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Game Developers Conference 2008現地レポート

“Serious Games Summit”レポート
シリアスゲーム情勢を通して見る、世界の中の日本

2月18~22日 開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Convention Center

 現地時間の2月19日、GDCはチュートリアルの2日目を迎えた。初日から開催されている“Serious Games Summit”は今日が最終日となり、サミット内セッション“Serious Game World Reports”では日本発の講演として東京大学大学院情報学環の馬場研究室が事例発表を行なうなど、目の離せない1日となった。

 終日続いたサミットの中で、北米、欧州、日本など世界各国のシリアスゲーム研究者・開発者が次々に講演を行ない、世界のシリアスゲーム情勢が明らかになった。その中で特に際立ったのが、日本が世界的に見て特異な状況にあるという点である。


■ 日本はシリアスゲーム大国か、それとも研究後進国か
  東京大学の馬場研究室は「シリアスゲームの再定義」を提言

演壇に立つ東京大学教授の馬場章氏。このセッションは、ここ数年の日本におけるシリアスゲーム研究の成果報告となった
日本のシリアスゲームは「脳トレ」をきっかけに爆発的な成長を遂げた
シリアスゲームは、いまや日本のいたるところに遍在している
 サミット内のセッション“Serious Game World Reports: Part II”では、東京大学大学院情報学環・馬場研究室による発表が行なわれた。講演者は情報学環教授の馬場章氏、ならびに同研究室の特別研究員の七邊信重氏、同所属院生の富安晋介氏。

 “Serious Games in JAPAN”と題する講演で、七邊氏は日本におけるシリアスゲームの現状を一気に紹介した。そこでハッキリと確認されたのが、日本が、シリアスゲームが商業的に大規模に成功した国である、という事実だ。

 そこでは、まず、「脳を鍛える大人のDSトレーニング (Brain Age)」シリーズが世界で800万本のヒットを飛ばしたことを皮切りに、類似タイトルが猛烈な勢いで現われ、シリアスゲームがゲーム市場の主流にまでなりつつあるという経緯が紹介された。これは、日本の読者の皆さんならご存知のとおりだ。それを「シリアスゲームの潮流」として捉えている点で、馬場研究室の視点は鋭い。

 この日本固有ともいえる現象のポイントは、シリアスゲームに相当するものが、シリアスゲームの定義を受ける前に、純粋にエンターテイメントのソフトウェアとしてユーザーに受け入れられたということだ。七邊氏は、「日本では、シリアスゲームはいたるところにある」とした上で、次の問題点を指摘している。

 それは、「多くのプレーヤーが、ソフトの説明に書かれている効能に懐疑的になりつつある、もしくは興味がない」という点。つまり、学習効果をウリにするだけのゲームはマス市場から見向きもされなくなるという危機感を抱いているようだ。非エンターテイメント目的のゲームは、面白くなく、それゆえに教育目的でも失敗するということだろう。

 これを踏まえて七邊氏は、「シリアスゲームのコンセプトを見直すべき」とした。主張によると、現時点のシリアスゲームの定義は「開発者の視点」に立っているという。シリアスゲーム=“シリアス用途目的で製作したゲーム”ということであって、次節で紹介するトップダウン的な欧米の事例がまさにそうだ。

 しかし、現実にはエンターテイメント目的で作られたゲームがシリアスゲーム的に使われている実例もあり、エンターテイメントゲームとシリアスゲームを明確に区別する根拠はない。ゆえに、七邊氏は、シリアスゲーム研究に「プレーヤーの視点」を持ち込み、プレーヤーの体験を重視して、現実に効果のあるシリアスゲームを見出すべきである、とした。これは、日本では主流となりそうなエンターテイメントゲームのシリアスゲーム的応用も視野に入れた提言と言える。

