【Watch記事検索】
最新ニュース
【11月30日】
【11月29日】
【11月28日】
【11月27日】
【11月26日】

「プロシージャル技術の動向」セッションレポート
ゲーム開発で注目されつつある古今のプロシージャル生成研究事例を紹介

9月9日~11日開催

会場:昭和女子大学


 「CEDEC 2008」では、コンテンツのプロシージャル生成に関する話題が多くのセッションで取り上げられていた。その好例のひとつは、カンファレンスの初日に行なわれたセッション「プロシージャルグラフィックス - 理論と実践」(レポート記事)で、バンダイナムコゲームスの今給黎隆氏が紹介した「物体の経年劣化のプロシージャル表現」などだろう。

 プロシージャルとは、日本語に置き換えれば「手続き的」という意味合いになる。ゲームにおけるコンテンツのプロシージャル生成の基本的なアイディアをまとめてみると、PCゲーム「SPORE」に見られるように、ある一定のルール・ごくわずかなデータといった“種”から、あらかじめ巧妙に仕組まれたアルゴリズム(手続き)により、キャラクタや風景などの複雑な資源を大量に生みだそうという発想だ。

 近年では、ゲーム開発の大規模化が続き、1タイトルに関わるスタッフの数が100人を超えることもザラになってきている。大規模化するコンテンツ作成をどこかでコンピュータ任せにしたいというゲーム業界の要求は、ある意味で時代の必然とも言えるが、大学や研究機関で進められてきたアカデミックな研究と、ゲーム産業界における実践的導入の間には、まだまだ大きな距離があるのが実情だ。

 3日間続いたカンファレンスの最終日に行なわれたセッション「プロシージャル技術の動向」では、北陸先端科学技術大学院大学で教鞭を執る宮田一乘(カズノリ)氏が登壇し、アカデミックな研究を中心に、プロシージャル生成の歴史と現状を総括した。

 ひとくちに“プロシージャル”と言っても、その中身には様々な原理や応用があるということをよく理解できる内容で、今後ますます登場してくるであろう、プロシージャル生成を採用したゲームコンテンツを読み解く上でも役に立ちそうな印象であった。「CEDEC 2008」最後のレポートとなる本稿で、その内容をご紹介したい。


■ 最新ゲームで積極的に使われつつあるプロシージャル生成技法。
 そのメリット・デメリット、そして活用事例は?

超満員の聴講者の中、古今のプロシージャル生成手法について紹介する宮田 一乘氏
 講演を行なった宮田一乘氏は、日本IBMに12年間勤務したのち東京工芸大・芸術学部で4年間教鞭を執り、現在は北陸先端科学技術大学院大学の教員として、CG、メディアアート、デジタル映像などを専門とする研究者として活動している人物だ。

 本セッションは、昨今ゲーム業界で注目が高まっているプロシージャル生成についての話題を総括する内容になったこともあって注目度が非常に高く、およそ50人収容の教室に100名を超す聴講者が集まり、立ち見をする聴講者が壁沿いまでギッシリという盛況さだった。

狭い教室に聴講者全員を収容できず、室外から立ち見をするゲーム開発者の列が見られた。この状況は講演の最後まで続いた
 この状況について、セッション内容そのものからは外れてしまうが、一言述べておきたい。聴講者の数に比べて教室があまりにも狭く、結局は全員を収容できずに、多数の聴講者が“室外から中を覗き込むようにして”受講せざるを得ない状況になってしまっていたことには大きな問題がある。

 「CEDEC 2008」は有料カンファレンスであり、聴講者が1日のセッションを聴講するために少なくとも10,000円の参加費を支払っている。しかも、集まった人々のほとんどは、技術を磨くために日頃の業務を置いて会場へやってきた第一線のゲーム開発者達だ。このことを考えれば、“室外から立ち見”とはあまりにも気の毒である。聴講をあきらめて去った者も大勢いただろう。今後このような状況が起こらないためにも、運営側には猛省を促したい。

