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会場:サンフランシスコ Moscone Convention Center
このセッションはタイトルどおり、個性的なグラフィックと絶妙のゲームプレイで人気のあるFPS「Team Fotress 2(以下『TF2』)」が主題だ。同タイトルはチーム戦FPSでありながら強烈なキャラクタ性を全面に押し出し、他のタイトルにはない独特の雰囲気を放っている。講演ではそのアートスタイルのコンセプトが披露され、詳細な技術解説が行なわれた。
講演者はValve SoftwareのJason Mitchell氏。同氏はかつてATI Researchに8年間勤務し、プログラマブルシェーダーの仕様策定にも関与したというリアルタイム3Dグラフィックス技術におけるスペシャリストだ。本稿では、技術解説にとどまらずゲームデザインにも大胆に踏み込んだ本セッションの内容をお伝えしたい。 ■ 「明確な目的をもって作られたスタイル」アートスタイルはゲームプレイを向上させる機能を果たしていた!
'99年頃に存在が公にされた初期型の「TF2」は、まるで「BattleField」シリーズかのような写実的な外観だ。軍事的なリアリティを中途半端に追及してしまった初期型の解説を簡単に終えたMitchell氏は、「で、これが今のやつです。全然違うよね」と現在の「TF2」イメージをスクリーンに表示。とても同じゲームとは思えないインパクトに、会場全体で爆笑。
「TF2」のイラスト風グラフィックは、リアル志向の傾向にある近年のハイエンドFPS界にあって強烈な個性を放っている。Mitchell氏は、そのデザインが「Gameplay(ゲーム性)」、「Readability(記号性)」、「Branding(独自性)」という、明確なコンセプトをもって策定されたことを説明した。個性的なグラフィックデザインは単に見た目の問題ではなく、ゲーム性の向上のために成されたということだ。
・キャラクタを記号化する情報の階層構造
Mitchell氏によると、「TF2」のキャラクタデザインにあたっては、「プレーヤーにとって何が重要な情報なのか?」というゲームデザイン上のテーマが大前提となっていたという。その分析にあたって、プレーヤーが必要とする情報を「チーム」、「クラス」、「持っている武器」に分類。情報の重要度に応じて、それらを階層的に整理し、人間による映像認識の階層に対応させた。 まず、プレーヤーが他のキャラクタに遭遇したとき、まっ先に判断したいのが「敵か味方か」だ。これは色で判別する。パッと眼に入ったとき、最初に認識できるのが色だからだ。どのクラスであっても、チームカラー以外の配色は地味に抑え、記号性を高めた。 次にプレーヤーは、そのキャラクタに対して逃げるか戦うかを決める。プレーヤーが「スカウト」で、相手が「パイロ」なら、ひとまず距離をとりたいはずだ。これはシルエットで判別する。キャラクタクラスが一瞬で判別できるよう、キャラクタの形状をコミカルに誇張した。また、各クラスのシルエットが決して似たものにならないよう、注意深くデザインしたという。 プレーヤーは最後に、敵が持っている武器を判別して、戦い方を決める。武器の姿を判別しやすくするため、すべてのキャラクタアートは「武器を持つ胴体付近のコントラストが最も高くなるように調整した」ということだ。 9種類のクラスが集合した写真を見れば、この仕事の成果は一目瞭然だ。「TF2」を初めて見る人でも、「えーっと、どれがスパイだろう? エンジニアはどれ?」と迷うことが全くないのである。おかげで、「TF2」のゲームプレイから、映像認識にまつわる余計なストレスが排除された。
敵の素性を即座に判断できることで、プレーヤーはゲームの楽しい部分に集中して遊ぶことができるわけだ。リアル系のFPSでは、この点で損をしているタイトルが少なからず存在する。このことを考えると、「TF2」のデザインスタイルが果たした役割の大きさがよくわかる。 ■ 独特の絵柄は20世紀初頭の商業イラストに由来。その作風がシェーディング技術の要件を決定した
この決定が前提となって、具体的なシェーディング技法の設計が行なわれたという。「TF2」チームがJ.C.Leyendeckerの絵柄を分析して導き出した絵画技法のポイントは4つある。 ひとつは、人物画の衣服の部分に見られる、布のたるみ、しわの表現だ。絵画ではこれがやや誇張気味に表現されており、キャラクタの3Dモデルもこれに準ずる。ふたつめ以降はシェーディングの計算式に直接つながる話題になる。まずは、背景から人物の周縁を際立たせている照り返しの部分だ。これは「Rim Highlights(周縁ハイライト)」と表現された。3つめは、陰のつけかたで肌表面のつや感を強調している「Red Terminator」と呼ばれる部分。英語のままでは意味が取りにくいので、ここでは「明暗境界線」としたい。最後のひとつは、上記のどちらにも属さない肌の領域の塗りだ。 絵画ではこういった技法で人物の姿が強調され、写実的な絵以上の強い印象を与えている。Mitchell氏によれば、「TF2」のアートチームはまずJ.C.Leyendeckerの絵柄を参考にして、キャラクタデザインのコンセプトアートを作成し、3Dデータ作成のリファレンスとした。
