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会場:東京大学工学部2号館
■ 「オンラインゲームの評価」にフォーカスした東大馬場グループの第1回報告会
大枠で言えば、国が採択した国家事業のひとつであり、国から予算がおりる代わりに、5カ年間で明確な学術的な結果を出す必要があり、またメディアや学会に向けて定期的に研究成果を報告する義務がある。研究は2005年10月からスタートしており、2010年9月まで行なわれる。非常に息の長いプロジェクトである。 「オンラインゲームの制作支援と評価」プロジェクトとしては、今年6月にデジタルコンテンツシンポジウムにおいて、研究代表のはこだて未来大学教授の松原仁氏ら各研究チームが研究経過の発表を行なっている。今回の記者発表会は、前回発表を見送った馬場グループ単体の最初の報告会ということになる。 馬場グループが担当している研究「オンラインゲームの教育目的利用のための研究」は、「オンラインゲームの制作支援と評価」プロジェクトにおける“評価”の部分を担当し、ともすればネガティブな印象で捉えられやすいゲーム、特に近年急成長を遂げつつあるオンラインゲームを対象に実証実験を行ない、さまざまな側面からゲームのポジティブな効能を探るという試み。 実証実験によってゲームの正の効能を実証し、その上で教育現場での利用活用方法を確立するところまで引き上げていく。最終的には、その確立した方法論を、ゲームの評価法として反映させ、「オンラインゲームの制作支援と評価」プロジェクトのもうひとつの狙いである“制作支援”にまで結びつけていく考えだ。 すでに発表されているように、実験コンテンツには、コーエーの全面協力を受けて、「信長の野望 Online」と「大航海時代 Online」というサービス中の市販タイトルを採用。被験者は、一般ユーザーに混じってサイバーコミュニティに参加し、さまざまなゲーム体験を通じて、ゲームの教育効果を測定し、ゲームの正の効用を解明していく。 実証実験は、香川県の詫間電波工業高等専門学校の1、2年生を対象に、60時間2単位を1サイクルとして5カ年計画で実施される。2006年2月よりパイロットテストを開始し、7月より本格的な実証実験が行なわれている。
■ 3つの授業方法で実証実験、課題は実証実験の測定手段と評価手段
内田氏によれば、詫間高専は、電子、情報工学など理系の高等専門学校であり、理系の授業に比べ、一般教養として習得が義務づけられている社会、歴史といった授業は、学生たちの興味が薄い傾向があるという。内田氏の表現によれば「50分が持たない」ということで、授業に際し、まず学生達が興味、関心を持ってもらえる教材を選ぶことが大前提になるという。ゲームを教材に使う実験校としては最適な環境にあるといえる。 今回の実証実験は、A、B、Cの3班に分け、それぞれ異なるプロセスの授業を展開し、どの授業が大きな教育効果が得られるかを検証するというもの。それぞれの授業内容は以下の通り。
A、通常の歴史授業 今回は実証実験の実験といったアプローチで、50分×4コマという限られた枠でテストを実施。AとBは極めてストレートな内容だが、Cは「大航海時代 Online」をプレイする際に、世界史上の有名人物と写真撮影、街にいる一般プレーヤーに話しかけるといった簡単な課題を与えて、グループ単位でそれを解かせたり、体験した内容をふまえて壁新聞を作成したりなど、ゲームプレイとグループ学習をうまくミックスさせたユニークな授業となっている。 純粋に考えれば、Aがもっとも学習効果が高いことが予測されるが、BやCでは教科書からは得られないような体験的、空間的、具体的な知識が獲得されている。発表会では、実際の実験中の風景の映像が公開され、「大航海時代 Online」のプレイを通じて、西洋史、あるいは世界史に対する興味が深まった学生達の様子が伝えられた。内田氏の報告でも、オンラインゲームを教材として利用することで授業への理解や関心が深まるという答えが過半数を占め、「楽しい」、「調べたくなる」、「覚えやすい」などポジティブな意見が相次いでいる。 大事なのは、その結果、学習成果が上がったかどうかではなく、AとB/Cの間でどのように知識が獲得されたかを測定し、それをどのように評価するのかという評価プロセスの部分である。この部分があいまいだったり、中途半端なら、せっかくの実験も意味のないものになってしまう。 その学術的な検証報告だが、今回は残念ながら、内容と経過のみが報告され、肝心の学習成果までは報告されなかった。馬場氏によれば、実証結果の測定方法および評価方法が固まっていないためだという。結果はアンケート方式で行なうということだが、今回の実証実験は、歴史に対する興味、物理的な知識の獲得を第一義に置いており、本来の狙いであるコミュニケーション能力や協調性、礼儀作法といった人格形成までには至らない。5カ年計画とはいえ、国家予算を投入して行なっている実験としては少々物足りない印象がある。 東大では、歴史をテーマにしたオンラインゲームには、「歴史知識獲得と社交能力向上の効用があると仮定した上で、上記試験を実施しているが、プリミティブなアプローチで学習効果を確認しようとしているところが残念である。測定方法が確立されていない中で、手探りで奮闘している状況は良く伝わってきたが、現状のアプローチは素人目で見ても、多くの無理、無駄、ムラが散見される。 まずなんといっても、現行のカリキュラムにそのままMMORPGを当てはめることの無理が挙げられる。「大航海時代 Online」は、文字通り艦隊を編成して大航海を行ない、全世界を旅するMMORPGである。50分、100分程度の授業では、アクセスできるコンテンツに限りがあり、学術的効能が詰まったその魅力のほとんどがスポイルされてしまうという懸念がある。 「大航海時代 Online」において考えられそうな学習効果は、3Dグラフィックスによる世界各都市の空間的、視覚的な理解、都市ごとに異なる建築物、人種などによる文化、風土の理解、そして膨大なアイテム群による具体的知識としての交易品や交易そのものの理解などが挙げられそうだが、いずれもある程度の航海(プレイ時間)は必要不可欠になる。 「大航海時代 Online」ならではの学習効果を本気で検証するつもりなのであれば、土日を使って半日や1日のスパンで実施する、補習として放課後に行なう、あるいは「遠洋航海」を課題として出し、週末に自宅でやらせるなどのある程度長時間プレイできる環境を用意すること必要不可欠だろう。現状では、同作を実験コンテンツに選ぶ必然性がほとんど感じられない。 また、肝心の検証結果もアンケートや、未体験者との単純比較だけでなく、コーエーより提供を受けたログも積極活用してほしい。通常なら、プライバシー保護の観点から実現が難しいチャットログを含む全ログを活用し、かつ専用のフィルタプログラムを駆使してログを精査し、その上で実証実験前と後でのさまざまな違いを検証してほしい。コーエーと詫間高専の全面協力という極めてリッチな環境で実証実験が行なえているだけに、それらをもっともっと有効活用して貰いたいところである。引き続き、9月15日の分析結果報告に注目したいところだ。
(C) TECMO,LTD.2006
□東京大学のホームページ (2006年8月29日) [Reported by 中村聖司]
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