宮田氏の研究事例。石垣、鱗、皮革、漆塗りの模様などをプロシージャル生成している。産業界で応用可能な事例に絞っているようだ
 さて、本題に移ろう。各種プロシージャル技術の紹介に先立ち、宮田氏はプロシージャル技術そのものの全般的な説明を行なった。その要諦は、「形状や模様をアルゴリズムでデザインする」、「パラメータの変更で多くのバリエーションを生成する」、「形状や模様を手間暇掛けずに自由に生成できる」、「詳細度(LoD)を制御可能」の4点である。

 PCゲーム「SPORE」を既にプレイされた読者には、プロシージャル技術の特徴であるこれらのポイントを体験的に理解されていることだろう。ゲーム開発の手法としてプロシージャル技術が注目されつつある背景には、「多くのバリエーション」を生成できること、「手間暇掛けずに自由に生成」できるというメリットがある。「SPORE」では、クリーチャーなど各種コンテンツの細部の調整やアニメーション付けをプロシージャル的技法で自動化することにより、ユーザーの手で無数のコンテンツを生み出すことを可能とした。

 さらに、宮田氏が述べた「詳細度(LoD)を制御可能」という特徴は、広大で複雑な世界を表現したいゲーム開発者にとって魅力的な、非常に応用可能性を広げてくれる特性である。アルゴリズムで対象物を生成するプロシージャル技法では、計算回数や計算粒度を変えることで、同一物のディティルの異なるデータを作り出せる。これは有限の処理能力をスケーラブルに活用できることを意味しており、近年のコンピューターゲームと相性の良い特性だ。

 その一方で、宮田氏はプロシージャル技法の持つ根本的な弱点にも触れている。ひとつは設計が難しい事。アカデミックな研究では特に、生成対象物の厳密な特徴をアルゴリムに置き換える必要があるため、対象への深い理解と緻密な設計が必要になる。

 同様に、ほとんどの表現を経験則で済ませられるゲーム業界でも、プロシージャル技法でコンテンツを生成するためには、きちんと体系化された知識が必要である。プロシージャル技法は、経験と勘だけで狙った効果を得られるものではない。このあたりが、実践的応用の障害になっていることは想像に難くない。

 さりとて、大量の緻密なコンテンツを作らねばならないゲーム業界において、多くの手間暇を自動化してくれそうなプロシージャル技法は魅力たっぷりである。宮田氏は、プロシージャル技法の具体的なメリットを「絵を描く“中の人”を作れること」と表現した。

 では、実際にプロシージャル技法が役立った例はどれくらいあるのだろうか。応用が難しいといわれるプロシージャル技法だが、得意な分野も広く、意外にも既に広く使われている。宮田氏が例を挙げた中から紹介すると、地形生成を行なう「Terragen」、植物生成・ジオメトリセットアップを行なうミドルウェア「SpeedTree」などがよく知られている。特に「SpeedTree」は有名どころのゲームタイトルで大いに活用されている。

 筆者なりに補足しておくと、ごく単純なプロシージャル生成技法は、わりと古くからゲームの世界で使われている。例えば、1998年に登場したPC用FPS「Unreal」の水面や炎の表現に使われるテクスチャは、単純な波動シミュレーションに基づいてプロシージャル生成されていた。

 また、CGの世界でよく使われるパーリンノイズは、雲や霧といったテクスチャをプロシージャル生成するために多数のタイトルで使われているほか、最近ではPC用FPS「Crysis」にて、オブジェクトの凍結状態をリアルにプロシージャル生成する際の小道具として活用されている。

【プロシージャル技法を応用したソフトウェア例】
地形生成ソフトウェア「Terragen」、植物表現のミドルウェア「SpeedTree」は良く知られたプロシージャル技法の応用例だ。「DarkTree」は複雑なテクスチャをプロシージャル生成する実用ソフトウェアである

3Dモデルやテクスチャをプロシージャル生成するための言語処理系もある。グラフィックスアーティストに、絵を描くのをやめてこれらの言語を勉強しなさい、というのは酷な感じもするが、大規模ゲーム開発ではいずれ必要なスキルになっていくかもしれない


