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東京・オートデスク日本法人オフィス
「3ds Max」、「Maya」、「Softimage|XSI」はいずれも、ゲーム業界では広く使われている3Dモデリングツールであり、現代的なゲーム開発における、コンテンツ制作の基礎となる重要なソフトウェアだ。それだけに、Softimageの買収によりほぼライバル不在となったAutodeskの動向は、ゲーム業界全体の関心事であると言える。 そこで今回、Autodeskにてゲーム産業部門のシニアマネージャーを務めるメアリー・ベス・ハゲティ氏(Mary Beth Haggerty)の来日に合わせ、Autodeskの日本法人であるオートデスク株式会社のオフィスを訪問し、インタビューを行なった。Autodeskのゲーム関連事業をリードするハゲティ氏が何を考え、どこに向かおうとしているのか。その内容をお届けしたい。
■ ゲーム業界の現状をポジティブ志向で捉えるAutodesk
メアリー・ベス・ハゲティ氏: メアリー・ベス・ハゲティと言います。Autodeskのゲーム部門のシニアマネージャーをしております。今回は弊社の現状と、ゲーム業界のトレンド、そして将来の展望をお話したいと思います。 ──── Autodeskは現在、どのような事業を展開しているのでしょうか。 ハゲティ氏: Autodeskは、ビデオゲームはもちろんのこと、製造、建築、映画、テレビなどのエンターテイメント分野など様々な業界に、2D、3Dのビジュアライゼーションソフトウェアを提供している企業です。いまではこの分野において世界的なリーディングカンパニーとなっています。 Autodeskが目指すのは、お客様が持っているアイディアを現実に作り込む前に、それをビジュアル化し、構想を事前に疑似体験すること。それをお手伝いすることに究極の目標があります。そして現在では106カ国、900万人のユーザーを獲得しており、18の言語に対応した製品を提供しています。 また私達は教育にも特に力を入れており、世界に1,400以上のAutodeskトレーニングセンターを展開すると同時に、弊社のソフトウェアは世界で50,000以上の教育機関で利用されています。 ──── Autodeskの製品である3ds Max、Maya、Softimage|XSIとも、業界で高い評価を受けていますね。 ハゲティ氏: はい。高く評価していただけていると思います。弊社の製品であるMayaとFlameはアカデミー賞科学・技術部門賞を受賞しておりますし、Mayaと3ds Maxはエミー賞や、Game Developer誌のフロントライン賞受賞者の殿堂入りを果たしました。デジタルエンターテイメント制作の現場でユーザーの皆さんのお役に立てた結果だと思います。
ハゲティ氏: はじめは映画業界におりまして、コンピュータサイエンスとサイエンスビジュアライゼーションの学位を取った後、ルーカスフィルムと関係の深いインダストリアル・ライト&マジック(ILM)に入社しました。そこで「Twister」をはじめ、様々な映画作品に関わりました。 ILMでは最終的にスーパーバイザーとして映画監督と映像制作者の橋渡しをするようになりました。ですが当時、ビデオゲームの業界に魅力を感じまして、「これだ!」と思い、Electronic Artsに入社しました。そこでまずMaxis部門に入り、「Sims」シリーズの仕事をしてきました。 最初はアート技術のリーダーシップという仕事だったのですが、やがてチームとビジネスのディレクションという仕事に移っていきました。そして現在、Autodeskに移りゲーム部門のマネジメントを担当しております。そこで今回は、弊社とゲーム業界の関係についてお話をさせていただけたらと思います。 ──── なるほど。映画、ゲーム業界の両方で活躍されたんですね。ではAutodeskでは、ゲーム業界の現状をどのように捉えているのでしょうか。 ハゲティ氏: ゲーム業界は急激な成長を遂げていると思います。2006年から2007年までだけでも、売り上げベースで43%という伸びを記録しており、世界経済がこのような不況下にあるにも関わらず、2007年から2008年にかけても20%から25%の成長を記録するだろうと言われています。 また、英国の調査会社バーディクト・リサーチによりますと、ビデオゲームの市場規模は音楽やビデオ業界を越えたという数字も出ています。ゲーム、ソフトの売り上げはここ5年間で104%の伸びを示してきましたが、今後ともこの成長は継続できると思っています。特にアジア地域の成長が著しいと感じています。 ──── アジアの成長が大きいということですが、最も伸びている地域はどこでしょうか?