾っているという。 矢島氏がこだわりを持って語った要素が、「フィールド移動時における足音の重要性」。クリエイター魂を感じさせる熱い語りで、聞いていて楽しかった。 「FF XII」では、フィールドの地形に合わせて32パターンの足音を持ち、立ち止まり、踏み込みといった足音の強弱に対応できるように、それぞれのパターンに対してさらに5段階のバリエーションを持たせている。メインキャラクタたちが細かい動きを行なうイベントシーンでは、160パターンでも足りないため、すり足、きびすを返すといった細かい動作を一足一足手作業で音をあてているという。足まで見えないバストアップのイベントシーンでも、わざと足音を付けることでそのキャラクタの力強さやたじろぎといった感情を表現しているという。見事なまでのこだわりぶりである。 サラウンドを構成するために必要となる環境音は、あらかじめマップ上に音の発生ポイントを3D空間上に配置するツールを作成し、その上で配置を行なっている。実際にそのツールでラバナスタのマップが表示されたが、無数の音の点が街全域に広がっていた。これがすべて常に鳴るわけではなく、朝、昼、夜といった状況と、主人公の位置、向きに応じて条件に合った音だけを拾うという仕組みだ。 ただし、「FF XII」はインタラクティブサラウンド環境を実現しているため、主人公が近づいたらただ鳴るだけでなく、カメラの向きに応じて、鳴る位置も変わる。これにより、たとえば環境音が多い場所で視点をぐるぐる回すと、文字通り音の洪水になってしまい、音と音がぶつかり合って最悪ノイズが発生してしまう。ゲーム中のサウンドノイズの発生は、サウンドエディターとしては最悪の事態であり、「FF XII」ではこれを回避するために、一定量を超えると、視点移動の速度が遅くなる仕掛けを凝らしているという。
■ 「ラバナスタ ダウンタウン」は「FF XII」最悪のマップ!?
ただ、矢島氏によれば、「水回りが難しい。ホントはやめてほしい(笑)」とサラウンド環境において水音の表現が苦手箇所であることを告白。フィールドでは常にフロント側でBGMが鳴っているため、どうしても音がフロント側に引っ張られがちで、後ろの回り込みが浅くなってしまう。本当は水回りはもっと爽やかな音にしたかったというが、フロントへ引っ張られるのを少しでも軽減するため重めの音を混ぜて“誤魔化して”いるということだ。 その告白を裏付けるデモがその次の「ラバナスタダウンタウン」。マップ全域に水路が走り、縦横に細くて狭い小道が走っているマップで、矢島氏によれば「なすすべがない。(サウンドチームにとっては)『FF XII』最悪のマップ」とのことだ。 通路と通路の間隔が狭すぎて、普通に処理すると音が隣の通路に飛んでしまうため、同じような水路でも場所によって音の大きさを変えているという。それでもうまく処理しきれたとは言えず、「フロントのBGMの力を借りて、なんとか聞いて貰える状態にしたのが真相」という。実際に曲無しのバージョンも公開されたが、確かにラバナスタほどの自然な音の包囲感はなく、漠然と鳴っており、鳴り方も結構バラバラである。泣きを入れたくなる気持ちもわかる。水回りの表現の難しさと、細い通路の処理は、インタラクティブサラウンド環境における今後の課題といえる。 次にボイスのこだわりも語られた。「FF XII」ではサラウンドのメリットを活かし、イベントシーンで後ろから喋らせるというチャレンジを行なっている。矢島氏によれば「後ろから呼びかけるというのは最高の演出」ということで、「企画段階から盛り込めば楽しいのではないか」と、サウンドにおける有効な演出のひとつとして推奨した。 ボイス周りのユニークな試みとして、主要キャラクタの声はフロント、悪役キャラクタはリアからボイスを出すようにしているという。「戦艦リヴァイアサン」と「ルース魔石鉱」のイベントシーンがデモンストレーションされたが、意識して聞くと確かに味方の声は前から、敵は後ろから声が出ている。ただ、これも繰り返すと慣れてしまうため、シーンによって使い分けているという。 最後に矢島氏は今後の課題として、BGM、ボイス、サウンドエフェクトの3つを完全に均等な音量にしないと、360度空間のサラウンド処理の制御は難しいとした。これはやはり周囲のサラウンドに対する理解と認識が必要不可欠で、解決には時間がかかるだろう。 それから個々の音の優先順位と最大発音数の設定。これはたとえば、通常では近くの音の優先順位が高く、距離が離れるほど下がってくる。しかし、これでは遠くで大砲のような大きな音が鳴ったときに手前が優先されて、結果として音が鳴らなくなってしまう。「FF XII」では、そういう例外処理は、別個に割り当てを行なっているという。巨大モンスターの効果音も、通常モンスターと同じ処理ではおかしくなるため、同様に別扱いにしているという。 矢島氏の講演は、短い時間での駆け足での紹介となったのが残念だったが、ゲーム全編をドルビープロロジックIIで音を出すという試みは、日本はおろか世界的にもあまり前例のないチャレンジだっただけに、参加したサウンドクリエイターたちにとっても重要なチップスが数多く含まれていたのではないだろうか。 今後ゲームサウンドは、グラフィックスの圧倒的進化に伴い、ディスクリートサラウンドになることが確実視されている。矢島氏の報告を聞く限りでは、インタラクティブサラウンドの世界はまだまだ発展途上の段階だが、今後ディスクリートサラウンドの世界がどのように進化発展しようとも、現在水面下で行なわれている音響制作の努力、チャレンジは無駄にはならない。次世代機でも、グラフィックスのみならずサウンドの世界でも、次世代らしい新たな体験を期待したいところだ。
□CESAのホームページ (2006年9月1日) [Reported by 中村聖司]
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