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会場:ベルサール神田 オンラインコミュニティ業界の一部では一昨年ほどから「メタバース」がトレンドとして騒がれ続け、その騎手として「Second Life」がもてはやされてきた。しかし現在、コンテンツを投入した各種企業は事実上の撤退状態にあるなど、メタバースに注がれた熱い期待は全く成就していない。いったい何がダメで、今後どうあるべきなのか。今回のOGC2008では、その反省と、未来を展望する複数のセッションが行なわれていた。その中では日本のメーカーが取り組む新しい形のメタバースサービスが紹介され、また、電子技術と現実世界の融合を目指す「オーギュメント・リアリティ」への取り組みが論じられており、日本ならではの「仮想世界観」が強く主張されていたことが印象深い。本稿ではその内容をご紹介したい。
■ 「Scond Life」に決定的にかけていたもの、それは「楽しさ」である
魏氏は、韓国の大学で「Second Life」を実際に使用して学生に経営学のトレーニングを行なった経験をもとに、「Second Life」がどのように期待され、それがどのように期待外れであったのかという形で議論を進める。議論の冒頭で、魏氏は「Second Life」がUGMとして持つオープンプラットフォームモデルと'80年代以来のIBM PCのビジネスモデルの類似点を挙げ、その効用は認めつつ、プロセスを重視するこのモデルが、これが実のところ結果を重視するアジアでは受け入れられにくいと指摘した。
魏氏が取り組んだ事例は、経営学部の学生に、3年間の理論学習の成果を「Second Life」の世界で実際に商売を研修することによって確認、実証しようというものだった。学習効果の結果だけを見れば「Second Life」の仕組み自体は極めて優れており、学生はメタバース内で実際に製品を作り、それを販売するというプロセスを通じて、実際の収益を得る為にどれだけの変数を考慮しなければならないか、ということを実によく学習できたのだという。
さらなる大きな障害が、全ての学生が「Second Life」の世界で何をすればいいのか、わからないという状況に直面したことだ。魏氏は、「Second Life」を「プロセスのアプリケーションである」と表現する。一般的なゲームとは異なり、いわばテクノロジーおもちゃとして存在する「Second Life」には、参加者の意欲を刺激する上でゲームには必須とされる「操作と報酬の関係」が存在しないのだ。このため、学生は大学の授業という明確な目的が当面は存在するにも関わらず、世界の中でどう振舞えばよいかという足元の問題に戸惑い、研修は非常に辛く苦しいものになったとのことである。
それは、「Second Life」が「面白くない!」ということだ。確かに、一種のテクノロジーおもちゃとして「Second Life」を楽しめる層は存在する。しかし、それはCGMの世界の最上層を構成するヘビーユーザーだけの世界であって、特に何を創造するわけでもない一般消費者に刺激を与える話にはなっていないのである。魏氏は、近年、日本を含め産業界が「Second Life」内に仮想パビリオンを構築したケースを例にとり、「建物があっても中身が何もない。ユーザーは一度訪れたら飽きてしまう」と、事実上静的な世界となってしまっている「Second Life」の現状を批判した。 魏氏は、これまでの経緯から「Second Life」の第一段階は終了し、そこで「建物を作るだけでは不十分」と評した。実例として、アメリカのアパレル企業が建設した仮想店舗の映像を紹介。そこには中身が何も無く、ユーザーの姿もない。まるで廃墟のようだ。ゴーストタウンが広がるメタバース。これでは一般消費者層が楽しめるわけもない。 別の言い方をすれば、「Second Life」はエンターテイメントを志向しなかったがために、メタバースに注がれた期待に応えられなかったということもできる。魏氏は、今後メタバースが成功するための要素として、「繰り返し訪れるユーザー」、「金銭を支払うユーザー」の獲得が絶対に必要だと言う。そのためには建物のような見た目を追求するのではなく、その中身を追及するためにUCC(User Created Contents)を活用すべきで、その上に強力な経済システムを構築すべきと論じた。
