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会場:秋田大学教育文化学部 手形キャンパス
文部科学省では現在、大学教育改革の一環として、大学などが実施する教育改革の取り組みから、優れたものを支援している。この「優れた取り組み」は「Good Practice(GP)」と呼ばれており、秋田大学では平成18年度の「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」に「ゲーミング・シミュレーション型授業の構築 -社会的実践力を培う体験的学習プロジェクト-」が採択されている。平成20年度は本プロジェクトの最終年度にあたり、本イベントも、これまでの研究成果もふまえて実施された。 「ゲーミング・シミュレーション」とは耳慣れない言葉だが、シミュレーションやロールプレイングゲームなどの体験的な活動を通して、対象の理解や問題の解決を図る方法論のことだ。いわゆる「テレビゲーム」よりも幅広く、ボードゲームや、役割演技(ロールプレイ)なども手法の1つとなる。そして「ゲーミング・シミュレーション型授業」とは、これらを用いて、教室で実践可能な体験学習を取り入れ、教員と学生の相互作用のもと、授業改善を図る試みのことだ。秋田大でも特色GPにもとづき、2009年5月より始まる裁判員制度の模擬体験授業を法曹界の協力で開発した。授業は「ネット裁判員模擬裁判」としてオンライン化もされ、WEBでIDを申請すれば無料で体験できる。
その一方で、WiiやニンテンドーDSの例を挙げるまでもなく、現在市場にはさまざまな健康・知育ゲームが販売されており、中には実際に公立校の授業で用いられるケースもある。秋田大教育文化学部の教授で特色GP委員長の井門正美氏は冒頭、「これらのゲームを教育分野でも活用していったら、より学習や教育面で効果があるのではないか。これを実践しながら研究してきた」と趣旨を説明した。その上でテレビゲームの教育や学習への活用について、紹介したり、議論していきたいと抱負を述べた。
■ 約50種類のゲームがそろえられた体験セッション
第1部の体験セッションでは、「体感系デジタルゲーム」、「ポータブル系デジタルゲーム」、「ボードゲーム(アナログ)」の3会場にわかれて、約50種類のゲームが実演展示された。これらのタイトルは、これまで研究室を中心に研究者・学生らが分担してゲームをプレイし、レポートにまとめるというスタイルで研究が行なわれてきたものだ(このほか本年度では後期に週1コマの講義も行なわれてきた)。会場では参加者が実際にプレイしながら、担当学生の説明なども受けつつ、さまざまなソフトをプレイする姿が見られた。
■ 体験セッションでプレイできた主なゲーム
以上のように、WiiとDSを中心に健康・知育系ゲームが数多く集められたという印象だ。ゲームの選定基準については、大まかに語学系、数学系、社会系、音楽系などのジャンルを分け、外部アドバイザリーボードなどの推薦も得ながら、委員会で決定していったという。会場で展示されたものを含めて、実際には約100種類にも上るそうだ。ただし「信長の野望」や「桃太郎電鉄」などの、いわば「定番」タイトルについては、すでに多くの研究成果もあり、今回はあえて除外したという。
■ ゲームのレビューが発表されたポスターセッション 第2部のポスターセッションでは、学生・院生・教員によるゲーム研究・実践報告が行なわれた。体験セッションで展示されたタイトルの中から、ゲームの特徴や、実際の学習や授業への応用例などがポスター展示され、あわせて批評レポートも配布された。 一例を挙げると、村上龍氏のベストセラー「13歳のハローワーク」が原作で、DSで職業体験が楽しめることが謳い文句の「13歳のハローワークDS」では、「『職場体験』として授業に取り入れることはなかなか難しいと思う。(中略)あくまでゲームの部分が強いためにどうしても体験としては薄くなってしまっている。(中略)1つ1つの職業に対しての興味・関心を持ってもらうためなら、取り入れることができるかもしれない」と、全体的に厳しめながらも、建設的なレビューが展開された。
また「もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング」では、「トレーニングの数は豊富だが、自分の得意分野に集中してしまうことがあるかもしれない。(中略)トレーニングを満遍なく行なえるようにする工夫が必要だと考えた」とある。通常のゲームレビューとは異なり、あくまで「教育利用」という立場から、数十種類もの知育ゲームがまとめてレビューされている点が興味深く感じられた。
■ 産学で議論されたシンポジウム
森氏はPSP「ディシディア・ファイナルファンタジー」のプログラマーとして商用ゲームタイトルにかかわり、石川氏はWindows用地震対策啓発ソフト「D-Moment ~巨大地震編~」のプロデューサーとしてシリアスゲームを開発している。一方で白井氏はビジネスゲーム開発のための簡易言語「YBG(Yokohama Business Game)」を開発し、自らも授業の一環として学生に企業経営の模擬体験ゲームを行なわせながら、国内外での普及に努めている。川上氏は理科教育のためのデジタルゲーム「Science Rooms」を開発した。武内氏は音楽ゲームを利用して、音楽学の授業に役立てている。このように、企業側・学術側のゲーム開発者と、その利用者というユニークな構成で議論が行なわれた。
