【アーケード ミニ特集】第39回AMショーに参考出展された |
O.R.B.S.のワイヤーフレーム画像。スライド機構や筐体にセットされた時点でのプレーヤーのポジションがよくわかる。半球型スクリーンの中心に、プレーヤーの目がセットアップされるようにできている |
■ 「O.R.B.S.」を作った男たち【part1:基礎理論・企画編】
(写真右)小林威晴氏 株式会社ナムコ 研究本部 主任 |
(写真左)菊池 徹氏 株式会社ナムコ 研究本部所属 |
小林 '99年5月ぐらいですね。我々2人はシステム基板などの基板設計を手がけていたんですが、当時はSystem11(プレイステーション互換基板)など、ソニー製の基板を流用するようになってから余裕も出てきたので、「基板以外の仕事も立ち上げよう」という気運が部内に高まってきたときに、「“没入型”のディスプレイ装置をやろう」という話が立ち上がって、私と菊池が立候補して始めたのがきっかけですね。
プロジェクトを始めた当初は、どう進めたらいいのかがわからなかったので、既存の没入型ディスプレイを見に行くことから始めました。ジョイポリスだとか、VR(Virtual Reality)展を見に行ってみたりとか……。その中から、アーケード用に、というのが最初から目標だったんで、そういう場所に置けるものにまとめるにはどうしたらいいかを検討し始めました。
どういう形にしようか、というのは1ヵ月かからずに決まりました。半球型のドームスクリーンで、投影装置は1基、画角が180度でなおかつ、視野角も180度にしようと。なぜ視野角にこだわったのかというと、既存のドームスクリーンのシステムは視聴位置が限定されていなくて、レンズから出ている映像自体は180度で投影されているのに、プレーヤーから見ると画角が狭くなるような感じになっていたんで、両方を180度でチャレンジしてみようということになったわけです。
それから、筐体の実験を始めました。プロジェクターを使ってかつ、レンズを工夫してドームスクリーンにキレイに表示するためには、という実験を始めて……。いきなりレンズの試作はできないので、市販のレンズをかき集めて、うまく組み合わせて投影装置をでっちあげて、スクリーンもエレメカのパーツからもらってきて自分たちで塗装して、なんとか半球ドームのスクリーンを作ることができて……このあたりが'99年の夏から秋。「スクリーンの大きさはどれぐらいがいいのか」などを中心に実験を繰り返していました。
スクリーンは最初は直径1mのものを作ったんですが、布製の直径3mのドームを試作したこともあったんですよ。これは、立てて設置するとフロアの天井に激突する大きさなので、横にお椀のように寝かせて。でも、部屋を占領してしまうので、夕方以降、他のスタッフが会議室を使わなくなってから忍び込んで、セットして実験をやって夜10時に帰る、ということを繰り返してました(笑)。
--実験はお2人だけで行なっていたんですか?
小林 潜在的に興味のある人が多かったので、その設置も手伝ってもらってましたね。特に実際に映像が映ったあとは、「おおこりゃすごい」ってことで、3mドームの実験を始めた頃にはいろんな人が手伝ってくれていました。
このプロジェクトを始めた目標のひとつに、「完全にゆがみのない映像を作る」ということがあったので、3mドームができた頃には、ソフトウェア的な話も平行して進めていて、部内で試験的に作った映像をドームの中に映して、ゆがみを確認してましたね。実際に、理論通りゆがみのない映像が投影されたときには、「おーっ」と歓声が上がりました。
菊池 はじめにこのプロジェクトは、没入感ディスプレイの研究ということでスタートしたんで、ジョイポリスの「CAVE」のように壁がスクリーンになっているものも見学したんですけれど、ドームも「CAVE」も、どれも目指しているのは、「自分が見える空間をすべて表現したい」という点では同じなんですよね。
自分たちの場合はそこから、なんとか「ゲームに応用したい、できればゲームセンターで、広くみなさんにプレイしてもらいたい。そのためには安くしなくれはいけない」という消去論でいくと、「CAVE」のようなシステムは、投影装置やスクリーンの点でコストに跳ね返ってしまう。だから「投影装置は1つで、コンパクトにするためにはやはりドーム」というように仕様が決まっていきましたね。
小林 他の方式だと、映像のつなぎ目がどうしてもできてしまう。ドームなら、スクリーンがひと続きになっているので「シームレスな映像が作れる」という点で、より没入感が高められるというのもドーム型に決まった理由ですね。
--そこから今の筐体の制作はスムーズにいったんでしょうか?
