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Game Tools & Middleware Forum2008レポート

「SIREN NT」、「忌火起草」PS3ホラーゲーム開発の実例
Cellコンピューティングが実現する“真の恐怖”

6月4日開催

会場:大手町サンケイプラザ

 ゲーム開発向けツールと、ミドルウェアのメーカーによって共催された「Game Tools & Middleware Forum2008」。本稿では、東京会場で行なわれたPS3「SIREN NEW TRANSLATION」とPS3「忌火起草」の開発スタッフが語った2つの講演を取り上げたい。

 最新のゲームでは多くの人がゲーム開発に関わるが、実際、どんな作業をしているかわかりにくい。この2つの講演からは、ゲーム開発でスタッフがどのような作業をしているか、PS3のゲームが要求する技術水準の高さをかいま見ることができた。


■ 「SIREN NEW TRANSLATION」、2,000ポリゴンで表現される「恐怖の貌(かお)」

ソニー・コンピュータエンタテインメントワールドワイドスタジオのJAPANスタジオグラフィックデザイン部アーティストの山口由晃氏
ソニー・コンピュータエンタテインメントワールドワイドスタジオのJAPANスタジオグラフィックデザイン部シニアアーティストのムーア・ギャビン氏
1つのモーションをコピーすると、体型に合わせて調整される。不自然な部分は1つの指定でモーション全体に適用される
 「Game Tools & Middleware Forum2008」のゲストスピーカー講演として行なわれたのが、「SIREN NEW TRANSLATION」の2人の開発者によるMayaとMotionBuilder Workflowの活用事例である。登壇したのは、株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントワールドワイドスタジオのJAPANスタジオグラフィックデザイン部アーティストの山口由晃氏と、同じくJAPANスタジオグラフィックデザイン部シニアアーティストのムーア・ギャビン氏だ。

 「SIREN NEW TRANSLATION」(以下、「SIREN NT」)は7月24日発売予定のPS3向けホラーアドベンチャーゲーム。日本の山間部にあり、土砂災害で失われてしまったはずの村「羽生蛇村(はにゅうだむら)」を舞台に、村に迷い込んでしまった米国のテレビクルーが直面する恐怖を描く。血のような赤い涙を流し続ける不気味な「屍人」、廃墟となった日本の寒村、ほとんど視界のきかない不気味な闇と、独特の雰囲気を持った作品である。

 「SIREN NT」はシリーズ1作目の舞台となった羽生蛇村で再び展開する。PS3のグラフィックスで羽生蛇村がどのように描かれるのか、人間の存在そのものを冒涜するような、醜い屍人をどのような姿と動きで描写するか、闇と恐怖がどのくらいパワーアップしているか、ホラーファンの注目度は高い。

 最初に登壇した山口氏はMayaを使ったキャラクタのモデリングの実例を説明した。Mayaはゲーム開発者向けの3Dモデリング用のソフトで、3D studio Maxと共に代表的な存在だ。2つのソフトは3Dグラフィックスを採用したゲーム開発の現場で、80%のシェアを占めている。ツールなどの特性から、Mayaはキャラクタのモデリングに、3D studio Maxは背景に使われる場合が多いという。

 山口氏は今回、「SIREN NT」ではキャラクタのモデリングに初めてMayaを使ったと語った。「SIREN NT」でのキャラクタは、メーキャップアーティストにより特殊メイクを施した実際の役者を撮影することからキャラクタデータが作られている。

 撮影は8方向から、しわや皮膚の感じなどをつかむために詳細な撮影を心がけた。写真とスキャンデータを取っていくのだが、特に「顔」にこだわったという。ホラーをテーマにした作品のため、キャラクタの表情は特にパターンを多めに撮影した。

 次に、役者をモデルにしてキャラクタのモデルを作っていく。「SIREN NT」の主要なキャラクタは1人に1万ポリゴンを使っている。そのうち顔には2,000以上のポリゴンを使ってより細かい表現を可能にしている。複数のスタッフが使うことを考えて、テクスチャやボーンなど複数のプログラムが同時に開かれるツールを用意し、キャラクタの必要なデータをまとめることを考えていたという。これはコンバートのしやすさも考慮した管理である。

