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会場:Moscone Convention Center
GDCは伝統的にゲームデザイン系のセッションの人気が高い。革新的なゲームデザインは常に最大限に称揚されるべきだと考えられており、有名クリエイターのゲームデザイン系のセッションともなると会場は足の踏み場もないような混雑になる。The 8th Annual Game Developers Choice Awardsにおける最高の栄誉である「Game of the Year」も、ゲームデザインが優れているかどうか、イノベーティブかどうかが、もっとも重要視される傾向がある。 残念なことに日本勢は、GDC2006におけるGame Developers Choice Awardsの「ワンダと巨像」(SCEJ)のBest Gameを含む5部門受賞という前人未踏の快挙を最後に、アワード的にもセッション的にもゲームデザイン分野におけるプレゼンスが確実に低下しつつある。今年のGame Developers Choice Awardsでは、日本勢の受賞はついに「ゼルダの伝説 夢幻の砂時計」(BEST HANDHELD GAME)のみとなった。もちろん、Game Developers Choice Awardsだけが絶対的な評価の指標ではないが、グローバル展開が必須とされる時代に、目の肥えた海外最大の市場の開発者に支持されないのは残念なことだ。 そんな中、GDC最終日に行なわれた桜井氏の講演は、日本産ゲーム本来の強さを再び思い起こさせてくれる、日本人開発者にとって非常に勇気づけられる内容だった。キーワードは「ジャパンチューニング」。ディテールにこだわり抜く姿勢、その意義を、「大乱闘スマッシュブラザーズX」をモチーフに、自信と実績に裏打ちされた堂々とした態度で語ってくれた。
なお、セッションでは残念ながらスライドの撮影が禁止されていたため、テキストのみでお届けすることをあらかじめご了承いただきたい。 ■ キャラクタコンセプトは初期段階から明確に
桜井氏は、「星のカービィ」シリーズ、「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズのディレクターとしてその名を世界に轟かせているが、開発元のHAL研究所はすでに退社しており、現在は有限会社ソラに所属するフリーランスゲームデザイナーとしてフリーの立場からゲーム制作に携わっている。ソラが桜井氏個人が会社との契約をするための会社であり、従業員は2人しかないことが明かされると、場内からは驚きの声があがった。確かに転職が多い欧米においてもまだまだ珍しい立ち位置である。 続いて、桜井氏が「スマブラX」の開発がゲームアーツの「グランディアIII」の開発チームを母体に、総勢100名ほどのスタッフのほとんどがフリーの立場で開発に参加し、寄せ集めの開発部隊でゲームを完成させたことを告げると再び驚きの声があがった。フリーの開発部隊でミリオンヒットクラスの作品を作ったことに驚いているのか、任天堂が内部で作っていたと誤解していたのか、驚きの理由はよくわからない。 桜井氏が提示した講演のテーマはキャラクタデザイン。「スマブラX」は数多くの有名キャラクタが登場するゲームだが、初期の企画立案の際に登場キャラクタも決めてしまうと言う。「スマブラX」の企画が決定したのが2005年7月7日。つまり2年半前にはキャラクタが決定していたことになる。 キャラクタ選定について桜井氏は、「最初に決めていかないと入るものも入らなくなる。その代わり、多めに考えていって、随時カットしていく。ただし、全力で可能な限り詰め込んだつもり」と独自のポリシーを語った。ちなみに今回はソニックだけは例外で2007年に入ってから決まったという。 キャラクタ選定の基準については、キャラが立っていること、固有の技を持っていること、開発的に不可能ではないこと、シリーズ間でバランスを取ることの4点を挙げた。特に重要視しているのが、「そのキャラクタにしかできないことは何か」だという。「最初からコンセプトを明確にすることがゲーム全体を引き締めるポイントになる。ディレクターはこのキャラクタはこういう方向だということを形容できる必要がある」と、初期コンセプトデザインの明確化を強調した。桜井氏は具体例として「スマブラX」の新キャラであるアイク、メタナイト、ゼロスーツサムス、スネークの4人は、開発初期段階からキャラクタの方向性を言葉で明確化したという。
■ グラフィックスは、ゲーム間のキャラクタ感触の統一に注力。20年ぶりに蘇ったピットは全身オリジナルの解釈で復活
