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BBA主催シンポジウム「仮想世界の法と経済」特別レポート
溶けゆくリアルとバーチャルの境界に社会はどう対応していくか!?

7月21日開催

会場:東京大学本郷キャンパス

 7月21日、東京大学本郷キャンパスにおいて、「仮想世界の法と経済」と題するシンポジウムが開催された。主催は有限責任中間法人ブロードバンド推進協会(以下BBA)。BBAは通信事業者や機器メーカー、コンテンツ事業者などのデジタル産業関係企業からなる団体で、これまでにもインターネットやデジタル文化の普及推進と諸問題に対応する幅広い研究会を開いてきた。

 今回のシンポジウムは、国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)との連携のもと、日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)、および国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)の協力を得て開催したものだ。当日の会場には講演者として経済界、学会など幅広い分野からの諸氏が登場。聴講者として産業関係者や学生など100人あまりが集まり、アカデミックな雰囲気の中で議事が進められた。


■ 話題の中心は何かと物議を醸している「セカンドライフ」

 今回のシンポジウムのテーマは表題のとおり「法と経済」。インターネットが普及し、オンラインゲーム産業が隆盛を極めるなかで、立ち上がってきた諸問題とその対応が主題だ。現在、オンラインゲーム世界に生活の大半の時間を投入する人々が無視できない数に上りつつあるなか、ゲーム内のアイテムなどをリアル世界の通貨で取引するというリアルマネートレード(=RMT)が一般的な存在となり、仮想世界の所有物が実在の財産として扱われる判例も普通のものとなってきた。また、ゲームに限らないWeb上でのビジネスは従来の流通を補完するのみならず、国境を越えるという特性を生かした質的に新しい世界市場を形成し始めている。

 そんな社会情勢のなかで持ち上がってきたのが法と経済にまつわる諸問題だ。あくまで仮想空間であるはずのゲーム世界内であっても、経済流通が始まれば必ずたち起こる詐欺などの犯罪行為。ユーザージェネレーテッドコンテンツ(UGC)にありがちな著作権侵害の問題。インターネットが言語や国境の障壁を軽々と越えてしまうがゆえに、扱いの難しい法運用の問題。オンラインの世界に好ましい秩序を形成しながら国際競争力を高めていくために産業界・政府・国民はどのように対応すればよいのか、その問題を考える上で講演者の多くがモデルとしたのは御存知「セカンドライフ」だった。

・2008年、「セカンドライフ」内に2億人・1兆円の経済圏が出現する?

みずほコーポレート銀行産業調査部情報通信チームの野田聡明氏。「セカンドライフ」が将来巨大な市場に成長する可能性を、金融業界の期待を込めた視点から紹介
 IGDA日本代表の新清士氏の冒頭挨拶に続き、「『セカンドライフ』にみる仮想世界・仮想経済の課題と可能性」と題する講演を行なったのは、みずほコーポレート銀行産業調査部情報通信チームの野田聡明氏。氏は、「セカンドライフ」は今後巨大市場に成長する可能性があるとし、「セカンドライフ」の特性と、現在おこなわれている産業界の取り組みを紹介した。

 「セカンドライフ」とは御存知のとおり、米LindenLabが提供する3D仮想世界サービス。同サービスでは、ユーザは自由な姿のアバターで世界に参加し、3Dモデリングツールとスクリプティングによる自由な創造を行なうことができる。製作したオブジェクトは米ドルに交換可能な仮想通貨「リンデンドル」によって売買取引が可能。これにより現在「セカンドライフ」の世界には、3Dコンテンツ制作販売を基本軸とし、アバターサービス業、不動産・土地開発業、ブローカー業、娯楽業、メディアなどからなる一大産業世界が現われていると、野田氏は説明する。

 そして野田氏は産業界の取り組みとして、MagSL TOKYOによる不動産事業、スターウッドホテルによるマーケティング事業、北米NISSAN、SONY BMG、Addidasなどによるプロモーション事業などの実例を紹介。各企業によるさまざまな取り組みが見られるが、特性として「自由すぎるメディアへの戸惑い」、「単独媒体としてはリーチ力不足な現状」を指摘。「セカンドライフ」単体ではなく、取り組みを新聞やTVなど既存メディアに露出させることで広告効果を狙う事例が多いという。

