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CEDEC2005レポート

コミュニティエンジン中嶋謙互氏が語る
究極の環境シミュレータの展望

8月29日~31日開催

会場:明治学院大学 白金キャンパス

 先日より開催されているCEDEC2005は「次代のゲームを思考する」というテーマを持つこともあり、特定のプラットフォームにとらわれることなく、大きな視野でゲーム業界全体の未来を見越した内容のセッションが目立つ。

 その中でもコミュニティエンジンの代表取締役社長である中嶋謙互氏による「ワールドシンセサイザー構想」と題したセッションは、特に壮大で興味深い内容だった。

 中嶋氏が経営するコミュニティエンジンは、オンラインゲーム用ミドルウェア開発で定評のある企業。同社が開発したミドルウェア「Virtual Community Engine(VCE)」は、国内においてMMORPGを中心とする多数のオンラインゲームサービスで採用実績がある。また同社は「gumonji」という、環境シミュレーションに力点を置いたオンラインゲームを提供していることでも知られている。

 そんなオンラインゲームの技術的な中核といえるポジションで活動を続けてきた中嶋氏が提唱するのが、本セッションのタイトルでもある「ワールドシンセサイザー構想」だ。今回、本セッションを聴講したので、その内容をレポートしたい。


■ 独自の通信プロトコルの上に構築される環境

説明冒頭で示された'80年代のシンセサイザー。この時点ではサッパリ何のことかわからないが、言わんとするところは次第に明確になっていった
 「ワールドシンセサイザー」とは聞き慣れない言葉だが、それもそのはず、これは中嶋氏の造語なのである。

 このよくわからない言葉を説明するため、中嶋氏はまず「シンセサイザー」という言葉が意味するところを明確にしようとする。まずパネルに現れたのは'80年代に登場したサウンドシンセサイザーの写真。

 中嶋氏はサウンドシンセサイザーが音を合成していくメカニズムを説明し、それに加えて、始めは各機単体で音楽を演奏していたシンセサイザーが、'80年代にMIDI規格と呼ばれる通信プロトコルが出現したことで、多数のシンセサイザーが協調してひとつの音楽を演奏することが可能になり、音楽文化に大きな変化をもたらした事実について説明した。

中嶋氏は「シンセサイズ」という概念が、創作活動全般を包括できるものであることを示す
 続けて中嶋氏は、ゲーム制作を含むあらゆる創作活動は、既存の概念を合成すること、つまりシンセサイズしていく過程に他ならないとの持論を展開。

 プログラムは既存のアルゴリズムをシンセサイズして新しい機能を作り出していくもの。また音楽は既存の「音」をシンセサイズして作り出すものであり、文学は既存の「文字」をシンセサイズするもの。この前提に立ち、「ワールドシンセサイザー」が「シンセサイズ」するものは何か、どのようにしてそれを行なうのか、といった議論に移っていく。

 続いて中嶋氏は、音楽をシンセサイズするためのMIDI規格によく似た概念で、仮想世界をシンセサイズするプロトコルとして「World Synthesizer Exchange Protocol(WSEP)」を紹介。これは中嶋氏が構想しているプロトコルで、各分野のシミュレーションを相互につなげていくためのものだそうだ。

 「WSEP」について「非常に初歩的だが、使える」との説明だが、ようやくこの時点で中嶋氏がいわんとする「ワールドシンセサイザー」というものがいったい何をするものなのか、おぼろげながらもイメージが掴めてきたという印象だ。


■ 動的で複雑な世界を作り出すためには

ゲーム世界との相互作用に対する不満。これを課題と捉えることが、次代のゲームを考えるポイントになるのだろうか
 続いて中嶋氏は、パネルに数々の実写写真を表示。微生物の顕微鏡写真やオーストラリアの荒涼とした大地、あるいは火星や月の写真を示しながら、「現状のゲーム環境は情報量が絶対的に足りない」と説明した。

 つまり、現在のゲーム環境はディテールが足りない。また、参加者が世界を自由にいじることができず、反応が限定的にしか返ってこない。因果関係がどこかでストップしてしまい、続いていかないとしている。こういった問題を現状のゲームの課題とする認識を示し、今後のゲームは「文学」と「シミュレーター」の方向へ分化していくだろうとの予測を紹介した。

