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「Second Life」が直面した限界と、日本発「ViZiMO」の取り組み
最新技術はバーチャルリアリティ(VR)からオーギュメントリアリティ(AR)へ展開する

3月14日開催
会場:ベルサール神田


 オンラインコミュニティ業界の一部では一昨年ほどから「メタバース」がトレンドとして騒がれ続け、その騎手として「Second Life」がもてはやされてきた。しかし現在、コンテンツを投入した各種企業は事実上の撤退状態にあるなど、メタバースに注がれた熱い期待は全く成就していない。いったい何がダメで、今後どうあるべきなのか。今回のOGC2008では、その反省と、未来を展望する複数のセッションが行なわれていた。その中では日本のメーカーが取り組む新しい形のメタバースサービスが紹介され、また、電子技術と現実世界の融合を目指す「オーギュメント・リアリティ」への取り組みが論じられており、日本ならではの「仮想世界観」が強く主張されていたことが印象深い。本稿ではその内容をご紹介したい。


■ 「Scond Life」に決定的にかけていたもの、それは「楽しさ」である
  魏晶玄氏講演「セカンドライフの限界と今後のビジネス戦略」

魏晶玄氏は、韓国・日本におけるオンラインゲームビジネスの第一人者だ。講演では、大学で「Second Life」を使った経験をもとに、メタバースの課題を提示した
 講演が行なわれた実際の順序とは前後してしまうが、まずは「Second Life」への反省点が述べられたセッションをご紹介する。中央大学教授およびコンテンツ経営研究所所長を務める魏晶玄氏は、「セカンドライフの限界と今後のビジネスモデル戦略──大学でのe-Learningツールとしての実験をベースにして」と題する講演を行なった。ここで強調されたのは、「Second Life」に何が足りなかったのか、ということだ。

 魏氏は、韓国の大学で「Second Life」を実際に使用して学生に経営学のトレーニングを行なった経験をもとに、「Second Life」がどのように期待され、それがどのように期待外れであったのかという形で議論を進める。議論の冒頭で、魏氏は「Second Life」がUGMとして持つオープンプラットフォームモデルと'80年代以来のIBM PCのビジネスモデルの類似点を挙げ、その効用は認めつつ、プロセスを重視するこのモデルが、これが実のところ結果を重視するアジアでは受け入れられにくいと指摘した。

 魏氏が取り組んだ事例は、経営学部の学生に、3年間の理論学習の成果を「Second Life」の世界で実際に商売を研修することによって確認、実証しようというものだった。学習効果の結果だけを見れば「Second Life」の仕組み自体は極めて優れており、学生はメタバース内で実際に製品を作り、それを販売するというプロセスを通じて、実際の収益を得る為にどれだけの変数を考慮しなければならないか、ということを実によく学習できたのだという。

「Second Life」内教室での授業風景。操作の難解さから全員に着席することすら難しく、「君、空を飛ぶな!」なんていう注意もしなければならかったそうだ
 しかし、その学習プロセスで大きな障害が発生したことを魏氏は指摘する。まず、インターフェイスが非直感的・複雑であるため、一般的なMMORPGに慣れきった学生ですら、基本的な操作を習得するまで大変な戸惑いを覚えたのだそうだ。「Second Life」の世界にはMMORPGのように親切なゲームマスターがおらず、何か障害があれがほとんどの場合自己努力で乗り越えなくてはならない。この不便さが、「仮想教室に集まった生徒が着席すらできず、授業をなかなか始められない」という障害となって現われたのだそうだ。

 さらなる大きな障害が、全ての学生が「Second Life」の世界で何をすればいいのか、わからないという状況に直面したことだ。魏氏は、「Second Life」を「プロセスのアプリケーションである」と表現する。一般的なゲームとは異なり、いわばテクノロジーおもちゃとして存在する「Second Life」には、参加者の意欲を刺激する上でゲームには必須とされる「操作と報酬の関係」が存在しないのだ。このため、学生は大学の授業という明確な目的が当面は存在するにも関わらず、世界の中でどう振舞えばよいかという足元の問題に戸惑い、研修は非常に辛く苦しいものになったとのことである。

