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会場:San Jose McEnery Convention Center
このセッションが行なわれた夜、「6th Annual Game Developers Choice Awards」において、同作はBest Game of The Yearをはじめ、多数の部門で栄冠を勝ち取ったが、このセッションはフロア2つを使ったもので、開場前には長蛇の列ができ、人気の高さを図らずともこの時点で証明していたわけだ。 ■ プログラマの視点から見た「ワンダと巨像」プロジェクト セッションは、「ICO」から「ワンダと巨像」につながるエポックメイキングな作風が上田ディレクター以下、「ワンダと巨像」チームにおいてどのように具体化されたか、キャラクタ制御を例に取り、主にプログラマの杉山氏の視点で語られた。 なお、本稿は、グラフィックやプログラム的な要素に多数言及しており、専門的な要素に関しては、西川善司氏の連載に丁寧に解説されている。ご一読いただけるとわかりやすくなると思われる。未見の方はぜひご一読いただきたい。
杉山氏らは、SCEIが「上田チーム(便宜上こう呼称する)」を抱えていることの業界的意義について考えるそうだ。経済的追求以外に、もっと行なうべきことがあるのではないか……すなわち、短期的売り上げにはつながらなくても、市場をかき回す役割が、チームの存在意義であると感じているようだ。 また、上田氏の企画は、技術的な挑戦が必ず含まれていることが特徴だという。これもこのチームの役割にマッチしており、通常なら既存のシステムを使って確実に制作を完了することが命題となるが、このチームではあえてチャレンジングに課題に取り組む。結果的に杉山氏にとってはモチベーションの向上につながっているそうだ。 さて、先ほどのコスト追求で切り捨てられてしまう課題とは、杉山氏にとっては、「変形コリジョン・判定オブジェクトの処理」にあたる。プログラマがこの作品の企画を見てまず思うのは、「これ、コリジョンオブジェクトにプレーヤーがはさまれちゃうじゃん」ということ。実際、杉山氏もそう思っていたそうだ。しかし、プログラマが嫌がることをきちんと処理することができれば、この企画のアドバンテージにつながると考えたという。この決断で、プログラマおよび、ほかのスタッフの労力はかなり増大するわけだが……ちなみに「ICO」においては、「手つなぎ」や「ヨルダのAI制御」がこの要素にあたる。 このチームにおいては、こうした考え方がいろんなセクションでも行なわれている。プログラマが1つあるシステムを作ると、クオリティアップのサイクルがゲームデザイナーやアニメーターに託される。つまり、クオリティアップに関わる部分をプログラマ側で積極的にパラメーター化し、その他のセクションに調整を任せてしまう。それと同時に、プログラマは自己完結するパートのクオリティアップを追及していく。データコントロール部分をプログラマからアウトソーシングしていくことで、クオリティアップへとつなげていこうという意図があるわけだ。この段階で、上田氏は不自然な部分を発見した場合、仕様の見直しはもちろん、一緒にクオリティアップにつなげる解決策を検討する役割を担っている。 ● キャラクタコントロールのクオリティアップに関する具体例
これはモーション遷移のコントロールのこと。どのようにモーション同士を繋げれば、操作性と美しいモーション再生を両立できるかの試行錯誤なのだが、この領域はこのチームにおいては、アニメータやゲームデザイナーにゆだねられている。プログラマの作業領域は、それに必要な遷移の命令、パターン、禁止フレーム、補完フレームを指定できる環境を作成した後は、ほとんどこの領域には関与しない。 “大型キャラクタ”と限定していることには理由がある。プレーヤーのリアクションの力学計算は、ほぼアニメーターが作成した、“巨像の動きに対するリアクション”となる。アニメーターは動きを印象的にしようとするから、当然のことだが、必ずしも物理法則通りにアニメーションを付けることはない。このような状況の中で違和感なく見せるという試行錯誤をアニメーターやゲームデザイナーに任せる必要が出てくる。
プログラマ側では、速度や加速度に制限を付けるなどの対応を行なう。つまり、プレーヤーにとっては“床”となる巨像が、異常な速度や急加速をした場合、キャラクタがおかしな動作にならないように保険をかけているわけだ。 2.マルチレイヤーのモーション再生
また、乗馬中のプレーヤーが、馬の動きに合わせて揺れる動きなど、ペアレント処理された先のキャラクタ(前例でいえば、馬が親、プレーヤーが子にあたる)が再生中のモーションにシンクロさせて再生することができる仕様も実装している。 プレーヤーキャラクタに大して最大12レイヤーをコントロールできるが、この処理はプログラマが手がけてはいない。 3.キャラクタの地形適応
そこで、そのゴール位置を使って姿勢をアニメーターにアレンジしてもらうということになる。比較的数字に強いアニメーターに、計算式としてデータを入力してもらうことで解決するわけだ。ある場所に置かれたキャラクタをどのような姿勢にすればいいのかを知っているのは、アニメーターだろうということで、作業を分担したという。 4.足のすべりの解決
