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会場:東京大学本郷キャンパス
■ 番組制作費で作り上げたファミコンソフト「Mr.SPLASH!」
といっても、任天堂のライセンスを受けた正規タイトルではなく、番組制作費の枠内で販売を目的とせず作られた同人ソフトである。製作期間約2カ月、制作費200万円で、初期ファミコンのカートリッジサイズである256Kbitのゲームを作ろうという大胆な企画である。企画の推進役は、e-Sportsプロデューサーの犬飼博士氏と、番組プロデューサーの小林三旅氏の2人で、番組は実際の制作過程をドキュメンタリーとして放送している。 ゲームの内容は、水に浮かんだボールに岩をあてて敵のゴールに入れ込む一種の水球のようなスポーツゲームになっている。キャラクタの動き、グラフィックス、サウンド共に見まごうことなくファミコンソフトであり、“Bダッシュ”、“ABで溜め”、“マイクで叫んで裏技”など、ファミコンのセオリーもキッチリ押さえられている。 それでいながら、ゲームデザインを担当した犬飼氏らしいこだわりで、岩の上げ下げ、ゴールの狙い方、妨害プレイなど、アクションのひとつひとつまで駆け引き要素があり、対戦ゲームとして必要なエッセンスはすべて詰め込まれている。AI未搭載の対戦特化型という割り切ったゲームデザインも特徴的である。 ゲーム開発は、エミュレータを用い、完成後に既成のロムに落とし込むという手法を使って行なわれている。紙製のパッケージもマニュアルもファミコン時代そのままのものを特注し、非売品ながら値段を付けるとすれば1本30万円という。 今回の月例研究会では、実際の放送をダイジェストで見せ、実機でデモを加えながら、ディレクターを務めた犬飼氏と、プロデューサーを務めた小林氏、そして特別講師として出席している遠藤氏の3名が中心となって開発秘話が語られた。 小林氏は、もともとファミコン好きで、自身のファミコンソフトのコレクションに1本加えたいがために制作したとコメント。犬飼氏は、シューティングゲームのような感覚的な気持ちよさを出発点に、e-Sportsタイトルとして制作したという。 実際の放送は、ふたりの発言よりむしろ、監修として数回登場する遠藤氏のメッセージ性のほうが強く、「Mr.SPLASH!」のゲームデザインにも大きな影響を与えている。遠藤氏は会場でも、「ゲームにストーリーはいりませんよ」と口火を切るやいなや、怒濤の勢いでゲームデザイン論を語り出した。 ゲームに大事なのは「直情的なアクション」だという。ストーリーも不要で、「ゼビウス」も実は後付であり、「『ディグダグ』がなんでポンプを使うのかはどうでもいい問題で、掘るおもしろさが大事」、「『スペランカー』がおもしろいのは、難しいけど操作がわかりやすいため」、「『エクセリオン』のような慣性を取り入れても、リアルという受け止められ方ではなく、たいていクソゲーになる」、「当初の企画書は、リスクが足りない。危険とトレードオフになる部分がない。ハイリスクハイリターンの要素がないとおもしろくない」などなど、遠藤さんらしい含蓄のあるコメントが多数披露された。 実際のゲーム制作について犬飼氏は、対戦型のゲームを作るにあたり、サッカーやバスケットボールのようなスポーツを題材にすれば間違いないと踏んで、画面をサッカー場に見立て、ボールを足で蹴るかわりに、岩をぶちあてる直情的なアクションを取り入れたという。ステージを水にしたのは、犬飼氏が風呂場でストレス解消にバシャバシャさせる癖から着想を得たということだ。 「そんな話は知らなかったよ」と企画書に盛り込まなかったことを小林氏が非難すると、犬飼氏は「ゲーム作りに夢中になってスタッフに教える暇がなかった」と弁解。このやりとりを横目で見ていた遠藤氏が「アクションゲームは作ってみないとわからない。企画書と人間の感覚はズレる。実際にプレイしてみないと、そのアクションにカタルシスがあるかどうかわからない」と犬飼氏を遠回しに弁護。
遠藤氏は、さらに'90年代のゲーム制作に話を転じ、「'90年代は、企画書至上主義になって、なんでもかんでも『仕様書』を出させ、その通りに作ることが“正義”になってしまった」と振り返る。現在ではこうした悪弊は是正されたものの、テストプログラムの制作費を最初の段階で盛り込み、必ず試しながら作っていくことが大事であることを強調した。これを受けて犬飼氏は「ボクがいかに'80年代の人間かがわかった」とコメントし、会場を沸かせた。