 開発には、積極的にMayaのツールをカスタマイズすることで、作業の効率化を考えていった。「SIREN NT」の屍人は、仰向けのまま四つんばいで動き回ったり、頭から虫の羽根を出して空を飛んだりと、通常の人間とは全く違う動きをする。そうなると人体を表現するボーン(モデリングでの骨格)とはまったく違ったボーンや動きが必要になる場合がある。通常の人間用のボーンをカスタマイズしたり、加えることで動きを可能にし、さらにそのボーンの動きに合わせた筋肉の動きや、テクスチャの変化をプログラムで連動するように作っていった。

 キャラクタの表情に関しては、ゲームプログラムのチームにツールを作成してもらったという。非常にパターンの多い表情データをデータベースで管理することで、アニメーションを簡易に作成できるようになったという。山口氏は「今回初めてMayaを使ってみたが、カスタマイズ性の高さに驚かされた。3Dソフトでのモデリングは感覚的に実際のイメージとはかけ離れた作業をすることも多いが、ツールのおかげでかなり助けられた」と語った。

 ムーア氏はMotionBuilder Workflowの「SIREN NT」での使用事例を語った。MotionBuilder WorkflowはMayaや3D studio Maxのデータを使ってアニメーションを作成するツールだ。最初にムーア氏は、いかに少ないモーションデータで多くのキャラクタを動かすかを説明した。

 モーションデータはMotionBuilder Workflowで作用点をうまく調整すれば子供から大人、男や女などにも転用可能だ。しかし身長や性別によって違和感が生じる。特に身長が違うと、足の幅が異なる。この場合、デフォルトのデータを調整することで、以降は全てのモーションでこの修正が適用される。肩幅の小さい子供などは成人のデータを使うと体に手がめり込んでしまうが、最初に調整することで成人のモーションデータも転用できる。

 次にムーア氏は屍人の転んで起きあがるモーションと、走り出すモーションの2つを呼びだし、繋げて見せた。転び起きあがるところから、走るまでの間のモーションは、設定することでソフト上で作成される。この“間”を自然に見せるためにはアニメーション制作者のセンスが問題になる。ムーア氏はタイムテーブルから、この間を調整してみせた。

 次にムーア氏は、屍人がキャラクタに襲いかかるシーンを呼びだした。倒れる主人公とのしかかる屍人は複数のモーションの合成で成り立っている。実際に通して動かしてみると、のしかかる際の屍人の左足がいきなり跳ね上がったように動く。ムーア氏は屍人の動くタイミングのスピードを調整して、前のモーションの動きを残しつつ変化していくようにスピードを調整した。

 さらに引き倒される主人公に別データから呼びだした武器を持たせてみた。動かしてみると長い武器は様々なところで主人公や屍人の体に武器がめり込んでしまう。ムーア氏はアニメーションを見ながら主人公の手の向きを調整することで自然な位置に変えた。手の位置は指示しなければ他のモーションに合わせて変化する。不自然になったときだけそのつど修正するだけで自然な動きに変えることができる。古いアニメーションも保存されていていつでも切り換えられるので、より自然なアニメーションを作ることができる。

 ムーア氏は最後に、「もちろんMotionBuilder Workflowは人間だけでなく、モンスターの自然なアニメーションを作るのにも役に立つ。この他にもこのソフトにはたくさんの便利な機能がある」と語った。

 今回の講演は、「SIREN NT」ならではの表現と言うよりも、3D studio Max、Maya、そしてMotionBuilder Workflowを販売する英Autodeskのデモンストレーションという側面が強かった。3Dグラフィックスを使った日本の最新ゲームがどのような環境で作成されているかをかいま見ることができたと思う。

 自然なキャラクタ描写が要求される最新のゲームでは、1つ1つ手作業でスタッフが作っていたら、作業量で破綻してしまう。ツールを使いつつそれを感じさせない世界をどう作っていくかを考えさせられた。

特殊メイクをしたアクターを取り込みキャラクタデータを作る。3Dデータもこの時に収録する。モデルごとのモーションデータは効率を考えて選んでいく
不自然な処理などは手作業ではなくツールで検出するようにする。チームでツールをカスタマイズし、より現場とゲームにあった開発環境を整えていく
人間とは違う動きをする怪物もボーンを用意して動きを制御していく。表情などより細かく、重要なツールはプログラムチームの協力も必要
キャラクタのモーションの間はプログラムで生成することができるが、“タイミング”は開発者の経験が必要だ
アクションの変更や、不自然な部分の調整はその場で修正可能だ。アニメーションを見ながらその場で手を入れることができ、その変更はその後のアニメーションにも適用される


