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会場:東京都・ベルサール神田 MMORPG、メタバースなど、多様なサービスを試みながらも低率成長に悩むオンラインゲーム業界。その一方で、コミュニティサービス業界の雄「ニコニコ動画」は、わずか1年あまりで会員数600万人近くという爆発的拡大を実現している。そこには、単なる動画共有サービスに止まらない、ユーザーインタラクションの革新があった。今回のOGC2008では、その背景にある哲学と、オンラインゲーム業界ならびにコミュニティサービス業界が学ぶべき事例に迫る、4つの講演が行なわれた。本稿では、そのうち2つの講演に注目してお伝えする。
■ ニワンゴ代表取締役・杉本誠司氏基調講演「ニコニコ動画について」
基調講演では「ニコニコ動画」を運営する株式会社ニワンゴの代表取締役、杉本誠司氏が演台の前に立ち、今まさに激変の渦中にある同サービスの過去、現在、そして将来の展望を紹介した。杉本氏は最初に「ニコニコ動画」を構成する各機能について簡単に紹介した。その内容については、ユーザーの方ならば自然に体得していると思われるので、以下の図で簡単にご紹介するにとどめる。
当初米YouTube動画のリダイレクション形式で始まった同サービスが2007年2月23日にYouTubeからアクセス拒否を受け、それからわずか10日ほどで自前のホスティングシステムを準備したフットワークの軽さなど注目すべき経緯はあるが、そのあたりについてはニコニコ動画公式サイト等に詳しいため、ここでは割愛させていただく。
そして「ニコニコ動画」はβ版のサービスを開始しておよそ1年後の2008年1月19日、登録会員数500万人を突破、また、モバイル版の「ニコニコ動画モバイル」も、続く2月10日に100万人を突破している。1日のコメント投稿数は300万で、これは「国内最大手のSNSサービスと同じか、より多い」のだという。さらに、杉本氏が「ニコニコ動画」のアクセス状況について最大の特徴として掲げたのが、平均滞在数の長さだ。1日の滞在時間平均についての2007年9月からの統計では、9月の2時間37分から徐々に増え、11月の4時間で最長となっている。これはアメリカ産動画共有サイトの雄であるYouTubeに比べても圧倒的に多い。
その背景にあるのが、「ニコニコ動画」の持つ非同期コミュニケーションという固有のユーザーインタラクションだ。極論すればコメントが動画再生面にオーバーレイで表示されるという、ただそれだけのことだが、これが様々な方向に新たな価値を生み出している。「弾幕」で祭り感を共有する、コメント職人が誕生する。そういった様々な現象によって、これまでの動画サイトが持ち得ないほどにユーザー体験が強化されている。この仕組みはコメントだけでなく、タグ機能や、「ニコニコ市場」などのコンセプトにも現われており、「ニコニコ動画」を巡って発生した様々な出来事は、ユーザーが自由に物事を生成して楽しむCGM(Consumer Generated Media)の好例といえるだろう。「ねこ鍋」、「エアーマンが倒せない」を始め、ユーザー初の商品も続々生まれている。
ゲーム的応用としては、動画再生に強制的に割り込む「時報」を拡張し、再生画面を占有してゲームを行なう試みも紹介された。試験的に3月4日に配信されたというミニゲーム「ニコニコハンマー」は、同時プレーヤー数73,000人を記録。実に他愛もないゲーム内容とはいえ、オンラインゲームの一現象としてみれば驚きの数字でもある。 ゲーム的な他の事例としては、動画インターフェイスを使って「将棋」のプレイ模様をライブ中継。ユーザーに差し手の意見を募集しながら配信したところ、実に大きな反応があったという。「2時間の配信中に、1000人から10万コメントが寄せられました」といい、ライブ配信と「ニコニコ動画」のインターフェイスの組み合わせにも大きな自信を覗かせていた。 他にも、「ニコニコ動画」に追加されていく機能として数々のトピックが紹介された(内容は下の写真を参照していただきたい)。ハイペースで続けられる機能追加やサイトデザインの変更について杉本氏は、「YouTubeなど他サイトと同じ方向は目指しません。強いていえば、明後日の方向」と、「ニコニコ動画」が向かおうとする将来の方向性を表現する。そこに強く感じられるのは、既存の動画サイトの常識に縛られない自由さ、コンテンツを提供するのではなく「場を盛り上げる」ことに最大の焦点を合わせた哲学だ。
こうした「ニコニコ動画」の姿勢をみるにつけ、一方のオンラインゲーム業界は、既存のゲームの形式や哲学に囚われすぎてはいないか、とも思えた。現在、オンラインコミュニティ形成のノウハウとオンラインゲームの普及戦略がおよそ一致する時代にあって、「ニコニコ動画」の事例から学べることは多そうだ。
■ 「ニコニコ動画」をゲーム的に分析する!
