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会場:Moscone Convention Center
会場は開発者というよりむしろ熱狂的な「BIOSHOCK」ファンが集まったようで、質疑応答では「私はAndrew Ryanを殺したくなかった」、「Doctor Steinmanに遭うのが怖くて、2日ほどためらった」、「道徳的な考え方は別にして勧善懲悪ではないところが気に入った」などなど質問の冒頭に必ず感想が述べられるなど、同作の圧倒的な吸引力は会場でも健在だった。
なお、記事の内容は軽度のネタバレを含むので、日本ではちょうど発売直後となるため、これからプレイする人やまだクリアしていない人はくれぐれもご注意いただきたいが、正直なところ未プレイの人にこそ読んでいただきたいという気持ちもある。ゲームの内容については、レビュー記事を参照いただきたい。 ■ 「BIOSHOCK」のストーリーテリングのキモは3段階のストーリー展開とラジオボイス
プレーヤーは'60年、新年会に参加した後に不慮の飛行機事故に巻き込まれ、洋上に屹立する灯台から未知の水中都市へ迷い込むことになる。プレーヤーの使命はずばり「Rapture」からの脱出。プレーヤーは果たして殺戮と狂気が渦巻く水中都市から無事に生きて地上に戻れるだろうか……? 「Storytelling in BIOSHOCK:Empowering Players to Care about Your Stupid Story」は、「BIOSHOCK」のストーリーテリングの技法を紹介する内容のセッションだ。新作タイトル、特にオリジナルタイトルは、ゲームのクオリティ以前の問題としてユーザーに関心を持って貰うのに一苦労する。 クリエイターとしては、ユーザーに関心を持って貰い、なおかつその関心を維持してもらいたい。そのためには魅力あるストーリーテリングの実装が必要不可欠であり、セッションでは「BIOSHOCK」を決定的な成功に導いたストーリーテリング技法が、具体的な事例に基づいて紹介された。 Levine氏は、まず「BIOSHOCK」の貴重なプロトタイプ映像を見せてくれた。暗がりの空間で、「BIOSHOCK」における好敵手であるBig Daddyと撃ち合うシーンが収められている。現在の姿とは比べられないほど無個性な映像だ。Levine氏は「Raptureについて何も語ってない」とし、2006年のE3の直前に開発を一からやり直すことに決めたという。 また、以前は何十人ものキャラクタが登場し、ストーリー設定も複雑で、「私ですらストーリーがよくわからない」状態になっていたと思う。「キャラクタやストーリーをたくさん設定しても意味がない」ため、ほとんどのキャラクタを“殺し”、1キャラクタ、1エピソードという極限までシンプルな状態でスタートさせた。 その内容は「Raptureを脱出する」ということに尽きる。世界の状況の把握は、わずか数人の登場キャラクタによるラジオボイスによる案内と、もと住人達の生存時のラジオボイスという間接的な形で提示される。プレーヤーは常にひとりで行動し、相対するのはSplicerばかりという状態だ。彼らの襲撃から生き残ることを考え、次のラジオメッセージを心待ちにするようになる。このシンプルさがユーザーを引きつけるわけだ。 そしてカットシーンはオープニングとエンディングを除いてほとんどカットしている。Levine氏は「ゲームで映画と同じことをやっても意味がない」とし、あえてフルインタラクティブ環境でのリアルタイムイベントにこだわることでプレイへの没入観を高めている。当然、リアルタイムイベントにすることで、プレーヤーが遭遇しないリスクも増えるが、ユーザーにストーリーを関心を持たせることを重視したわけだ。 そのストーリーには3つのレベルがあるという。ひとつ目は「誰それを殺す」という明確な目的に沿った本筋に相当するメインストーリー、ふたつ目は関心の高いユーザーに対するメインに関連したサブストーリー、3つ目はハードコアなゲームファンに向けたマニアックなストーリー。これは具体的には、ポスターや個々のオブジェクトの類だという。「BIOSHOCK」はあらゆる部屋に生活感が感じられるが、そのこだわりには理由があったわけだ。 ストーリーを伝えるための媒体としては、「BIOSHOCK」の革新的な要素であるラジオボイスが挙げられる。ラジオボイスは、レシーバー的にリアルタイムで次の目的が提示されることもあれば、部屋に残されたレコーダーにより、当時の状況を音声で再現したものもある。レコーダーに吹き込まれたボイスは、独自のエフェクトがかかり、なおかつ周囲の環境音もすべて収録され臨場感に満ちている。レコーダーのボイスの結末は死であることがほとんどだが、レコーダーが最後まで回り、死を聞き届け、ふと我に返ると凄惨な現場がそこにあるといった状況だ。どぎついぐらいの演出である。 2KGames Bostonではラジオボイスの演出のためにトップクラスのボイスアクターを起用し、外連に満ちた場内アナウンスやベンダーのガイドボイスに至るまで、ありとあらゆる声をフル活用している。声によるストーリーテリングが「BIOSHOCK」の大きな特徴といっても過言ではない。
■ すべての謎には解答を出さない。Little Sisterは実はデザインが二転三転していた!?