使いにくさ、遊びのなさ、アイディアの不足が「Second Life」の弱点。このことから魏氏は「『Second Life』のアジアでの成長は、もはや限界に達している」と考えている
 魏氏は、「Second Life」を使った学生が「もう二度とやりたくない」というほど疲弊していたという事実を紹介しつつ、対照的なケースとして、MMORPGを授業に使った学生が「授業ではあまり面白いと思いませんでしたが、夏休みにひとりでやってみたら、物凄く面白かった」とコメントしてきた例を紹介。その学生に対し「私のせいでゲーム中毒になったと思われたら困るから、そのことは誰にも言うなよ」と口止めした顛末も面白く披露されたが、魏氏は自身の体験を通じて、「Second Life」に対する決定的な結論を導き出している。

 それは、「Second Life」が「面白くない!」ということだ。確かに、一種のテクノロジーおもちゃとして「Second Life」を楽しめる層は存在する。しかし、それはCGMの世界の最上層を構成するヘビーユーザーだけの世界であって、特に何を創造するわけでもない一般消費者に刺激を与える話にはなっていないのである。魏氏は、近年、日本を含め産業界が「Second Life」内に仮想パビリオンを構築したケースを例にとり、「建物があっても中身が何もない。ユーザーは一度訪れたら飽きてしまう」と、事実上静的な世界となってしまっている「Second Life」の現状を批判した。

 魏氏は、これまでの経緯から「Second Life」の第一段階は終了し、そこで「建物を作るだけでは不十分」と評した。実例として、アメリカのアパレル企業が建設した仮想店舗の映像を紹介。そこには中身が何も無く、ユーザーの姿もない。まるで廃墟のようだ。ゴーストタウンが広がるメタバース。これでは一般消費者層が楽しめるわけもない。

 別の言い方をすれば、「Second Life」はエンターテイメントを志向しなかったがために、メタバースに注がれた期待に応えられなかったということもできる。魏氏は、今後メタバースが成功するための要素として、「繰り返し訪れるユーザー」、「金銭を支払うユーザー」の獲得が絶対に必要だと言う。そのためには建物のような見た目を追求するのではなく、その中身を追及するためにUCC(User Created Contents)を活用すべきで、その上に強力な経済システムを構築すべきと論じた。

 「Second Life」の成長を「アジアではもう限界に達している」と評する魏氏は、メタバースの中でユーザーにダンスをさせてもすぐに飽きてしまい、全く意味が無く、そうではなく楽しいゲームプレイを提供すべきという結論を提示している。まずは一般ユーザーに喜びを与える場を提供し、その上で製造業など他業種の参入を促すことによってのみ、メタバースはビジネスとして成立するという見方だ。

魏氏が指摘するのは、「Second Life」には「楽しさ」が完全に不足しているということだ。建物だけ用意されても、そこに何の遊びも提供されないのでは、ユーザーの足は遠のき、CGMのエコシステムは成立することができない


■ ゲーム製作ツールとプレイグラウンドが融合した3D仮想空間
  日本発のメタバース「ViZiMO」が提案する、楽しいオンラインコミュニティのビジネスモデル

「ViZiMO」について講演する株式会社マイクロビジョンの代表取締役社長・青沼実氏。同サービスは「楽しさ」を追求する点で「Second Life」と趣を異にしている
 「Second Life」がオープンプラットフォームの開発ツールを志向していたことは、アジアで受け入れられにくく、一般ユーザーの楽しめるコンテンツが生まれてきにくいという現状に繋がっていた。一方、日本の株式会社マイクロビジョンが開発しているオンラインの3D仮想空間「ViZiMO」が目指す方向性は「楽しさ」だ。メタバースの概念にゲーム製作ツールとプレイグラウンドの概念を導入し、楽しいオンラインコミュニティを形成するための仕掛けが施されている。

 「物理エンジンを搭載した3D仮想空間『ViZiMO』の可能性」と題する講演を行なったのは、同ソフトウェアを開発する株式会社マイクロビジョンの代表取締役社長・青沼実氏だ。青沼氏の講演はやや製品紹介に終始するという側面もあったが、マクロ的に見れば、上記で紹介した「Second Life」の弱点を明快なアプローチで克服しようとする日本流のメタバース方法論として捉えられ、非常に面白い内容であった。