 そんな形でひとつの経済圏となりつつある「セカンドライフ」であるが、野田氏は、みずほコーポレート銀行産業調査部の予測として「セカンドライフ」の登録アバター数が07年12月には5,000万人、08年12月には2.4億人を突破するという推移データを例示。また、それに伴い仮想通貨「リンデンドル」の総取引量は08年に1.25兆円に達するとの予測を示した。

 これはあくまでも05年から07年までの幾何級数的な成長実績が理想的に持続した場合の試算であるようだが、果たしてそのような巨大経済圏が実際に誕生するのか、これまでの成長をそのまま今後に当てはめるだけでは難しいことも確かなようだ。野田氏も指摘するとおり、「セカンドライフ」にはPCスペックの問題、言語の問題、サーバー側のインフラの問題といった諸問題が立ちはだかっている。

 野田氏は最後に、「セカンドライフ」の持つ可能性として、「新たなコミュニケーションツール」、「新たな共同創作活動の場」、「新たなシミュレーターツール」、「新たな情報蓄積・解析の場」といった仮説を提示。シミュレーターツールとしての活用事例として、スターウッドホテルによる、仮想世界内に建築したホテルをユーザーの意見を元に増改築するというプロセスを数度繰り返し、それをリアルの建築にフィードバックする例が見られたそうだ。


■ 仮想空間の進化と普及をめぐる、経済界や法曹界の反応は如何に

・オンライン社会の法秩序。その鍵を握るのは「国民の声」だ

経済産業省出身で現在は早稲田大学准教授を務める境真良氏。国際大学GLOCOMフェローでもあり、アジアの都市文化融合現象を20年間追跡してきたという人物だ
 続いて「仮想世界の法と経済への政策的対応の可能性と限界」と題する講演をおこなったのは、境真良氏。氏は経済産業省メディアコンテンツ事務局長、東京国際映画祭事務局長、経済産業省商務情報政策局プラットフォーム政策室課長補佐などを経て、現在は早稲田大学大学院国際情報通信研究科客員准教授。IT技術やサブカルチャーにも造詣が深く、コンテンツ産業理論を専門とする研究者だ。

 氏は、「セカンドライフ」のようなものが「拡張し拡散する3Dインターネットの雛形」になるのではないか、という予測を披露。これは、同タイトルを3Dブラウザと記述言語とサーバーによるシステムであると理解し、過去テキストベースのブラウザと記述言語とサーバーから進化したのが現在の「2Dインターネット」であるとするならば、同様の進化が「3Dインターネット」をもたらすのではないか、という論理展開だ。もちろん、それには「セカンドライフ」の基盤になっている技術が一企業の独占から開放され、オープンな規格として一般化していくことが前提となる。

 そこで問題になってくるのが、「仮想空間の秩序」だ。氏はここで、現実社会と仮想空間における秩序の構造の違いについて、現実世界では動かせない自然法則の役割を、仮想空間では人間の作るコードが果たしていることを指摘。その上に人間としての本能・習性が働き、それを前提として成文法・慣習法が作られ運用されるという理解だ。そして、現実の強制力をともなう統治機構である政府は「短期的には利己的に振舞うが、長期的には国民の要請に添った行動をとる」と解説。ゲーム内取引という「純サイバー経済」が規模を拡大し、同時にRMTを通じて実際の通貨が流通する「準サイバー経済」が存在感を増していくなか、いずれにしても公権力によるサイバー空間への「庇護」が求められるだろうとの予測を披露した。

 しかし同時に、境氏は「セカンドライフ」に代表されるサイバー経済の世界には、サーバーヘブンなど国境を越えた統治不可能性の問題がつきまとうこと、またサイバー空間内で自律的に秩序が形成されつつある現状についても指摘。しかし、フロンティアに新世界を構築することを積極的に楽しむ米国人の傾向とは異なり、問題が起これば管理者など「お上」にすがる傾向のある日本人の特性から言って、不用意な政府の介入を招くことに繋がるのではないかという危機感も匂わせた。

2Dインターネットから3Dインターネットへ。「セカンドライフ」はごく初歩の段階に過ぎないが、大きな流れの中で見れば重要な一歩であるという

秩序とは、自然法則をベースとした人間の本能の上に成立する。オンラインでは自然がコードに置き換わる オンライン空間が現実社会への影響を強くする以上は、政府がそこに支配の手を伸ばそうとするのは自然の理だ