日本は、現在のところ、わりと落ち込んでいる部分もあるかと思いますが。 ハゲティ氏: 市場調査のレポートを見る限りでは、最も大きな成長を示しているのは中国ということになります。まだ新しい市場ではありますけれども、急激に大きな市場になりつつあります。 ──── なるほど。 ハゲティ氏: こういったゲーム業界の成長により、やはり、それに伴う変化もありました。ひとつは、マーケットが広がり、新しいユーザー、新しいゲームの領域というものが台頭してきたことです。そして同時に、ハードウェアの進化、オンライン化といった技術的な変化が起こりました。 その影響からゲームビジネスも変化しつつあります。最も大きな問題は、制作費の高騰でしょう。また、ゲーム開発者に聞きますと、開発費の高騰に対応して新たなビジネスモデルへの変化も起こりつつあるようです。例えば登録ベースの課金モデル、アイテム課金、ダウンロードコンテンツなどが主流の一角を担いつつあります。 ──── 開発費の高騰という事ですが、具体的にはどの程度の変化があったのでしょうか。 ハゲティ氏: ここに、2003年度と2008年度のそれぞれにおいて、最も制作費を費やしたゲームのデータがあります。まず、2003年度のゲームは「Enter the Matrix」で、制作費に2,000万ドルを要し、開発チームは約70名でした。またこのゲームは、発売初週におよそ5,000万ドルの売り上げを達成しております。 そして2008年度のゲームは「GRAND THEFT AUTO IV(GTA IV)」です。制作費は1億ドルと、2003年のゲームの5倍にふくれあがっています。制作スタッフは約180名、その他1,000名以上が制作に関与したと言われています。そして、「GTA IV」は発売初週におよそ5億ドルの売り上げを達成しました。 制作費、そして開発人員がこの5年で大幅に増加したことは揺るぎのない事実です。ですが、良い点として売り上げも大きく向上しました。これには、ゲームプレーヤー、つまり購買層の変化も無視できません。 ──── それは、ユーザーの年齢層の変化ということでしょうか。 ハゲティ氏: そうです。通常、我々が典型的なゲームユーザーの想像するとき、13歳から24歳の若者を思い浮かべます。ですが、実際にゲーマーと呼ばれる人々の年齢層を見てみると、その年齢層は半分にしか過ぎないという現状になっています。 ──── その原因は何であると分析していますか? ハゲティ氏: これはつまり、今までコアゲーマーと呼ばれていた人々が減ったのではなく、逆に、世界中どこを見ても、様々な年齢層の人々が新たにゲームを楽しむようになった、ということの現われではないかと思います。実際に、ゲームジャンル毎のシェア変化を見てみますと、アクションやスポーツ、レーシングなどがシェアを5~11%程度減らす一方で、ファミリー向けのジャンルが141%も増えています。 ──── 任天堂のWii向けタイトルやオンラインゲームなど、新たなゲームジャンルの確立が業界の成長を促した、と考えて良いでしょうか。 ハゲティ氏: はい。しかし、ここ数カ月の経済動向から、あらゆる業界が苦戦を強いられていますので、それを無視することはできません。ゲーム業界、特に任天堂、ソニー、Microsoftといったプラットフォーマーにも不況の影響が現われているのは事実です。 ですが、ゲーム業界全体の急速な成長は止まっていません。試みに2008年11月のゲーム業界における小売り高を見てみますと、驚くべきこことに、不況下にありながら前年度比にして11%の伸びを見せています。これは現在のゲーム業界を評価する上で非常に良い材料と言えると思います。
■Softimageの買収から、より本格的なゲーム産業への投資へ
ハゲティ氏: 将来についてひとつ言えるのは、まずビジネス面においては、大手のメディア企業が自社のポートフォリオの拡大を目指して、ゲーム開発企業を買収する動きが加速するのではないかということです。 ──── 2007年末に起きたActivisionとBlizzardの合併劇には、Blizzardを傘下に持つフランスのメディア企業のVivendiが絡んでいましたが、今後も同様の、もしくはより一方的な買収や合併が行なわれるということでしょうか。 ハゲティ氏: ここで具体的に述べることはできませんが、将来的にはそういった動きが活発になると予想しています。 また今後、独自の市場で新しいIPが生まれる事が多くなっていくと思います。例えばUbiSoftの「Tom Clancy's END WAR」というのは非常に高い評価を得た新規タイトルですが、開発は上海のデベロッパーが行なっております。 ──── 世界的な経済状況の推移がゲーム業界の構造にも影響を及ぼしているということでしょうか。 そうだと思います。