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Game Developers Conference 2008現地レポート

稀代の発明家Ray Kurzweil氏による基調講演
とてつもない未来を語る、「The Next 20 Years of Gaming」

発明家の殿堂にも列された人物Ray Kurzweil氏の講演を聞くため、会場には数千人の聴衆が集まった
2月18~22日 開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Convention Center

 世界中のゲーム開発者が一同に会するGDC。その中にあって、ゲーム業界全体の所信表明ともいえる基調講演には特別な意味がある。GDC 2008開幕3日目に行なわれた基調講演では、「ゲーム民主国家を建国する」という、マイクロソフトJohn Schappert氏による建国宣言が行なわれた。

 そして翌日の現地時間2月21日、さらなる大物、Ray Kurzweil氏による基調講演が行なわれた。プラットフォーマーやデベロッパーではなく、ゲーム業界人ですらない。肩書きは「発明家、フューチャリスト」。日本の読者の皆さんには馴染み薄いかも知れないこの人物は、アメリカにおいてはさながら生ける伝説である。

 米主要メディアからは「不休の天才」、「究極の思考マシン」などと評され、広くは「トーマス・エジソンの正当なる後継者」、「アメリカを作った16人の革命家の一人」とも言われている。発明家としては世界初のフラットベッド・スキャナー、シンセサイザー、文章読み上げ装置など、多数の驚異的な業績を上げている。フューチャリストとしては、「収穫加速の法則」の提唱者として知られ、インターネットの普及など決定的な技術革新を僅かな誤差で的中させてきた。その功績は高く評価されており、歴代3名の大統領から数々の勲章を受け、2002年には米特許商標庁により「発明家の殿堂」に列されている。

 つまり、同氏はアメリカ合衆国を代表する頭脳である。はっきり言ってしまえばゲーム業界とは接点の少ない科学者的な人物だが、今回、GDCにおいて基調講演を行なったこと、つまりGDCが招いたことには、ゲーム業界にとって大きな意味がありそうだ。「フューチャリスト」の提唱する未来像を必要とする時代の節目に差し掛かったということなのかもしれない。


■ 有史以来、人類の営みが厳然と証明する“Power of 10”。加速していくパラダイムシフト、20年後の1年は現在の2万年に相当する!

Ray Kurzweil氏。肩書きは「フューチャリスト」。誇張でなく、アメリカが誇る稀代の頭脳だ
 Ray Kurzweil氏は1時間近くに及ぶこの講演で、自身が持つ発明家としての長い経験と研究成果を根拠に、ゲーム開発者に送る未来への訓話を展開した。その骨子は、有史以来、人間の知的活動のあらゆる側面において、同氏自身が唱える「収穫加速の法則」が生きており、それはまた、未来に向かって続いていくであろうという予測に基づいたものである。

 Kurzweil氏は過去を振り返るところから話を起こしていく。古くは農耕、車輪、工作機械といった発明から、現代のコンピューターサイエンス、情報工学、それに付随する産業の発展まで、「時代の進歩は10の累乗“Power of 10”ペースで進んできた。そしてこれからも続いていく」と話す。これが「収穫加速の法則」だ。

 Kurzweil氏が示す、人類史上の重要な発明件数、近年における集積回路の密度向上、単価あたりのコンピューティングパワーの向上ペース、遺伝子バンクの集積量など、それらのデータグラフは、すべて縦軸に「10の累乗」単位系が用いられ、各サンプル点は細かくブレているものの、全体を繋いだ直線は右肩上がりにとめどなく延びている。

 ミクロに注目すれば、発明的努力の99%は失敗している。だから、人々は悲観的になる。しかし、マクロの視点ではいつか必ず成功例が現われる。つまり、過去のデータは、短い期間では停滞することもありながら、マクロ的にはとどまることなく進歩してきたことを表していた。また、その進歩は人類のあらゆる側面に影響を与えてきたという。