■ より自然で臨場感のある恐怖を生み出す、「忌火起草」での“音”の挑戦

チュンソフトサウンドディレクターの沖邊美佐紀氏
ダイマジックRedAJ Soundサウンドエディターの嶺川千春氏
状況に合わせて変化する音。音によってさらなる臨場感を生み出す
 「『忌火起草』におけるサラウンド開発事例セミナー」で講演を行なったのは株式会社チュンソフトサウンドディレクターの沖邊美佐紀氏と株式会社ダイマジックRedAJ Soundサウンドエディターの嶺川千春氏だ。

 ダイマジックは3次元音響技術の研究・開発・商品化に取り組んでいる会社だ。RedAJ Soundはゲームなどコンテンツの音声を収録編集するスタジオで、スクウェア・エニックスのサウンド部門のスタッフが独立し、設立されたという。

 「忌火起草」はチュンソフトが開発し、セガから2007年10月に発売されたサウンドノベル。恐怖を前面に出した作品で、プレーヤーが演じる主人公はビジョンと呼ばれる合法ドラッグを飲むと受ける「黒い女と目を合わせると焼け死ぬ」という“呪い”を解く方法を探していく。

 テキストに依存しないキャラクタの台詞によって、テキストと音声それぞれにプレーヤーの注意を向けさせ、さらに実際にその場にいるような効果音を使うことでその場にいるかのような臨場感を生み出す。そして恐怖を深く刻み込む演出を随所に盛り込むこんでいく。本作はホラーを好むプレーヤーから高い評価を得た。2週目以降は選択によって大きくストーリーが変わる点など、サウンドノベルの第1作である「弟切草」をパワーアップさせたともいえる作品である。

 沖邊氏は「忌火起草」のサウンドは嶺川氏と二人三脚で制作したと語る。沖邊氏のチュンソフトサウンドチームは音声など基本的な音声とシナリオを作り、嶺川氏のRedAJ Soundチームは効果音などを入れ、アレンジを加えて全体的な音を作り上げる。何度もキャッチボールを繰り返して本作ならではの“音”を作り上げていったという。

 講演の最初に沖邊氏は会場を見回し、「『忌火起草』は恐怖をテーマにした作品です。なるべく怖くないシーンを選びましたが、心の準備はしておいてください」と語った。

 「忌火起草」は“原点回帰”を目指して、「弟切草」のテーマだった“ホラー”を主題に設定するところから企画がスタートした。そしてサウンドノベルとしての性質を強化し、これまで以上の臨場感と、プレーヤーを物語に集中させるための“音”に注力することになった。プレーヤーを音の世界で取り囲めるように、ドルビーデジタル5.1chのサウンドを使ってのプレイを前提としての制作されることとなった。

 「忌火起草」では音を1つ1つ細かく管理されている。実際にそこにいる感覚を再現するため、場面にあった音の提供、心理効果を狙った“静寂”を表現する音など、様々な音の演出が行なわれている。音の出力も、全てをただ5.1ch全部から出すのではなく、環境音はセンターから出力しないなど調整を行なっている。この音声を実際に体験できるように、会場の5つの部位にスピーカーが設置され、プレーヤーと同じ環境でデモ映像と音声を体験することができた。

 嶺川氏は音を作っていくために、他のゲームとは異なる次元で恐怖を煽る演出を目指したと語る。静けさから驚かす演出、最初から最後まで恐怖を煽る、静寂のみで沈み込むような場面を演出、あえて美しい音を使うことで不気味な雰囲気を作る、というように様々な演出を盛り込んだ。直接的な音だけではなく、様々な周囲の音を描写し、プレーヤーを取り囲むように音を使った。

 これを表現するシーンとして流されたのが幽霊が黒い爪を見せつけるシーンだ。幽霊が手を出したところから黒く変色した爪を出すまで、一瞬静かになってから、ジジという蛍光灯の音が入り、再び静かになってから、幽霊が手を出したときにブワ、という感じで音が出る。この“空気”を表現する音は、登場人物の声やセリフのアレンジにも使われている。「忌火起草」には4,300以上のセリフが収録されているが、すべてに場所に応じたアレンジが加えられているという。