■ 地形、植物、モデル生成からテクスチャ生成まで。広範に研究されてきたプロシージャル技法

フラクタルはコンピューティングにおけるいにしえの時代から知られる技法だが、応用範囲は極めて広い
フラクタル的な特性を持つ自然現象の数々
 宮田氏は具体的な応用例について触れた後、プロシージャル技法に使われている基礎的なアルゴリズムについて解説を続けていった。その中でまず、非常に広く応用される技法として“フラクタル”に触れている。フラクタルとは、一定の単純なルールに基づいて描かれる図形のことで、自己相似性を持つことが最大の特徴だ。

 フラクタル的な特性は、自然の中にも多く見られるという。山岳の形状や、植物の形態、雲、河川、落雷の枝状の構造、さらには銀河の構造もフラクタル的であるという。自然現象は非常に単純なルールに基づいて展開しているため、このような相似が生まれるのだろう。この特性から、フラクタルは自然物をプロシージャル生成するために広く応用されているという。

 宮田氏はその具体例として、植物の生成、山岳形状の生成、そして雲の表現と、3例について詳細な解説を行なった。また、植物の生成については、より“偏り”のあるフラクタルを描くアルゴリズムとして“L-System”に触れた。これらについてはやや専門性の高い話になるため、スライド写真をご紹介するに止めておこう。同根のアイディアが「SpeedTree」や「Terragen」などで使われていると考えれば、想像しやすい事と思う。

 また、実例として挙げられた植物の生態系を表現する例が面白い。これはフラクタルとノイズの技法を合わせ技的に活用したもので、フラクタル的に生成した各種の植物を、これまたプロシージャル生成した分布マップに基づき、現実的な植生を再現するというものだ。これと発想を同じくする技法が「Spore」で使われており、惑星上の生態系を作り出す上で効果的に機能している。

【フラクタルの応用例】
フラクタルは再帰分割、反復コピー、式の反復といった単純なフィードバックルールに基づいて図形を生成する技法だ。この手法を拡張することで様々な事物のプロシージャル生成に応用することができる

地形生成から植物の成長シミュレーション、植生の表現まで。多くの例がゲームで応用可能なものと言えるだろう

Reaction-Diffusionテクスチャの例。ライフゲーム的なルールに基づいて模様が複雑に変化していく
 テクスチャについてもプロシージャル生成技法が各種ある。ひとつは前述したパーリンノイズだ。ランダムなようで規則性があり、系の中で連続した模様を描き出せる特性、つまりタイル状に繰り返し貼り付けてもつなぎ目がわかりにくいというのは非常にテクスチャ向きである。これが広く応用されているのも前述の通りだ。

 テクスチャの話題でもう1つ興味深いのが、“Reaction-Diffusion”と呼ばれるテクスチャ生成技法だ。これは、誤解を恐れずに単純化して言うと“ライフゲーム”のようなもので、4角形のセルに分割された空間の中で、ある一定の規則に基づいて各セルの状態を変化させて模様を描き出すものだ。結果が予測しづらいため、狙った模様を完璧に作り出すことは難しいが、複雑な模様が連続的に変化する様子はそれだけで面白い。これについて宮田氏は動物や貝の模様に適用した例を紹介していた。

 このほか、宮田氏は、アルゴリズムによる鱗や棘、体毛の生成、貝の成長モデル、パーティクルシステム、物質の錆び、褪色のシミュレーションなどを足早に紹介。短いセッション時間の中では詳しい技術的解説まではいたらなかったが、プロシージャル技法の応用範囲の広さが良く分かる内容だった。

【様々なプロシージャル技法】
非常に沢山の技法が紹介されたため、全ては解説できないが、そのスライドを掲載させていただく。テクスチャやモデルの生成について、アカデミックな世界では多様な研究例がある。応用しようと考える技術者は、各種の論文を当たってみる必要があるだろう


■ 最新のプロシージャル技術動向とゲーム応用の可能性

プロシージャル生成するためには、対象を分析して論理的な形式知に置き換える必要がある。厳密な研究が不可欠な点がゲーム産業にそぐわないかもしれない
 宮田氏によれば、近年の学術界におけるプロシージャル技術の研究は下火であるという。研究が最も盛んだったのは既に10年も前の話で、現在では多くの研究者が他の分野に流れていったというが、その背景にはプロシージャル技術の、少なくとも学術的な研究はあらかたやり尽くされたという背景がある。