・オンライン社会はまだ発展期。安易は法規制は成長を阻害する

経営学博士号を持つ駒澤大学准教授の山口浩氏。著書に「リアルオプションと企業経営」、「金融工学辞典」、「金融・契約技術の新潮流と企業の経営戦略」など多数
オンライン社会の潮流に関して、現実社会の反応は様々。山口氏は「理解者」よりのスタンスとのことだ
RMTなどオンライン特有の現象が社会問題化しつつある現状を認識
 駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部准教授の山口浩氏。ファイナンス、経営学、仮想世界の経済などについて研究を続け多数の著書もある山口氏は、「仮想世界における情報・契約・金融の技術の融合」と題して、新しい仮想世界の経済と秩序がどのようにあるべきか、表題のとおり情報・契約・金融の技術が融合しつつあるオンライン社会を主題に議論を展開した。

 「情報の技術」とはそのまま、コンピューターとインターネットの活用に関する技術である。複雑な計算を実行でき、多くの意見を効率的に集約し、情報とお金の流れを結びつけることができる。山口氏は、それにより「情報共有のレベル」、「コスト構造」、「産業の構造」が変化すると指摘。知的作業が自動化され、誰もが強力な情報ツールを利用できることになることで新たな活動が生まれ、ビジネスモデルも身軽な企業が有利な方向へ変革されてきた。「契約の技術」とは「権利と義務に関する合意事項」に関する技術。これもまた技術として進化の段階を経ていくのだという。それは法制度やテクノロジーの進歩、社会構造の変化、それに伴う力関係や考え方の変化を反映していく形で現われるのだと氏は解説する。

 そして「金融の技術」。これは「価値の測定」、「やりとりのルール」、「お金と社会の関係」に関する技術であり、現在では仮想正解と現実世界の2つの経済圏が存在するが、当然それらを包含するものだ。山口氏は、「セカンドライフ」に見られる仮想貨幣に近い存在として、クレジットカードや量販店などでおこなわれている「ポイント経済」が現在、年間推定で5,000~6,000億円相当の規模になっている実例を上げつつ、「個人資産約300兆円に比べれば小さいが、それなりの規模になっている」と指摘。同時に、現在進行中の現象としてオンラインゲームをとりまくRMT経済の規模拡大などにより「仮想世界が私たちにとって意味のある世界となった」と説明する。現実世界と仮想世界の交流が始まることで、同様に「仮想世界の価値や財が現実世界でも価値を持つ」とも。つまり、オンラインでの経済活動が拡大することは、イコール現実の経済活動の拡大であるというわけだ。

 山口氏は、これらの「情報」、「契約」、「金融」の技術が融合することで、新しい可能性が開けるとの展望を解説。それは「新しい社会活動のプラットフォーム」であり、また「新しい社会システムの実験場」であるという。その背景には、現在の社会のあり方、資源配分のルールは必ずしも理想系ではない、という氏の社会に対する見方が背景にあるようだ。同時に、氏は「安易な法規制は望ましくない」とも言う。「法」とは形式的で、硬直的で、一人歩きしやすい不完全なツールであり、「法さえ守っていれば良い」という形でのモラル崩壊にも繋がる。そこで重要になるのが「ローカルルール」である、というのが山口氏の持論だ。

 オンライン社会はそれぞれのコミュニティで特殊な環境にあり、それぞれに適切なルールが異なる。また、互いの利益を尊重するために自然発生的に秩序が形成されてきているのも実情だ。それを無視して安易に法律で規制することは、「幼児をギブスで拘束するようなこと」であり、発展を阻害するばかりか、地下勢力の温床になってしまう。仮想世界はまだ揺籃期にあるのだから、当面は「現実世界にはみ出た部分は現実世界の法で」対処しつつ、長期的には「法はどうあるべきか」といった根本的な議論から考えていく必要があるだろう、というのが山口氏の主張であった。
山口氏はRMTを「貿易」と捉える。これが現実通貨の流通を促す以上、仮想経済は現実に「意味のある」実体経済活動といえるとのことだ。この意味を積極的に捉えて問題を認識する必要があるだろう

