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Taipei Game Show 2008現地レポート

“鋼弾之父(ガンダムの父)”富野由悠季氏、
台湾で未来のクリエイターへ向けたメッセージを語る

1月24日~28日 開催

会場:台北世界貿易中心

入場料:大人200台湾ドル(約700円)
    子供100台湾ドル(約350円)

 「Taipei Game Show 2008」では今年より世界各地から著名人を呼び講演を行なうという「デジタルコンテンツフォーラム」を開催している。日本からは「機動戦士ガンダム」などの監督として知られる富野由悠季氏が招かれ、講演を行なった。台湾はここ数年ゲームに限らず、アニメ作品やデジタルコンテンツのクリエイター育成に政府主導の形で力を入れている。

いきなり提示したテーマを否定するなど、会話の隅々にエキセントリックな表現を混ぜる。富野氏。しかし根底には作品への熱意と、作り手を志す人々への期待が感じられる
 「Taipei Game Show 2008」では国際動漫(アニメ・漫画)作品館としてコーナーを作り、韓国や中国などアジア各国から作品を募集し、コンテストを行なった。富野氏は日本動漫大師(日本のアニメ・漫画の大家)であり“鋼弾之父(ガンダムの父)”として登壇し、「多様な文化の融合が漫画やアニメの新しい時代を作る」というテーマで講演を行なった。

 会場ではメディア以外にも一般参加者が受講できるようになっていた。開場30分前から熱心なファンがつめかけ列を作っていた。300人が座れる会場で立ち見が出るほどの盛況になった。アニメーションに強い興味を持つ年齢の高めの来場者が多かったように見えた。

 富野氏は開口一番、「今日のテーマは“カルチャミックスが次の時代を作る”というものでしたが、“国際動漫作品館”でのクリエイターのアニメ作品や漫画を見て、変更せざるを得なくなりました」と出展作品に否定的な意味を込めて発言した。富野氏はインタビューなどでエキセントリックな人物としての人物像が伝えられているが、そのイメージに違わない、いきなり聞き手を不安にするような、富野氏という人物を強烈に印象づける言葉である。本稿ではこの講演の模様をお伝えしたい。


■ 宗教観や人類の未来からケータイ小説までスケールと話題が交錯しつつ提示されていく“もの作り”

富野氏は手を動かし体を降り言葉をパフォーマンスで増幅する。「演出家」としての一面を感じさせられる
熱心に富野氏の言葉に耳を傾ける来場者達。比較的年齢層は高めだ。筆者の周りの台湾メディアもファンが多いようで、興奮気味だった
 いきなりテーマを変更するという言葉で会場にインパクトを与えた富野氏は、その流れのまま「アニメや漫画、ゲームに限らず情報やデジタルで、コンピュータで発信されるもの、西洋文化から生み出されたこれらのもので、我々はこれからも創作活動やビジネスなど様々なことをしなくてはならない。我々はこうした1と0、善と悪、二元論がはっきりした欧米の一神教世界を、アジアの多神教世界に重ね合わして行かなくてはいけない、と感じました」と語った。

 富野氏の言葉は、宗教や資本主義社会、クリエイター、作品の作り方、浮世絵から見える歌麿のすごさや、大陸からの文化の繋がりなど様々な例にジャンプしながら、「どのように作品を作っていくか」への模索へと話を進めていく。「最初期のアニメは低俗な人々が作っていた」、「深夜アニメは自分の主張を聞いてもらいたいために作る日記のようなものだからつまらない」など過激な言葉を随所に織り交ぜていった。

 通訳に「直訳してください」と念を押す所など、自分の過激な言葉を楽しみながら、それでも会場を見回し、真摯な態度で語りかけていく。基本的には強くテーマを模索する富野氏の言葉に会場はぐいぐいと引き込まれていった。

 「自分の好きな物を自由に取り込んでいくことで魅力的な作品を生み出したアニメ業界は、組織が大きくなったり、社会に認識されることで、才能が集まり、競争が激化していく。その中で“天才ではなく普通の人”がどう生き残っていくのか、そこに『カルチャミックス』の意味が見えてくる」と、富野氏は語る。若いクリエイターの作品を見ていく上で「自分の生まれ育った文化を改めて見つめ直すことはとても難しく、それを自分のオリジナルとして作品の中に昇華させていくことはさらに難しい」という。

