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「CEDEC 2008」セッションレポート
「IMAGIRE(今給黎) DAY」、国内ゲームグラフィックスの最新研究発表

9月9日~11日開催

会場:昭和女子大学


 ゲーム開発者を対象とする国内最大のカンファレンス「CEDEC 2008」の初日、プログラマー向けトラックでは「IMAGIRE DAY」と題して、国内における最新のゲームグラフィックス関連研究を発表する連続セッションが設けられた。

 バンダイナムコゲームスで先端技術を研究する技術者、今給黎(いまぎれ)隆氏の名を冠したこのセッションでは、その今給黎氏によるプロシージャルグラフィックスについての講演があったほか、シリコンスタジオでグラフィックスミドルウェアなどの開発も行なっている研究開発チームから田村尚希氏、川瀬正樹氏が登壇し、最新のシャドウイング技法と被写界深度表現におけるレンズシミュレーションの研究発表を行なった。


■ オブジェクトの経年劣化をプロシージャルに表現する技ありシェーディング技法ほか
 今給黎 隆氏によるプロシージャルグラフィックス講演

実用的なプロシージャルグラフィックス技法について解説する今給黎 隆氏
 株式会社バンダイナムコゲームスで研究開発のディレクションを勤める今給黎 隆氏は、「プロシージャルグラフィックス - 理論と実践」と題し、ゲーム業界で近年注目を集めているプロシージャルなコンテンツ生成をテーマに講演を行なった。

 プロシージャルといえば、つい最近発売された「SPORE」が代表格だ。「SPORE」では、クリーチャーなどのプレーヤー操作可能なゲームオブジェクトから、植物、惑星などあらゆるコンテンツがプロシージャル生成されるという技術的バックグラウンドを備えており、ゲームのリリース後はグラフィックスデザイナーの手を借りることなく無数のコンテンツがユーザーの手により生成され、その数は既に1,000万種に近づこうとしている。

 10月21日にPC/プレイステーション3/Xbox 360でリリースされるFPS「FAR CRY 2」では、50平方キロメートルにも及ぶアフリカの大地を臨場感豊かに再現するため、植物の生育や気候の変化をプログラムで制御するというプロシージャルなアプローチを取っている。その効果により、広大な大地に生え育つ無数の植物が皆微妙に異なった姿をしているだけでなく、時間経過に応じて芽を伸ばし、木立となり、大木となっていく姿がシームレスに表現され、演出上の素晴らしい効果を発揮している。

 上記二つのゲームタイトルをまず例にあげた今給黎氏は、プロシージャルをゲーム開発技術上の他分野を下支えする基礎技術であると定義する。これはプロシージャルが、上記に挙げたようなタイトルでの使われ方に限らず、CG、物理シミュレーション、AI、ゲームデザインなど多方面にわたって応用できるという、汎用性の高い技術であると見なされるためだ。また、巨大化するゲームプロジェクトに対する強力なツールとしてプロシージャル生成が重要な技術になるという認識については、当然、という感じで、次々に話を進めていった。

傷、汚れ、ホコリの基本的な分析。経験則にもとづいて「それらしい」絵を作るのが今回の目的だ
 今給黎氏は引き続いてプロシージャル生成の応用例を紹介。最初に発表されたのは、プロシージャル生成により「物体の経年劣化」を映像的に表現する技法だ。この技法では、物体が長年を経ることで汚れたり、ホコリをかぶって色あせた状態を、グラフィックスデザイナーの手を借りることなく、シェーダーを活用したプログラムで再現する。

 キーとなるアイディアは、経年劣化により発生するキズと汚れ、時間が経つごとにつもっていくホコリの層の色味を、あらかじめテクスチャとして用意しておき、それを適切な配合でブレンドしてレンダリングするということだ。リアル感を増すためにはキズの付きやすい場所、ホコリのつもりやすい場所をあらかじめ知っておく必要があるが、これは経験則+プログラム的な解決で対応する。

 まず、キズの付きやすい場所は、大抵、その物体の形状において「エッジ」となる部分だ。サンプルとして使われたティーポットで言えば、注ぎ口の先の部分や、フタの縁の部分などがそうである。こうした場所は他の物体と接触を起こしやすいため、キズや塗装のはがれが起きやすい、ということを経験則的な前提として、それをプログラム的に検出するためにジオメトリデータからエッジ検出を行なって、これを言わば「汚れマッピング」として使用する。

 今給黎氏の方法では、これを簡単にすませるためにアンビエント・オクルージョン(環境遮蔽)マッピングを生成するアルゴリズムの逆を適用した。本来はオブジェクトの他の部分に遮蔽される具合を近似するアルゴリズムだが、レイのサンプリングを法線に対して逆向きにすることで、うまいことエッジ部分を抽出したマップが得られるという。