・オンライン社会は「現実世界の部分社会」へと変化していく

情報法、知的財産権法を専門とする白田秀彰氏は、雑誌や自身のサイトなどにおいてリアルとネットにおける法の位置づけについて積極的な発言を繰り広げている
法とは、最終的には警察や軍隊という暴力によって支えられている強制力。それだけに行使は慎重でなければならない
現実社会では、人間の個人的認知能力と集合的知識のフィードバックによって、常識が強く収束するという
 続いて登壇したのは法政大学社会学部准教授の白田英彰氏。白田氏は「インターネットの法と慣習 かなり奇妙な法学入門」などの著書で知られ、情報法、知的財産権法を専門としている。今回の講演では「オンラインにおける秩序の形成と法の継受」と題し、オンラインゲームや「セカンドライフ」などの仮想世界において形成される秩序が、現実の法律の適用や介入によりどのように影響されるかを検討した。

 講演内容はテキスト主体でいかにも大学の講義といった按配で進められたが、語られた内容そのものはオンラインゲームに慣れ親しんだユーザーならば理解しやすいものだった。軸となるのは「仮想世界への現実世界の進入」だ。インターネット、コンピューターの技術が革新されるにつれ、オンライン社会の影響が現実社会に及ぼす影響は自然と大きなものになってくる。経済面ではRMTが取りざたされやすいが、掲示板等における議論やソーシャルネットワークを通じた人々のつながり、最近ではゲーム環境におけるユーザー製作のコンテンツも、現実世界に多大な影響を及ぼしつつある一側面だろう。

 そういった各オンラインコミュニティでは、それぞれ固有の規範があり、それぞれ独立した存在だ。しかし、参加している人間自体は、本質的に現実社会という最大のコミュニティの参加者であり、小さなコミュニティを越えた問題の解決には現実社会の慣習・認識をベースにする法によって支配される側面があることも否めない。またオンラインの活動が現実の経済への影響を持つ以上、「現実界の政府が電網界(オンライン世界)を支配しようとするだろう」。しかしオンラインには国境がない。そこで「現実界の政府は、電網界の国境分断を実行するだろう」ということが、白田氏の議論の根本である。

 ここでひとつの対立軸となるのが、法曹界の発想である「部分社会説」と、自由主義者の発想である「新領域説」である。「部分社会」は、オンラインの世界も現実世界の一部に過ぎず、そこで「法律が実行されていないのは、権力の欠如が原因」という考え方。最終的には警察や軍隊という暴力に裏づけられた法律の強制性をベースに秩序を維持しようというものだ。対する「新領域説」は、オンラインは現実世界とは異なるもので、「同様の法律を適用することは困難かつ不適切である」とする立場。この考えでは、オンライン世界において「法は生成途上であり、法律化するのは時期尚早」。つまり自由な個人が集団を形成すれば自ずと秩序が生まれるという想定だ。しかし白田氏は、これについて「現実世界では事実だが、電網界では異なった結果となる」また「既存の法が目的としていた望ましい価値を実現するものとなるかが不明」として疑問を呈してみせた。

 そこで白田氏は、オンラインコミュニティにおける秩序・法的支配の状態をコンピューターのOSとアプリケーションの関係になぞらえる。現実界の部分社会である各オンラインコミュニティは、コンピューターのOS上で走る複数のバーチャルマシンの上に構築されたアプリケーションのごとく、共通の基盤の上に別個の環境が作られてそれぞれ独立したルールで動作している。それぞれが完全に独立して動いていれば理想なのだが、匿名性の高いコミュニティなどはユーザーの出入りが激しいため、否応無く他の部分からの独立性が低くなり、それは基盤のOSに強く依存したアプリケーションになる。つまりそういったコミュニティでは人間社会の基盤である「現実界の法秩序の有効性が強く主張されうるだろう」という理解になるわけだ。

 特に知的財産権の影響については、昨今話題に事欠くことがない。オンラインゲームにおいても、ユーザーが製作したコンテンツに二次創作物が多く、厳密に言えば原著作者の意匠権等々を侵害しているようなケースも往々にして目立つ。そこに現実の請求権の行使という形でアクションが取られれば、オンラインゲームの中に現実の影響がダイレクトに響いてくるわけだ。RMTなどの問題も同様の形で現実界の「手が伸びてきて」、自然な帰結としてオンライン社会に現実社会の侵入が広汎かつ全面的におこなわれる。オンライン社会独自の法制度を生み出すのはコスト高と認識されるので、現実の法制度が援用される結果「遠くない将来、電網界は、かなりの程度、現実界の部分社会へと変化していく」というのが白田氏の論ずる未来像というわけだ。そこで大きな齟齬が起こらないよう、「国民の声が大切」という境真良氏の議論が生きてくるのだろう。

