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会場:昭和女子大学
内容は、ゲーム開発とビジネスの関係という、ゲーム会社にとって、あるいはゲームクリエイターにとっては避けて通れない課題に、稲船氏自身がどのように立ち向かっているかを語るもの。「僕自身、ゲームを作ってきて常に考えてきたこと。面白いものを作ることが正義のように語られているが、それだけじゃないというのが僕の中にある。ビジネスという、クリエイターがあまり考えたくないことが、ゲーム作りには大切なのではないか」という問題提起から、講演が始まった。
■ ゲームとビジネスは矛盾する。しかし考え続けることがヒットを生む 4年前からカプコンのゲーム開発を統括する立場にいる稲船氏。ゲーム業界ではよくある「今期中に間に合わせろ」という経営側の指示に対して、「うるさい、と思うが、大切だとも思う」という。また「ゲームをどのようにビジネスに生かしていくかを考えるのが成功の鍵。ここ数年は特にそう感じている。カプコンは次々に新しいことをやっているように見えるかもしれないが、ビジネスのことをとても考えている」とも語り、ゲームの開発においてもビジネスを見る必要性があるという考えを示した。 しかし稲船氏は、「ゲームとビジネスはある種の対義語だと思っている」という。例として「男性が女性にもてる方法」を挙げ、「女性はよく、優しい男性が好きですという。また、頼りがいがある人が好きともいう。でも、優しい人は頼りがいがないものだし、頼りがいがある人は優しく見えない。これは矛盾しているが、両立していたらもてる。矛盾の中にヒット性がある」という。ではその矛盾を突破する方法があるのかと思うと、「その矛盾は解決できないが、それを考えていくことが大事じゃないかと思う」と述べた。 ここで少し、4年前のことを振り返った稲船氏。「当時はどん底の状態。経営サイドは『リスクを回避してくれ。新しいゲームを作るな。続編でお金になりそうなものだけをやれ』という。そこで『はい、わかりました。その通りです』と答えた。そして実際はその逆をした」という。 キーワードは「リスクを考えないこと」だという。当時は次世代ゲーム機が発表された頃で、「どの次世代ハードが勝つのか」が焦点となった。まだ発売前の段階では、いくらデータを集めても絶対はないのだが、経営側としては根拠のない冒険は見過ごせない。その状態でどう押し通すか。 稲船氏は「嘘をつくことも大切」とあっさり答えた。「『絶対売れるのか?』と言われたら、『絶対売れます!』と嘘を言って押し通せばいい。信じるか信じないかは相手次第だが、やる前から『自分にはそんなことはできない』というのはダメ。それはゲームに自信がない証拠だ」という。 さらに稲船氏は「クリエイターは甘えている」と厳しい言葉を続けた。「自分達にはクリエイティブな才能があるのに、経営側はわかってくれない、といってクリエイターは逃げる。そういって独立していくが、ヒット作を出せない。ビジネス面から逃げてクリエイティブに行っている。これだけではヒットは生まれない」と指摘した。 クリエイターだけでなく、経営側にも問題があるという稲船氏。「どんなビジネス業界のすごい人が来てシステムを整備しても、ゲームのヒット作は生まれない。ここが一番大事。クリエイターは甘えていて、経営者は偉そう。互いに理解しようとしないのがゲーム業界の悪いところ。ここが合致しない限りヒットは生まれない」と、両者が互いに歩み寄ることの重要性を示した。 では、どうやって経営側に自分の考えを理解してもらうのか。稲船氏は、「本当の意味で理解させるのは無理。経営側は金儲けのことを考えているが、クリエイターは基本的に金儲けを考えていない。そこには絶対に交わらないところがある」という。 もちろん、交わらないからそれまでというのではない。「ゲームが大好きという経営者は少ない。経営者はお金をどう増やすかがゲーム性のようなもの。クリエイターもお金は欲しいけれど、それが全てじゃない。ユーザーが何を求めているかは考えているはずなのに、経営者のことは考えられない。これを考えてあげて、自分の中で少しずつ矛盾に近づいて欲しい」と語った。 そのための第1歩として、株価を見ることが薦められた。「僕はすごくカプコンの株価を見る。自分達の行動が株価にどう影響するか、自分の会社がどのように評価されているかがわかる。またゲーム業界の株価を全部見れば、どの会社よりも上なのか、下なのかもわかる」とした。
ヒットを生むにはどうすればいいかというと、「一番簡単なのは、ビジネスセンスのあるクリエイターがいればいい」という稲船氏。笑い話かと思ったが、「実際はそんな人はいないが、いないからといって諦めてもいけない。僕は諦めたくない」と続けた。これまでの話からも、可能性がある限りは捨てずに追い続けようという稲船氏の姿勢がよく出ている。
■ 常に攻め続けなければ、勝ちはつかめない