 自分たちの文化のどこが優れていて、オリジナリティを見いだすためには「自分が考えたこのカッコイイ構図は自分のオリジナルの物だ」という考え方は捨て、自分の後も連綿と続いていく“その次”を考えて作品を作っていくことだという。その姿勢こそが続いていく作品を生み出す。その上で富野氏は、「Taipei Game Show 2008の出展者や、作品、来場者、“ヘソ出しのコンパニオンのお姉さん”を見て、台湾ではカルチャミックスはしっかり進んでいると感じた」という。

 ここから富野氏の話は「もの作り」へフォーカスを合わせていく。ものを作る上で我々は何をしていかなくてはいけないか。自分は何を問いかけ、自己を主張したいか。自分の心からの叫び、自分固有だと考える気持ちをそのまま作品に作り上げることができるような、“日記風”のコンテンツを作品にすることができるのは限られた天才しかできない。

 「ケータイ小説」や「Youtube」作品から大ヒットに繋がった作品はあるが、それはツールがメジャーになる過程で天才が作品を生み出したと言うだけで、ツールを使う全ての人が作る日記的コンテンツが全て高い評価を受けるわけでは決してない。

 「我々が作品を作る上、技能を行使する上で必要なのは、『わかって欲しい』と思うことではないでしょうか」と富野氏は会場に語りかける。日記風作品は限られた3人の人には伝わるかもしれないけれど、1万人、100万人の人には伝わらない。100万人に通じる言葉の使い方、表現をしなくては自分の主張は、作品は絶対に伝わることはないという。

 富野氏にとって、「100万人に伝わる表現方法」が“ロボット物”というジャンルだった。ロボット物という手法の上に、自分が求める人間性を求める物語要素やテーマを少し加えるという形で表現していった。自分が求める映画表現への想いやテーマ、物語をそのまま出していたら、今、台湾まで私の名前が伝わると言うことは“絶っっ対”になかった」と、富野氏は“絶対”というところを体を折り曲げるほど力を入れて主張する。

 どのようなツール、手法を使っても、100万人に通じる、世界が、人類が興味を持ってもらえる所にピンポイントで合致すれば、100年でも1000年でも作品は生き残る。「僕がロボット物を利用したように、ゲーム的なもの、インターネット的なものをツールとして利用してください」と富野氏は会場を見わたし話しかけた。

 「雑誌のインタビューなどで知っていると思いますが、僕はあまり『ロボットもの』というものが好きではない。だけど、“鋼弾之父”と紹介されると、感動してしまう。この監督はホントにロボットものが好きだよねえと(他人事のように)感動してしまう。だけど基本的には、嫌いです」。矛盾していながらも富野氏のキャラクタと人物像が伝わる。微妙なニュアンスが楽しい富野氏の言葉だ。

 「我々は生き物なので、デジタルに屈服せずに、デジタル的なものを全て拒否していただきたいという根本的な想いがある。しかし住みやすい土地ではなかった所で生まれた一神教がもたらした文化としてデジタルという文化も“やむなし”と思うところもある。我々多神教のアジアの人間は、二元論の文化に寛容でなくてはならないと思っている」と、再びエキセントリックな言葉で富野氏はカルチャミックスに話を戻し、そして“台湾”に住む来場者へと主題を向けていく。

 台湾は豊かで寛容なアジア的基盤の上に、多様な文化や政治が流れ込む、特異な体験をしている人々が住む土地だ。日本は文化として“爛熟”しまっていている。爛熟した文化はこれから100年、厳しくなる地球環境の上で人類がどう生き残るかという命題に直面する時代において評価されにくい。その点極めて現実的な問題に直面し続けている台湾の人々が発信するコンテンツこそ、これからの時代の“指針”になるのではないか。富野氏の言葉に、会場はしんと静まりかえった。次の瞬間富野氏は「基調講演はここまでで、質問に移りたいと思います」と、極めて重いテーマを来場者に投げかけてマイクを置いた。

国際動漫作品館のコーナー。韓国や中国からも出品されていたが、日本の商業作品と比べるとクオリティや勢いでやはり力不足を感じざるを得ない。学生の作品もきれいな物はあるが、迫力とテーマ性にかける印象がある