 Kurzweil氏は、「ゆえに、未来は予測可能である」と、話を続けた。もちろん、テロや戦争、社会不安などの要因で、ミクロ的には停滞したり後退することもある。しかし人類史を長い目で見てみると、何らかの壁にぶちあたるたびに決定的な技術の発見などによる「パラダイムシフト」を起こしては限界を克服し、とめどなくに発展のスピードを高めてきたのだ。Kurzweil氏は、「20年後における1年の進歩は、現在における2万年分の進化に相当するだろう」と、実に“Futurist”らしい予測を述べた。

 Kurzweil氏は、ゲーム開発者は、その発展スピードに備え、未来を先取りした仕事をするべきだという。大規模ゲームプロジェクトは3年から4年の期間を必要とするが、その間に世界が大きく様変わりしてしまうからだ。進化は加速度的である。10年前の4年と、現在の4年では、全く進化のスピードが異なっているのだ。8年前に、検索エンジンが情報生活の必需品であっただろうか? 4年前に、インターネット上に大規模なソーシャルネットワークが存在していただろうか? 今から4年後の世界はどうなっているだろうか? さらに大きな変化が待っているはずだ。

携帯電話にビルトインされた文章読み上げ機能を実演。発明者自身が予測し、的中させ、実現したことに絶大な意味がある
・Kurzwell氏自ら、未来予測を実演

 Kurzweil氏自身は、1979年に、世界初の“print-to-speech”装置(印刷された文字を読みあげる装置、Kurzweil朗読機)を開発している。そのときの装置サイズは、大型冷蔵庫にも匹敵するものだった。それから時代は進み、コンピューターは加速度的に小型化、高機能化を果たした。そして2002年に、Krzweil氏は「この装置に必要な部品は、2006年中盤に携帯サイズになる」と予測し、実用化を目指した。

 この手の携帯装置が使われるシチュエーションでは、大型機械とは違って、様々な角度・距離で多様なフォントを認識できる必要がある。そのためには複雑で大規模なソフトウェアが必要となり、長期の開発期間が見込まれるため、2002年の時点でプログラム開発をスタートしたという。そして、Kurzweil氏のラボによる「世界初の携帯型電子リーダー」は、予測どおり2006年夏に完成し、多くの目の不自由な人々に「読む能力」を与えた。これもひとつのパラダイムシフトである。

 そしてステージに立つKurzweil氏の手には、さらに洗練された携帯電話ビルトインの電子リーダー装置が握られている。大勢の聴衆の前で装置を取り出し、装置が文章を読み上げる様子を実演してみせると、会場から盛大な拍手が巻き起こった。「未来を予測し、先取りして開発をおこなう」という提言を、自ら示してみせたわけである。その姿は「トーマス・エジソンの正当なる後継者」と評されるだけのカリスマを発していた。

Kurzweil氏は、「10の累乗」単位系で描かれたグラフを用いて技術の加速度的成長(収穫加速の法則)を解説し、驚くべき未来像を提示してみせた



■ Ray Kuzweil氏が予測する、20年後の未来像。話題は情報工学から、遺伝子工学、生物学、バーチャルワールドに展開

Kurweil氏の話は科学のあらゆる分野に及び、人類の文明すべてを対象に未来を予測していった
 Kurzweil氏は、加速度的に進歩する技術が、人の生活のすべてを変えていくという。

 コンピューターの速度が向上し、小型化し、低価格になることは、単なる量的な向上だけを意味しない。数十年前の大学では、1個の巨大なコンピューターを数千人の学生が共有していたが、現在はすべてがパーソナルベースに分散化・非集中化している。それは生活スタイルを変えてきたし、人間のコミュニケーション方法も変えてしまった。

 また、Kurzweil氏は「新たな道具はまた新たな道具を生み出し、新たな技術はさらに新たな技術を生み出す」と、人類の活動が持つ自己触媒的な側面にも注目する。コンピューターの例を見ても、パーソナル化し、ネットワーク化された結果、本質的により多くの知能が参加できるようになり、それが新たな発見を生むという「パラダイムシフト」が起きている。