はじめに森氏は、「ゲーム開発には短くて1年、長ければ3年から4年かかるが、開発過程のゲームは、びっくりするほどつまらない。大勢の人間で試行錯誤しながら、徐々に面白さを煮詰めていくことで、ある段階から飛躍的に面白くなる。決して最初から完成像が見えているわけではなく、生み出していくもの。教育でも教え方などは同じではないか。ゲームと教育もうまく融合していければ面白い」とコメント。これを受けて石川氏は「多くの知育ゲームでは『勉強パート』と『遊びパート』が分かれているが、それでは学ぶこと自体が苦しみになる」と危惧を述べ、一過性のブームに終わらせない取り組みが必要だと述べた。続けて「『脳トレ』は学習パートがまったくないし、1年遊び続けても面白い。ああいった作り方を、もっと取り入れていく必要がある」とも語った。 これに対して白井氏は教育者としての立場から、「経営学の授業は日常生活と乖離していることが多く、学生が勉強して自分のレベルを高めないと、モチベーションが保ちにくい」と解説した。これがビジネスゲームでは会社経営などを疑似体験しながら学ぶので面白いし、自分で学ぶ動機づけにもなるというわけだ。ただし商用ゲームでは授業内容にあわせた調整がしづらいので、YBGのようなビジネスゲーム開発のための簡易言語を開発したと続けた。また川上氏は「塾や予備校の講師時代、黒板に描いた絵が生徒に伝わりにくく、行き詰まりを感じたのが、ゲームのようなデジタル教材の開発を始めたきっかけ」と明かした。さらに会場の学生に対しても「おそらく教員になって、教材を開発する段になると、アナログの限界を感じるのではないか」と語った。 また武内氏は「音楽ゲームを遊ぶことで、音楽とは何か、楽器とは何かを考えさせることが目的」と授業内容を紹介し、自分が学生の時は難解な本を読んで考えたことが、楽しみながら考えられる点がゲームのメリットだと述べた。その上でゲーム自体に学習効果を求めるのではなく、学生の思考を触発させるような、触媒としてのシリアスゲームの用い方も考えられる、と使用者の立場から語った。 このほか知育ゲームのあり方については、森氏から「DSが『先生』となり、決められたルートをユーザーが辿っていくようなものでは、『非ゲーム』になってしまう」と発言された。多くのゲームの共通点として、プレーヤーがゲームプレイを通してゲーム内知識を蓄えていく過程で、ある知識モデルがプレーヤーごとにできあがっていく。それを応用して、新しい知識や方法論を生み出せる段階になって、知的な「おもしろさ」が生じてくる。そのためには現実を抽象化して、プレーヤーをうまくコントロールするのが重要だと、ゲームデザインの立場からシリアスゲームを語った。これに対して白井氏も「ビジネスゲームの場合も、達成感が得られるように、わざと誇張して作っている部分がある」と同調し、「現実の企業では個々の社員の意志決定が現実に反映されにくく、これだと教育効果は全くない。開発にはシンプルイズベターが重要だ」と語った。
またデジタルならではのメリットとして、井門氏はアナログよりも即応性が高く、複雑な計算も瞬時に行なってくれる点や、観光ソフトなどで疑似体験が可能な点を挙げた。白井氏は学習者の軌跡が記録でき、後から分析できる点を上げたが、その一方で自主開発する上ではビジュアルや演出面の作り込みが大変で、地味になりがちな点をデメリットとして上げた。これについては会場からも質問が上げられたが、森氏は「商用ゲーム開発でも、最も人的リソースを割いている箇所で、魔法はない」として、デジタルカメラで写真を撮影したり、既存の素材集を使うなどして、作業の簡略化を勧めた。このほか武内氏は、音楽は特殊なのでアナログだと難しい面が多々あること、川上氏も理科や物理の実験を実際に行なうのは大変だが、仮想実験なら簡単にできるメリットを上げた。
このほか会場から「ゲームではすぐに答えが出てしまうので、原理原則を考えなくなるのでは?」という質問が上げられた。これに対して川上氏は、「ゲームだけでは限界があるので、適切な講義・考察との組み合わせが必要だ」と回答。一方で石川氏は「知識系のゲームと、原理を学ぶゲームでは構造が違うので、それに合ったゲーム開発が重要だ」と答えた。またコンテンツ自体はつまらなくても、そこにゲーム的なノウハウを注入することで、モチベーションを保たせる工夫もできるとして、ゲームを用いた教育・教材の可能性について示唆した。さらに知育ゲームを評価するフレームワークを大学側で作成し、産学で協業することへの期待を寄せた。 最後に井門氏は法曹三者との連携で開発した「裁判員制度の模擬裁判」を例に、「プロでも実際に実施されてみなければ、どのような問題が発生するかわからない。だからバーチャル世界で実施してみることは重要だ」と説明し、ゲーミング・シミュレーション手法や、それを取り入れた授業作りの必然性を強調した。アナログかデジタルか、リアルかバーチャルか、はたまたテレビゲームか否かといった問題は、対象を効率的に理解するための手段にすぎないというわけだ。当然「面白さ」と「学習」も、対立的な概念ではない。その上で教材や学習材などを開発する際は、「自分たちが面白いと思えるまで追求して、それを生徒や学生にぶつける必要がある」とまとめた。 今回のイベントのポイントは、ポスターセッションで紹介された知育ゲームのレビュー群だ。確かに「脳トレ」以降、国内で健康・知育ゲームがブレイクしたが、内容は玉石混合で、開発側も教育者ではなく一般ユーザーに販売していることもあって、その学習効果は一部の例をのぞき、ほとんど検証されていない。しかも2008年に入って、その「脳トレバブル」も崩壊した感があり、売り上げも減少傾向にある。 その一方でニンテンドーDSiのDSiウェアを筆頭に、カジュアルゲームのダウンロード販売が今後増加する可能性もあり、健康・知育ゲーム分野の再活性化も期待されている。ただし残念ながら、レビュー群もまた玉石混合で、印象批評の枠に留まっていた。石川氏がシンポジウムで語ったように、評価のフレームワークを教育者の視点で研究し、構築することを通して、健康・知育ゲームを底上げしていくことが望まれる。そのためには産学官の連携が、より必要になるだろう。
なお本プロジェクトは今年度で終了するが、ゲーミング・シミュレーション型授業の構築については継続して研究実践していくという。今後の取り組みに期待したい。
(2008年12月24日) [Reported by 小野憲史]
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