■ 開発苦労話と遠藤氏の解説で盛り上がった“ファミコン今昔物語”
また、中村氏は「今はサラウンド、5.1chなど、技術的にはぜんぜん違うが、ゲームにおける音の役割は実はあまり変わっていない。こういうことを考えるのが楽しいと感じないと仕事ができないのでは」と、未来のゲームコンポーザーに対して含蓄のあるコメントを残してくれた。 これに対し、遠藤氏は「ファミコンは3音までしか同時に音を出せなかった。だったらということで、すぎやまこういちさんは『ドラゴンクエスト』で城はバロック、海はワルツと、少ない音数で音楽を構成できる曲調を選んで作曲した」と蘊蓄を披露。小林氏が「音がついてびっくりした」と褒めると、中村氏は「ファミコンは3音の鳴らせ方によって違う音色が出せる。複雑なことはできないし、制限も多いが、ファミコンはよくできている」とゲーム機としての設計の優秀さを褒めた。 続いてプログラムを担当した平井照人氏は、仕事を引き受けた後、企画書を見て「こんなスケジュールで、本気でゲーム作る気なんだな」と呆然としたという。開発当初は、単純にボールに岩を当てるのがうまい人が勝つゲームだと思っていたが、遠藤氏ら識者のアドバイスを受けて、桟橋や体当たりといった要素が加わり、戦略が重要なゲームだと思い直したという。ファミコンのプログラムは、初めての経験で、アセンブラも不慣れだったというが、ネット上の解説サイトを見て修得。実際にプログラムを終えてみて、256Kbitの枠内に綺麗に埋め込んでいくファミコンのプログラムは美しいと思ったという。 グラフィックス担当の岩松晶子氏は、容量制限が厳しい中での苦労話を披露。最初ステージは水色一色のみでスケートリンクみたいだったが、波を置くと容量に問題があり、水っぽく見せるために苦労したという。その代わりにキャラクタの顔にはこだわり、表情をたくさんつけ、喜んでいると正しい、泣いていると失敗ということに、アクションの結果が顔でわかるようにできたという。 グラフィックスについては一家言ある遠藤氏が発言。「このゲームは色の選び方がいかにもファミコンテイストだが、実はどう作ってもファミコンっぽい絵になる。ファミコンは1Pは赤、2Pが緑というものが多いが、これはマリオとルイージを真似している訳ではなく、ファミコンは青を出しにくく、赤はマリオと同じ色しかない」とマニアックな話を展開。 小林氏が、このゲームが当時と同じ5,000円、6,000円で買う人がいるかと質問すると、遠藤氏は、「30代中盤を中心に、俗にゲームエリートと呼ばれる、ゲームに金を出すことにまったくためらいがない層がいる。たとえばゲームボーイMICROとファミコンミニは、どれを買おうかではなく、全部買うという人がいる。それを考えると30万でも決して高くない。昔の技術で作られた陶芸品のようなテイストがある」と激賞した。犬飼氏も、製品化に向けていささか自信を持ったようだった。 研究会終了後、遠藤氏に「Mr.SPLASH」の自己評価を聞くと「ゲームとしての評価は40点、対戦ゲームとしては70点」とコメント。その理由として、「AIが未実装なのが減点対象、相手とのさまざまな干渉要素があり、ハメを避けてAIを作るのは難しいと思うが、しっかりしたAIが搭載されれば85点上げてもいい」と、隣で聞いていた犬飼氏を激励し、その上で「しかし、よく作ったよねえ、最初に来たときはうさんくさくて絶対無理だと思ったもの(笑)」と苦笑していた。
プロジェクトの今後の展開については不透明だが、犬飼氏としては、番組終了と共に役目を終えたゲームとは考えておらず、今後も純国産e-Sportsゲームとして開発を継続し、最終的には製品化したいという。可能性としては、正規のファミコンソフトとしてバーチャルコンソール化と、ファミコン以外の他プラットフォーム展開などが考えられるが、マルチプレイを前提にしているゲームでもあり、PC向けのカジュアルオンラインゲームへの展開がもっとも現実的と言えそうだ。
□日本デジタルゲーム学会のホームページ (2007年6月4日) [Reported by 中村聖司]
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