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会場:東京大学本郷キャンパス 福武ホールB2F 福武ラーニングシアター
コンソールやPCゲームなど、スタンドアローンのゲームの教育利用に関する研究は欧米を中心に数多く見られ、日本でもWiiやニンテンドーDSで数々の健康・知育ゲームが発売されている。DSの知育ソフトでは、学校教育に役立てる例も見られるほどだ。しかし、ことオンラインゲームに関する研究は、まだまだ手つかずの段階。今回の催しも「オンラインゲームの教育利用」というテーマの国際学術シンポジウムとしては、日本で初めての開催となる。 本シンポジウムの大枠は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)に採択された「デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」領域の一環として行なわれている「オンラインゲームの制作支援と評価」によるもの。この一環として東大・馬場グループが主催し、馬場氏自らが会長を務める、日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)が共催している。 講演を行なったのは、前述の馬場氏とウィ氏に加えて、メディア心理学などが専門で、コンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)理事も務める坂元章氏(お茶の水女子大)、野澤泰志氏(経済産業省)、ウィ氏と共に研究を行なったウォン・ウンソク氏(ソウル中央大)、ソ・スンシク氏(韓国春川教育大)、ユー・ビュンチェ氏(韓国文化体育観光部)の6組7名。研究者に加えて、産業レベルでの政策支援に関する講演も行なわれ、重層的な内容となった。プログラムの最後には馬場氏を司会として、講演者によるオープンディスカッションも開催された。
冒頭で馬場氏は「昨年、東大で開催されたDiGRA(デジタルゲーム学会)でも、オンラインゲームの教育利用に関する様々な講演が行なわれたが、教育効果を科学的に測定することが重要だ」と切り出した。続いて、「ただ単に『オンラインゲームが教育に役立つ』という段階から、その理由や、効率的な応用を探るなど、次の段階に研究を進めていく段階に入った」と続け、今回のシンポもそのきっかけの1つになればと意気込みを示した。
■ 歴史教育におけるオンラインゲームの活用
実証実験そのものについては、以前に弊誌でもレポートしているので、詳しくはそちらを参考にして欲しい(CESA配布の小冊子「テレビゲームのちょっといいおはなし・5」にも掲載されている)。概要をまとめると、1・2年生向けの日本史・世界史の授業で「大航海時代 Online」を用いて比較実験を行なうもので、「通常の授業クラス」、「ゲームプレイだけのクラス」、「課題を与えてゲームをプレイさせ、壁新聞またはパワーポイントで発表したクラス」に分けて実施し、質問紙と観察で効果を測定するというものだ。 その結果「課題を与え、パワーポイントで結果を発表させた」クラスで、歴史に対する興味と社会的スキル(コミュニケーション能力)が最も向上する結果が得られた。また詳細は明かされなかったが、通常のテストでもオンラインゲーム組の方が高い平均点をおさめたという。
その上で馬場氏は「オンラインゲームが教育に有効な理由」、「教育に向いたデジタルゲームのジャンル」という観点から、さらに研究を進めていきたいと抱負を語った。そのためには、ゲーム自体の構造的な分析や、より多様な条件での研究などが必要になる。これらを土台にして、将来的にはデジタルゲームの評価指標を確立したり、授業に導入する際のマニュアルも作成していきたいとしている。
■ 社会性の向上をもたらすオンラインゲームの活用