一般的な小さいキャラクタに関してはこういったことは問題にはあまりならないが、この作品のように、キャラクタが巨大になると、画面に対してキャラクタが占める割合も大きいため、ごまかしが効かず、容認できない問題になる。 この問題は、手足のボーン(骨)を固定するかどうかのON/OFFをアニメーターに設定してもらうことで解決した。「ICO」の時は、あるツールを作成して、このデータをツールを通すことでこのON/OFFの判定を算出していたのだが、今作では、そのツールを使ってみると、こちらの意図で動いてほしい小さなパーツが止まってしまったり、止まってほしい小さなパーツが微妙な振動で動いていると判断されたりして、なかなかうまくいかなかったようだ。 5.大型キャラクタの移動到達性の確保
この場合、巨像と台の位置関係が非常にシビアで、およそ5度位置がずれてしまうと台の上に足は載らない。この問題は、上位層のプログラマと杉山氏が相談し、体の移動量や回転量にスケールをかけるシステムを実装。それを上位層のプログラムでコントロールするという手段で解決した。かなり面倒な到達の方程式を解いて、そこにパラメータを入力することで解決したという。ゲーム性を重視すればモーションを枠にはめてしまうことになり、情緒的な動きは失われてしまう。ここにも、アニメーターの作成した素材と、ゲーム性を両立しようという努力が伺える。 6.モーションとダイナミクスの融合
■ デザイナー(プランナー)からの視点 プランニングとスクリプト全般を担当した、プランナー(デザイナー)の細野氏からは、デザイナーの視点からのこのプロジェクトについての話があった。 このプロジェクトにおいては、データの集約や制御のまとめ、メモリ分配にいたるまで、デザイナーが担当している。使用の煮詰めに加え、トライ&エラーや仕様の導入に対しての膨大なデータ制御を行なう基幹となっている。キャラクタの制御で言えば、リソースの管理、モーション分岐の実装、馬や巨像のAIの制御……通常のプロジェクトではプログラマが担当する領域もあるが、これらもデザイナーが担当している。
このデータベースのメリットは、プログラマからゲームデザインに関する仕様がおおよそ切り離されているので、仕様の作成から反映までが比較的短時間で実現できる。反面、致命的なバグをデザイナーが載せてしまうことにも繋がる。実際、今作のデバッグレポートの約3割がデザイナーによるものだったそうで、「マスターアップ前は非常に苦労した」と細野氏が吐露していた。 このシステムを利用することによって生まれた“こだわり”としては…… 1.巨像に取り付いたプレーヤーのリアリティのある動きの構築に、デザイナーが試行錯誤をしやすい環境であったことから、演出面に力が入れられた、ということ。例えば、着地したときのリアクションでも、プレーヤーが着地する地面(巨像)の角度によって、モーションを4種類のなかから選択して再生していたりするわけだ。3Dアクションゲームではここまでやっているタイトルはあまりないのではないだろうか。
これにより、飛びつきやすくするだけでなく、馬と巨像が併走する画面を演出しやすくなり、臨場感のある演出を生み出しているというわけだ。こういった細かい工夫の1つ1つが、プレーヤーをのめりこませる要因の1つになっているという。 このような細かいアイデアをデザイナー自らが仕様の実装までできる環境を構築したこと、それが「ICO」や「ワンダと巨像」のようなチャレンジャブルな企画の実現に繋がった要因の1つだと細野氏は締めくくった。 ■ アニメーターからの視点
“敵によじ登って倒す”という前例のないゲームであるため、紙面上の仕様だけでは決定できない要素が多数存在したこのタイトル。アニメーターはまず、仮のモーションを作ることから始めたそうだ。この時点でのモーションは、品質こそ低いものの、容易にゲームに組み込むことができるもの。その後、モーションのブラッシュアップと平行して、デザイナーが検証を行ない、調整で煮詰めていったという。この方法はリトライ回数が多くなってしまうが、前例がないため、ある程度はしかたがなかったようだ。 前作から、動きの説得力を重視したモーションがこのチームの持ち味。例えば、巨像の動きは緩慢で、プレーヤーを完全に追いかけられるだけの性能は持っていない。巨像のように重い物体を急に動かしたり、ベクトル方向を変化させると、非常に大きなエネルギーを必要とする(現実味がなくなる)。もし、プレーヤーへのレスポンスを高めるため、巨像を急ターンさせたり急発進させてしまうと、動きの説得力が失われてしまう。主人公のレスポンスに対しても同じことが言える。ユーザーがボタンを押した瞬間にジャンプしたり、剣を振ったりはしない。ジャンプはボタン入力の後、腰を落としてからジャンプする。攻撃も入力後、剣を振り上げ、振り下ろす。 以上の例のような判断がなされているのはこのチームにおいては、ボタン入力に対するレスポンスのよさ≠操作性のよさと考えられていることに起因する。レスポンスを重視するがゆえに説得力やリアリティのない動きを主人公がとってしまうと、重さを持ったキャラクタを表現できなくなってしまうと考えるからに他ならない。「質量やエネルギーを感じられて初めて、リアリティある動きとなる」と田中氏は断言していた。