またそれに関連して、業界全体の動向としては、不況に対応して財政の引き締めが進んでいますが、私はこれが却ってポジティブに働くと思います。つまり、その引き締めがあるからこそ、ゲーム会社が開発タイトルを厳選することとなり、1984年のアタリショックのような過飽和という状況を避けることができるのではないかと考えています。 その中でゲームの中身がどうなっていくか、ということに着目すると、まず、ゲームキャラクタがもっと真実味と存在感のあるものになっていくと思います。それは単にリアルになるということではなく、例えカートゥーンスタイルの非現実的なキャラクタであっても、その動きや、ゲーム世界との濃密なインタラクションが可能になり、さらに見応えのある存在になっていくということです。 そして先ほどお話ししたように、ゲーム業界はこれからも成長を続けていくと思います。ですからこそ、Autodeskではゲーム業界に対して積極的な投資を行なっているのです。 ──── そのゲーム業界への投資とは、具体的にはどんなことを行なっているのでしょうか? ご存じの通り、Autodeskではゲーム業界で必要とされる主要なコンテンツ制作ツールを開発・販売しています。3ds Max、Maya、そしてXSIです。他にも周辺ツールとして、高詳細3Dモデリングツールの「Mudbox」、アニメーションツールの「MotionBuilder」、フェイシャルアニメーション特化型のシステム「Face Robot」など、様々な製品をご提供しています。 さらに私達はゲーム開発技術への研究を続けており、ゲーム制作のための新たなアートツールや、ミドルウェアとして提供を始めております。その最初の2つの製品は、「Kynapse」と「HumanIK」です。 ──── Autodeskといえばツールの企業というイメージがありますので、よりゲームの中身に近いミドルウェアを提供するというのは意外な感じです。その「Kynapse」と「HumanIK」というのはどういった製品なのでしょうか?
もうひとつのKynapseは、パスファインディング(経路探索)のためのAI(人工知能)ソリューションで、ゲーム環境の中に沢山の移動経路があるときに有効な技術です。主にゲーム中の大量のNPCを制御するために使われるもので、最大の特徴は、キャラクタが自分で周囲の環境を判断して行動することが可能ということです。 例えば、キャラクタの現在地点と目的地が決まっているとき、その途中でゲームの環境が変わってしまっても、キャラクタは変化に賢く対応して移動を続けることができます。また、例えばシューティングゲームでは、地形の戦術的な評価を随時行なって、危険から身をかわすために障害物を利用するといったこともKynapseによって可能になります。 ──── それぞれのミドルウェアはどのようなゲームで利用されているのでしょうか? ハゲティ氏: HumanIKは「アサシンズ・クリード」などのタイトルで利用されています。また、Kynapseはアイスランドのゲーム企業CCP Games(代表作は『EVE Online』)の未リリースの新作で使われているほか、Midwayから3月に欧米で発売される予定のカーアクションゲーム「Wheelman」で活用されています。 ──── なるほど。グラフィックスツールとは違い、ゲーム内の制御を行なうという意味で、これまでのAutodeskの製品とは趣きが異なりますね。そのような方向に進もうとするのは何故でしょうか。 ハゲティ氏: このようなゲーム技術に多くの労力を投資することには理由があります。世界中のゲーム開発者と話をするたびに、ゲーム制作にかかるコストの増大というものが話題になるのです。そこで私達は、多くのゲームで必ず開発しなければならない技術を提供し、そのコストを削減することに貢献したいと考えています。またそのことで、ゲーム開発チームが本来のゲーム要素の制作に力を注ぎ、よりユニークで面白いゲームが制作可能になっていくのだと思います。 私達は昨年の11月にSoftimageを買収しました。それによりAutodeskが目指す製品ポートフォリオの拡大を発展させることができたと考えています。特にフェイシャルアニメーションに特化したツール・システムであるFace Robot、コミュニティ開発者が利用できるXSI Mod Toolといったゲーム関連製品を提供できるようになったというのは大きな変化です。 それと同時に、Softimageの優秀なエンジニア達が、いまやAutodeskのオフィスで共に働く仲間となりました。こういった人々がゲーム技術の分野で研究開発を開始しております。 もちろん、私達の製品ラインナップのうち、3ds Max、Maya、XSI、Mudbox、MotionBuilderといった主要ツールは、これまでも、これからも重要なものです。