「Second Life」の成長を「アジアではもう限界に達している」と評する魏氏は、メタバースの中でユーザーにダンスをさせてもすぐに飽きてしまい、全く意味が無く、そうではなく楽しいゲームプレイを提供すべきという結論を提示している。まずは一般ユーザーに喜びを与える場を提供し、その上で製造業など他業種の参入を促すことによってのみ、メタバースはビジネスとして成立するという見方だ。
■ ゲーム製作ツールとプレイグラウンドが融合した3D仮想空間
「物理エンジンを搭載した3D仮想空間『ViZiMO』の可能性」と題する講演を行なったのは、同ソフトウェアを開発する株式会社マイクロビジョンの代表取締役社長・青沼実氏だ。青沼氏の講演はやや製品紹介に終始するという側面もあったが、マクロ的に見れば、上記で紹介した「Second Life」の弱点を明快なアプローチで克服しようとする日本流のメタバース方法論として捉えられ、非常に面白い内容であった。
この講演の主題「ViZiMO」は、2008年2月14日からオープンβ2テストを公開中のオンラインコミュニティサービスである。最大の特徴は、メタバース的なアプリケーションでありながら、世界をひとつにせず、ユーザーそれぞれが「部屋」を作って自由に改変できる、としたことだ。世界は物理エンジンで処理されており、また、様々なオブジェクトにイベントを設定できるため、ちょっとしたゲーム空間が簡単に作成できる。海外ゲームファンの皆さん向けには、「Half-Life2」の「Garry's Mod」のようなもの、とお伝えしたい。
このような「ViZiMO」において、ユーザーが作成した「部屋」を1構成要素とするならば、全体の構造はWEBブラウザでアクセスするSNS(ソーシャルネットワーキングシステム)である。各ユーザーの部屋はSNSを通じて相互にリンクされたり、人気度に応じてサイト上のランキング画面にリストされたりする。この仕組みによって、ゲーム制作に参加しないライトユーザーも「ゲームを見つけて遊ぶ」というライトな形で「ViZiMO」に参加できる。これが「Second Life」との最大の違いだ。
こうして構成される楽しい3D仮想空間のSNSで、運営会社はどう商売していくのだろうか。講演では、マイクロビジョンが目指す「ViZiMO」のビジネスモデルが公開された。その骨子は「アバターアイテム、装飾品、追加機能の販売」、「第三者企業の広告パビリオンの設置・販売」、「意匠を全て入れ替えたオリジナル3D仮想空間を構築可能にし、有料コンテンツとして配信する」、「仮想空間内店舗でユーザー作品の販売を可能にし、課金代行をおこなう」といったものだ。最初のフェーズは2008年8月ごろに予定されているということだが、ゲーム的なメタバースを志向する同サービスがどのようにユーザーに受け入れられるか、非常に興味を持った。
こうした仕組みは一見楽しそうではあるが、おそらくこのままでは「Second Life」と同じ、一度訪れたら二度と来ることのないコンテンツになってしまうのではないか、という危機感を感じた。というのも、この手のただそこに存在するだけのアイキャンディは、例え一度見て衝撃を受けたとしても、それ自体が変化していくものではないので、2度目以降は見る価値を失ってしまうからだ。それは「Second Life」が証明している。また、「見れば満足」という、プレーヤーの参加を必要としないものは、動画サイトで見れば十分で、わざわざメタバースに入っていく必要がない、ということもいえるだろう。「ViZiMO」が真に脱皮していくためには、ユーザーを参加させ、掴んで離さない威力をもったゲームプレイを備える必要があるはずだ。
そのためには、現在「ViZiMO」に実装が表明されている機能でも不十分ではないかと思えてくる。「楽しい3D仮想空間」を志向する方向性は確かに素晴らしいが、ライトユーザーの参加性のよさはそのままに、創造性を発揮するフィールドの自由度はまだまだ高めるべきだ。コミュニティに参加する全ユーザーに強力なコンテンツの可能性を提示するため、超ハードコアユーザーのために複雑なスクリプトシステムを提供したり、一般3Dモデルツールを使ったモデルデータを導入可能にするなどの方法で、本格的なゲームを記述できるようにするといった、さらなる前進が求められると思う。そのコンセプトを実現した上で会員サービスの向上や海外展開を考えるのであれば、「Second Life」とは全く違った流れを見ることができるかもしれない。マイクロビジョンが打ち出す作戦に注目していきたいところだ。