いわゆる知育ゲームは、実生活に役立つという意味でシリアスゲームの定義にあてはまる。そのシリアスゲームは、日本でゲーム市場の主流と呼べる地位にまで成長している
シリアスゲームにはプレーヤーの視点も重視されるべきという主張は、エンターテイメント目的のゲームをシリアスゲーム的に応用する方向性も視野に入れたものだろう。日本では応用事例が多くなりそうだ
日本でのシリアスゲーム事例として、「太鼓の達人」をリハビリに使用している模様などを紹介。いたるところにシリアスゲームはある

・「大航海時代 Online」を歴史教育の現場に持ち込む試み

「大航海時代 Online」を歴史授業に組み合わせて使用したという研究報告がなされた
時代背景への興味度の変化を示すグラフ。フリープレイグループで大きな向上が見られる
 続いて、富安氏による“Educational Use of Commercial Online Games in History Classes: Practice and Effects”と題するプレゼンテーションが行なわれた。こちらはコーエーの「大航海時代 Online」を使いながら大航海時代の歴史授業を行ない、その効果を実測したという研究成果報告である。

 実験は2006年から2007年にかけて3回行なわれ、その手法は少しづつ変化が加えられている。第一回の実験では、ゲームを自由にプレイするグループ(フリープレイ)、ゲームと通常授業を順番に行なうグループ(アサインメント)、通常通り授業を受けるグループ(コントロール)の3つの対象が採られた。

 実験結果は非常に明瞭なもので、「時代に対する関心度」では、フリープレイグループが大きな向上を見せている。アサイメントグループはコントロールグループに比べてやや向上したにとどまったが、これは通常授業を経て興味が薄らいだということだろう。

 しかし、歴史に対する興味とペーパーテストの結果は同期していない。もっともよい結果を出したとされるのが、アサインメントグループで、フリープレイグループは最低の得点となってしまったようだ。要するに、ペーパーテストで得点を取るには「興味を持つ」だけでは不十分で、しっかりと暗記する必要がある点で伝統的な勉強法と変わらないということになる。ゲームを遊ぶだけでは、年代や人名、歴史的事件などの正確な知識は得にくいわけだ。

 現在までに行なわれた実験を踏まえた結論として、ゲームと通常の教育の組み合わせでプラスの効用が認められたことが明確に示された。「大航海時代 Online」の持つMMORPGとしての側面として期待される社会的スキルの向上については、より長期的な研究が必要とされた。また、教育効果を最大化するカリキュラム構成の研究についても、さらに追試が必要とのことだ。さらなる進展に期待したい。

 今回のセッションで明らかになったことは2つある。まず、日本は知育ソフトの分野で競争力のある産業が育っており、この面では「シリアスゲーム大国」と呼んでもよさそうだ。逆に、シリアスゲームの学究的な側面や、政府主導型のプロジェクトといった、トップダウン型のシリアスゲーム展開においては、やや遅れをとっている感じもある。日本ならではの2面性といえそうだが、これは以下に紹介する欧米のシリアスゲーム事情を見てみると実に際立って見える。

第3の実験では、ゲームプレイに続いてポスター紙でプレゼンを行なうグループと、PowerPointでプレゼンを行なうグループ、通常通りの授業を受けるグループの3グループでテストされた。PowerPointグループに顕著な関心向上が見られたという結果だが、その因果関係の解説は不明瞭だった。次回以降の研究成果を待ちたい


■ 官・産の主導でプロジェクトが進行する欧米のシリアスゲーム情勢
  多くは研究開発段階。将来の追加報告が待たれる事例が中心

「Microsoft ESP」の紹介を行なったChris Swain氏
 日本の事例に続けて欧米のシリアスゲーム事情を俯瞰してみたい。米Microsoft Game StudiosのShawn Firminger氏は、日本でもなじみ深いソフトウェアである「Microsoft Flight Simulator X (FSX)」を使ったシリアスゲームへの応用事例を紹介した。