パラダイムシフトによるブレイクスルーを示すグラフ。進歩は短期的には限界に近づき鈍化するが、根本的な革新が起こり限界を突破していくというモデルだ
 現在ではムーアの法則が守られない可能性が危惧されているが、しかしKurzweil氏は、「すでに三次元の集積回路研究が進んでおり、いずれ本格的な応用が始まり、限界は克服される」と全く悲観視しておらず、あくまでマクロな視点で技術発展を見ているようだ。

 継続的な発展の結果、コンピューティングパワーはより広範な分野で活用されるようになったし、これからもなっていく。エンターテイメント、コミュニケーション、そしてナノテク、生体工学、遺伝子工学など、影響は精神的、肉体的な世界にも及ぶ。それを前提に、Kurzweil氏が予測する未来は本当にとてつもない世界だ。

 「脳の解析は今後20年のうちに完了し、コンピューターは真のチューリングテストをパスし、人間と区別のつかないAIが登場する」というくだりもあり、完全なる人工知能の出現をも予言した。また、バーチャルワールドの人格が人々の「プライマリーな人格」となり、肉体にとらわれた部分は「セカンダリーな人格」になるだろうと、コミュニケーション分野のパラダイムシフトを予言した。

ナノテクの発展は、今後のパラダイムシフトを促す可能性を持っている
 肉体的な分野については、Kurzweil氏は薬学の分野を例に挙げ、「今後20年の間に、赤血球と同じサイズのコンピューターが作られるようになるでしょう。それは実物と同じ働きを、1,000倍の効率で行ないます」と説明。これが実現すれば、オリンピック選手のような全力疾走を15分間も続けられるようになるという。コンピューターの小型化があるしきい値を越えると、その応用可能性が一気に広がるというパラダイムの例である。

 また、遺伝子工学における寿命決定因子(テロメア)の研究にも触れた。「人類の平均寿命は技術の発展とともに延びてきた。いずれは、そのペースが年をとるペースを超え、実質的に不老不死の時代を迎える」というのは、本当に夢のある話だ。

 現在広く予測されているエネルギー資源の枯渇問題にも言及した。ナノテクノロジーが太陽光発電の効率を劇的に向上させるという。今後5年以内に、太陽光発電の費用対効果は石油を超え、20年以内には主要なエネルギー源にとってかわり、有限の資源を燃やさずに済むようになるという予測だ。これが実現すれば、人類の文明は、ほぼ恒久的に持続可能なものとなる。繰り返しになってしまうが、Kurzweil氏が予測する未来は本当にとてつもない。

とてもゲーム業界のカンファレンスの基調講演とは思えない、文明レベルの壮大な話題の数々。しかし、文明の進化にゲーム業界が無関心で居られるわけがない。自らがプレーヤーなのだから



■ アメリカ最高の知性が語った言葉をどのように受け止めるべきか

 Kurzweil氏は、人類の歴史にみるデータと自身の研究に裏打ちされた世界観を用いて、今後20年で予測される未来像を提示して見せた。そして、「この驚くべき時代に生きていることを喜ばしく思います」と述べ、スピーチを終えた。会場は割れんばかりの拍手に包まれ、しばらく止むことがなかった。

 しかし、ゲーム産業と直接関連付けがたい、このスピーチを通じてKurzweil氏が伝えようとしたことは何だったのだろうか。そのヒントをつかむため、上記のスピーチとは別に、大モニターに表示されたプレゼンテーションテキストの内容をここでご紹介しておこう。まずは、今からわずか2年後の予測についてである。

2010年はこうなる。多少SFチックではあるものの、一部は実現間近のものもあり、確かに可能性を感じる
【2010年:コンピューターは消える】
 網膜へ映像を直接投影
 ユビキタスのブロードバンド、常時接続化
 電子機器は服や眼鏡に埋め込まれるほど小型化する
 完全な臨場感のバーチャルリアリティが実現
 現実の現象を誇張化する技術
 第一手段としての、仮想パーソナリティとのインタラクション
 実用的な言語技術が実現

