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会場:Moscone Convention Center
発表内容の中で戦略的にもっとも大きなものとしてはWiiへの対応だろう。スライドには明記せず、「実はWiiにも対応しているが、まだ完全対応ではない」という形で村田氏が補足的に明かしたものだが、その意味は決定的に重大だ。もともと「Crystal Tools」は、新型機におけるゲーム開発の大規模化、高コスト化をふまえ、全社のノウハウ、テクノロジーを統合化、共通化し、全社のリソースを効率的に活用するという思想のもとで誕生したプロジェクトであり、任天堂独自の哲学である“枯れた技術の水平思考”的ゲームコンソールであるWiiはもともと含まれていなかったからだ。
今回の発表により、「Crystal Tools」は、すべての据え置き型ゲームプラットフォームを網羅し、DirectX 10世代のハイエンドPCから、現行機最大シェアを誇るWiiまで、あらゆるタイトルのゲームエンジンとして活用が可能になる。今回のティザー的なWii対応表明が今後の動きに対するどのような伏線に繋がるものなのかはわからない。スクウェア・エニックスからの公式発表が待たれるところだ。 ■ 全社開発共通基盤の起こりは「ファイナルファンタジータクティクス」にあった!?
その歴史は驚くほど古く、実に'97年の「ファイナルファンタジータクティクス」まで遡る。プラットフォームは初代プレイステーションであり、マップは3Dながら、キャラクタは2Dで、スプライトアニメーションを用いるなど、3D化への過渡期にあったタイトルだ。 この開発時に、アーティストから「即時に結果をプレビューする機能が欲しい」という要望があがったという。開発はPCで行なうが、PCモニタに表示される映像と、コンソールに表示される映像では、微妙に画調が異なる。PC上のデータを転送してコンソール上でプレビューするためには手間暇がかかる。PC上のデータを即時に実機で見られる環境を構築することで、同一時間内でより多くのチェックが可能となり、結果としてクオリティアップに貢献できる。 そこで村田氏は、それを可能にする「即時プレビューツール」を作成したところ、自分自身、その有効性に驚いたという。生産性の向上はもちろんのこと、クオリティアップに対する絶大な貢献を示したという。村田氏も「すべてはここから始まった。そういうイメージですね」と自画自賛を隠さない。ちなみに同作は皆川裕史氏と一緒に仕事をした初めてのタイトルだという。 皆川氏と言えば、CEDEC2006の「ファイナルファンタジーXII 解体新書」で、村田氏と共に、「FF XII」における「即時プレビュー機能」の有用性をアピールした人物だ。両者の出会いが、スクウェア・エニックスの全社共通開発基盤のプロジェクトにおいて大きな役割を果たしたことは間違いないようだ。
その「即時プレビューツール」はその後のプロジェクトでも有用性を遺憾なく発揮していく。「ベイグラントストーリー」(2001)、「PlayOnline」(2001)、そして「FF XII」(2006)。重きが置かれているのはやはり「即時プレビューツール」だが、新たな開発シーンにおいてツールに新たな機能を追加する形で対応してきたというが、分業化、専業化が進むにつれ、それぞれの機能に特化したツールを開発して、それぞれ活用していくというように多様化が進んでいく。機能特化ツールの多様性な展開ぶりは「ファイナルファンタジーXII 解体新書」で披露されたとおりだ。
■ 社内開発者有志のゆるい結合から、技術部設立、研究開発部門設立まで
そこで「それならば全社的な規模で共通フォーマットを作った方がいいだろう」という発想の元、コラダやFBXといった汎用のツールフォーマットを捨て、すべて自社で企画し、開発する道を選択した。これは開発側から出てきた全社横断的なはじめての動きだという。しかし、統一までのプロセスは当時はまだうまくいかなかった。というのも、独自に開発を進めている他のチームとの開発哲学的な衝突があり、さらに会社的な取り組みではなく、自発的、ボランティア的に、それぞれのチームから集まり、コンソーシアム的な非常にゆるい結合だったため、結果として形にならなかったという。しかし、村田氏は「まず第一歩として意義のある取り組みだった」と一定の評価を与えた。 2005年には、次世代機の登場を目前に控え、技術的なとりまとめを行なう横断的な組織「技術部」を設置され、村田氏がゼネラルマネージャーに就任する。この意義について村田氏は、それまではプログラマ同士の会話に過ぎなかったが、部ができることで部という大きな枠組みでの話し合いが可能になったという。 