 補足すると、「文学」的なゲームとは、スタンドアロンのRPGのように、ゲームデザイナーがプレーヤーに対し、あらかじめ整理された静的な世界を提示していく方向性のゲームを示している。これは、これまで殆どのゲームが取ってきたアプローチだ。

 これに対して「シミュレーター」的なゲームとは、ゲーム世界のあらゆるダイナミクスが物理的なシミュレーションによって制御され、世界が動的に変化していくものを指す。これはプロシージャルなコンテンツ生成にも通じる概念だが、そう考えるとウィル・ライト氏が開発中のゲーム「Spore」が連想される。中嶋氏も当然ながら「Spore」に非常に注目しているとのこと。

 中嶋氏は、「Spore」の技術的な基盤となっている遺伝子シミュレーションや物理シミュレーション、また微生物の世界から銀河宇宙の世界へまたがるスケーラブルなゲームデザインを紹介し、しかしながら「ワールドシンセサイザー」が目指すシミュレーションの情報量には圧倒的に足りないとの認識を示した。

 これは筆者の解釈だが、「Spore」はプロシージャルな環境生成に重きを置いており、そこで生成される環境はゲームデザイン的な都合に合わせて抽象化されたもので、目指すところは「ゲームとして面白いこと」。したがって、その環境が持つ情報量はゲームデザイン的な要求によって決定される。

 対する「ワールドシンセサイザー」は環境シミュレータの仕組みであり、情報量の限界は純粋に技術的な限界によって規定されるもので、目指すところは「すべてを完全にシミュレーションできること」である。

 中嶋氏は、「ワールドシンセサイザー」を「OS、Operation Systemである」と言う。

 つまり、アプリケーションを構築するための土台を提供するものだ。OSにとり本質的に必要なのはあらゆるアプリケーションを構築できる可能性、ポテンシャルを提供することであり、環境シミュレータのOSである「ワールドシンセサイザー」は「必要に応じてあらゆる環境をシミュレートできること」がゴールになるのだろう。つまり、リアルな地球シミュレータを構築できるし、ゲームデザイナーの意図で構成されるユニークなゲーム環境も構築できるものだ。

惑星サイズから微生物まで。氏の提示する「風景」は、環境シミュレータに求められる複雑度と情報量に果てしがないことを示す


■ 環境シミュレーションから「定数」を除去する試み

 中嶋氏は「ワールドシンセサイザー」が目指す環境のシミュレーションの方向性について説明する。その中で、一般には普遍的な定数として扱われる「光速度(299,792,458m/s)」や量子力学の基準定数である「プランク定数(6.6261*10^-34J*s)」が、実はビッグバン直後の宇宙や、現在の宇宙でも遥か彼方の領域では不変ではないかもしれないとの事実を紹介。

 こうした基本的な数値が身近な環境と異なる世界では、化学の授業で習う「元素周期表」すら、別の表になってしまうことを説明し、そうなれば、その世界に構築される環境も全く違ったものになるだろうとの認識を示した。

 つまり、日常我々が「定数」だと考えているものも、本来は何かの法則によって決まっている。このため、一般に定数として扱われるデータも、何らかのシミュレータの出力に置き換えることができるとのことだ。本当にダイナミックな世界を構築するには、ハードコードされた「定数」の数々を、何らかのテーマに特化したシミュレーションエンジンによって導出された「変数」に置き換えていくことがポイントだという。

 たとえば従来のアプローチでは、ゲームプログラマやデザイナーがゲーム環境を作ろうとするとき、重力や摩擦係数、キャラクタの歩く速度やその動きなど、あらかじめ「適切だと思われる」値を定数パラメータとして入力する。その結果、それらしい動きをするキャラクタができあがり、ゲーム環境が作られる。しかしこういったアプローチで開発された環境を支配する各種の定数は、プレーヤーと環境との相互作用によって変化することはなく、永久に固定だ。

 「ワールドシンセサイザー」のアプローチでは、その環境に重力加速度が必要ならば、それを惑星系のシミュレータから得る。生物がその環境でどういった動きをするかは生物の物理シミュレータから得て、環境シミュレートの段階ではそれらの出力を変数として使用する、といった形になる。

 このアプローチではゲーム環境を支配するデータの中に定数が存在しなくなるため、あらゆる要素がプレーヤーとの相互作用によって変化していく可能性が生まれる。地球に月をぶつけて大量の質量を飛散させることで、質量が減って重力も減り、大地の組成も変化した惑星上で新たな生物進化が遂げられた世界で何らかのゲームプレイを行なうことも可能というわけで、なんとも壮大な話だ。


■ P2Pネットワークでワールドをシンセサイズする!

