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会場:昭和女子大学 バンダイナムコゲームスで先端技術を研究する技術者、今給黎(いまぎれ)隆氏の名を冠したこのセッションでは、その今給黎氏によるプロシージャルグラフィックスについての講演があったほか、シリコンスタジオでグラフィックスミドルウェアなどの開発も行なっている研究開発チームから田村尚希氏、川瀬正樹氏が登壇し、最新のシャドウイング技法と被写界深度表現におけるレンズシミュレーションの研究発表を行なった。
■ オブジェクトの経年劣化をプロシージャルに表現する技ありシェーディング技法ほか
プロシージャルといえば、つい最近発売された「SPORE」が代表格だ。「SPORE」では、クリーチャーなどのプレーヤー操作可能なゲームオブジェクトから、植物、惑星などあらゆるコンテンツがプロシージャル生成されるという技術的バックグラウンドを備えており、ゲームのリリース後はグラフィックスデザイナーの手を借りることなく無数のコンテンツがユーザーの手により生成され、その数は既に1,000万種に近づこうとしている。 10月21日にPC/プレイステーション3/Xbox 360でリリースされるFPS「FAR CRY 2」では、50平方キロメートルにも及ぶアフリカの大地を臨場感豊かに再現するため、植物の生育や気候の変化をプログラムで制御するというプロシージャルなアプローチを取っている。その効果により、広大な大地に生え育つ無数の植物が皆微妙に異なった姿をしているだけでなく、時間経過に応じて芽を伸ばし、木立となり、大木となっていく姿がシームレスに表現され、演出上の素晴らしい効果を発揮している。 上記二つのゲームタイトルをまず例にあげた今給黎氏は、プロシージャルをゲーム開発技術上の他分野を下支えする基礎技術であると定義する。これはプロシージャルが、上記に挙げたようなタイトルでの使われ方に限らず、CG、物理シミュレーション、AI、ゲームデザインなど多方面にわたって応用できるという、汎用性の高い技術であると見なされるためだ。また、巨大化するゲームプロジェクトに対する強力なツールとしてプロシージャル生成が重要な技術になるという認識については、当然、という感じで、次々に話を進めていった。
キーとなるアイディアは、経年劣化により発生するキズと汚れ、時間が経つごとにつもっていくホコリの層の色味を、あらかじめテクスチャとして用意しておき、それを適切な配合でブレンドしてレンダリングするということだ。リアル感を増すためにはキズの付きやすい場所、ホコリのつもりやすい場所をあらかじめ知っておく必要があるが、これは経験則+プログラム的な解決で対応する。 まず、キズの付きやすい場所は、大抵、その物体の形状において「エッジ」となる部分だ。サンプルとして使われたティーポットで言えば、注ぎ口の先の部分や、フタの縁の部分などがそうである。こうした場所は他の物体と接触を起こしやすいため、キズや塗装のはがれが起きやすい、ということを経験則的な前提として、それをプログラム的に検出するためにジオメトリデータからエッジ検出を行なって、これを言わば「汚れマッピング」として使用する。 今給黎氏の方法では、これを簡単にすませるためにアンビエント・オクルージョン(環境遮蔽)マッピングを生成するアルゴリズムの逆を適用した。本来はオブジェクトの他の部分に遮蔽される具合を近似するアルゴリズムだが、レイのサンプリングを法線に対して逆向きにすることで、うまいことエッジ部分を抽出したマップが得られるという。 またホコリについて考えると、積もりやすい場所は、一般的にはオブジェクトの上方と、細かく入り組んだ部分だろう。オブジェクトの上方を検出するためには単純に法線ベクトルを使い、細かく入り組んだ部分には、まさしくその目的で作られるアンビエント・オクルージョンマップを流用。やや陰影を強調した状態として「ホコリマッピング」として法線ベクトルとの合成に使う。
この技法が優れているのは、デザイナーの手を煩わすことなくオブジェクトのバリエーションを増やせることだけでなく、キズ、汚れ、ホコリといった各パラメータを変化させていくことで、経年劣化の様子を連続的に表現できるという点だ。シェーディングステップは3つほど追加されることになり、やや描画負荷は高まるが、近年のGPUであれば軽々とこなせる範囲だろう。非常に実用的で、現実的なテクニックである。 このほか今給黎氏は、ノイズが施されたテクスチャマップを繰り返しが判別しにくい方法で複雑に引き延ばすアニメーションを使い、地球表面のモデルにリアリスティックな雲描写を加えるテクニックや、擬似的なフラクタル技法で樹木の生成をプロシージャルに行ない、計算・描画負荷の高まる先端近くの微細構造をあらかじめテクスチャ化し、入り組んだ構造を低負荷で描画するテクニックを紹介した。明日にでも使える実用プロシージャルテクニックの数々に、多くの技術者が発想を刺激されたに違いない。