 2008年2月、Microsoftは「Microsoft ESP (以下ESP)」と呼ばれるビジュアルシミュレーションプラットフォームをリリースした。これは、上記「FSX」のエンジンやリソースを応用した汎用シミュレーションシステムであり、ユーザーによる改造を前提とした開発フレームワークでもある。この場合の「ユーザー」とは、政府、企業、教育機関などの公的組織がメインターゲットだ。

 地球全体を地図化したフライトシミュレーションである「Microsoft Flight Simulator (FS)」は元来“シリアスゲーム的な応用”が考えやすいソフトウェアであり、顧客からの要望も強かった。そこでMicrosoftでは2002年から2007年にかけて継続的な試みが水面下で行なわれてきており、教訓として「強力なシミュレーションプラットフォーム」、「動的・臨場感のある環境」、「強固なエコシステム」、「現実的で柔軟な費用」といった要点を満たすことが重要と考えられたのだという。

現時点での「Flight Simulator」は航空訓練分野でシリアスに使われている
 それらを実現すべく誕生した開発プラットフォーム「ESP」は、「FSX」譲りの特性として、極めて精密な地形、動的な天候、現実的な映像、拡張性に富むエンジンなど、シミュレータープラットフォームとしての要件を完備。さらには付属SDKにより地上トラフィックや軍事シミュレーション、3Dモデルや適切なUIなど新たな要素を付け加えることもできる。

 「FS」シリーズは従来からパイロットの訓練に使われるなどシリアスな応用事例が多いが、今後は地上や室内環境も緻密にシミュレーションできるようにすることで、地上、海上にも応用分野を広げていく。それによって交通や軍事、教育など各分野へのシリアスゲーム的応用を展開したい、というのがMicrosoftの目論見であるようだ。「ESP」そのものはリリースされたばかりであり、具体的応用事例はまだまだのよう。今後の動向に注目していきたい。

・Wiiコントローラーをリハビリに活用

リハビリ用途に開発されているというゲーム。Wiiリモコンを振って操作する
 Red Hill StudiosのBob Hone氏は、サンフランシスコ看護学校との提携事業を紹介。この事例では、Wiiリモコンを使ったリハビリテーションソフトウェア開発の現状が報告された。

 Red Hill Studiosが取り組むシリアスゲーム用例は、パーキンソン病患者のリハビリテーションに向けたもの。一般的にリハビリ活動は肉体的にも心理的にも負担のかかる難事であり、シリアスゲームの持つ「ゲーム的楽しさ」を有効活用できる見込みが期待されるという。

 この取り組みは現在初期段階にあるといい、医療へのゲーム応用として基礎的な研究を行なっている。壇上のHone氏は、現在開発段階にあるソフトウェアのデモンストレーションを披露した。画面には手漕ぎのトロッコが表示され、Wiiリモコンを上下に振るとトロッコが前進する。

 極めてシンプルではあるものの、これはパーキンソン病のリハビリのために必要な運動を注意深く選択した結果が反映されているという。現在開発中の脳性小児麻痺の治療用ソフトウェアを含め、次の段階に向けて効果測定を行なっていきたいと説明された。今後の報告が待たれる。

・公的研究機関による災害対策訓練ゲーム

「Ground Truth」は、国土安全保障のトレーニングソフトウェア。消防、警察、ハズマットの各部隊を適切に派遣、被害の最小化を目指すゲームだ
 米エネルギー省の管轄するサンディア国立研究所からは、国土安全保障のトレーニングソフトウェアが紹介された。「Ground Truth」と名づけられたこのゲームでは、ビル、宅地、交通などの都市環境がリアルにシミュレートされている。画面はまるで「SimCity」のようだが、ここで起こる事件はテロ、災害、事故といった安全保障上のイベントである。