濱野氏に言わせると、「ニコニコ動画」は「MMOのバーチャルRTS」なのだという。プレーヤーが操作するキャラクタは文字通り「文字」、ゲームフィールドは「動画+コメント再生画面」、ほかにも「タグ」や「時報」や「市場」など、ページを構成する様々なエレメントがこの「ゲーム」を構成している。そして、その「ゲーム」で何を戦うのかといえば、「ネタ合戦」だ。動画というゲームフィールドを巡って生まれる様々な「ネタ」をほじくり返し、相手プレーヤーの「腹筋や涙腺をブレイク」させるゲームを戦うのだ、として濱野氏は議論を起こしていった。
このゲームの参加者には、参加形態に応じて5種類のランクがある。まずは「Lv0:コメオフ」。コメント非表示で動画だけを見る層。これはほとんどゲームに参加していないに等しい。次に「Lv1:リアクション」。動画を見ていて現れる「弾幕」やネタ色の強いコメントに反応して「ちょww」などと、リアクションする層だ。もう少し深く関係するようになると、「Lv.2:敵情報告」となる。これはリアクション層に近いユーザーだが、「タグ」や「市場」にちりばめられたネタに反応する点でやや視界が広い。受動的なユーザーの「盛り上がり」は、以上のランクまでのプレーヤーで構成されているという話だ。
これらのプレーヤー層から構成される「ニコニコ動画」の生態系はピラミッド型に整理され、濱野氏は「これは『Sim City』の作者として知られるWill Wright氏が『Spore』のエコシステムとするものと同じ構造」と表現した。このエコシステムを実現する素地になっているのが、当然ながら「ニコニコ動画」のコメントシステムだ。エコシステムのピラミッド最下層に位置する「Lv1:リアクション」層のプレーヤーがごく簡単に参加できる形式であるからこそ盛り上がりは規模的に増幅され、「Lv4:職人」の地位は高まるというわけである。
濱野氏はこの構造について「動画再生ソフトとしてのユーザビリティを重んじる既定路線からは、決して出てきません」と指摘したうえで、「ゲームデザイン上の必然として、動画上にコメントを表示するインターフェイスを採用していると考えれば理解できます」と、独自の解釈を提示してみせた。「ニコニコ動画」のクリエイター達がそれを実際に意識して作ったとは思えないが、現実に存在する現象から逆に解釈してみれば、なかなか面白い視点である。
・「コメント」、「タグ」、「ニコニコ市場」…… それぞれのインターフェイスに流れる、独立したコミュニケーション時間軸
「ニコニコ動画」のコメント機能は「非同期コミュニケーション」と呼ばれる形態だが、濱野氏はこれを「疑似同期」と呼んだ。そして分析は「タグ」にも及ぶ。「タグ」はリアルタイムに更新されず、ページのリロードによって同期されるが、そこでも「編集合戦」という形で濃密なコミュニケーション、ネタ投下が発生している。濱野氏はこれを「瞬間同期フィールド」と命名。コメントとタグの間には全く異なる時間が流れている、というのが濱野氏の着眼点だ。
このように視点をおくと、「ニコニコ動画」のインターフェイスには異なる時間軸を持つ「ネタ領域」が凝縮されていることがわかる。「動画+コメント」、「タグ」、「市場」、「時報」……ユーザーが「ニコニコ動画」を利用するとき、瞬間瞬間に関心を寄せるコミュニケーションの時間軸はひとつ。他の時間軸は「潜在的」な存在だ。そしてインターフェイス上の別の領域に目を移した瞬間、思いもよらない時間軸から生まれた「ネタ」を目にして強い印象を受ける。「ニコニコ動画」のゲーム的分析を試みる濱野氏によれば、各プレーヤーは「せわしなく視線を画面上で動かしては『ちょww』と言わす、言わされるゲーム」をプレイしているのだそうだ。
では、この仕組みがゲーム業界に示唆するものとは? 濱野氏はそこで、オンラインゲームの敷居を下げるため努力されてきている「ライトゲーム化」の試みを指摘する。その骨子は、単にミニゲームにするだけではダメで、「時間に縛られずにプレイ可能」という方向性に活路があるのではないか? というものだ。リアルタイムのゲームは、いくらシンプルなものであっても、どうしてもプレーヤーを強制的に「リアルタイム」の中に押し込めてしまう。この時間軸上の窮屈さこそ、リアルタイムのゲームが持つ本質的な敷居の高さであるというのだ。 濱野氏はその考え方をさらに推し進め、「仮想空間ではなく仮想時間への変化」を呼びかけた。つまり、「ニコニコ動画」が秀逸なコミュニケーション手段として成立した背後にある、「疑似同期」、「瞬間同期」、「ポリクロニック型アーキテクチャ」をゲームに応用する手段はあるはずだ、ということだ。「Second Life」のような「仮想空間」を見てみると、「空間」を仮想化することでユーザーは「距離」の自由を手に入れている。しかし、「時間」はリアルタイムに束縛されたままだ。
スタンドアロン志向のレースゲームなどでは、他プレーヤーのリプレイデータを再生して対戦モードのように利用する「ゴースト」機能を持つものもあり、これはある程度「仮想時間」の導入事例と見ることもできる。MMORPG等では、リアルタイムのゲーム内世界と「瞬間同期」されるランキングシステムという複数の時間軸をもつものも存在するだろう。しかし、おおよそランキング側からはゲームに参加する手段が与えられておらず、複数の時間軸の融合は不完全とも言える。ではゲーム的機能を伴った掲示板はどうか……等々、この考えをもっと拡張していけば面白い着想を得られるかもしれない。異なるコミュニケーション時間軸の効果的融合、これは、今後オンラインゲームを論考する上で興味深い視点となりそうだ。
□ブロードバンド推進協議会のホームページ (2008年3月15日) [Reported by 佐藤“KAF”耕司]
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