連結階層ネットーワークは、別個の分野を扱うシミュレータが相互に有機的に接続されたもの
プログラム中に定数として定義されているデータを、他のシミュレータの出力に置き換えていく概念を説明する
生態系の変化をシミュレートするソフト「GenePool」の実演。自己触媒的に生物環境が変化していく
 しかしながら、現在のコンピュータ技術で量子力学の単位から銀河宇宙のスケールまで同時にシミュレーションすることは不可能。中嶋氏はこれを解決する手段として「連結多層ネットワーク」という概念を紹介する。

 「連結多層ネットワーク」とは、別の問題を解決する複数のシミュレータをP2P的に相互に接続して、より大きなシミュレーションを可能にしていく仕組みであるようだ。

 このネットワークでは、分子レベル、細胞レベル、生物レベル、惑星レベル、銀河レベルといった各層のシミュレーションをそれぞれ別個のマシンが行なう。それぞれのシミュレータが弾き出した変数のうち、他のシミュレータが必要とするものがあれば、前述の通信プロトコル「WSEP」を通じてやりとりされることになる。P2P的なアプローチでこれを行なうため、ネットワークに参加するピアの数が増えていけば、どんどん巨大な環境シミュレーションが可能になっていく。

 また実演として、矩形で構成された単純な生物がランダムな動きを通じて効率的に前進する方法を学習していくプログラムや、極めて単純なルールで細胞が細胞膜を自動修復する様子をシミュレートするプログラム、単純な環境の中で遺伝子シミュレートされた生態系が変化していくプログラムなどをデモンストレーション。これらのシミュレーションプログラムが部品として使え、エンドユーザーのインターネット接続も高速化したため、構想の実現が可能な段階に来ているとの見方を説明した。

 実際の開発においては、この「連結多層ネットワーク」に乗るプログラムを作成する技術者は、各自の得意な分野のシミュレータを書けば良いことになる。たとえば車両の物理シミュレータを作るのが得意な人が、ガソリンを構成する分子構造にまで気をかける必要はなく、そこは他のシミュレータに任せればよい。各分野の専門家が自分の得意な問題に集中して開発するスタイルをとるため、各分野のシミュレーションが「間に合わせ」に終わらない、きわめて高度なものになっていく余地があるわけだ。

 中嶋氏は、「連結多層ネットワーク」上で実際に開発者がどのようにシミュレータを付け加えていくかについて多くを語らなかったが、筆者の予測では、実現するならば非常にオープンな開発環境になっていくのではないかと考える。

 つまり、現在のオープンソースコミュニティのように、特定の企業やサービスにとらわれない形で、共通のプロトコルで駆動するシミュレーションネットワークを構成する各シミュレータを、自由意志で参加する開発者たちが付け加えていく形だ。このようなコミュニティでは、ある開発者はベースとなるシミュレータを公開し、それを部品として別の開発者が新たな階層のシミュレータを構築していくようなことが起こる。

 このような技術をベースにした「ワールドシンセサイザー」では、総合的な環境シミュレーションを作ろうとする者、あるいはゲームデザイナーといった開発者が、既存のシミュレータを組み合わせて、非常に複雑で動的な世界を、自らの目的にあわせて作り出すことができる。

 つまり、「リアルな地球環境」を作ろうとする者であれば、現実の物理的な相互作用を可能な限り忠実に再現できるシミュレータ群を選び、それらの出力を使用してリアルなシミュレータを構成しようとするだろう。また「面白いゲーム環境」を目的とするゲームデザイナーであれば、それを実現するために適切と思われるシミュレータを組み合わせて適切な世界を作り出すことができるだろう。まさに、ワールド(世界)をシンセサイズ(合成)していくシステムである。

 この構造は現在のゲーム関連企業がコンテンツ作成のために取っているアプローチとは全く異なるものだ。「ワールドシンセサイザー」は、実現すれば、ゲーム産業のありかたそのものを大きく変えていく技術になるのかもしれない。


■ 完全な形で実現するのは100年後か、それとも?