そしてさらに、そこに各種のミドルウェア製品を加えることによって、ゲーム技術に対する多くの投資が功を奏してくると思っています。 ──── 世界中に大勢のユーザーを抱えていたSoftimageの買収は大きなニュースだと思います。日本にも沢山のXSIユーザーがいますので、Autodeskが今後、旧Softimage製品をどのように扱っていくのか気になるところです。 ハゲティ氏: 私達は今後とも、継続的にSoftimage XSIの研究開発を続けていきます。また同様に、3ds Max、Mayaに対しても変わらぬ投資を続けていく考えです。またFace Robotなど、周辺ツールについても同様です。 ──── ちなみに、旧Softimageの開発オフィスと、Autodeskの開発オフィスは同じカナダにあったと思いますが、買収にともなってどのような環境の変化がありましたか? ハゲティ氏: ご指摘の通り、SoftimageとAutodeskのオフィスは同じカナダのモントリオールにあって、しかも嬉しいことにお互いに1マイルほどしか離れていませんでした。ですので、Softimageのエンジニア達は引っ越しすることなく、Autodeskのオフィスで仕事をしています。 ちなみに日本でも同じような感じだそうで、旧Softimageのスタッフは現在、Autodeskのオフィスで一緒に仕事をしています。
■より良い製品を開発するためのお手伝いを世界規模で展開していきたい
ハゲティ氏: すべての分野、すべてのプラットフォームにおいてグラフィックステクノロジーは進歩していくんだろうと思います。また、ご存じの通りAutodeskの製品は映画制作などハイエンドな市場で使われてきましたし、あらゆる進歩に対応してきました。 そして、私達はより存在感のあるキャラクタ、自然な動き、環境とのインタラクションについて積極的な研究を行なっています。ですから、ゲームにおけるどのような進歩にも万全に対応できるという自信を持っています。 ──── 先ほどのお話で、ゲーム開発に投じられる開発費や人員数は、2003年から2008年までの間に倍増しました。この傾向はこれからも続いていくと思いますか? ハゲティ氏: 全てのゲームがというわけではありませんが、ゲーム開発の規模はこれからも巨大化していくと思います。「GTA IV」よりも人数が必要でお金がかかるゲームというのも現われるはずです。 ですが同時に、より少ない人数で作られる小規模なゲームも、今後多く現われることになるでしょう。小さくても本当に楽しいゲームというのは可能なのです。ですから単純に大規模化してくだけでなく、その幅が広がっていくというのがより正確な表現なんだと思います。 ──── 小規模開発といえば、マイクロソフトがXbox 360とWindowsで推進しているXNA Game Studioの存在があります。そしてAutodeskでは現在、Softimageを買収したことにより、XNAで使える無料の3DツールXSI Mod Toolを提供していますが、今後、XNAのような小規模開発をより支援していくプランはありますか? ハゲティ氏: 現在私達がコミュニティ開発者のために用意している最新製品のひとつとして、XSI Mod Tool Proがあります。これは昨年12月にリリースしたもので、無料のXSI Mod Toolを使ってきたユーザーがより本格的な開発を行なうためのツールです。 利用のためにはXNA Creators Clubの有料会員になる必要があるのですが、小規模な開発者であっても、大きな金額を払うことなく、Xbox LIVE ARCADE向けの製品を開発することができます。このようなものをはじめ、今後とも引き続き、XNAと連動する形で事業を進めていきたいと考えています。 ──── ハゲティさんは大勢のゲーム開発者さんたちとコミュニケーションを取っているのだと思いますが、日本の開発者がツールに求めるものと、海外の開発者が求めるものとで、何か違いはありますか? ハゲティ氏: 世界中のゲーム開発者と会ってお話をしていますが、日本とそれ以外の地域で大きな意見の違いを感じることはありません。 そういった方々と会って気付くことは、より良く、より簡単に、より効率よくゲームを作りたいという、共通した欲求があるということです。私達は、そうした方々がより良い製品を開発するためのお手伝いを世界規模で展開していきたいと考えています。 ──── 本日はインタビューにお答えいただきありがとうございました。 ハゲティ氏: どういたしまして。ありがとうございました。
(2009年2月4日) [Reported by 佐藤カフジ]
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