まず1点目は、恥ずかしがり屋(シャイ)な人々の社交性の訓練としてオンラインゲームが与える影響について。心理学ではシャイな人々へのセラピーに、人前で社交的な人物を演じる(ロールプレイ)ことで、自信やコツを獲得させるものがある。しかしそもそもシャイな人々にとって、現実社会でロールプレイをすること自体が苦痛だ。これが匿名性の高いオンラインゲームの世界では、より効率的に行なえるのではないか……というものだ。 実験はアバターチャットの「ハビタットII」を用いて2回行なわれ、オンラインゲームによるセラピー効果は短期的なものに留まるという結果が得られた。これにより坂元氏は、オンラインゲームとロールプレイのセラピーを組み合わせると、より効果的な結果が得られる可能性を示唆した。 第2の実験はオンラインゲームを用いた国際交流の活用だ。日本人と韓国人の友好性を高めるためのゲームを、野村総合研究所3D-IESの協力で開発して実施した。その際に、お互いに協力しなければ問題が解決できない「相互依存的目標」を盛り込んだり、ゼスチャーのみで意思疎通が図れるなどの工夫をこらした。この結果、お互いの潜在的・顕在的な好意度が上昇し、国際交流に役立つことが確認できたという。
坂元氏は結論として、「オンラインゲームは人間関係や社会性の学習ツールとして有効な側面を持っているが、同時に悪影響の面もしっかり研究する必要がある」と釘を刺した。たとえ有効な側面があったとしても、悪影響の面もふまえて活用しなければ、その良さを生かし切れないというわけだ。善悪2極論に陥りやすいテーマだけに、重要な指摘だと感じられた。
■ ゲーム産業戦略とゲームの社会的認知、活用の現在
こうした実体験からも、世間の「ゲームバッシング」は世代論的な問題も大きいと野澤氏は続けた。その結果として、国策レベルでもようやくゲーム産業の支援が行なわれるようになってきたという。契機になったのが2006年に公開された「ゲーム産業戦略」だ。これをベースに、JAPAN国際コンテンツフェスティバルの開催や、日本ゲーム大賞での経済産業大臣賞の創設など、ゲーム開発者の社会的地位の向上にも取り組んでいる現状を示した「ゲーム産業戦略」の詳細については、弊誌の過去の記事も参照していただきたい。
その上でゲーム開発力の引き上げと、社会とのコミュニケーション戦略を両輪に、ゲーム産業の社会的認知の拡大と人材確保の好循環を産官学でさらに進めていきたいと述べた。最後に「子供が将来ゲームクリエイターになりたいと言ったとき、親が泣かないような環境作りが必要だ」と締めくくり、会場をわかせた。
■ 効果的な教育ツールとしてのオンラインゲーム
小学校の授業ではゲーム内で「牛肉の串焼きを売る」という課題を通して、アイテムの希少性に伴う価格変動の仕組みについて学ぶという、5年生の授業事例が紹介された。子供達はゲーム内で100ウォン(サイバー通貨)を与えられ、市場で材料を購入したり、串焼きを作った児童と交換したりして、仮想の売買体験を行なう。その後クラスで討論し、市場の特性について理解させる、という仕組みだ。 この結果、通常の授業よりもオンラインゲームを用いた授業の方が、自己効力感、興味、経済の知識が増大したことがわかった。また授業後のレポートでは「テレビで経済ニュースを見るようになった」、「お父さんは会社でお金を作っているのではなく、経済活動を通してお金を獲得していることがわかった」などの回答が寄せられたという。 高校の授業では、英語版「君主online」のゲームプレイを通して、生徒の語学力がどの程度向上するか測定された。ゲームは高校1年生の教科書レベルを元に、クエスト内容を調整したものが使われた。また海外ユーザーと英語でチャットする課題も組み込まれ、2週間にわたって実施された。その結果、単語試験・コミュニケーション・語彙・読みの4項目で、オンラインゲーム組ではいずれも向上するという結果を得た。 また授業終了から1カ月後に実施された後期中間試験でも、オンラインゲーム組の平均点は約5点高いという結果を得た。テスト校の校長も「学生の集中力が落ちなかった。外国人とのチャットを通して英語に対する心理的距離感も消えた」などのコメントを出した。どちらもオンラインゲームの教育効果が証明された形だ。 ちなみにウィ氏は商用ゲームを用いた理由として、「なにより面白いからだ」としたが、そのうえで「教育目的に応用可能で、教育的な要素を含み、暴力指向やギャンブル性などの要素が含まれないものを選ぶことが重要だ」とした。また、より教育的な効果が得られるように、「独自サーバーの設置が必要で、そのためには開発・運営側との協力が必須」と述べた。「君主online」はこうした諸条件をクリアしたタイトルだったというわけだ。さらに実際の運用では、「教師が適切なクエストを与え、解決のための多様な可能性を示唆しつつ、ゴールまでうまく導いていくことが必要だ」とも語った。