オンライン社会では個々の環境が特殊なものになるため、常識が形成されにくいというのが白田氏の見解だ オンライン社会はコンピューターのアーキテクチャになぞらえることができる。各個に独立した環境なのだ


■ オンライン社会の潮流。そして日本社会固有の性格とは

株式会社ネオテニー代表取締役CEOの伊藤穣一氏。ゲームユーザーとして「World of Warcraft」も熱心にプレイしているという情報通だ
伊藤氏の「セカンドライフ」風景。地面には「World of Warcraft」のマップ画面が張り付けられている
・特別講演「Sharing Economy」

 インターネット文化の普及により物流の経済からコンテキストの経済へ変貌を遂げた、と言うのは株式会社ネオテニー代表取締役&CEOの伊藤穣一氏。氏はインフォシークJapan立ち上げの仕掛け人にして、ITベンチャーキャピタリスト。2000年にはビジネスウイーク誌にて「アジアにおける最も影響力のある50人」に選ばれ、2002年1月にニューヨークで開かれたダボス会議では「明日のグローバル指導者(GLT)100人」にも選ばれた人物だ。

 伊藤氏はインターネットの特性を「大量の情報ではなく、ローコストで人々を繋げる」ことにあると説明。それによって従来の物流システムが支配していた経済が、知り合いレベルの小さなコミュニティで発生する「コンテキスト」による経済になってきたと言う。例えば楽曲は、知り合いが演奏しているから聴く、友達が聴いているから買う、という文脈の流れによって売り上げが変動するような形だ。そこで重要な役割を果たしているのが、「プレゼンス」。社会を構成する人々が情報ツールを手にすることで、互いに今どのような状況にいるかを共有でき、現在でも携帯電話を通じて5人くらいの小集団ならばリアルタイムに互いの居場所・状況・行動を把握する「コアプレゼンス」を持っているという。

 伊藤氏は、そのような社会にあって重要視すべきキーワードを挙げる。「リミックス」、「シェアリング」、「アマチュア」そして「ハピネス」。既存の映像作品や音楽、文章、その他の情報を文字通り「リミックス」して生まれる二次創作物は、動画サイトなどで大いにコンテンツとしての強さを発揮している。そしてそれらは、その面白さをわかち合いたいという「シェアリング」の欲求によって広く共有される。これは、旧来のビジネスとは逆の方向であり、問題の発端となることが多い。そしてそのようなコンテンツを製作しているのはまさに「アマチュア」だ。伊藤氏は、作品の完成度において「アマチュア」は「プロ」に決して劣るものではないとしつつ、その求めている究極のところは大量製造・大量消費時代の「プレジャー(悦楽)」ではなく、必要充分な「ハピネス(幸福)」である、と展開。

 これまでの社会はカネ・モノ・権力を「無限に求める人を過剰に評価しすぎてきたのではないか」というのが伊藤氏の考えであるようだが、一例としてクロアチアの日本アニメファンによるファンサブ活動を例にとる。そこでは金銭的利益を度外視したハイクオリティな字幕製作活動がおこなわれていると同時に、正規代理店の事情に理解を示し応援するような動きも見られるのだという。そういった「ハピネス」を追求する純粋なファン活動を単に海賊版は怪しからん、と断ずるのは、一部の特例を認めることで「権利を失うことを恐れる法律の反応」だという。

 伊藤氏は他にもWikipediaとブリタニカ大百科事典の比較、ネットで大人気を博し発売すればトップセールスは必至と期待されたリミックスCDが発売自粛にいたった経緯など、オンライン文化と現実社会の法の支配の軋轢を紹介。そこでひとつの解決策として氏は「All rights reserved」ではなく「Some rights reserved」を法的根拠とともに展開するクリエイティブコモンズの考え方を例示した。これは一部権利を所有する形で作品の二次創作を認める著作権行使の方法だ。