この技術部で、再び共通技術基盤を作ろうという動きが出てくる。ここでの取り組みは、やはり兼任ベースとなるため、作業量的にパワー不足だったと言うが、翌2006年9月の研究開発部の設立によって、専任のスタッフがアサインされ、ここで初めて全社横断的な共通開発基盤の取り組みが会社の業務として可能となった。 この間における対外的な発表と比較して見るとなかなかおもしろい。2005年5月のE3で同社は「FF VII テクニカルデモ」を公開し、その圧倒的な映像美にゲーム化を期待する声が高まるほどの絶賛を得る。翌2006年5月のE3で、スクウェア・エニックスは「ファイナルファンタジー XIII」を発表し、その土台が「ホワイトエンジン」であることが明らかにされる。当時の記事を一部抜粋してみる。 「ファイナルファンタジー XIII」の開発にあたっては、専門のテクニカルチームを編成し、描画エンジン、物理演算、モーション、シネマティックス、エフェクト、サウンドなどの基本ライブラリをすべて0から作り直し、基本ライブラリの集合体である“ホワイトエンジン”をベースにPS3向けに一から新しく作り直しているという。
当時の発表会で明らかにされたように、「ファイナルファンタジー XIII」はもともとPS2向けに開発していたが、次世代機の圧倒的なコンピューティングパワーを受けてこれを破棄し、次世代機(PS3)向けに一から作り直す道を選択する。この「専門のテクニカルチーム」が技術部であり、さらに、兼業制ではうまくいかないため、E3での発表後の9月に改めて研究開発部を立ち上げたという背景も見えてくる。実質的に共通開発基盤は「ファイナルファンタジー XIII」と共に進化発展を遂げてきたプロジェクトであることがわかる。 ■ 「Crystal Tools」は2007年9月に完成。現在3タイトルに採用
正式名称は「Crystal Tools(クリスタルツールス)」。静寂を維持する聴講者に対し、村田氏が「どうですかね?(笑)」と話を向けることで、場内は大きな拍手に包まれた。2007年9月にバージョン1.0をリリースし、現在バージョン1.1まで開発が進められていることが報告された。 「Crystal Tools」は、同社初の全社共通開発基盤であり、オーソライズツールとランタイムライブラリで構成されている。ターゲットプラットフォームは、PC、PS3、Xbox 360、そしてWiiとなる。 ここで村田氏は、「想定タイトルは『ファイナルファンタジー』です」と、「Crystal Tools」の存在意義をあらためて協調した。「ファイナルファンタジー」シリーズは、同社のフラッグシップタイトルであり、先端の技術と人材が投入される最大のプロジェクトである。村田氏率いる研究開発部は、本プロジェクトを担当するにあたり「『ファイナルファンタジー』の開発に必要なものは何なのか?」という命題を設定し、検討を重ねた。 研究開発部が出した結論は、「『ファイナルファンタジー』シリーズは、キャラクタに非常に比重が置かれたゲーム」。村田氏は「とにかく“魅せることありき”であり、どのようなキャラクタが、どのような世界観の中で、どのような活躍をするのかみたいなところからゲーム作りが始まるところがあり、ひょっとすると皆さんから見ると特異に写るかも知れない」と自社タイトルの特徴を冷静に分析した。 ポイントとしては、キャラクタのアニメ的な“溜めの格好良さ”や“ポーズの格好良さ”、格好良く魅せるためのデフォルメ的表現、ビジュアルエフェクトの美しさ、ライティングやブラーと言ったポストエフェクト処理など。何より格好良さが重視され、厳密さや正しさより優先される。村田氏は「『ファイナルファンタジー』は画面で見て格好いい、なんか気持ちいいというビジュアルデザインを目指している」と説明した。極めてファジーな表現だが、「FF」ファンならなんとなく共感できる発言だ。 「ファイナルファンタジー」のもうひとつの側面としては、大規模な組織に耐える開発環境、複雑な分業体制への支援体制の確保が必須となる。これについても前作「ファイナルファンタジー XII」の開発経験をふまえ、必要なツール群の整備を進めているという。 続いて、「『ファイナルファンタジー』の開発に必要なもの」の一部が披露された。キャラクタビューアーとカットシーンエディターがそれだ。これらの原形となるものは「ファイナルファンタジーXII 解体新書」でも公開されているが、一見してわかるとおり、見違えるほど高性能、高機能化が図られている。そのほかにもエフェクトエディター、レイアウトツール、サウンドメーカーなどが存在する。Maya、XSI、Photoshopでモトとなるデータを作成して、ターミナルとなるコミュニケーションサーバー「GRAPE2」を介して、各ツールにデータを読み込み、処理を行なっていく。