最後にウィ氏はオンラインゲームを用いた教育を「G-Learning」というキーワードで整理し、韓国のデジタル教科書にもこの要素が入っていく可能性を示唆した。また学校教育だけでなく、企業・社会人教育なども含めた産業に成長する可能性を示し、日韓を軸にした国際研究協力体制を構築し、グローバル展開していくことの重要性を述べた。
■ 小学校の英語教育にMMORPGを用いた授業
その結果、読み・書き・聞き取り・スピーキングの4項目のうち、スピーキング以外で意味があることが判明した。また9要素(性別・海外経験・個人的教育・時間・積極性・態度・SDLスキル・ゲームスキル・コンピュータの利用状況)のうち、性別・海外経験・積極性・態度・コンピュータの利用状況がより大きな影響を与えることがわかり、授業設計においては、より考慮する必要があるとした。
また、ソ氏は冒頭で教材にMMORPGを用いる理由として、教師から学ぶことと同じくらい、友人から学ぶことも多いと指摘し、オンラインゲームのコミュニティ性と学級運営の相似性について示唆した。ただし商用ゲームをそのまま用いるだけでは授業に限界があることや、今回の研究では違いが明らかになっただけで、その理由は解明されていないということも述べ、さらなる研究が必要だと締めくくった。
■ 韓国におけるゲーム産業への政策支援とその課題
ユー氏は国連未来フォーラム会長のジェローム・グレン氏の「未来の教育は、ゲーム形式を使ったサイバー世界での経験を土台に行なわれる」という言葉を引用し、教育とゲームが融合することで、より効率的な学習ができ、ゲームの社会的イメージも改善されるとした。その上でゲームにはプラスとマイナスの面があり、行き過ぎた没入は問題だが、教育面のプラス効果を研究し、活用する重要性を示した。 こうした背景をもとに、韓国政府では2005年に「スター・ストーン」という校内暴力防止ゲームや、2006年に「リトル消防官」という消防士トレーニングゲームを開発したことを紹介。「学校や教育分野での活用は十分ではなかった」としつつも、シリアスゲームの開発に力を入れていることを示した。さらに来年度より、オンラインゲームを正規の授業カリキュラムに取り入れるモデル学校プロジェクトがスタートすると明かされた。小学校2校、高校1校で2年間の運営が行なわれるという。 もっとも韓国といえども、親や教師が教育にゲームを用いることの反発は強いという。オンラインゲームが人気なことから、ゲーム中毒の問題が、日本よりも身近な存在となっているのが背景の1つだ。また産業振興を文化体育観光部、教育文化を教育科学文化部が所轄するという縦割り行政もネックだという。とはいえ、モデル校での実施にまで到達している点は、日本をはるかに凌駕しており、さすがはオンラインゲーム大国だと感じさせられる。
また文化体育観光部としては、ゲーム会社と教育科学文化部をつなぐパイプ役となることや、医療・教育・国防分野などでシリアスゲームの開発支援を行ない、特に言語教育ゲームを中心に考えていること、有識者を中心にシリアスゲームフォーラムを設置し、来年度の初めまでに政策提言を行なうなどの方針が示された。ちなみに、モデル校に関する発表は韓国では発表しておらず、日本で先駆けての発表だという。
■ オープンディスカッション
