|
会場:San Jose McEnery Convention Center
そんな任天堂は、GDC2006において、岩田代表取締役社長の基調講演を2年連続で行なったほか、「おいでよ どうぶつの森」、そして「Wi-Fi」に関するセッションを行なった。本稿では、その2つを取りまとめ、日本国内のみならず、任天堂が業界をある意味席巻した2005年度のDS戦略について、再び探ってみたいと思う。 ■ Wi-Fiを得ることで本来の姿に近づいた!? 「おいでよ どうぶつの森」
ディスクシステムが発売された'86年に任天堂に入社した江口氏は、宮本 茂氏、手塚卓治氏のもと、ゲームの制作に携わって20年になる。「スーパーマリオブラザーズ3」、「スーパーマリオワールド」、「スターフォックス」、「ウェーブレース64」、「ヨッシーストーリー」などでコースデザインやディレクターを務めてきた人物だ。 ● 原点回帰を繰り返してきた「どうぶつの森」
つまり最初は「目的のあるゲーム」として企画されたわけで、あくまで「コミュニケーションフィールドを作る」という点においては変わらないものの、これは現在の「どうぶつの森」とは異なる。江口氏によれば、当時、「コミュニケーション」というだけで、本当に作りたいフィールドにプレーヤーを引き込む確信が持てなかったため、「まずは、なじみのある定石に添った形で始めるのがよいのではないか」という判断によって「目的」が追加されたそうだ。 だが、普通に作っても面白くないだろうということで、主人公は非常に非力で、動物を操ることで難関に立ち向かっていくゲームにしようと考えた。犬は埋まっているアイテムをかぎつけたり、鳥は障害物を飛び越えて向こうのアイテムを持ち帰ってきたり……。時計機能を利用することで、昼にしか活躍できない鳥、夜間にしか登場しない狼など、リアルタイムにシンクロした要素も考えられていたという。これが「どうぶつの森」の原型だったわけだ。 「そんな動物たちを操りながら、複数のプレーヤーが巨大な悪を倒そうとしているうちに、お互いコミュニケーションをとることが楽しくなって、魔王のことなんてどうでもよくなってしまう、そんなことを思い描いていました」と江口氏。非常にユーモラスな話だ。しかしその後、64DDのビジネスがうまくいかず、企画自体がニンテンドウ64向けに方針転換されることになる。そうすると困ったのがハードの仕様変更だ。64DDの記憶容量を最大限に生かし、“ユーザーの状態をすべてセーブデータに残す”ということを考えていたのだが、それが64ではセーブ領域がごっそり減り、セーブ領域は1Mbit=128Kbyteだけ。しかも、セーブデータの安全性を確保するために、同じデータをコピーして持っている必要があるため、実質、セーブデータは64Kbyteとなってしまった。 こうなると、ゲーム要素の何を生かし、何を切り捨てるか、厳選することが必要になってくる。そこで原点に返った江口氏は、「本当に遊んでほしいのは何か」を考えた。本当にやりたかったのは「コミュニケーションフィールドを提供する」ということ。余分なところにパワーをかける余裕はないから、ダンジョンを排除、魔王も戦闘も削除。広大なフィールドもいらない。また、終わりが必要ないので、ストーリーもエンディングもいらない。「ゲームが終わってはいけない」と判断したわけだ。 そして必要だと判断されたのは、以下の4つの要素。
・プレーヤーがやったことが“残っているフィールド”
それまで想定していた大きな規模のものから、とても小さな規模のものに変更しなければならなかったところから、この作品の開発が始まった。「とても面白いことなのですが、据え置き機であるニンテンドーゲームキューブ向けから、携帯機であるニンテンドーDS向けに舞台を移す際にも、より小さな舞台に作り直すことが必要になったが、開発初期の段階にも同じことがあった」と江口氏はまとめていたが、その間の苦労を微塵も感じさせない軽妙な語り口が印象に残った。 ● 「ソフトを終わらせない」逆転の発想が生み出す脅威のロジック
携帯機向けに作り直すことが比較的うまくいったことも理由の1つだが、「コミュニケーションフィールドを作る」という最大の目的こそ、このゲームの本質であり、「交換」、「訪問」といったプレーヤーがさまざまな要素で結びついていることが「どうぶつの森」の面白さの原点、と江口氏は続けた。そこまでプレーヤーをひきつける要素はなんだったのか? 毎日遊びたいと思わせるには何をしているのか? これこそ、携帯機への移植の際にも失ってはならない大事な要素だ。