 プレーヤーは警察、消防、ハズマット(対テロ・危険物対策班) を適切な地域に派遣し、被害を最小限に食い止めることを目指す。ゲーム内では仮想市民が現実的な活動を行なっており、緊急車両をスムーズに活動させるためには近隣道路に適切な交通規制をかけたり、被災者の避難路を確保したりといった計算が必要だ。単なるゲームとしても手ごたえがありそうだ。

 この「Ground Truth」プロジェクトは3カ年計画の1年目を終了した段階にあり、今日のセッションでは開発フェイズとされた1年目の成果が報告された。ソフトウェアの開発はおもに南カルフォルニア大学のGamePipe研究室で進められたとのことで、現在ではコアメンバーが卒業してチームを離れてしまうという (当然の) 問題に頭を悩ませているようだ。継続的な開発体制維持が当面の課題といえる。

 また、ゲームそのものの方向性としては、「経験に基づいた判断力を鍛える」、「短時間で学習効果を得る」といった課題が紹介された。1年目は開発フェイズということで、ソフトウェアの実地試験や学習効果測定は未達成。この点では消化不良の感が否めず、将来の追加報告を待ちたいところだ。

「Ground Truth」は統合的な都市環境シミュレータの側面も持ち合わせており、非常に大規模なシミュレーションを行なっているようだ。開発は研究所と大学が共同して行なっている

・コンピューターサイエンス教育へのゲーム技術応用事例

コンピューターサイエンス教育へのゲーム用例を紹介したJhon Nordlinger氏
 以上紹介した事例に共通するのは、いずれもシリアスゲーム的効果が結実する段階に至っておらず、「今後の展開」にかかっているという点だ。これに対し、シリアスゲーム的な効果が目に見える形で現われたという報告をご紹介したい。「コンピューターサイエンス専攻の学生にゲーム系ミドルウェアを学習させたら成績が上がった」という事例である。

 Microsoft ResearchのJohn Nordlinger氏は、“Using computer gaming to enhance CS”と題した講演を行なった。ここではコンピューターサイエンスのカリキュラムにゲーム系ミドルウェアを導入し、「ゲームを作りながら学習する」というケースで見られた顕著な効果について説明された。

 一例として、カーネギーメロン大学で作られた「Alice」と呼ばれるゲームフレームワークの事例では、これを使った学生の平均成績CからBに向上し、コンピューターサイエンスの上級コースを志望する確率が、これを使わなかった学生の2倍に向上したという。また、「C#」とDirectXを使い、ゲーム志向のカリキュラムを導入した事例では、A評価の生徒が40%増加したと説明された。また、カルフォルニア大学の事例ではゲーム関連カリキュラムを導入したことでコンピューターサイエンスを志望する学生が2倍以上に増えたとも。

「XNA」はすでに多くの教育機関で利用が始まっているようだ。リストには日本の大学名も見える
 「C#」とDirectXと聞けば当然、Microsoftのエンドユーザー向けゲーム開発環境「XNA」が思い出される。これはそのとおりで、本セッションでは、アメリカ各地の高校や大学で「XNA GameStudio Express」を導入している実情が紹介された。リストによれば、日本でも東京大学や関西大学を始め、複数の教育機関で使われているようだ。

 この報告で特徴的だったのは、ゲームをプレイすることだけでなく、ゲームを作る過程も、シリアスゲーム的事例に含まれるという暗黙の定義がなされていたことだろう。ゲーム製作が実際に学生の興味を引き、成績を向上させているという現実のデータがあるということ自体は非常に好ましい報告といえる。

ゲームテクノロジーに触れるコンピューターサイエンスの学生は、カリキュラムに強い興味を抱き、成績が向上する。この傾向は実際に観測されたようだ


□Game Developers Conference(英語)のホームページ
http://www.gdconf.com/
□Game Developers Conference(日本語)のホームページ
http://japan.gdconf.com/
□関連情報
【2007年3月】Game Developers Conference 2007 記事リンク集
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070308/gdclink.htm

(2008年2月20日)

[Reported by 佐藤“KAF”耕司]



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