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会場:サンフランシスコ Moscone Convention Center
終日続いたサミットの中で、北米、欧州、日本など世界各国のシリアスゲーム研究者・開発者が次々に講演を行ない、世界のシリアスゲーム情勢が明らかになった。その中で特に際立ったのが、日本が世界的に見て特異な状況にあるという点である。
■ 日本はシリアスゲーム大国か、それとも研究後進国か
“Serious Games in JAPAN”と題する講演で、七邊氏は日本におけるシリアスゲームの現状を一気に紹介した。そこでハッキリと確認されたのが、日本が、シリアスゲームが商業的に大規模に成功した国である、という事実だ。 そこでは、まず、「脳を鍛える大人のDSトレーニング (Brain Age)」シリーズが世界で800万本のヒットを飛ばしたことを皮切りに、類似タイトルが猛烈な勢いで現われ、シリアスゲームがゲーム市場の主流にまでなりつつあるという経緯が紹介された。これは、日本の読者の皆さんならご存知のとおりだ。それを「シリアスゲームの潮流」として捉えている点で、馬場研究室の視点は鋭い。 この日本固有ともいえる現象のポイントは、シリアスゲームに相当するものが、シリアスゲームの定義を受ける前に、純粋にエンターテイメントのソフトウェアとしてユーザーに受け入れられたということだ。七邊氏は、「日本では、シリアスゲームはいたるところにある」とした上で、次の問題点を指摘している。 それは、「多くのプレーヤーが、ソフトの説明に書かれている効能に懐疑的になりつつある、もしくは興味がない」という点。つまり、学習効果をウリにするだけのゲームはマス市場から見向きもされなくなるという危機感を抱いているようだ。非エンターテイメント目的のゲームは、面白くなく、それゆえに教育目的でも失敗するということだろう。 これを踏まえて七邊氏は、「シリアスゲームのコンセプトを見直すべき」とした。主張によると、現時点のシリアスゲームの定義は「開発者の視点」に立っているという。シリアスゲーム=“シリアス用途目的で製作したゲーム”ということであって、次節で紹介するトップダウン的な欧米の事例がまさにそうだ。
しかし、現実にはエンターテイメント目的で作られたゲームがシリアスゲーム的に使われている実例もあり、エンターテイメントゲームとシリアスゲームを明確に区別する根拠はない。ゆえに、七邊氏は、シリアスゲーム研究に「プレーヤーの視点」を持ち込み、プレーヤーの体験を重視して、現実に効果のあるシリアスゲームを見出すべきである、とした。これは、日本では主流となりそうなエンターテイメントゲームのシリアスゲーム的応用も視野に入れた提言と言える。
・「大航海時代 Online」を歴史教育の現場に持ち込む試み
実験は2006年から2007年にかけて3回行なわれ、その手法は少しづつ変化が加えられている。第一回の実験では、ゲームを自由にプレイするグループ(フリープレイ)、ゲームと通常授業を順番に行なうグループ(アサインメント)、通常通り授業を受けるグループ(コントロール)の3つの対象が採られた。 実験結果は非常に明瞭なもので、「時代に対する関心度」では、フリープレイグループが大きな向上を見せている。アサイメントグループはコントロールグループに比べてやや向上したにとどまったが、これは通常授業を経て興味が薄らいだということだろう。 しかし、歴史に対する興味とペーパーテストの結果は同期していない。もっともよい結果を出したとされるのが、アサインメントグループで、フリープレイグループは最低の得点となってしまったようだ。要するに、ペーパーテストで得点を取るには「興味を持つ」だけでは不十分で、しっかりと暗記する必要がある点で伝統的な勉強法と変わらないということになる。ゲームを遊ぶだけでは、年代や人名、歴史的事件などの正確な知識は得にくいわけだ。 現在までに行なわれた実験を踏まえた結論として、ゲームと通常の教育の組み合わせでプラスの効用が認められたことが明確に示された。「大航海時代 Online」の持つMMORPGとしての側面として期待される社会的スキルの向上については、より長期的な研究が必要とされた。また、教育効果を最大化するカリキュラム構成の研究についても、さらに追試が必要とのことだ。さらなる進展に期待したい。
今回のセッションで明らかになったことは2つある。まず、日本は知育ソフトの分野で競争力のある産業が育っており、この面では「シリアスゲーム大国」と呼んでもよさそうだ。逆に、シリアスゲームの学究的な側面や、政府主導型のプロジェクトといった、トップダウン型のシリアスゲーム展開においては、やや遅れをとっている感じもある。日本ならではの2面性といえそうだが、これは以下に紹介する欧米のシリアスゲーム事情を見てみると実に際立って見える。
■ 官・産の主導でプロジェクトが進行する欧米のシリアスゲーム情勢
2008年2月、Microsoftは「Microsoft ESP (以下ESP)」と呼ばれるビジュアルシミュレーションプラットフォームをリリースした。これは、上記「FSX」のエンジンやリソースを応用した汎用シミュレーションシステムであり、ユーザーによる改造を前提とした開発フレームワークでもある。この場合の「ユーザー」とは、政府、企業、教育機関などの公的組織がメインターゲットだ。