■ 半影をリアルに表現する最新シャドウイング技法、実写映像のボケ味を再現するレンズシミュレーション
田村氏による発表は、先月米国で行なわれたSIGGRAPH 2008で発表された「Real-Time, All-Frequency Shadows in Dynamic Scenes」という論文の紹介である。ここで解説された技法は、オブジェクトが落とす影のレンダリングを、面光源による本影(くっきりした影)と半影(ぼんやりした影)のすべてを、レイトレーシング法に近いリアルな表現で描こうというものである。 技術上の基本は、環境マップで与えられる面光源によるソフトシャドウを複数回描画するということだ。数式が多くなる専門的なセッションだったため詳細はお伝えしきれないが、キーアイディアとなるのは2点。ひとつは、環境マップを明るい場所ごとに分割し、それぞれをひとつの光源として扱い、環境全体をうまく光源として利用すること。 もうひとつは、PCF(Percentage Closer Filterling)と呼ばれる、シャドウのエッジ部分で複数サンプルの平均を取ることでソフトシャドウを描画する手法にちょっとしたひねりを加え、より滑らかな影を描画することだ。 結論から言うと、この手法はレイトレーシング法に近いなめらかでリアルな影を描ける半面、面光源内の明るい部位が多数に上る場合に非常に計算負荷が高くなるため、現時点では実用に耐えられない。現実のゲームで応用するためには、光源を1個か2個に絞るなどの対応が必要であるとのこと。しかし、実現する映像のクオリティは非常に素晴らしいため、実際に応用されるゲームが出てくるのは楽しみである。
現実の光というのは、光学レンズで屈折することにより、レンズ自体の形状や、赤、青、緑の光の波長・屈折率が異なることにより、厳密には常に焦点が定まっていおらず、その光の屈折具合によって色々な効果が発生する。ぼやけた光のエッジが緑色がかったり、中央部がやや暗くなるといった現象だ。 レンズの焦点距離と受像場所の距離にズレがあることによって生じる「前ボケ」、「後ボケ」で異なるぼやけ方が現出するのだが、ゲームでここまで再現した例はいまだない。川瀬氏の発表では、これを限りなく現実に近づけるアイディアが紹介された。基本となるアイディアは、レンズの違いによる色の分離具合、輝度の変わり具合といった変化を、あらかじめ2次元のテクスチャに落とし込み、それを被写界深度つきのレンダリング時に参照して、円形絞りのレンズによる光学効果を再現するというものだ。 デモンストレーションされた映像では、普通の凸レンズから、普通のデジカメにもよく採用されている、凸レンズに凹レンズを組み合わせたダブレットレンズ、さらにレンズを加えて誤差を抑えたトリプレットレンズ、現実的には最小誤差となる非球面レンズの4種による、現実的なぼやけ効果がリアルタイムに再現されていた。夜のネオン街をピンぼけ気味に撮影すると、光がジワリと広がって、輝点の中央部やエッジにかけて複雑な陰影のパターンを示すが、まさにそれを再現したものだ。 レンズ特性による映像効果は、光学補正能力が不十分なダブレットレンズタイプのものがむしろ演出的にはおもしろく、都市を舞台にするドラマチックな演出などでてきめんな効果を発揮しそうな感じである。いまだ、ここまでのレンズ効果をリアルタイムのゲームに使った例はないが、ぜひとも応用例を見てみたいと思わせる内容だ。 川瀬氏はそれでも満足しておらず、レンズの傷、汚れを考慮してさらに実写感を上げたり、円形以外の絞りにも対応したいとする。また、今回はCPUによる一種「力技」的な実装だったが、今後はGPUを利用した高速な実装に取り組むことが期待できるようだ。CPUによる実装でも非常になめらかに動作していたので、GPU実装が完成すれば様々なゲームで応用が利きそうである。
(2008年9月9日) [Reported by 佐藤カフジ]
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