■ ユニークなパフォーマンスで来場者を魅了する富野氏。言葉からあふれる制作へのつきぬ精力

来場者の質問に積極的に応える富野氏。その真摯な姿勢が、来場者との距離を大きく縮めていた
盛んに手を挙げる来場者。作品論からアニメのテーマまで様々な質問が飛び出した
 続いて行なわれた質疑応答は、会場の多くの人々が積極的に手を挙げる活発なものになった。富野氏はその勢いに笑顔を見せ、質問の時間を延長するように運営に提案する。その言葉を通訳すると、会場は富野氏に大きく拍手をし、そしてさらに勢いよく質問の手を挙げた。

 質問の内容そのものは残念ながら中国語のために細かくはわからなかったが、富野氏の答えは、「ツールに頼るほど作品はつまらなくなる」といった作品論から、「バイストン・ウェル(富野氏の創作した架空世界)は自然が神であり、あえて名前をつけなかった」、「ニュータイプは子供に夢を与えるため、人の世の問題を超えるかもしれない理想を求めた概念で、単純な超能力者とは違う」といった作品に焦点を当てたものなど様々富野氏の視点が明らかになった。

 質問に答える富野氏は「対象や商売を考えて作品を作っていく危険性」を提示していく。多くの人々に受けいられる作品は、そういった枠を超えて伝わっていく物だ。その為に自分の中に根深く縛る常識を越えていかなくてはいけない。規制の価値観から1つ頭を出したものがヒットを生み出す。「今までと似たようなもの、同じようなものでヒットを生み出すことができると思っている人は、アホです」。

 富野氏のファンが集まる会場では日本語を理解する人も多いようで、通訳される前に富野氏の言葉に笑い声が上がっていた。これは要所でわかりやすく過激な言葉を使ったり、手や表情で大きく自分の意見を印象づける演出家であり、脚本家であり、なによりも「監督」である富野氏のサービス精神が会場で存分に発揮されていたためだろう。

 手の動きは「芸能の基本だ」として富野氏はマイクを離してポーズをとって見せた。ミュージカルを思わせるキャラクタのアクションは富野氏の作品の特にオープニングで取り入れられている表現だ。

 質問者が深刻な顔で質問し、富野氏が最も力を入れて語ったのは、「スポンサーとクリエイターの関係」である。儲けを生み出すため、売れるための作品を求めるスポンサーと、自分の求める作品を作りたいと考えるクリエイターは「作品」を生み出す上で不可欠な存在ながらも、ある点では大きく対立する。富野氏自身、自らの志向する作品を作る環境を求めてプロダクションを作ろうとして、断念したという。

 富野氏はこの問題は普遍的なもので、クリエイターは一生この問題を抱え、問い続けていかなくてはならないと語る。歴史上の偉大な音楽家や画家すらパトロンとの問題を抱えていた。資本家と作品を生み出す人は「違う人種」であることをまず心に刻まなくてはならない。作品を作ることのみを目的とする人にとっては違法コピーすら「『自分の作品を1人でも多くの人に見てもらうための手段』としていくらやってもかまわない」という想いを富野氏は語った。しかし、「それを主張する評論家に単純に同調したり、尻馬に乗るのも考えさせられる」と釘を刺した。

 「シンボリックに表現できるアニメの可能性はまだまだ現場の人々が気がついていない、自分を含めて考えていきたい」、「人類はまだ1万年くらいは続いて欲しい」など富野氏の言葉からは現在も積極的に作品に取り組み続ける旺盛な精力を持つ人物であることを感じさせられた。「バイストン・ウェルは認識論で構築されている世界」など、富野氏の独特の言葉の選び方と価値観をきちんと翻訳した台湾スタッフの努力が会場の一体感に大きく貢献していたように感じた。

 富野氏はアニメ史に名を刻む作品を生み出しただけでなく、現在もトップクリエイターとして注目を集め続けている人物だ。今回の講演は、現役のクリエイターであり、「もの作りの先輩」として富野氏が、台湾の人々だけでなく、ものを作ることを志す全ての人に向けて発したメッセージであると感じた。メッセージを受け取った人々が彼の提示した未来をどう受け止め、新しい作品を作っていくか、とても考えさせられた。

国際動漫作品館の富野氏のコーナーには、映画のポスターや絵コンテが展示されていた

□Taipei Game Showのホームページ
http://tgs.tca.org.tw/

(2008年1月26日)

[Reported by 勝田哲也]



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