「Crystal Tools」の原点である即時プレビュー機能は、現在では「GRAPE2」を介して、さまざまなプラットフォームでより柔軟に行なえるようだ。 ツールの作成で気を配った点としては、GUIでの処理を可能にすることだという。「ファイナルファンタジー」クラスの大規模開発ともなると、熟練開発者だけでなくどうしても初心者も含まれてしまう。とっつきにくいインターフェイスではツールを使用できる人が限られてしまう。作業を効率的に進めるためには、初心者でも容易に扱えるGUIのインターフェイスが必要不可欠というわけだ。そして熟練者に向けた拡張性、自由度もカバーしているという。 「Crystal Tools」で開発されているタイトルは、すでに知られているように「ファイナルファンタジー XIII」、「ファイナルファンタジー Versus XIII」、“次世代MMORPG”(開発コードネーム「Rapture(ラプチャー)」)の3タイトル。村田氏は、「これらのタイトルに関して新しい情報はお伝えできないが、スクウェア・エニックスならではの表現を追求して頑張っているので期待して欲しい」とまとめた。 まとめとして、良かったこととしては、それまでの活動を受け継ぐ形でプロジェクトをスタートさせることができたため、部門設立後、わずか1年でバージョン1.0をリリースできたこと。反面、反省点としては、共通のものを作るということを会社的に経験したことがなかったため、ドキュメントの重要性に気付くのが遅れ、ドキュメントの整備が後手にまわったこと。また、すでに専用ツールの原形となるものが存在したため、速く整備できたという点では良かったが、これが上位のフレームワーク層を形成する際に不利な材料として働いたという。
最後に村田氏は、「『Crystal Tools』」はスクウェア・エニックスのタイトルの中で進化していくフェイズに入った。その先に見えているのは、自分たちの強みを活かした(上記3タイトル以外の)いろいろなタイトルを作っていくことであり、その際の技術的な基盤にもなると思っている。今後はみなさんにその“結果”をお知らせできることを楽しみに今回のプレゼンは終わりたいと思います」と挨拶し、大きな拍手に包まれた。
■ 質疑応答では鋭い質問が集中。「社外ライセンスは“まだ”無理」
・「Crystal Tools」はライセンスを受ければ、サードパーティーでも使えるのか? 今のところ社外ライセンスはまだ無理だと思っている。ドキュメントの整備不足の問題もあり、まだ外に出せるような状態ではない。しばらくしたらライセンスアウトすることももしかしたらありえるが、現時点ではない。 ・「Crystal Tools」の採用に関してベテラン開発者からの抵抗はあるのか? 講演の前半(研究開発部設置前の黎明期の話)で(そのような抵抗は)徐々に取り除いて行った。カルチャーの転換に近いものがあるので、新しいものに対して抵抗するものが出るのは必ずいる。どちらが正解という話ではないが、会社の決断には従っていただくしかない。 ・マルチプラットフォーム対応の注意点 グラフィックス表現に関して、プラットフォーム間でVRAMのサイズが違うので、それをそれぞれのプラットフォームにうまく落とし込んでいくことが必要。それからマルチコア対応も苦労した。 ・バグのメンテナンスと新しい機能の追加という2つのステップをどのようにマネジメントしているのか? 凄く良い質問(笑)。リリースを区切って実装していったというのが正直なところ。開発不可能なバグは最優先、影響が大きい新機能は優先するなど、トータルに判断して優先順位を付けて実装していったとしか言えない(笑)。 ・研究開発部の規模は? 良い質問だが、ノーコメント(笑)。 ・GUIの設計思想は? 直感的に操作できることに力点をおいた。デザイナーと議論を繰り返し、「これはここに置いてほしい」、「パラメータが出てても意味がないからいらない」といった意見を吸い上げ、実装に反映させていった。 ・スクウェア・エニックスのゲームにおいて、映画的な要素とゲーム的な要素の割合はそれぞれ何パーセントぐらいか?
魅せるというところに意識しているのは確かだが、ゲームデザインとビジュアルデザインは相反しないと思う。ビジュアル先行で進む珍しい制作スタイルだとは思うが、どっちが何パーセントというはちょっと違うのではないか。ただ、ビジュアル優先なのは否定しない。
□Game Developers Conference(英語)のホームページ (2008年2月25日) [Reported by 中村聖司]
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