 またホコリについて考えると、積もりやすい場所は、一般的にはオブジェクトの上方と、細かく入り組んだ部分だろう。オブジェクトの上方を検出するためには単純に法線ベクトルを使い、細かく入り組んだ部分には、まさしくその目的で作られるアンビエント・オクルージョンマップを流用。やや陰影を強調した状態として「ホコリマッピング」として法線ベクトルとの合成に使う。

アンビエント・オクルージョンマッピングの生成に使われるアルゴリズムを流用し、「汚れマッピング」、「ホコリマッピング」を生成。これを通常のレンダリング結果に重ねがきし、経年劣化したオブジェクトをそれっぽく描画する

レンダリング結果。パラメータの調整を行なうことで、リアルタイムに劣化具合が変化する
 あとはレンダリングするだけというわけだが、キズ、汚れ、ホコリは、ベースとなるオブジェクトを通常通りレンダリングした後に、追加のシェーディングとして処理する。具体的には、通常通りレンダリングした「新品」のティーポットに、「汚れマッピング」を使ってキズ、汚れのテクスチャを重ね塗りし、さらに「ホコリマッピング」を使い、ホコリの層を描いたテクスチャを重ね塗りする。これにて、長年使い込んだ感じの仕上がりの完成だ。

 この技法が優れているのは、デザイナーの手を煩わすことなくオブジェクトのバリエーションを増やせることだけでなく、キズ、汚れ、ホコリといった各パラメータを変化させていくことで、経年劣化の様子を連続的に表現できるという点だ。シェーディングステップは3つほど追加されることになり、やや描画負荷は高まるが、近年のGPUであれば軽々とこなせる範囲だろう。非常に実用的で、現実的なテクニックである。

 このほか今給黎氏は、ノイズが施されたテクスチャマップを繰り返しが判別しにくい方法で複雑に引き延ばすアニメーションを使い、地球表面のモデルにリアリスティックな雲描写を加えるテクニックや、擬似的なフラクタル技法で樹木の生成をプロシージャルに行ない、計算・描画負荷の高まる先端近くの微細構造をあらかじめテクスチャ化し、入り組んだ構造を低負荷で描画するテクニックを紹介した。明日にでも使える実用プロシージャルテクニックの数々に、多くの技術者が発想を刺激されたに違いない。

こちらは地球上を流れる雲をそれらしくプロシージャル生成するテクニック。今年のSIGGRAPH 2008で発表された、流体をそれっぽく見せるためのテクニックを応用する。循環して流れるノイズのテクスチャを用意して、それに雲のテクスチャを合成して、自然の雲が複雑に変化している様子を擬似的に描き出すものだ

こちらはフラクタル風の手法で樹木を描画しつつ、再帰処理の深くなる部分をあらかじめテクスチャに描画し、実際のモデルと置き換えることで複雑なプロシージャル生成の樹木をそれらしく見せる方法の紹介。フラクタルは自己相似形であることに注目している。樹木を生成しているコードは驚くべきシンプルさだが、映像的にはしっかり複雑な植物の形態が表現されている。先端部をテクスチャで置き換えることにより、本来は3fpsしか出ないほどの複雑度を、やや映像上の歪みはあるが高速に描画できていた


■ 半影をリアルに表現する最新シャドウイング技法、実写映像のボケ味を再現するレンズシミュレーション
 シリコングラフィックス、ソフトウェアエンジニアリングチームによる講演

リアルタイムシャドウイングの最新技法について解説する田村尚希氏
紹介された技法ではレイトレーシングに近い影のレンダリングを得られる
 「IMAGIRE DAY レンダリスト養成講座 2.0」と題するセッションでは、シリコンスタジオ株式会社ソフトウェアエンジニアリング部から田村尚希氏と、川瀬正樹氏による2つの研究発表が行なわれた。

 田村氏による発表は、先月米国で行なわれたSIGGRAPH 2008で発表された「Real-Time, All-Frequency Shadows in Dynamic Scenes」という論文の紹介である。ここで解説された技法は、オブジェクトが落とす影のレンダリングを、面光源による本影(くっきりした影)と半影(ぼんやりした影)のすべてを、レイトレーシング法に近いリアルな表現で描こうというものである。

 技術上の基本は、環境マップで与えられる面光源によるソフトシャドウを複数回描画するということだ。数式が多くなる専門的なセッションだったため詳細はお伝えしきれないが、キーアイディアとなるのは2点。ひとつは、環境マップを明るい場所ごとに分割し、それぞれをひとつの光源として扱い、環境全体をうまく光源として利用すること。