カプコンは早くからXbox 360用タイトルの開発に名乗りを上げていた。当時、稲船氏はゲーム業界の色々な人から、「どうしてXbox 360でやるの? Xboxがあれだけ失敗していては無理でしょう」と言われたという。これに対して稲船氏は、「どうしてダメなんですか? 頑張れば何とかなるんじゃないですか?」と答えた。「その時点で視野が違う。大丈夫でしょう、という中で、僕は日本だけを見ていなかった。海外で外国人が考えることを考えてやろう思っていた」という。 また稲船氏は、流行になるものに触れておく意味から、iPhoneを購入したそうだ。その感想は、「ことのほか難易度が高い。電話帳を移せない、説明書がない、常識では考えられないことがいっぱいあって、腹が立つ」というかなりネガティブなもの。しかし稲船氏は、そこで「これか!」と感じ取ったという。「日本人は同じ会社の端末に変えようという意識が強いが、外国人はそうじゃない。フロンティア精神がある。それが世界を動かしているところがあって、日本のゲーム業界はこれについていけていない」と業界の問題を指摘した。 iPhoneでフロンティア精神の話題は、最初に語られた4年前の状況に通じる。「新しいチャレンジに対して、日本のゲーム会社は臆病になっている。苦しいからリスクを回避してくれ、新しいことをしないでくれと常にいう」。 稲船氏はこの姿勢では海外メーカーに勝てないという。この現状をサッカーに例えて、「日本のナショナルチームがブラジルと対戦して3点取られたとする。ここで監督は『これ以上得点はやれない、ディフェンスを増やせ』とは言わない。8人で攻めろといったほうが格好いい。日本のゲーム業界は、ここで8人で守れと言っている。日本のゲーム業界は海外に3点取られているのに、守れというのはおかしい」と述べた。
では逆に日本が先に3点を取るような状況ならどうか。「ディフェンスに8人回れというのはバカな経営者。僕が経営者なら、8人で攻めろ、4点目を取れという。後半残り45分、ブラジルの攻めを耐えきれるわけがない。攻めを重視すれば、ブラジルにボールをやる時間を半分にして、守るのも半分で済む。調子がいいときほど攻めなさいという。攻撃は最大の防御。今の日本は苦しいとき、だから攻めなきゃいけない。もしそれでよくなってきたら、もっと攻めなきゃいけない」と語った。
■ ゲームを作れるなら、経営もわかるはず
ただ稲船氏自身、クリエイターとして、それはありえることだと理解はしているという。その上で、「そこで開き直るのではなく、その欲しい時間でどれだけの数字を上げられるのか示さなければならない。もっとよくなるんです、だけではわからない。数字が、株価がこのくらい上がります、市場でこう評価されますと言わないと経営側には伝わらない」と語った。クリエイターが経営側の事情を理解してこそできるものだ。 また経営者にも、「経営者がクリエイターに対し、ゲームバカに言われる筋合いはない、と思ってはいけない。こうやっていくことで開けてくることもある」と、クリエイターへの理解を促した。 稲船氏はクリエイターに対し、「経営ってそんなに難しくない。ゲームを作れるならわかるはず」と、一層の歩み寄りを促した。「どうやったら赤字にならないか、コストを削減できるか、スケジュールに間に合わせられるか。できあがったら見せます、と適当にやっていてはダメ。考えてやっていくことで、必ずできることはある。日本のゲーム業界にはこれが足りない」と説明した。 続けて稲船氏は、日本のゲーム業界のもう1つの問題として、報酬の少なさを挙げた。「日本で大ヒットを出しても、海外に比べて報酬が少ない。海外で大ヒットを作れれば、お金だけでなくストックオプションなどで大金持ちになる。でも日本にはなかなかないし、個人には行かない。これもクリエイターが経営を考えない1つの阻害要因になっている。その仕組みを変えていければいいのではないか」とした。 最後に稲船氏は、「カプコンのこの4年間というのは、こういった基本の中でやってきて、ただクリエイターがわがままでやってきたものがヒットしたとか、経営側がどんどん新しいことをやっていいよと言ってくれてできたものは一切ない。いかにクリエイターが経営と交わろうとやってきた結果だと思う。カプコンが、そして日本のゲーム業界がよくなるかどうかは、そこにかかっている。カプコンも、ブラジルから3点取ったけれど、守りに入って4点、5点と取られるのか、4点目を取れるのか。これからの3年、4年がどうなるのかは見てもらいたい」と語り講演をまとめた。
実際のところ、ゲームの開発・経営とサッカーは別物なので、稲船氏の理論が絶対に成功につながるとはいえない。ただ、そういって弱気になっていたからこそ、世界のクリエイターに対して遅れを取っている現状があるのだということを、稲船氏は伝えたかったのかもしれない。また講演の中で稲船氏は、「こういった場所でどんなすごい技術や理論が公開されても、僕には無理、といったら終わり。噛み砕いて何とか吸収してほしい」と述べた。自分の想いを理解しろというのではなく、形を変えても役立てて欲しいというところが、稲船氏らしいと感じさせられた。
□CEDEC 2008のホームページ (2008年9月10日) [Reported by 石田賀津男]
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