 この講演の主題「ViZiMO」は、2008年2月14日からオープンβ2テストを公開中のオンラインコミュニティサービスである。最大の特徴は、メタバース的なアプリケーションでありながら、世界をひとつにせず、ユーザーそれぞれが「部屋」を作って自由に改変できる、としたことだ。世界は物理エンジンで処理されており、また、様々なオブジェクトにイベントを設定できるため、ちょっとしたゲーム空間が簡単に作成できる。海外ゲームファンの皆さん向けには、「Half-Life2」の「Garry's Mod」のようなもの、とお伝えしたい。

物理制御されたボールにバットを当てて飛ばす。「ViZiMO」は、物理エンジンを基本に据え、新たな遊びを作り出しやすい環境を提供しようとしている
 会場スクリーンに表示されたデモンストレーションでは、野球場を模した部屋の中で物理制御されたバットを振るかわいらしいキャラクタの映像が表示された。青沼氏は「この野球は普通のゲームの野球と違って、実際にボールにバットを当てて飛ばしています。ですので、かなりアナログな遊びになっています」と、空間が物理エンジンで処理されていることのメリットを簡潔に説明していた。いろいろといじり甲斐はありそうである。

 このような「ViZiMO」において、ユーザーが作成した「部屋」を1構成要素とするならば、全体の構造はWEBブラウザでアクセスするSNS(ソーシャルネットワーキングシステム)である。各ユーザーの部屋はSNSを通じて相互にリンクされたり、人気度に応じてサイト上のランキング画面にリストされたりする。この仕組みによって、ゲーム制作に参加しないライトユーザーも「ゲームを見つけて遊ぶ」というライトな形で「ViZiMO」に参加できる。これが「Second Life」との最大の違いだ。

青沼氏は「ViZiMO」の特徴を、「投稿型の3D仮想空間機能を備えるSNS」と表現。SNSは専用のもので「ViZiMO」コミュニティが形成される。無料ツールで作成できるという「3D仮想空間」が十分に面白いものになるかどうかがカギを握りそうだ

無料配布される空間エディタ「ViZiKIT」。プレファブのオブジェクトを配置し、ボタンを押せばすぐにゲームを開始したり、公開することができる
 部屋の作成は、無料で配布されている「ViZiKIT」というツールで行なえるようだ。このツールは空間上にプレファブのオブジェクトを選んで配置していくという簡単なインターフェイスになっており、「3D系のツールを使用したことのある方なら、すぐに使い方を理解できます」と紹介された。オブジェクトのサイズや比率を変えることもでき、組み合わせることによって様々な形状を制作することができるようだ。そうして配置されたオブジェクトに、GUIのメニュー操作から衝突判定時のイベントを設定し、1行のスクリプトを書くこともなく、インタラクティブな仕組みを構成することができる。

 こうして構成される楽しい3D仮想空間のSNSで、運営会社はどう商売していくのだろうか。講演では、マイクロビジョンが目指す「ViZiMO」のビジネスモデルが公開された。その骨子は「アバターアイテム、装飾品、追加機能の販売」、「第三者企業の広告パビリオンの設置・販売」、「意匠を全て入れ替えたオリジナル3D仮想空間を構築可能にし、有料コンテンツとして配信する」、「仮想空間内店舗でユーザー作品の販売を可能にし、課金代行をおこなう」といったものだ。最初のフェーズは2008年8月ごろに予定されているということだが、ゲーム的なメタバースを志向する同サービスがどのようにユーザーに受け入れられるか、非常に興味を持った。

「ViZiMO」のビジネスモデル。一般的なオンラインゲーム風に言えば、アバターアイテム課金をビジネスの基本に据えるようだ。そこから広告ビジネスへと展開していくとのことだが、それまでに十分なエンドユーザーの支持を獲得出来るか否かが勝負になるだろう