■ 講演「ここにある仮想世界~『スノウ・クラッシュ』から『電脳コイル』へ」
講演の題名にもある「スノウ・クラッシュ」、「電脳コイル」は、日米の仮想世界観の好対照をなすフィクション作品だ。「スノウ・クラッシュ」の世界は近未来のアメリカ、メタバースの世界とリアルの世界が「パラレルなもの」として描写される、バーチャルリアリティ(VR、仮想現実)を扱ったやや陰鬱な雰囲気の作品だ。一方の「電脳コイル」は、メタバース的なテクノロジーが日常生活の中に溶け込み、電脳メガネを付けて見える仮想世界が現実世界に完全にとけ込んでいるというオーグメンテッドリアリティの世界を描く。この両者は似て非なるSF作品なのだ。 「こういった物語が想像力をかき立てていって、科学や技術にインスピレーションを与えるということが言えると思います。たとえば最近『ブレインコンピュータインターフェイス』という、脳に神経接続するようなコンピュータの研究が盛んになってきているわけですけれども、これは明らかに『攻殻機動隊』や『MATRIX』の影響を受けていると思うんですね」と、鈴木氏が話を続ける。
「スノウ・クラッシュ」と「電脳コイル」の共通点は、2020年頃の未来像として非常にリアルな描かれ方をしており、将来本当にそうなっているのかなという気分にさせてくれる、ということだ。鈴木氏は、しかしその解釈に日米の大きな差があることに注目している。一例として、欧米では「ロボット」という言葉が「労働」を語源とし、反乱する存在、人間に取って代わる恐ろしい存在といて描かれてきた一方、日本では「鉄腕アトム」、「ドラえもん」に象徴されるように、日常生活の中にあって人間を助けてくれる存在として描かれてきた、という文化比較論はよく知られている。題材に挙げられたふたつのSF作品にも、「現実から分離された仮想世界」と、「現実に融合する仮想世界」という、明確な違いがある。
「リアルの世界にちょっとだけ、仮想的なオブジェクトが入っているという世界なわけですね。この範囲というのはシームレスで、50対50の世界もあるし、90対10の世界もあるというふうに考えてもらいたいと思います。今現実に起きていることは、この空間というのが凄くリッチで、ここの領域に新たな注目が集まっているのではないか、ということです」。
こういった技術の流れを巨視的に見てると、オーグメンテドリアリティへの変遷は、コンピュータが誕生してインターネット社会となった現在までの自然な延長として捉えることができるという。まずコンピュータは計算素子として「論理回路」を単位としている。しかし、コンピュータが相互に接続されたことで、現在では人間の脳を計算素子として使っているのだという。検索エンジンがその好例だといえるようだ。検索エンジンは、インターネットのサイトを人間が読み、評価し、リンクしたという「演算結果」を集計しアウトプットする。このとき、コンピュータは人間の脳を計算素子として利用している、と見ることができるわけだ。
ゲーム的な応用としては、電脳メガネを装着して外に飛び出し、本物さながらのサバイバルゲームをプレイするような風景が想像されるし、コミュニティサービス分野では、現実空間にオーバーレイされたアバターを生身の人間の代理として会議を行なったり、レジャー、ショッピングを楽しむようなことも起こりうるだろう。オーグメンテッドリアリティの技術応用分野は、ちょっと考えただけでも果てしなく広く、社会生活を一変させそうなインパクトがある。
山口浩氏、鈴木健氏による講演は、こういったSF的発想が、実のところ実現可能な課題として取り組まれている実情の紹介であった。さすがに近未来の技術を想定した講演であるために、ビジネスモデルやサービスの形態など「今日明日の、地に足のついた話題」ではなかったが、おそらく、今後数年のうちに、現実問題として業界が取り組むべき時期がやってくることだろう。従来のメタバースは現実と分離されすぎていたためにうまくいかなかったのだろうか? 仮想世界を外に持ち出すことはできないだろうか? そういった思考実験を通じて、あらたなゲーム、コミュニティサービスの地平が開かれていくことを願いたい。
□ブロードバンド推進協議会のホームページ (2008年3月15日) [Reported by 佐藤“KAF”耕司]
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