江口氏によれば、「自分で満足できている、満足する方向に感じられることがとても重要なこと。その満足感が明日に繋がる。そこにちょっとした秘密がある」というのだ。それは「満足したいと思っているわけだから、満足させてしまったら、そこで終わってしまう」ということ。そのために、「どうぶつの森」の世界はとても不自由にできている。現実の時間とリンクさせることが、ここでも大きな効果を発揮している。 店で販売されているものは数が限られている上、1度買うと翌日にならないと補充されない。これが実時間の翌日なわけだから、とても不便に思ったユーザーも多い。店の開店時間も限られている。忙しい人には非常にありがたくない仕掛けだ。満足したい人が稼ぎたいお金を稼ぐ手段が失われてしまうわけだ。ほかにも果物を埋めて木が生えるまで、数日かかるうえ、一度果物を収穫すると3日経たないと収穫はできないなど、季節の変化や時間による周期は、このゲームにおいて、簡単には満足できないようになっている。 それだけでは、プレーヤーにすぐにあきらめられてしまう。そこで、毎日満足できる仕掛けを用意した。つまり、それを達成するため、プレーヤーの日課になる要素だ。例えば、生えてくる雑草を引き抜いたり、ポストの手紙を確認したり、化石を掘ったり。カブの価格に一喜一憂したり。さらに、釣りや虫取り、服のデザインなど、時間が許せばこつこつとやることはいっぱい用意されているわけだ。さらに重要なのが、これらの行為はすべて「やらなければならない」ことは1つもないということ。 つまり、「遊びたくなる動機は、大きな満足感を得るまでの渇望感だと言えるが、その間には、待たされる間を埋める小さな幸せ感と、大きな満足が得られたときの大きな幸せ感があること」……これが毎日遊びに行きたくなる大きな理由だと江口氏は分析していた。それを支えているのは、プレーヤーの興味に対応する世界の多彩さ、そして何も強制しない奔放さ……このソフトにストーリーがないことがそれを許しているのだ。
ストーリーもエンディングも必要ない。むしろ邪魔なものだ、という判断……つまり、コミュニケーションを終わらせないための判断……このソフトのコンセプトからすれば、ソフトをクリアしない、終わらせないことが重要。これは、制約を逆転の発想で利点へと転化した、恐ろしくポジティブな企画なのだ。 ● 「あんしん」=「おいでよ どうぶつの森」が任天堂Wi-Fiコネクションに与えた影響
【利点】
【制限】 「コミュニケーションを生み出す」というこのゲームの狙いからすれば、DSへの移行はむしろ願ったりかなったりの話。それは無線機能を搭載していたからに他ならない。しかし、その機能を手に入れるためには、携帯向けにスリム化する必要がある。ここで、再び要素の削り込みを行なうことになった。64DDから64への移行時に、基本的に必要な企画のスリム化は行なっているわけで、携帯機への移行にあたってのスリム化はより慎重に行なわれたという。 この際に重要なのは、「このソフトにとって何が重要なのか」という、残す部分と削る部分を吟味すること。「どうぶつの森」でも、「おいでよ どうぶつの森」へのさまざまな改変が行なわれている。フィールドを狭くしたり、プレーヤーの家も減らす、どうぶつの数も減らされており、スリム化を行なっている反面、引越し機能を追加するなど、プレーヤーの個性を発揮するために必要なものなどは、残されたり追加されたりしているわけだ。また、バッテリー駆動の携帯機であるゆえのバッテリー切れの問題については、バッテリーチェック機能、スタートボタンでのどこでもセーブ開始といった仕様が追加されている。 また、ハードウェアの仕様の何を重点的に使うか、ということも吟味されている。タッチスクリーンは直感的操作により、プレイアビリティの向上が見込めるので使用することになった。こういった取捨選択は任天堂の他のDSタイトルでも行なわれており、「マリオカートDS」では操作が煩雑になるため、タッチスクリーンを走行中に使わないようにしていたりするが、「nintendogs」では直感的な操作が重要と判断され、タッチスクリーンがデフォルト操作になっている。 そして、「どうぶつの森」では、DSの持つ機能の中で、無線通信機能が最も重要視された。