ユーザー作成の秀逸な例として不思議な装置が紹介された
 将来のビジネスを見据え、現在β2テストを実施している「ViZiMO」。仮想空間エディタ「ViZiKIT」の最新バージョンでは、オブジェクト間の接続・結合も定義できるようになり、これを利用して複雑な物理的メカニズムを構成したユーザーも現われているとのことだ。青沼氏は「ViZiMO」サイト上で現在人気を集めている部屋の例として、歯車とシャフトの複雑な組み合わせでボールがレールの上を複雑に巡回していくメカの動画を紹介した。確かに良くできている。

 こうした仕組みは一見楽しそうではあるが、おそらくこのままでは「Second Life」と同じ、一度訪れたら二度と来ることのないコンテンツになってしまうのではないか、という危機感を感じた。というのも、この手のただそこに存在するだけのアイキャンディは、例え一度見て衝撃を受けたとしても、それ自体が変化していくものではないので、2度目以降は見る価値を失ってしまうからだ。それは「Second Life」が証明している。また、「見れば満足」という、プレーヤーの参加を必要としないものは、動画サイトで見れば十分で、わざわざメタバースに入っていく必要がない、ということもいえるだろう。「ViZiMO」が真に脱皮していくためには、ユーザーを参加させ、掴んで離さない威力をもったゲームプレイを備える必要があるはずだ。

 そのためには、現在「ViZiMO」に実装が表明されている機能でも不十分ではないかと思えてくる。「楽しい3D仮想空間」を志向する方向性は確かに素晴らしいが、ライトユーザーの参加性のよさはそのままに、創造性を発揮するフィールドの自由度はまだまだ高めるべきだ。コミュニティに参加する全ユーザーに強力なコンテンツの可能性を提示するため、超ハードコアユーザーのために複雑なスクリプトシステムを提供したり、一般3Dモデルツールを使ったモデルデータを導入可能にするなどの方法で、本格的なゲームを記述できるようにするといった、さらなる前進が求められると思う。そのコンセプトを実現した上で会員サービスの向上や海外展開を考えるのであれば、「Second Life」とは全く違った流れを見ることができるかもしれない。マイクロビジョンが打ち出す作戦に注目していきたいところだ。

「ViZiMO」には乗り物系のオブジェクトも登場する。車について青沼氏は、タイヤのひとつひとつもきちんと物理処理されていると紹介した。これを使った遊びにどのようなものが出てくるか、楽しみにしておきたい

ユーザーの創造性がカギとなるサービスであるだけに、ゲームを構成するためのプレファブオブジェクトや特殊機能への課金は避けられ、装飾品や意匠権のあるオブジェクトに課金科目が集中するようだ。将来的には広告ビジネスへの展開も提案されており、日本発のメタバースとしては興味深い展開になりそう


■ 講演「ここにある仮想世界~『スノウ・クラッシュ』から『電脳コイル』へ」
  学術機関が大真面目に研究するSF的「オーギュメントリアリティ」の展望

オーグメンテドリアリティの研究を紹介するGLOCOMの山口浩氏(上)と、鈴木健氏(下)。フィクション作品を例示することでイメージがわかりやすく伝えられていた
 さて、メタバース関連3講演の最後に紹介したいのが、GLOCOM(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター)仮想世界研究会の山口浩氏および鈴木健氏による講演、「ここにある仮想世界~『スノウ・クラッシュ』から『電脳コイルへ』」である。両氏は、GLOCOMの同研究会で事例研究を進める「オーグメンテッドリアリティ(AR、強化現実)」の世界像、現実に取り組まれている研究の実例を紹介。そこでは「Second Life」など現在の仮想現実が、技術の進歩により現実の世界へ飛び出していくという、SF的だが夢のある未来像が「実現可能性濃厚な形で」提示されていた。

 講演の題名にもある「スノウ・クラッシュ」、「電脳コイル」は、日米の仮想世界観の好対照をなすフィクション作品だ。「スノウ・クラッシュ」の世界は近未来のアメリカ、メタバースの世界とリアルの世界が「パラレルなもの」として描写される、バーチャルリアリティ(VR、仮想現実)を扱ったやや陰鬱な雰囲気の作品だ。一方の「電脳コイル」は、メタバース的なテクノロジーが日常生活の中に溶け込み、電脳メガネを付けて見える仮想世界が現実世界に完全にとけ込んでいるというオーグメンテッドリアリティの世界を描く。この両者は似て非なるSF作品なのだ。