 ここで伊藤氏は、自身がオンラインの活動を通じて「リミックス」を行なっているという実体験を語ってくれた。氏は「セカンドライフ」上で、「World of Warcraft(WoW)」の画像や動画を使って作戦会議を行なったりしているのだそうだ。氏の所属するギルドのリーダーは朝6時に40人のメンバーを集め、毎週8時間の狩りやRAIDを行なっているという実体験を紹介しつつ、「セカンドライフはソーシャルだといわれるが、『WoW』で行なわれている事のほうがもっと高度」と語った。これには会場からも大きな共感の声が漏れ上がった。ゲームルールの制限、作用によって生まれる機能的社会性がそこにはある、というわけだ。

 最後に伊藤氏は、こういったオンライン社会の展開を前に「日本」の特性を見据える。氏が言うには、日本は「偉い人のインフレが起きている」、つまり「水戸黄門」的な権威社会の特質として、エリートコースを歩んだ人間が皆偉くなり、そして偉い人はリスクをかけることなく経済的に成功できてしまう。

 このような日本なので、機関投資家に対して「どのような会社に投資しますか」と問うと、「リスクのない会社に投資します」という答えが返ってくる。伊藤氏の理解は逆だ。リスクのない会社ほど危険な投資案件はない。「偉い人のいない」アメリカでは、リスクを負う人間が成功するのだと。氏が言うには、日本人にはこのような「リスクリターンの感覚」が必要なのではないか、とのことだ。いかにもベンチャーキャピタルの伊藤氏らしい展開になったが、氏の言うところは会場に集まった産業関係者の心に届いたことだろう。


パネルディスカッションにはIGDA日本代表の新清士氏、みずほコーポレート銀行の野田聡明氏、駒澤大学の山口浩氏が参加。参加者からの意見も多く飛び交った
・欧米と同一には語れない、日本社会の特異性

 本シンポジウムの最後に、IGDA日本代表の新清士氏による進行のもと「仮想世界。新たな秩序形成の条件」と題してパネルディスカッションが行なわれた。直前に行なわれた伊藤氏の講演の影響もあり、日本人の特質について盛んな議論が交わされた。参加者からは「日本にはコミックマーケットという、巨大なユーザー制作コンテンツの文化がある」という議論もあり、確かに最近のXbox 360用ゲーム「Forza Motorsport 2」で話題になった日本ユーザーによるハイクオリティな、そして明らかに二次制作物が中心の創作は、漫画・アニメを中心とする日本の消費と制作文化の下地を無視することはできない。

 新氏からは、本日の講演内容を受けた議論として、「セカンドライフ」と「WoW」の比較として「セカンドライフは小さすぎる」との指摘も。確かに「セカンドライフ」の登録ユーザ数は「WoW」と匹敵する600万人規模となっているが、アクティブユーザー数で言えば比較にならず、同時接続はわずか4万人程度だという。会場でも「セカンドライフ」をプレイしたことのある人の挙手を求めたところ40人程度が手を挙げたが、アクティブにプレイしているという人は、わずか3名程度であった。大ヒットMMORPGが同時接続50万人程度を当たり前に記録する現実を考えると、「セカンドライフ」が知識層からこれほど取り沙汰される現状は、ゲームに親しむ一般ユーザー層からしてみると現実との乖離を感じざるを得ないところもあるだろう。

 同時に、大きな問題点として「日本にはWoWがない」という点も指摘された。アメリカでは「セカンドライフ」と「WoW」がオンラインゲーム業界の話題を二分にしているのに比べ、日本ではどちらも一部の人々にしか知られていない。特に「WoW」は、世界的にはギガヒット級のモンスタータイトルであるのに、日本国内では代理店すら存在しないという現状がある。欧米に比べ特異なオンラインゲーム文化を有する日本において、アメリカ型のマーケティングや、文化的・社会的方法論は通用しないかもしれない。そこで、日本独自の方法論を見つけ確立していくことが、国際競争に負けないオンライン産業を作っていくためのキーになってくるのだろう。

□ブロードバンド推進協議会のホームページ
http://www.bba.or.jp/bba/
□シンポジウム「仮想世界の法と経済」のホームページ
http://www.bba.or.jp/virtualworld/

(2007年7月24日)

[Reported by 佐藤耕司]



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