このことにより、コミュニケーションを重視する同作では、この無線通信機能で、従来の蓄積されたデータを交換するメールのようなコミュニケーションから、チャット機能や「お出かけ」のリアルタイムなコミュニケーション=井戸端会議的なものへと進化した、と江口氏は語る。 井戸端会議は、顔見知りの友人たちと思い思いのことを楽しくおしゃべりすること。ここで重要なのは、「集まっているのは気心が知れた友達であるからこそ楽しめる」ということ。ある意味自分を表現している「村」に、まったく知らない人が来ることはストレスになる危険性がある、と開発陣は考えた。村を荒らされたりしても、知人なら文句を言うこともできるが、知らない人には報復などを恐れて注意することもできない、という人もいるはずだ。
これを防ぐために、他人の村にお出かけするとき、プレーヤーの行動に制限を付けるということをせず、善良なプレーヤーが安心して楽しみを広げるための仕組み、これが「ニンテンドーWi-Fiコネクション」の基本的な考えにも影響を与えた「ともだちコード」の元になっている。Wi-Fi通信時はお互いのコードを登録しないと接続できないようにすることで、精神的負担を減らすこと……「あんしん」というこの考えは、「どうぶつの森」の考え方を代弁している、と江口氏は語っていた。 ■ 「対応ソフトですべての人が接続する仕組みを作る」=Wi-Fiコネクションの壮大な野望
これは、弊誌に寄稿された岩田社長のコメント、そしてWi-Fiコネクションのコンセプトにうたわれている各要素に反映されている。ID、パスワードの設定を意識することなくともだちコードを使えば、自分の知人とのみ遊べる、そして任天堂の対応ソフトの通信対戦料金は無料、というこのコンセプトは、任天堂Wi-Fiステーションなどの環境整備により、多数のユーザーに利用されている。この機能に関しては、どう使うかはソフトウェア側の設定に任せられているのも大きな特徴だ。 さて、無線通信にチャレンジするということは、技術的にも開発時にいろんな障害が懸念された。大原氏はこの開発エピソードを語ってくれた。 例えばP2PのNATネゴシエーション。プライベートIP同士の接続は、1つの手法では全世界のルーターに対応することはカバーできない。そこで、雑誌の付録などで「どうぶつの森」の時計ソフトを配布し、ユーザーの承諾を得てテストが行なわれた。結果は良好で、スムーズに開発は進行したが、TCP/IPソケットライブラリは、メモリが不足して別のライブラリを開発することになり、開発に遅れが出たという。 仕様の決定は2005年から。このプロジェクトは岩田社長直下に置かれ、日米の開発者の共同プロジェクトになった。日本ではクライアントアプリケーションの作成、アメリカではサーバーのコーディングと分担されたのだが、ビデオ会議などでは時差を吸収するためにタイトなスケジュールになったそうだ。 初の対応ソフトの1本、「マリオカートDS」のベータテストは世界同時に行なわれ、日、米、欧でテストされた。大原氏の同期の社員がアメリカでこのテストに参加しており、大原氏は同僚の顔を想像しながらのテストとなって、非常に楽しかったという。
また、岩田社長もテストに参加。しかし、社員は一切手抜きをせずレースをしたので、「誰も手加減してくれないね」と感想を述べていたが、「面白い」といってくれてほっとした、と当時のエピソードを語ってくれた。
江口氏もこれからについては、「Revolutionにはユニークなコントローラーがある。この機能を生かして、どんな新しい『どうぶつの森を』作るのかということ、それに加えて、据え置き機に向けて作るものと、DS版と差別化しつつも、うまく相乗効果が得られるように考えることが次の課題」と締めくくっていた。つまり、Revolution版とDS版(今作になるのか続編になるのかはわからないが)の連携が取られる可能性を示唆していた。任天堂のWi-Fi戦略はこれからもまだまだ広がりを見せていくことだろう。
□Game Developers Conference(英語)のホームページ (2006年3月26日) [Reported by 佐伯憲司]
また、弊誌に掲載された写真、文章の転載、使用に関しましては一切お断わりいたします ウォッチ編集部内GAME Watch担当game-watch@impress.co.jp Copyright (c) 2006 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved. |
|