 「こういった物語が想像力をかき立てていって、科学や技術にインスピレーションを与えるということが言えると思います。たとえば最近『ブレインコンピュータインターフェイス』という、脳に神経接続するようなコンピュータの研究が盛んになってきているわけですけれども、これは明らかに『攻殻機動隊』や『MATRIX』の影響を受けていると思うんですね」と、鈴木氏が話を続ける。

 「スノウ・クラッシュ」と「電脳コイル」の共通点は、2020年頃の未来像として非常にリアルな描かれ方をしており、将来本当にそうなっているのかなという気分にさせてくれる、ということだ。鈴木氏は、しかしその解釈に日米の大きな差があることに注目している。一例として、欧米では「ロボット」という言葉が「労働」を語源とし、反乱する存在、人間に取って代わる恐ろしい存在といて描かれてきた一方、日本では「鉄腕アトム」、「ドラえもん」に象徴されるように、日常生活の中にあって人間を助けてくれる存在として描かれてきた、という文化比較論はよく知られている。題材に挙げられたふたつのSF作品にも、「現実から分離された仮想世界」と、「現実に融合する仮想世界」という、明確な違いがある。

講演ではアニメ「電脳コイル」の映像が引用された。この世界では電脳メガネを通した時だけに見える仮想オブジェクトに溢れている。これが、現実を強化するというオーグメンテドリアリティなのである (c)磯光雄/徳間書店・電脳コイル制作委員会

本講演ではSF作品が現実のイノベーションに与える影響が注目対象となる。「スノウ・クラッシュ」は「Second Life」となったが、「電脳コイル」からは何が生まれるのだろうか? 必要となりそうな技術は、すでに研究されつつある

「ミックスド・リアリティ」の概念図。現実世界と仮想世界の中間に広大な知的空間が広がっている、という概念だ
 ここで鈴木氏は「ミックスド・リアリティ」という考え方を紹介。これは'94年の学術研究論文で提唱されたもので、「バーチャルリアリティとリアルリアリティの中間には、非常にシームレスな空間が広がっている」という概念だという。たとえば「Second Life」に代表されるようなバーチャルな空間に、現実にスキャンした人間の表情などを重ね合わせて表示する例は「オーグメンテッドバーチャリティ」とされる。また、現実の環境に電子的手段で仮想のオブジェクトを重ね合わせることは「オーグメンテドリアリティ」とされ、いずれも、上記の「中間の空間」に位置するものだ。

 「リアルの世界にちょっとだけ、仮想的なオブジェクトが入っているという世界なわけですね。この範囲というのはシームレスで、50対50の世界もあるし、90対10の世界もあるというふうに考えてもらいたいと思います。今現実に起きていることは、この空間というのが凄くリッチで、ここの領域に新たな注目が集まっているのではないか、ということです」。

オーグメンテドリアリティの例。撮影された台の上で仮想のキャラクタが戦っている
 山口氏はここで、実際にオーグメンテドリアリティの研究事例を映像で紹介した。中でも衝撃的だったのは、撮影した映像をリアルタイムで3D構造解析し、その空間上に仮想の3Dオブジェクトを重ね合わせて表示するというデモンストレーションだ。都市のビルの谷間に強大なキャラクタを立たせてみたり、テーブルの上でキャラクタが戦っていたり、はたまた現実の湖面に仮想のボールが衝突し、現実の湖面が大きくへこんで揺れる様子など、これが「電脳メガネ」を通してみることができるようになれば、まさに「電脳コイル」の世界ができあがってしまいそう。世界では、こんなSF的なコンピュータ応用が大まじめに研究されているのである。

撮影された現実の映像をコンピュータでリアルタイムに解析し、その空間上に3Dデータを表示、もしくは映像を操作することで、「現実の強化」を実現する。研究所レベルではすでに基礎的な技術ができあがりつつあるのだ

