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会場:San Jose McEnery Convention Center
「Half-Life2」はこの物理エンジンを含め多くの新しい技術を意欲的に取り入れていくことを目指していた。新技術はスタッフ達にとっても難解なものであった。そこで開発を進めていく上でいくつかのテーマを持ったミニゲームを作ることで、この作品の持つ様々な特色をスタッフ達が理解を深めていくという手法をとった。 ゾンビがバスケットをする「Zombie basketball」、スイカを撃って破壊する「Watermelon skeet shooting」、そして物体に釣り糸のようなひもをつけて物体を自由に動かす「Glue gun」、この他にも「Danger Ted playset」、「Toilet crossing」といったゲームが制作された。 この中で特に好評だったのが 「Glue gun」である。周囲の物体に照準を合わせ、それに意図のようなビームを伸ばす、くっついた物体をマウスを使って自由に動かす。プレーヤーのインプットを真剣に考えた作品であり、このゲームが持つ感触は「Half-Life2」に登場する“グラビティーガン(重力銃)”として組み込まれる。 グラビティーガンはゲームを進めるために動かすことができるものは限定されているが 「Glue gun」はまさに自由自在に目の前の物体を引っこ抜き、動かし、さらに色々なものを接着させることまで可能である。Stelly氏自身も思い入れの強く、このプログラムはSDK(Software Development Kit)にコードを収録しているという。 ミニゲームのテストは実際の「Half-Life2」にどんな要素を取り入れていくかを判断する大きな材料になった。何がベストか、どれが格好良いのか、そしてプレーヤーに対してどういう風に“教育”していくかがわかってきた。チュートリアル的な演出を定義し、それを取り入れていくことでよりスムースなプレイをさせる演出法を作り出していった。 例えばスタート直後、プレーヤーは警備兵に「落ちている空き缶をくずかごに入れろ」と命令される。これは別に無視してもかまわないのだが、プレーヤーは物を広い、動かし、任意の場所で落とす、という行動を学ぶことができる。この後箱を拾い、積み上げ、足場を作り、脱出するという場面があるのだが、この小さな行動がチュートリアルになっているのだ。 「プレーヤーはゲームをプレイすることでその世界ならではの法則を学んでいき、応用をして危機を乗り越えていくことになる。だからといって、ゲーム全体がトレーニングになってはダメだし、1つ1つの行為に“価値”がなくてはいけない。様々なことを心がけてゲームデザインを行なうことでプレーヤーに大きな充足感をもたらすことができる」とStelly氏は語る。 ゲーム内で、プレーヤーがゾンビに追われ1つの部屋にたどり着く状況がある。部屋にはよく見ると回転ノコギリの歯が木の壁に突き刺さっている。試しにグラビティーガンを向けるとノコギリが壁から抜け、グラビティーガンの前で回転する。目の前にゾンビが出現、プレーヤーはノコギリを発射してゾンビを切り裂く。 プレーヤーはこのステージの前にムービーシーンで物を吸い寄せ、発射するグラビティーガンの操作の基礎を学んでいる。そしてこのノコギリの部屋でそれが武器として応用可能なことを知る。さらにグラビティーガンは人間も吸い寄せ、打ち出せるようになり、車すら動かすことも可能になる。「グラビティーガンは面白くて強力な武器だ!」プレーヤーはそう確信し、色々な物を吸ってみたり、動かしてみたりするようになり、更に難関な仕掛けも解き明かせるようになっていく。 Stelly氏は「プレーヤーのこれらの行動は実はシステム側が誘導した結果である」と指摘する。しかし、何でもかんでも吸い込んで適当に打ち出してみるといった少しの自由度と、ストーリーの演出が、プレーヤー自身が多くの選択肢から選んだ結果のような感覚を与えてくれるという。 次にStelly氏はゲーム内の“リアリティ”に言及する。物理エンジンにより物が破壊されて飛び散ったり、崩れ落ちる演出は、アニメーションで描き起こすよりもリアルなものになる。ただし目に見えない部分も作っておく必要がある。このため、どういった部分を作り込むかに知識が必要になり、大学で統計学を学んだスタッフなども雇い入れたという。 Stelly氏達ゲームスタッフが試行錯誤を繰り返す内に「面白さ」を優先していくことに方向性を定めた。より直感的にゲームのインプットと反応を、面白さをキーワードに物理エンジンそのままの反応ではなく、アレンジした演出を行なっていく。「Half-Life2」はシミュレーターではない、物理エンジンにこだわりすぎるのは望ましくない場合もある。 計算にこだわりすぎると「スーパーマン問題」という奇妙なことも起きてしまった。グラビティーガンで空き缶を持ち上げ、向きを変えた時にその缶が車にぶつかったとする。プレーヤーのレスポンスに答えるためにキャラクタはかなり高速で向きを変えることができるため、グラビティーガンの先に浮かんでいる空き缶はその速度によりとてつもないエネルギーを持ち、結果として空き缶にぶつかった車が空高く吹っ飛んでいってしまうのだ。 これではとてもゲームにならない。そこで速度によるエネルギーは無視をして、どんな速度で空き缶が車にぶつかっても、軽い金属音と共に缶がとばされるようにした。“リアルでない方がリアリティーを生み出す”場合もあるのである。 「統合された物理学でも解決できない技術的問題は多い、しかしデザインに方向性を持たせることでいくつかの問題は解決可能だ。技術への投資を怠らないで欲しい。常に「それはゲームプレイに望ましいかを考えてゲームを作っていかなくてはいけない。戦いは面白くなくては!」Stelly氏はこう結論した。 「Half-Life2」にはステージごとに様々なテーマがあり、プレーヤーはステージが進むごとに色々な体験をすることになる。筆者自身はその多彩さが少し統一感に欠ける感想も持ったのだが、今回の講演を聴いて納得した。明確なゲーム性を持った小さなゲームの集合体という側面と、物理エンジンを強調するための大げさな演出は本作の大きな特徴である。それが「Half-Life2」の魅力につながっているのは、間違いなくStelly氏達が心がけている“面白さ”への指向性によるものだろう。 物理エンジンの他、「Half-Life2」は様々な技術によってリアルの追及を行なっている。それは“より良いエンターテイメント”の実現のためのアプローチの1つだ。常に面白さを追求する氏の結論には強く共感する物があった。
□Game Developers Conference(英語)のホームページ (2006年3月25日) [Reported by 勝田哲也]
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