これを受けて経産省の野澤氏も「非常に触発された」と返答。「今年1年は技術側面を強調した政策を推し進め、『技術戦略マップ』をまとめたところだが、今後はシリアスゲーム的な応用についても、同じような取り組みができれば面白い」と述べた。さらに坂元氏は「日本で教育コンテンツが育たなければ、将来的に外国産のコンテンツで学ぶ事態も考えられる。価値観や文化的な問題を考えると、教育コンテンツは自国で作ることが重要だ」と、韓国での取り組みに触発されたコメントが続いた。 一方ウィ氏は、「私の専門は経営学だが、革新的な製品は企業の中核ではなく、周辺部から生まれてくる。G-Learningも同じで、6年間研究をやってきて、ようやく理解を示してもらえるようになってきた。G-Learningは教育ツールの革新であると共に、ゲーム産業における革命で、それだけに位置づけをきちんとしていく必要がある」と、先達者としての立場でコメント。ソ氏も「韓国ではE-Learning、M-Learning、U-Learningと、メディアが変わるたびに、新しい言葉が生まれてきた。しかし学習の主体はメディアではなく人間で、その本質は変わらない」と発言し、過去の研究事例をふまえて、優れた教育コンテンツをデザインする必要性を諭した。 またユー氏は「韓国の中長期的な政策を評価してくれて嬉しいが、コンソールゲームでは日本が先に進んでいる。ゲームの肯定的な部分と社会的なニーズが一致するとき、ただ楽しんだり、没入するだけではないものが生まれるだろう」と発言し、社会的な共感を踏まえてデザインしていく必要性を示した。その上でこれらは現場の人間の役割だとして、日韓での協力体制を訴えた。 最後に会場から興味深い質問が出たので紹介しよう。パソコン教室の経営者からで、「オンラインゲームで得られる“力”は受験勉強とは異なるが、そもそも学校の学力の評価基準自体がおかしいという説もある。シンポジウムでは“学校の勉強”にも役立つという視点で議論されたが、オンラインゲーム自体が子供達の能力を引き上げる可能性については、どのように考えているか」というものだ。これは非常に鋭い指摘で、オンラインゲームによる学習と、既存の教育システムの溝をどのように埋めるか、という議論にもつながってくる。 これに対してウィ氏は「その指摘は正しい」と述べた上で、「新しい教育ツールは新しい教育効果をもたらすし、新しい評価方法も伴わなければ、半分くらいしか意味がない」と回答。「オンラインゲームをプレイして、伝統的な学校の成績が上がったというのは、現実との妥協だ」とコメントしつつも、「まずは学校教育にオンラインゲームを導入させるという、第1歩を踏み出すことが重要だ」とした。 実際に教育現場で実証実験を行なう上で、ウィ氏が最も苦心した点が、学校でオンラインゲームをプレイして、ゲーム中毒に至る生徒を1人も出さないことだったという。その上で現実の教育システムに即した形で導入するように配慮する必要があった。先達者ならではの苦労で、日本ではまだまだ難しいのが現状だ。 また坂元氏は自身の成果をふまえて、「社交性や高い国際理解力などは、今で言う学力には入らないが、自分は非常に重要だと思っており、その観点から研究を行なった。しかし現実には教科で計られる学力があり、シリアスゲームの普及を考えると、その向上が見られなければ難しい」とした。その上で、「オンラインゲームには人間性や社交性などだけでなく、教科面を伸ばす力もある」と答えた。 この最後の質問と回答は、本シンポジウムの本質と課題点を見事についたものだ。もっとも、まだまだ研究は始まったばかりで、結論を出すには早すぎる。それだけに韓国で来年度から始まるという、モデル校による取り組みは注目したい。さらに日本側としても、残念ながら今回の研究は「最新」のものとはいかなかったが、さらなる研究の継続に加えて、文部科学省を巻き込んだ展開も期待したいところである。
最後に馬場氏はウィ氏の言葉を引用する形で、「これは教育のイノベーションだし、ゲーム業界のイノベーションにも繋がるものにしたい。日本では産業界からはコーエー、政策面からは経済産業省と、数多くの方々に支援をいただいて進めているプロジェクトで、今後も継続していくので、さまざまなご意見をいただきたい」と締めくくった。
(2008年12月22日) [Reported by 小野憲史]
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