 対象の事物を分析し、形式知に置き換えた上で、アルゴリズムを構築し、それらしい物を計算で作り出すという技法そのものは、“自然物”を対象にしてほとんどの可能性が1980年代から1990年代に試された。その結果、現在では“人工物”のプロシージャル生成が最先端のトピックになっているという。

 ところが、人工物のプロシージャル生成は自然物に比べてはるかに難しい。というのは、人工物は人間の都合で生まれるものであり、法則性が見出しづらいということに帰結する。例えば、トレンドが毎年移り変わるような服飾デザインの世界を数式化するのはとても無理だ。研究が下火になっているのは、問題があまりにも難しすぎて、成果が上がらないということだろう。

都市景観をプロシージャル生成しようという試み。プロシージャルの最新研究は人工物に移っている
 それでも人工物をプロシージャル生成しようという試みはなされているようで、宮田氏は最近の研究成果として都市生成を例に挙げた。道路網とビル群をL-Systemで生成し、そこに水面、陸地、地表高度、人口密度などのマップ情報を掛け合わせ、各地点に適切な建物のモデルを生成して、都市全体の景観をそれらしくプロシージャル生成するというものだ。

 この技術を応用した製品として「CityEngine」がある。ゲームにも利用可能なミドルウェア及びツールキットの形態をとるソフトウェアだが、まだ新しい製品であり、ゲームで応用された例はまだ不明である。今後フライトシミュレーター系のゲームを皮切りに使われていく可能性は考えられるが、生成物があまりにも複雑なものになることを考えれば、おそらく今世代では本格的に使われることはないだろう。

 とはいえ、より基礎的なプロシージャル生成技法は、今世代のゲームで応用される余地は大いにありそうだ。自然物の形状、地形から、テクスチャリングまで、今すぐに応用できる範囲は決して狭くないはず。日々負担を増すゲームコンテンツ制作の一部でも、プロシージャル生成に置き換えられれば、ゲーム開発者はよりリッチな製品を生み出せるようになるはずである。

 ただし忘れてはならないことは、ゲームに必要なのは大量のコンテンツではなく、“面白さ”、“楽しさ”だということだ。いくら膨大なコンテンツがあり、変化たっぷりの映像が楽しめる作品であっても、ゲームとして面白くなければ、満たされるのは若干の好奇心だけだ。

 具体的な事物ならば、研究して“形式知”に置き換え、プロシージャル生成することができるが、面白さや楽しさは観念的なものであり、アルゴリズムで生成することはできない。ユーザーが真に求めるのは後者である。このギャップをどう埋めていくのかが、今後のゲーム業界に求められる実践的研究になっていくのではないか。例えば、ゲーム的に面白いステージ構造を基礎部分だけ人間がデザインし、残りの風景はプロシージャル生成する、といった応用が考えられる。そういった想像を刺激させるセッションだった。

【人工物のプロシージャル生成】
建物をはじめとする人工物の生成はとても複雑なルールに基づく。「CityEngine」の応用例である「Rome Reborn 2.0」では、古代ローマの都市景観を生成するために190ものルールを適用しているという

【宮田氏の研究事例】
宮田氏はメディアアート、デジタル映像の研究者としてプロシージャル技術を取り入れた研究を行なっている。セッションで紹介された事例の中には産業界に使われた例もあったが、学術界全体としてはプロシージャル技法の研究は下火であるそうで、宮田氏がそこに触れたあたり、どこか寂しげであった。プロシージャル技法の研究がゲーム産業界で活発化してくれば面白いことになりそうだが、全てのゲームが「SPORE」と同じようにはいかないだろう。技術をゲームの面白さにどうつなげていくかが焦点である


□「CEDEC 2008」のホームページ
http://cedec.cesa.or.jp/

(2008年9月16日)

[Reported by 佐藤カフジ]



Q&A、ゲームの攻略などに関する質問はお受けしておりません
また、弊誌に掲載された写真、文章の転載、使用に関しましては一切お断わりいたします

ウォッチ編集部内GAME Watch担当game-watch@impress.co.jp

Copyright (c)2008 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.