小林 3mドームの実験を一通り終えたあとに、実際にアーケードに置ける大きさのシステムを考えはじめまして、最初の実験で使った1mのドームを使って試作を始めました。画角、視野角共に180度を実現しようとすると、どうしても投影機とプレーヤーの頭の位置の関係で、投影機は中心からずれたところに置くしかない。そこで投影機をずらして設置すると、新たな問題が発生しました。中心に投影機を設置する場合には起こらなかったゆがみの問題ですね。
スクリーンの中央に置くことを前提に撮影した絵などは、投影機をずらして置くと途端にゆがんでしまう。これはCGで世界を表現するときにも当然つきまとってくる問題で、投影機をずらして設置するときにきちんとゆがみのない映像を作る理論を検討しなければならなくなったんですよ。基礎的なレベルではこうやればゆがみがなくせる、という理論は実験もあってすぐに確立できたんですけど、これを実際にCG映像で実装するにはさて、どうしようかという話になってきて、そこからはソフトウェア的な話が多くなっていきました。
菊池 人が入る以上、人の位置とレンズの位置も固定されちゃいますので、それを決めてしまってあとはそれに合わせるためにどうしようか、というソフトの話になってきましたね。
小林 機構的には、1mドームを立てた形で、人の目がドームの中心にくるような高さにスクリーンを設置して、今度は人のジャマにならない位置に投影レンズを設置する、という形で組んで、それがしばらく実験装置として稼動していました。
菊池 最終的には1mじゃ小さいなあ、というのが……。どうしても1mのスクリーンでは、スクリーンまでの距離は50cm。これは結構近すぎる、という意見が多かった。頭の上に置くレンズからの距離も近すぎて窮屈であると。かといって3mは大きすぎる、となって、結果として1.5mのスクリーンになりました。
小林 1.5mに決定するまえに、発泡スチロール製の2mのドームも作ってみました。いろいろ素材も変えて試してみるといった意味あいもあって。2mにすると、一般のアーケードで組み上げた状態で搬入できる大きさじゃなくなってしまうんですよ。筐体全体の高さが2m、というのがひとつの基準になっていて。それをクリアするために、ある程度背の高い人が座れて、なおかつ上限の高さ2mをクリアするという大きさとなると、スクリーンの直径が1.5mというのが1つの解になったわけです。
菊池 できればやっぱり大きいほうがいいんですよ。眼が疲れないとか、スクリーンを認識しなくなる距離っていうものがありまして。だいたい3mぐらいだと問題ないんですが、これをどこまで縮められるか、というところで、1.5mになりました。
--それでは、なぜ最初のスクリーンが3mのものを作ったんでしょうか?
小林 VR関連の論文を見ると、人の目は対象物から1.2m離れると、眼の水晶体の状態がそれより遠くを見ているのと変わらなくなる、という実験結果が出てたんですよ。そういう状況になるぐらいのスクリーンをやってみよう、となると2.4mなんですけど、もうちょい大きく3mでやってみようとなりました。ということもあって最初はVR関係の論文をあさって、そういう実験結果を元にどのくらいのセンでいくか、ということを決めていった記憶がありますね。視野角120度以上を映像が占めると、没入感が高まるということも論文に出ていました。
--筐体が今の形になったのはいつごろでしょうか?
小林 2mを実験して1.5mでいこう、と決まったあとも、1mの実験装置を社内プレゼン(2000年3月)などに使っていたんですが、そのあと1.5mで本当にOKかどうかを確かめるために、発泡スチロールでドームを作って、1mシステムを流用してシステムを作りなおして、そのあと2000年の7月ごろから今の「O.R.B.S.」のプロトタイプを作りはじめました。今のドームはアクリル素材です。
菊池 初めは筐体の形をどういうものにしようか、ということで、現在の密閉筐体に落ち付くまでにはいろいろあって、外でギャラリーが見えたほうがいいから、なるべく広げたいとか、乗り降りの手段とか、いくつかアイデアがあがって。最終的にはああいったタイプのスクリーンシステムだと、外光が入ってしまうと映像が白く飛んでしまうので、始めはなるべくいい環境にしようということで、外光が全く入らない、という形に落ち着きました。
小林 密閉筐体になるということが決まって、実際にいくつかデザインプランがあがったんですが、その中からそれほどコストがかさまなくて、安全性も問題のない形……という基準で選んでいったのが現在の形ですね。
菊池 いろいろアイデアはあったんですけどね。ドームがガバッと開いたりとか……。いろいろ夢のあるデザインとかもあったんですが、これは人が挟まったらえらいことになるなあ、なんてことになって……。最終的にはシートを人力でスライドさせて、背もたれの部分が蓋になるようにしましょう、ということになったんですよ。
結局そこでも、最初のコンセプトから、あまり大きなカラクリのある筐体にはできないな、ということで落ち着きましたね。
--最初から「汎用」筐体ということだったんですか?