 もうひとつは、PCF(Percentage Closer Filterling)と呼ばれる、シャドウのエッジ部分で複数サンプルの平均を取ることでソフトシャドウを描画する手法にちょっとしたひねりを加え、より滑らかな影を描画することだ。

 結論から言うと、この手法はレイトレーシング法に近いなめらかでリアルな影を描ける半面、面光源内の明るい部位が多数に上る場合に非常に計算負荷が高くなるため、現時点では実用に耐えられない。現実のゲームで応用するためには、光源を1個か2個に絞るなどの対応が必要であるとのこと。しかし、実現する映像のクオリティは非常に素晴らしいため、実際に応用されるゲームが出てくるのは楽しみである。

計算負荷が非常に高いため現時点では実用的ではないというが、今後GPU版の実装が開発されたり、コンピュータ性能の向上によりゲームでの応用が期待される技術だ

川瀬正樹氏は、被写界深度表現におけるレンズシミュレーションについて最新の成果を発表した
発表ではまず、レンズによる光の収差について詳細な分析が紹介された。ゲームグラフィックスでここまで考慮する時代が来るとは凄い
 もうひとりの講演者、川瀬 正樹氏による発表は、シリコンスタジオが国内向けに提供しているグラフィックスミドルウェア「DAIKOKU」でもサポートされている、被写界深度表現におけるレンズシミュレーションの最新研究についてだ。この研究は、ゲーム画面の「ぼやけ」効果ををいかに実際のカメラレンズに近づけるか、という点に特化したものである。

 現実の光というのは、光学レンズで屈折することにより、レンズ自体の形状や、赤、青、緑の光の波長・屈折率が異なることにより、厳密には常に焦点が定まっていおらず、その光の屈折具合によって色々な効果が発生する。ぼやけた光のエッジが緑色がかったり、中央部がやや暗くなるといった現象だ。

 レンズの焦点距離と受像場所の距離にズレがあることによって生じる「前ボケ」、「後ボケ」で異なるぼやけ方が現出するのだが、ゲームでここまで再現した例はいまだない。川瀬氏の発表では、これを限りなく現実に近づけるアイディアが紹介された。基本となるアイディアは、レンズの違いによる色の分離具合、輝度の変わり具合といった変化を、あらかじめ2次元のテクスチャに落とし込み、それを被写界深度つきのレンダリング時に参照して、円形絞りのレンズによる光学効果を再現するというものだ。

 デモンストレーションされた映像では、普通の凸レンズから、普通のデジカメにもよく採用されている、凸レンズに凹レンズを組み合わせたダブレットレンズ、さらにレンズを加えて誤差を抑えたトリプレットレンズ、現実的には最小誤差となる非球面レンズの4種による、現実的なぼやけ効果がリアルタイムに再現されていた。夜のネオン街をピンぼけ気味に撮影すると、光がジワリと広がって、輝点の中央部やエッジにかけて複雑な陰影のパターンを示すが、まさにそれを再現したものだ。

 レンズ特性による映像効果は、光学補正能力が不十分なダブレットレンズタイプのものがむしろ演出的にはおもしろく、都市を舞台にするドラマチックな演出などでてきめんな効果を発揮しそうな感じである。いまだ、ここまでのレンズ効果をリアルタイムのゲームに使った例はないが、ぜひとも応用例を見てみたいと思わせる内容だ。

 川瀬氏はそれでも満足しておらず、レンズの傷、汚れを考慮してさらに実写感を上げたり、円形以外の絞りにも対応したいとする。また、今回はCPUによる一種「力技」的な実装だったが、今後はGPUを利用した高速な実装に取り組むことが期待できるようだ。CPUによる実装でも非常になめらかに動作していたので、GPU実装が完成すれば様々なゲームで応用が利きそうである。

レンズによる輝度、色の収差を計算し、結果をあらかじめテクスチャに落とし込んでおくのが今回の技法におけるポイントだ。レンダリング時に被写界深度表現を行なう際、焦点距離と描画対象との距離に応じてテクスチャを参照して描画。円形絞りのボケ具合を再現する

デモンストレーションでは、本来は小さなくっきりとした輝点が、レンズ効果により様々な特徴あるボケ具合に変化していた。静止画ではわかりづらいが、絞りを調整すると実際のレンズのように輝点のにじみ具合が変化していく。映画的な表現をゲームに取り入れる際、非常に効果を発揮しそうだ


□「CEDEC 2008」のホームページ
http://cedec.cesa.or.jp/

(2008年9月9日)

[Reported by 佐藤カフジ]



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