 そんな壮大な展望を抱かせる「ワールドシンセサイザー構想」であったが、中嶋氏自身が認めるとおり、実現には長い長い時間が必要なようだ。

 「ワールドシンセサイザー」の技術的なバックボーンとなる通信プロトコル規格である「WSEP」は構想の段階であり、まだ実在するわけではない。また、このような概念を表明している人物は、筆者の知る限り中嶋氏のみであり、今回のセッションで共鳴する開発者が多数現れたとしても、まだまだ小さな動きである。また、シミュレーションに利用できるコンピューティングパワーというハードウェア的な面でもまだ十分とは言えず、中嶋氏自身、この構想が完全な形で実現するには100年かかるのではないかといった観測を示していた。

 中嶋氏はまた、ビジネス的な課題として、他の技術者や経営者から「ワールドシンセサイザー」がどうやってカネになるのか、なぜこんなことを一生懸命やっているのかといった疑問を投げかけられることが多いと説明した。確かにこのような、聞く人によっては誇大妄想に等しい構想を、現実のビジネスに載せていくことは容易ではなさそうだ。

 そこで中嶋氏は、「ワールドシンセサイザー」がたとえビッグマネーにはならなくとも、少数のユーザー、たとえば1万人が長期にわたって熱心にかかわってくれることで、長い目で見れば利益を上げれられる「ロングテイル」のビジネスモデルを一端として紹介。「ワールドシンセサイザー」は十分な物理シミュレーションさえ用意できれば、開発者が少数(5人程度の小チーム)であっても十分なコンテンツを提供できるので、「長く薄く」利益を上げるやりかたがしっくりくるかもしれないとのこと。確かに、エンドユーザーの趣向が多様化している現在と将来においては有効なビジネスモデルかもしれない。

 完全な実現のために100年かかるとしても、部分的な実現ならば短期的にも可能である。中嶋氏は、氏の経営するコミュニティエンジンのゲームタイトル「gumonji」での取り組みを例に挙げる。

 「gumonji」では、「ワールドシンセサイザー」構想の一環として、これまでサーバー上で管理していたゲーム環境を各ユーザーに持たせ、P2P的なアプローチでゲーム世界を運営していくのだという。P2P化にともなう「ノイジー」な情報(いやがらせ、SPAMなどのゲームを破壊する情報)を抑制する手段として、「mixi(ミクシィ)」に代表されるようなSNS(ソーシャルネットワークサービス)をゲームに組み合わせ、クオリティを保障するというプランを説明。しかし現段階では各ユーザーの持つマシン上で実行されるシミュレーションはまだまだ限定されており、やりとりされる情報も、ゲーム環境の上で活動する生物の状態のみであるとのこと。しかしながら、これが構想実現のための小さな、しかし大きな一歩になるのだろうか。

 というわけで本セッションは、「次代のゲームを思考する」というCEDEC2005のテーマにふさわしすぎるほどふさわしい、長期的な展望に立てる壮大な内容となった。中嶋氏と、氏の率いるコミュニティエンジン社の動向に今後も注目していきたい。

P2Pネットワークにシミュレータを実装することで、巨大な環境シミュレーションが可能になるという 旧来の「gumonji」はサーバー集中型の世界管理スタイルであったが、現在開発中の新バージョンではP2Pネットワークを用いた設計になるとのこと


□コンピュータエンタテインメント協会(CESA)のホームページ
http://www.cesa.or.jp/
□「CEDEC 2005」のページ
http://cedec.cesa.or.jp/
□コミュニティエンジンのホームページ
http://www.ce-lab.net/ja/
□関連情報
【8月29日】CESA、「CESA DEVELOPERS CONFERENCE 2005」を開催
“次世代”を見据えた意欲的なセッションが目白押し
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20050829/cedec_01.htm
【8月1日】CESA、「CEDEC 2005」の受講者も参加できる懇親会
「CEDEC 2005 Developers Night」を実施
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20050801/cedec.htm
【6月30日】CESA、「CEDEC2005」を8月29日より開幕
過去最大の昨年をさらに上回る規模での開催
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20050630/cedec.htm

(2005年8月30日)

[Reported by kaf@ukeru.jp]



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