ゲームの舞台であるRaptureは海底都市という設定になっている。Levine氏は水中都市という現実には存在しない空間の中でいかに一定の信頼性を確保するかが重要だという。実際、Raptureは水中都市という未来的な都市建造物を20世紀初頭のアールデコ調の世界観でまとめ上げている。それでいて全面ガラス張りの向こうには海底が広がっている。実際にはありえない世界だが、既知の時代の意匠をモチーフにすることにより、一定のリアリティの中に親しみと新しさを共存させている。実に見事な演出だ。 ストーリーにおける最大の要素となるミステリアスな要素に関してもこだわりがあった。謎解きストーリーを展開することで、ユーザーに参加を求めさせ、謎解きの楽しさを提示する。この点に関して、「BIOSHOCK」はUnreal Engine3.0を採用することで、さまざまな重要度を持ったオブジェクトを自由に設定することが可能となり、謎解きの表現技法の選択肢が広がったという。 そのこだわりとは、謎は提示するものの、そのすべてに答えは出さないというものだ。Levine氏は謎が謎のまま終わり、それが余韻として関心の高さに結びつけられた存在として日本のホラー映画や「ゴジラ」などを挙げた。実際、「BIOSHOCK」では、まず自分が何者なのかということに関して十分な説明がない。Raptureがどのような都市なのかもよくわからない。Big Daddy、Little Sister、Andrew Ryanといった直接的、間接的に頻繁に遭遇する主要キャラクタについても謎だらけだ。 Levine氏は、具体的な事例としてオープニングのカットシーンの一部を削除した事例を取り上げた。実際にそのシーンを見ることができたが、内容はRaptureのプロモーションムービーだった。地下に潜るエレベーターを移動する際に一部を見ることができるが、カットされた部分は余計な情報というわけだ。 主人公の情報提示についてLevine氏は、「主人公のアイデンティティはフェイクだから、詳細に記すことはあまり意味がない。むしろそのことを強みに換えるべき。ゴードンフリーマン(「Half-Life」シリーズの主人公)は不要」とまで言い切る。主人公の存在感を薄めることは結果として他の登場人物の存在感を浮き彫りにさせる。プレーヤーの情報を最小限にすることも、ストーリーテリングの技法としてはありということのようだ。 最後に「BIOSHOCK」のタイトルイメージとしても使われているイメージキャラクタ的な存在“Little Sister”についてデザインが二転三転したことが明かされた。Little Sisterは、Raptureを永続させるために必要な生態系の一役を担っており、重要物質「ADAM」を生成できる唯一の存在。つまり、極端な話、形をなした生命体であればよく、少女である必要はなかったわけだ。 しかし、Levine氏は、保護者と生産者というBig Daddy、Little Sisterの関係性に新たに親子という見せ方を取り入れた。大前提としてBig Daddyが守りたくなるような存在であり、同情でき、共感を得られるキャラクタ像として現在の少女の案にまとまったという。Raptureという狂気の世界に唐突に存在する不思議な親子的風景は、実は終盤のストーリー展開における重要なエッセンスになっている。Levine氏の判断は同作において最良の結果をもたらしたと言えるだろう。
「BIOSHOCK」は、その極端な猟奇性や残虐表現のあまり、正面切ってポジティブな意見を述べることをためらう風潮があり、その点が一ファンとして残念なところだ。日本市場でもおそらく猟奇性や残虐性ばかりが誇張されて伝えられることになりそうだが、「BIOSHOCK」が遊び手に一番伝えたいメッセージは、猟奇性からもっともかけ離れた部分にある。今年のAwardsの「Best Writing」賞の受賞を喜んでいるのは、何よりも「BIOSHOCK」ファンではないかと思われる。「ぜひ最後までプレイしてほしい」ということをこの場を借りて強く提言しておきたい。
□Game Developers Conference(英語)のホームページ (2008年2月21日) [Reported by 中村聖司]
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