キャラクタの記号性を最大限に高めるため、初期段階では「シルエットだけで」デザインを行い、一目でクラスが識別できるようにした。3Dモデルにはアンビエント・オクルージョン・マップを使って細部の凹凸を表現。それを経て、ようやくシェーディングアルゴリズムを構成する番である。 ■ シェーディングには多数のフェイク系技術を利用。理想の絵作りに限りなく近づけたシェーダー式を完全公開 「TF2」の絵作りに関するコンセプトがたっぷりと語られた後で、ようやく純粋に技術的な解説となった。絵画の塗りに近づけるため基本となったのが、“Non-Photorealistic-Rendering(非写実レンダリング)”研究、Amy Ashurst Gooch によって'98年にSIGGRAPHで発表された数式だ。 詳しくはスライドの写真を見ていただきたいが、まず重要なのが、光源に対する角度に応じて輝度だけでなく彩度も同時に変化していく部分。また、ランバートの拡散反射モデルによって陰影が和らげられ、さらにそれが暖色から寒色への変化として反映される部分。そして最大のハイライト色と一番暗い色は、モデルの輪郭部分のために残されている。
ハーフランバートについては、Mitchell氏は「'98年の初代『Half-Life』から使っています」と説明した。どうやらValveでは基本的な技術であるようだが、「TF2」では、さらに1次元テクスチャをルックアップして輝度情報のワーピングを行なっている。これはセルシェーディングにも使われている方法で「TF2」の雰囲気はこの調整次第で決まるほど重要だ。
まず前者の大部分を構成するのが、ハーフランバート反射をテクスチャ参照によってワーピングして実現するという、「塗り」の部分だ。これにシーン内光源と環境光を適用して、キャラクタの絵の下地の部分が作られる。
カメラ位置に依存する式のポイントはふたつ。一般的なスペキュラ反射と、外縁部を強調するリムライティングだ。この2つのライティング毎にフォン式を構成している。スペキュラとリムの効き具合は、アーティストが指定するテクスチャやフレネル項によってマテリアルベースで調整できるようにしてある。これによって肌と衣服の質感の違いや、武器を目立たせるコントラスト変化が実現されているそうだ。
細部の塗については、デザインにあたって特に参考となったのが、宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」の背景美術だった。「TF2」のテクスチャは、アニメと同じくすべてがアーティストの手書きで作られているそうである。
このビデオショウには会場全体が大ウケ。ビデオ内の主人公「スカウト」がスピードを生かしてフィールドを所狭しと走り回り、鈍重な「ヘビー」とコミカルな戦いを繰り広げるシーンや、「ヘビー」をのして奪ったサンドイッチを悠然と食べているシーンなど、会場全体がゲラゲラ笑いっぱなしという按配で、上映終了後には盛大な拍手が巻き起こった。さらにセッション終了後の質問時間にアンコール上映が要求される始末。これには、「TF2」の持つキャラクタ性のパワーと、GDCに参加したデベロッパーたちのオープンマインドぶりを垣間見ることができた次第だ。
プログラミングトラックという純粋に技術系のセッションであるにもかかわらず、本題のシェーディング技術そのものが、ゲームプレイのためのアートスタイル、アートスタイルのための技術、という順番で決定されたという部分が面白い。欧米のゲームはステロタイプ的に「技術先行」と思われがちだったが、それはもはや間違いで、すべてが「ゲームの面白さ」を大目標とする手段に落とし込まれているという現状を感じることができた。ゲーム制作の方法論は着実に進歩していると実感する。 □Game Developers Conference(英語)のホームページ http://www.gdconf.com/ □Game Developers Conference(日本語)のホームページ http://japan.gdconf.com/ □関連情報 【2007年10月26日】「Half-Life 2: The Orange Box」を100%楽しもう 長時間のやり込みに耐える傑作2作品を一挙紹介。「Team Fortress 2」 & 「Portal」 http://watch.impress.co.jp/docs/20071026/orange.htm 【2008年】Game Developers Conference 2008 記事リンク集 http://game.watch.impress.co.jp/docs/20080221/gdclink.htm (2008年2月24日) [Reported by 佐藤“KAF”耕司]
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