「仮想世界」を現実世界に持ち出すためのメガネは日本で実用化が進められている
 こういったオーグメンテドリアリティの技術がさらに実用的になり、社会の様々な面で応用される時代は近いと感じた。山口氏は、ビジネス上の可能性として、ファッション、美容、医療、教育などの方面でオーグメンテドリアリティを用いるアイディアを紹介。つらいリハビリも、ゲーム仕立ての仮想オブジェクトと戯れながら行なうことができれば、効率も安全性も高まっていく可能性がある。また、教育機関では歴史の授業にこれを用い、歴史的事件の場面を実際に再現しながら学ぶということも可能になる。当然ながら「電脳コイル」で描かれたゲーム的なものへの応用も指摘された。「モニタの向こう側」に豊かな世界を作り上げてきたゲーム産業にとってみれば、エンターテイメント分野での応用可能性はまさに無限大といえるかもしれない。

 こういった技術の流れを巨視的に見てると、オーグメンテドリアリティへの変遷は、コンピュータが誕生してインターネット社会となった現在までの自然な延長として捉えることができるという。まずコンピュータは計算素子として「論理回路」を単位としている。しかし、コンピュータが相互に接続されたことで、現在では人間の脳を計算素子として使っているのだという。検索エンジンがその好例だといえるようだ。検索エンジンは、インターネットのサイトを人間が読み、評価し、リンクしたという「演算結果」を集計しアウトプットする。このとき、コンピュータは人間の脳を計算素子として利用している、と見ることができるわけだ。

計算素子が「論理回路」、「脳」、「自然現象」と移り変わっていく概念図。ARの時代、コンピュータは自然現象を計算素子として利用する
 そしてオーグメンテドリアリティが実用段階に入ると、コンピュータは計算素子として自然現象を用いるようになる。「物理現象の再現に膨大な計算量を必要とするなら、現実の現象をそのまま使ってしまえば良い」という発想だ。これが現実に広範囲に行なわれるようになると、現実世界に生きる人間にとって、仮想世界は決定的に身近なものとなる。ごく現実的な応用としては、電脳メガネに道案内が表示されるといった「装着型のカーナビ」などを想像してみるといいだろう。別の見方をすれば、軍事目的では戦闘機のパイロットが装着するHMDなどでオーグメンテドリアリティは実用段階にあるともいえる。

 ゲーム的な応用としては、電脳メガネを装着して外に飛び出し、本物さながらのサバイバルゲームをプレイするような風景が想像されるし、コミュニティサービス分野では、現実空間にオーバーレイされたアバターを生身の人間の代理として会議を行なったり、レジャー、ショッピングを楽しむようなことも起こりうるだろう。オーグメンテッドリアリティの技術応用分野は、ちょっと考えただけでも果てしなく広く、社会生活を一変させそうなインパクトがある。

 山口浩氏、鈴木健氏による講演は、こういったSF的発想が、実のところ実現可能な課題として取り組まれている実情の紹介であった。さすがに近未来の技術を想定した講演であるために、ビジネスモデルやサービスの形態など「今日明日の、地に足のついた話題」ではなかったが、おそらく、今後数年のうちに、現実問題として業界が取り組むべき時期がやってくることだろう。従来のメタバースは現実と分離されすぎていたためにうまくいかなかったのだろうか? 仮想世界を外に持ち出すことはできないだろうか? そういった思考実験を通じて、あらたなゲーム、コミュニティサービスの地平が開かれていくことを願いたい。

□ブロードバンド推進協議会のホームページ
http://www.bba.or.jp/
□「OGC2008」のホームページ
http://www.bba.or.jp/ogc/2008/
□関連情報
【2007年2月21日】BBA、アジアオンラインゲームカンファレンス2007を開催
コミュニティ、RMT、不正行為など、様々な運営リスクに正面から向き合う年に
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070222/aogc_01.htm
【2007年2月】アジアオンラインゲームカンファレンス(AOGC)2007 記事リンク集
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070226/aogclink.htm
【2008年2月23日】Game Developers Conference 2008現地レポート
Ray Kurzweil氏基調講演 とてつもない未来を語る、「The Next 20 Years of Gaming」
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20080223/ray.htm
【2007年7月30日】マイクロビジョン、仮想空間サービス「ViZiMO」のβテストを開始
プライベート&物理が織りなす新感覚の3DSNSサービス
http://watch.impress.co.jp/docs/20070730/vizimo.htm

(2008年3月15日)

[Reported by 佐藤“KAF”耕司]



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