 さすがに2年後という直近の予測だけあり、リストの中には現在まさに研究や実用化が進んでいるものが多く含まれている。中でも「実用的な言語技術」について、スピーチの最中に、Kurzweil氏自身が現在進めている研究のデモンストレーション映像が披露された。そこでは、“speech-to-text”技術と、翻訳技術と、“text-to-speech”技術を組み合わせた携帯型の翻訳機が登場。使用者が英語を話すと、フランス語、ドイツ語、スペイン語などに翻訳された機械音声が流れた。

 通常知られている限りでも、この「携帯型音声翻訳装置」に必要な技術は既にほとんど出揃っている。あとは小型化、高精度化して組み合わせるだけであろう。デモを見て、Kurzweil氏の予測どおりに実現するであろう手ごたえを感じた。では、20年後はどうか。

2029年の世界像。もはや現代文明の常識は通用しない時代。人間による発明は終了し、人工知能によってさらに進歩が加速するかもしれない
【2029年:融合の時代】
 1,000ドルの計算力=人間の脳の1,000倍
 人間の脳の完全解析が完了
 コンピューターがチューリングテストをパスする
 人工知能を使って人間の思考能力を強化
 人間の知能が固定されているのに対し、  人工知能が級数的に成長し続ける

 つまりKurzweil氏は、20年後に大規模なパラダイムシフト、「技術的特異点」がくると予測している。「技術的特異点」とは、同氏自身が唱えている概念のひとつで、進歩の原動力が人間の生物学的知能から人工知能に置き換わり、それ以前の進歩の法則が通用しなくなる地点のことだ。

 「道具がより良い道具を作る」という、上で紹介したKurzweil氏の言葉を思い返してほしい。人間が設計した、人間よりも賢い人工知能は、さらに良い人工頭脳を発明する。この繰り返しで、人間より賢い人工知能を完成させた地点で、人間による発明は歴史的終焉を迎える。それが20年後にくるというわけだ。うまくいくなら、人類の生活はもっと快適で、幸せになものになっているはずだ。

 本当にこのような世界が到来するかはわからないし、確かめるためには20年後を待つしかないが、夢を持ち、目標を定めて前進することは今からできる。アメリカの誇る偉大な知性は、このスピーチを通じ、そういった前向きのヴィジョンを伝えたかったのではないだろうか。

 Kurzweil氏風に考えてみよう。マクロ的な意味では、ゲーム産業は人々に楽しみを提供し、幸せにさせるという社会的機能を担っている。また、コンピューターサイエンスの発展においても大きな役割を果たしてきた。また人類の歴史に照らして考えてみると、食糧生産効率などの発展によって、人々の活動に占める文化的側面はとどまることなく拡大してきたのだから、文化の一翼を担うゲーム産業は、今後ますます大きな役割を果たすことになっていくことだろう。

 しかし、よくよく考えてみると、20年後に「技術的特異点」が実現したときに、人工知能のほうが面白いゲームを作れるようになったら、ゲーム業界人は失業するのかもしれない。いずれにしても、Kurzweil氏の話をどう受け取るかは、この場に居合わせた個々人の問題に属することだろう。いずれにしても、未来を相手に仕事をする存在であるゲーム開発者が、未来に健全な展望を抱くことは、悲観的であるよりもましなはずである。ゲーム開発者に限らない話だが、環境問題や、資源問題、戦争、テロといった、目の前の不安に脅かされ、人類文明の持続不可能性に恐れを抱く人々は多い。世の中には、いずれ世界は破滅するのだからと、刹那的になる人々もいる。

 だから、筆者はKurzweil氏のスピーチを聞いて、力強い希望を感じることができたことを喜びたい。同様に、聴講した多くのゲーム開発者達が、それぞれの解釈に基づいて、何かしら大きなものを得たと期待したい。世界のゲーム開発者が集まるGDCならではの壮大な基調講演であったと思う。

□Game Developers Conference(英語)のホームページ
http://www.gdconf.com/
□Game Developers Conference(日本語)のホームページ
http://japan.gdconf.com/
□関連情報
【2008年】Game Developers Conference 2008 記事リンク集
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20080221/gdclink.htm

(2008年2月23日)

[Reported by 佐藤“KAF”耕司]



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