 このアレンジを活かしたシーンとして流されたのが、主人公が寝床で横になるシーンだ。眠れない夜、鼻から呼吸ができずに、横になって口で息をしている主人公。その呼吸音に、もう1つ女性の呼吸音が混じる。部屋には誰もいないはずだ。目を大きく見開く主人公。

 もう1つの呼吸は主人公の後ろから聞こえる。画面は恐怖におびえる主人公の目のアップ。その顔にのしかかるように影が覆っていく。それに合わせて、まるで耳元に直接息を吹き込んでいるかのように大きくなる女性の呼吸音が聞こえる。目を閉じる主人公。暗闇に包まれた画面に、水の中から響いてくるような暗く、そして苦しげなセリフが響く。「あなたは……誰?」。悲鳴と共に飛び起きる主人公。部屋には主人公1人しかいない……。

 息づかいなど印象的な音はランダム再生にし、同じシーンを見ても少し雰囲気が変わった音が鳴ったり、声が聞こえるという演出を行なっているという。声で特にこだわったのが本作に登場する幽霊の「あなたは……誰?」というセリフ。本作を象徴する台詞であり、時には後ろから呼びかけられたり、様々な状況に合わせてアレンジし、普遍的でありながら新しい要素を入れるために工夫をしたという。

 リアルな環境音を常に意識し、音声はセンターチャンネルからクリアに流す事で対比をはっきりさせる。むやみに低音を使わず、自然な環境音を目指す。ひびく音によって広大な空間を表現したり、普通の時でも空調の音を出し、何かあるときにはその音を止めて緊張感を出す。さらに湿った音を出すことで不安にさせたり、はっきりとしない音を入れることで恐怖を増すといった演出を取り入れている。

 足音やコップを置く、立ち上がるなど小さな効果音はまずしっかりした音を用意してからアレンジをする。キャラクタのセリフ1つとっても単体で聞いたとき、SEを入れたとき、状況に合わせた環境音を入れたとき、そしてゲームとしてプレイしたときに印象が変わる。沖邊氏のチームと嶺川氏のチームは何度もデバッグを繰り返すことで、より臨場感のある音を目指していったという。

 嶺川氏は最後に、「話し合い、コミュニケーションの大切さを改めて考えました。サラウンドは今後さらにゲーム制作に欠かせないものになっていくと思います。その技術の向上に負けぬように私達もがんばっていこうと思います」と語った。沖邊氏は「“音”を楽しむ時代が来たなと思っています。今回のような音を持ったゲームを作ることができたのは、外部と内部の素晴らしい技術を持ったスタッフのおかげです。今後も技術を結集してよりよいものを作っていきたいと思っています」と語り、「新人スタッフも募集しています」と締めくくった。

 サウンドノベルは現在も多くのゲームが取り入れている手法ではあるが、“音”にこだわった本作は、従来のゲームとまったく違う世界が表現していると感じた。テキストに依存しないキャラクタの声や、音のタイミング、ムービーの挿入、場面転換など、不自然さを感じさせない演出にどれだけ音が貢献しているのかに驚かされた。サウンドノベルがどのように進化していくか楽しみだ。

状況に合わせて、使うチャンネルを選択。5.1chならではの演出を目指す
音声、効果音、空気の音、全ての音に手を加える。その音が生み出す心理効果を最大限に利用する
突然闇より浮かび上がる人影、背後での呼吸音、心臓の音……。音はイベントの後や前にも効果的に使われる

□Game Tools & Middleware Forum2008のホームページ
http://www.webtech.co.jp/gtmf2008/index.html
□「SIREN: New Translation」のホームページ
http://www.jp.playstation.com/scej/title/siren_nt/
□関連情報
【4月25日】SCEJ、ハリウッド的視点で描かれた“日本の恐怖”
PS3「SIREN: New Translation」
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20080425/siren.htm
【2007年11月14日】PS3ゲームレビュー「忌火起草」
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20071114/ima.htm

(2008年6月4日)

[Reported by 勝田哲也]



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