地球全体を地図化したフライトシミュレーションである「Microsoft Flight Simulator (FS)」は元来“シリアスゲーム的な応用”が考えやすいソフトウェアであり、顧客からの要望も強かった。そこでMicrosoftでは2002年から2007年にかけて継続的な試みが水面下で行なわれてきており、教訓として「強力なシミュレーションプラットフォーム」、「動的・臨場感のある環境」、「強固なエコシステム」、「現実的で柔軟な費用」といった要点を満たすことが重要と考えられたのだという。
「FS」シリーズは従来からパイロットの訓練に使われるなどシリアスな応用事例が多いが、今後は地上や室内環境も緻密にシミュレーションできるようにすることで、地上、海上にも応用分野を広げていく。それによって交通や軍事、教育など各分野へのシリアスゲーム的応用を展開したい、というのがMicrosoftの目論見であるようだ。「ESP」そのものはリリースされたばかりであり、具体的応用事例はまだまだのよう。今後の動向に注目していきたい。
Red Hill Studiosが取り組むシリアスゲーム用例は、パーキンソン病患者のリハビリテーションに向けたもの。一般的にリハビリ活動は肉体的にも心理的にも負担のかかる難事であり、シリアスゲームの持つ「ゲーム的楽しさ」を有効活用できる見込みが期待されるという。 この取り組みは現在初期段階にあるといい、医療へのゲーム応用として基礎的な研究を行なっている。壇上のHone氏は、現在開発段階にあるソフトウェアのデモンストレーションを披露した。画面には手漕ぎのトロッコが表示され、Wiiリモコンを上下に振るとトロッコが前進する。
極めてシンプルではあるものの、これはパーキンソン病のリハビリのために必要な運動を注意深く選択した結果が反映されているという。現在開発中の脳性小児麻痺の治療用ソフトウェアを含め、次の段階に向けて効果測定を行なっていきたいと説明された。今後の報告が待たれる。
プレーヤーは警察、消防、ハズマット(対テロ・危険物対策班) を適切な地域に派遣し、被害を最小限に食い止めることを目指す。ゲーム内では仮想市民が現実的な活動を行なっており、緊急車両をスムーズに活動させるためには近隣道路に適切な交通規制をかけたり、被災者の避難路を確保したりといった計算が必要だ。単なるゲームとしても手ごたえがありそうだ。 この「Ground Truth」プロジェクトは3カ年計画の1年目を終了した段階にあり、今日のセッションでは開発フェイズとされた1年目の成果が報告された。ソフトウェアの開発はおもに南カルフォルニア大学のGamePipe研究室で進められたとのことで、現在ではコアメンバーが卒業してチームを離れてしまうという (当然の) 問題に頭を悩ませているようだ。継続的な開発体制維持が当面の課題といえる。
また、ゲームそのものの方向性としては、「経験に基づいた判断力を鍛える」、「短時間で学習効果を得る」といった課題が紹介された。1年目は開発フェイズということで、ソフトウェアの実地試験や学習効果測定は未達成。この点では消化不良の感が否めず、将来の追加報告を待ちたいところだ。
・コンピューターサイエンス教育へのゲーム技術応用事例
Microsoft ResearchのJohn Nordlinger氏は、“Using computer gaming to enhance CS”と題した講演を行なった。ここではコンピューターサイエンスのカリキュラムにゲーム系ミドルウェアを導入し、「ゲームを作りながら学習する」というケースで見られた顕著な効果について説明された。
一例として、カーネギーメロン大学で作られた「Alice」と呼ばれるゲームフレームワークの事例では、これを使った学生の平均成績CからBに向上し、コンピューターサイエンスの上級コースを志望する確率が、これを使わなかった学生の2倍に向上したという。また、「C#」とDirectXを使い、ゲーム志向のカリキュラムを導入した事例では、A評価の生徒が40%増加したと説明された。また、カルフォルニア大学の事例ではゲーム関連カリキュラムを導入したことでコンピューターサイエンスを志望する学生が2倍以上に増えたとも。
この報告で特徴的だったのは、ゲームをプレイすることだけでなく、ゲームを作る過程も、シリアスゲーム的事例に含まれるという暗黙の定義がなされていたことだろう。ゲーム製作が実際に学生の興味を引き、成績を向上させているという現実のデータがあるということ自体は非常に好ましい報告といえる。
□Game Developers Conference(英語)のホームページ http://www.gdconf.com/ □Game Developers Conference(日本語)のホームページ http://japan.gdconf.com/ □関連情報 【2007年3月】Game Developers Conference 2007 記事リンク集 http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070308/gdclink.htm (2008年2月20日) [Reported by 佐藤“KAF”耕司]
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