足の高さやコントローラの入力情報を取得し、ボーンをどれだけ曲げるか、という式をボーン単位で作成。この表現データを元のモーションを壊すことなく重ね合わせ、インタラクティブにアニメーション再生が行なえるシステムになっているのだ。このような要素は、一見地味で目立たないが、あるのとないのでは見た目の自然さはまったく違ってくるし、モーションのバリエーションも無限に広がる。会場では、この制御をOFFにした状態と、ONにした状態の映像が上映され、笑いを誘っていた。
田中氏も、「通常、コストを考えるとこのような制御はやらないか、地面を平らにすることが多いと思う。ゲームクリアにもほとんど関係しない。しかし、こうした不自然さに冷めてしまうプレーヤーも多いと思う。不自然な要素を取り除き、より自然なモーションを作ることで、興味を持ってくれるプレーヤーもまた多いのではないかと考えています」と締めくくった。
そんな思いもあって、ヨルダは自然でありながらも魅力的なキャラに仕上げようと心を砕いたそうだ。上田チームでは、モーションキャプチャを使っておらず、アニメータの手付けのモーションを使用している。手付けにしている理由は、キャラクタをより個性的にするための手段だが、それにこだわっているということではなく、それ以上の表現が可能であれば、MCを使っていくこともあるかもしれないそうだ。 この手付けによるこだわり、アニメーションのテクニックは語りきれないとしながらも、端的には、“アニメーターがいかにそのキャラクタになりきれるかが重要ではないか”と考えているという。キャラクタの置かれた状況を深く考え、「自分ならどうやって動くか」を考えることが最も大事で、これは役者と同じことだという。そういう意味で、今作の担当は馬だっただめ、苦労したそうだ。 また、アニメーターとタッグを組んで仕事を受け持つプログラマやデザイナーの絵的な要素やセンス……自然かどうかのセンスを共有できるかどうかが重要だともいう。最終的な画面へのアウトプットはこのようなスタッフの協力が必要になるため、アニメーターがイメージしたものをどれだけ伝えられるかで、結果が大きく変わってくるが、こだわりのセンスがあう人がチーム内にいると、結果がスムーズに得られる。上田チームはそのあたりが優れているのではないかと感じているそうだ。
「イメージを共有できる人が多いということはもちろん、杉山氏の言う通り、アウトプット後の調整をアニメーターやデザイナーが直接タッチできる環境が整っており、理想的」と福山さんは締めくくった。
ここまでの話を聞くと、「プログラマ以外にパラメータを渡せば質は上がる」、「プログラマはシステムに特化すべき」と考えるかもしれない。もちろん、パラメータを渡せば調整の幅は広がるが、逆にプログラマがシステムを作る作業に追われてしまったり、パラメータが多次元化して調整が不能になってしまうこともある。上田チームでもこういった事態は起こったという。 ゲームデザイナーやアニメーターは、どの調整項目を受け渡してもらえればクオリティアップの作業として完結するのか、プログラマはどのパラメータをほかのセクションに渡せばパフォーマンスが得られそうか、ということを、セクション間で話し合うことが非常に重要だと杉山氏は語る。プログラマはどのような情報を入力すれば最適な動きをするかを知っているはず。そのあたりをセクション間で話し合うことが大切だという。 また、プログラマは数字で物事を完結させて表現したいという気持ちはある。モーションや地形の自動生成、物理シミュレーションですべてを解決するという方法だ。「グランツーリスモ」シリーズではこうした試みが結実しているが、杉山氏もうらやましいと思うこともあるそうだ。ただ、今の技術では、これだけでは生み出せないものがあると杉山氏は言う。 例えば、首の傾け方。この角度の微妙な違いで、印象がまったく変わってくる。このチームではこのパートもアニメーターに8方向のパラメータを入力してもらい、通常のモーションにレイヤーで重ねている。「究極的にはAIの役者を作り上げ、それに演技指導をするということになるかもしれませんが、何か意思を持った情報を表現するには、外部からの情報のインプットが必須」と杉山氏は言う。 本作の制作の終盤、馬の手綱やタテガミ、人物の髪やマントの判定を実装していたとき、杉山氏にとっては非常に楽しい時間だったそうだ。プログラマとしてのアウトプットが表現のクオリティアップに直結する……達磨に目を書き入れるように……。こういった作業があるから、プログラマは自分にとって天職だと考えている、と杉山氏はセッションを締めくくってくれた。 立場の違う4人のスタッフが、共通の目的に向かって製品を完成させるには、いろんな道のりがあることは想像できる。その中で、製品の魅力のキーポイントを自らが振り返るという形のセッションだったが、細かな技術的なことはわからなくても、「ゲームができあがるまで」を垣間見た気分になれる、貴重な体験をさせていただけた好セッションだったと思う。 (C)Sony Computer Entertainment Inc.
□Game Developers Conference(英語)のホームページ (2006年3月25日) [Reported by 佐伯憲司]
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