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会場:San Jose Marriot, Ballroom Salon 1
本稿では、ゲームの目的をユーザーに強要することの弊害と、ゲームの目的を取り払うことによるユーザビリティの向上の重要性を訴えたゲーム理論家Jesper Juul氏のキーノートセッション「ゲームの可能性の拡張」と、Darius Kazemi氏によるゲームを用いた認知症やアルツハイマー症の予防や治療に対する研究のセッション「デジタルゲームを用いた認知療法」、犯罪や事故における“心の傷”として知られるようになったPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療方法として、ビデオゲームを用いた長期暴露療法の効果を紹介したAri Hollander氏、Skip Rizzo両氏による「ゲーム環境とPTSD」、これらの3本のセッションを取り上げたい。
■ ゲームの目的を取り去った「新しいゲーム」の成功
本セッションでは、「Sims 2」や「Grand Theft Auto: San Andreas」を例に引き、最近のヒット作に見るゲームの目的が薄い、あるいはないタイトルに注目し、ユーザーがユーザー自身でゲームを組み立てることができるゲーム性を評価した。その一方で、ゲームの目的に強く追従を要求される例として、'81年にKONAMIからアーケードゲームとして発売された「スクランブル」を挙げた。 この中でJuul氏は、明確なゴールを設定したゲームが、そのゴール設定のためにユーザーの参加を妨げ、ユーザーのプレイアビリティを低くしていると説明。「スクランブル」を実際にプレイしながら、ゴールを目指すだけでなく、その間燃料タンクを撃たなければいけないし、さらには差し迫った困難を次々に解決していかなければいけないといった特徴を話した。常にゲーム中のユーザーを試し続けお金をいれ続けなければならないというアーケードゲームの特性を踏まえつつも、そうではない家庭用ゲームから新しいスタイルへ変化していると説明した。 次に、新しいスタイルのゲームとしてゴールのないゲーム、或いは目的の薄いゲームという話題を展開。「Sims 2」、「Grand Theft Auto: San Andres」を紹介し、プレーヤーが自由気ままに行動でき、プレーヤーの日常をそのまま持ち込めるものとした。 まとめとしてJuul氏は、ゴールのない、表現豊かで楽しいゲームの作り方として、アクションやオブジェクトの組み合わせの幅が広いこと、特定のソリューションよりもより一般的なシステムが望ましいこと、スタントやコンボ、ペットや衣装といったユーザーが普段の生活の中で、こうしてみたいと感じることが幅広く実現できることなどを挙げた。一方、ルービックキューブやコンウェイの「ゲームオブライフ」のようなゴールがないゲームは、たとえゴールはなくてもゲームに対して思考する部位が少ないので、つまらないものになるとした。
楽しいゲームの条件は「あなた次第」とまとめたJuul氏の言葉が、ユーザーひとりひとりに楽しさを押し付けることなく、ユーザーがおのずから楽しめる環境の重要性を示したセッションであった。
■ バーチャル暴露療法を紹介。「ゲーム環境とPTSD克服」
Skip Rizzo氏はまず、PTSD(心的)とその主な特徴を説明。自己嫌悪や怒り、孤独感といった独特の症状を説明し、退役軍人やテロ、事故や災害などで心に傷を負った人々がいかに苦しんでいるかを踏まえ、その対応が進んでいないことに言及。ゲームを用いたバーチャル暴露療法の有用性をアピールした。 Rizzo氏は、バーチャル暴露療法の定義として、長期にわたり繰り返し恐怖刺激を与え、習慣化して消化していくものと説明。半年以上PTSDにかかっている患者に30日間バーチャル暴露療法を施術した結果を提示した。施術なしでは70%強、セラピストのサポートがあった場合でも60%強の人が治癒しなかったにもかかわらず、バーチャル暴露療法を加えた場合ではその割合がおよそ20%台にまで改善したという。患者が経験した緊張状態を、ゲームの中でバーチャルに追体験させることによって、PTSD症状が改善すると説明した。 さらにイラク戦争におけるPTSD患者に対するタイトルとして、Xboxの「Full Spectrum Warrior」を挙げた。120度の視野を持つゴーグルをかけ、ゲームをプレイする米兵をスライドで紹介した。入力デバイスはコントローラーだが、写真のようなゴーグルや臨場感をさらに高めるための硝煙や土ぼこりのにおいを発生させる装置も開発されており、ゲームとしては捉えきれない医療器具ともいえるものになりつつある。写真中の米兵がかけている120度の広角ゴーグルも900ドル程度のもので、一般的な治療器具に比べて安価に購入できる。コストが高くなりがちな医療分野では魅力的だ。
本講演では、米軍の空挺部隊の制服に身を包んだ参加者も見守るなど、各地に軍隊を派遣したり、大型台風の被害など過酷な精神的ストレスが問題にされている米国ならではのセッションだった。もはや戦争といえばゲームの中の話になりつつある日本人にとっては、同じPTSDといっても原因や事情は大きく変わる。そうした意味でも大変興味深いセッションであった。
■ Darius Kazemi氏「デジタルゲームプレイによる認知療法」
Kazemi氏はまず、Nintendo of AmericaのReggie Fils-Aime氏の「老若に関わらず、すべての人はすっきりとした精神状態を望む。私たちの『脳力トレーナー』シリーズは言葉と数字のパズルによる頭のトレーニングマシンである」という言葉を紹介。「脳力トレーナー」や「数独」、「やわらかあたま塾」、「インテリジェントライセンス」といったタイトルを挙げ、日本の6,000万ドルというエデュケイショナルゲームの市場規模から、米国では1億ドル程度は市場規模が見込めるとした。 次にKazami氏は、アルツハイマー病の予防と治療という2つの側面から、それぞれの具体例を示した。まず2001年5月全米科学アカデミー会報から、読書やジグソーパズル、チェスを趣味にもつ成人とそうでない人とでは、アルツハイマーの発症率が2.5倍違うといった研究を引いた。一方治療という点で、2005年アメリカ医師会の記事で3,000人の老人を、記憶トレーニング、推理トレーニング、スピードトレーニング、トレーニングなしの4グループに分け、2年間のフォローアップで脳の認知機能に明確な差が出たことを話した。
こうした中で、年をとって認知力が健康でいられる一般的な三要素として、メンタルアクティビティ、フィジカルアクティビティ、ソーシャルアクティビティをあげ、対応するゲームタイトルとして「セカンドライフ」、「Eye Toy: AntiGrav」等を挙げた。また当セッションでは質疑応答の時間が長く取られ、Serious Game InitiativeのBen Sawyer氏も飛び入りで議論に積極的に参加していた。ビデオゲームという処方箋が口に優しい「良薬」となるか期待したい。
□Game Developers Conference(英語)のホームページ http://www.gdconf.com/ □Game Developers Conference(日本語)のホームページ http://japan.gdconf.com/ (2006年3月23日) [Reported by 三浦尋一]
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