菊池 そうですね。やはり、あれ程の規模のものになると、1つのゲームで減価償却するというのは難しいですし、逆に、理論上はいろんなゲームに対応できるはず、というのがありましたんで、いろんなゲームが遊べる筐体、ということになりました。
小林 プロジェクトが始まった当初、上司とも話をしていて、「ゲームセンターのアップライト筐体を全部置き換えるぐらいの勢いでやりましょう」という話が出まして(笑)。そのころもうアーケードに元気がなくなってきたころだったんで、「このままの路線を続けていったら……」という話は出ていたんですよ。
そこで、ハードの開発を専門にしているうちの部署から、そこをなんとか改善できる提案、という形で、「この筐体をすべてのゲームに」と……。
菊池 ハードからの提案、というところからスタートしてますね。実際に、今までのTVを使ったものでは体験できないような効果を生んでいるんではないかと自負してますけれど。
小林 そうだね。「家には絶対に置けないものを作ろう」という話も出てましたね。やっぱりコンシューマーに持っていかれちゃったアーケードの市場を盛り返す、というのと、ゲームセンターから離れた位置にいる昔のゲームファンをゲームセンターに呼び戻したい、というコンセプトですよね。
菊池 基本的に、「自分自身がゲームセンターに行きたくなるような」というシステムを作りたい、というのが根本的にありまして……(笑)。
--筐体のハードウェアの進化といえば、これまでは入力デバイスの方に力が注がれていたような気がしますが……?
菊池 そうですね、惜しいところではH.M.D.(Head Mount Display)とか……コストの問題で視覚を覆うようなものはできなかった当時は、H.M.D.は惜しい、と思いましたけれども、「装着する」というのが私を含めてスタッフのメンバーは嫌で、裸眼で体験できるものがいい、というのがありましたね。
--H.M.D.だとどうしても前方にスクリーンがある、というように見えるんですが、今回のシステムは物理的に球形のものに写し出しているというのが大きな違いのように見えますね。
小林 そうですね。H.M.D.も視線の方向に見えるものを見せる、といったヘッドトラックといった技術も進化してきているんですが、結局それも平面のある狭い範囲の覗き窓を動かしている、というだけなんですよね。今回のシステムが根本的に違うのは、必要十分な180度分の映像情報が常に表示されていて、首を振ればそちらの方向の常に正しい映像が写し出されている、ということなんですよ。
--集中してみている映像の範囲というのはそれほど広くないとは思うんですが、それ以外のところに像がある、というのが感じられるというのが大きな違いかと思うんですが……。かといって大型のスクリーンを身近で見ている、というものとも違う。
菊池 上にあるものは上に見えないと不自然だし、そういった状態を作りたい、というのが根本的なコンセプトですから。サウンド面も立体にしたいということで、スピーカーも筐体内の空間であらゆる位置から音が飛んでくるような配置にしてありますし。実際、「スターブレード オペレーションブループラネット(仮)」では、ゲームスタート直後に聞こえてくる中国語のアナウンスは上に回り込むように聞こえるはずですし。
小林 ドルビーデジタルに対応してますんで、エンコーディングの段階でスピーカーの配置に合わせて調整してもらえればOKですね。
--この筐体が製品化したら、どうなると思います?
小林 基本的には既存の映像装置の延長線上にあるものだという認識でいるんですけれど、人が情報を得るために視覚が果たす役割はかなり大きいので、その部分の変革というのは……今までのグラフィック……色が増えたとか、ポリゴンが扱えるようになったとか、テクスチャが張れるようになったこととは、ちょっと次元の違う効果を生むと思います。
そういう意味では「O.R.B.S.」を使ったソフトを組んでもらえれば、今までとやっていることは変わらないんだけど、新鮮な驚きを与えられる、という効果は確実にありますね。GAME Watchさんの先週の記事で書かれてましたけど……「やっていることは同じなんだけど、すごく興奮した」それがまさに、この筐体が提供できる効果のひとつだと思いますよ。
菊池 実際にあれを製品化する際には、コスト的な努力をしていかなければならないと思いますけれども。それについては鋭意努力している、というところですね。
--この筐体に合うソフトって、どんなものがあればとお考えですか?
菊池 みなさんすぐに思いつくと思うんですが、MMORPGですとか、FPSなんていうのは合いますよ。セガ(ユナイテッド・ゲーム・アーティスツ)さんの「Rez」なんかもいいですよね。
小林 個人的には、シグノシスさんの「WIPEOUT」シリーズなんて合うんじゃないかと思うんですけどね。ただ、そういった想像しやすいものじゃなくて、あっと驚く使い方をしてくれる人が現れないかなあと思っているんですよ。そういった意味では、社内だけでなく、他社さんにもこの筐体用にソフトを組んでいただけないかな、という意向があります。
菊池 ご連絡いただければ、まずこの筐体で遊んでいただいて、そこから……(笑)。
--ありがとうございました。
実はまだまだインタビューは続く。次回は筐体デザイン、そしてこの筐体でゲームを作るにあたってのソフトウェア的側面を掘り下げてみよう。
もし、この筐体でゲームを作ってみたい、という方が開発者の方がいらっしゃいましたら、GAME Watch編集部 にコンタクトを取っていただければ、ナムコさんにお伝えします(笑)。
□ナムコのホームページ
http://www.namco.co.jp/
□関連情報
【11月2日】第39回AMショーに参考出展されたナムコ大型汎用筐体「O.R.B.S.」の謎を追え!!(第1回)
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20011102/orbs.htm
【9月20日】「第39回アミューズメントマシンショー」ブースレポート(ナムコ編)
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20010920/jmr2.htm
(2001年11月9日)
[Reported by 佐伯憲司]
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