そこで「スマブラX」では、全登場キャラクタを、原作のクオリティに関わらず、一定の同じ水準まで引き上げることを選択する。その結果、全キャラクタに対して開発チームの独自の解釈が込められることになり、これが「スマブラX」独自の味となった。 桜井氏はマリオをサンプルに、「大乱闘スマッシュブラザーズ デラックス」との比較絵を見せてくれたが、デニムの描き込みが細かくなり、中間色の採用、新鋭を意識した色彩など、直接比較すると見違えるように変貌を遂げていた。ちなみにキャラクタ間での頭身の違いに関してはどうしようもないため、これに関しては「割り切るようにした」ということだ。 Wiiはニンテンドーゲームキューブと比べてグラフィックスパワーはそれほど進化していないが、この点については、開発者の腕を上げることで、細かい描き分けを可能にしたということだ。続いてキャプテン・オリマーも紹介されたが、ピクミンとの頭身を維持しつつ、彼の宇宙服が頭身に見合わないほどリアルに表現されているのがおもしろい。 任天堂のキャラクタの中で、もっとも劇的な進化を遂げたのが「パルテナの鏡」のピットだ。原作のイラストからの比較絵を見せられると会場からは笑いが起こった。「パルテナの鏡」は約20年もの間、新作が出ていないため、キャラクタのグラフィックスの更新が行なわれていない。この点では、ほぼ“同期”の「ゼルダの伝説」のリンクが、続編のリリースを繰り返し、徐々にリアルな3D表現へと進化していったのとは対照的だ。桜井氏は、「一足飛びに現代風のキャラクタにしたらどうなるかということをふまえながら楽しくデザインした」という。 上から順に見ていくと、まず、上半身には月桂樹、腕飾りといったアイテムを追加し、顔は漫画的に処理。やや緑がかった色のマフラーとインナーを追加して現代風にし、ベルトはシンプルにまとめている。手には手甲をはめ、手首には左右非対称のリングを通している。背中の翼はインナーを避けて肩胛骨から生え、弓を引くと、手首のリングが取れ、弓のサイトになる。発射した弓矢は自由にコントロールでき、弓自身も分離合体が可能で、分離させると順手逆手の二刀流になる、といった具合だ。足回りまで実にこだわっており、全身、満遍なくオリジナルの解釈がなされている。 このオリジナルの解釈について桜井氏は、「最終的にキャラクタが立つということが大事。最終的に良いものになれば、原作者もユーザーも認めてくれる。原作に捕らわれすぎず、離れすぎず、バランスを取りながら制作していくことが大事」とまとめた。
■ モーションの美学について。モーションキャプチャは使わずアクションフィギュアで制作を指示
まず、「スマブラX」には無数の技が登場するが、桜井氏は、技を頭の中で考えるという。その上で、これでゲームが成立するという確固たる自信を持ち、これが揺るがさないことが重要になるという。さらに「考えることは非常に簡単なので、アイデア出しのコツはない」と言い切り、「非常に簡単に考えられるということを前提に話を進めていきたい」と難しいことをサラッと流した。このあたりが桜井氏の桜井氏らしいところか。 「スマブラX」の格闘アクションは、大きくわけて4つのモーションに分類できる。待機、構え、攻撃、フォロースルーだ。待機は、すべての原点であり、すべての起点となる動作。構えは、攻撃前の振りかぶり。技の入力受け付けが終了したことを意味し、相手に回避行動を促すためにも素早く大きめに動かしていくことが必要になる。「スマブラX」はこの構えまでの動きが非常に速く、具体的には技の入力受け付けが終了してから2/60秒後には構えモーションに移行する。 攻撃は、攻撃が出ている瞬間。「スマブラX」では、攻撃が決まった瞬間、自分と相手が止まるような演出があり、ビシッと決まることを意識しているという。「止めで美しいということですね」(桜井氏)。最後のフォロースルーは、一連の動きの中では一番長いモーションとなる。プレーヤーにとっては隙の状態に相当するため、フォロースルーの間、相手に攻撃されないような工夫が必要となる。 桜井氏は続いてフォックスの上スマッシュ攻撃を例に、一連のモーションのフレーム分解図を見せてくれた。全部で44フレーム、つまり約3/4秒でワンセットとなる。おもしろいのは、待機状態から、2フレーム目には構えに入り、5フレーム目にはすでに攻撃に移る。つまり、ほとんどの時間はフォロースルーとなる。これは「スマブラ」的なバランスの取り方だという。 技のアイデアがあり、モーションと各動作の長さも決まったとする。これをいかにモーションデザイナーに伝えるか? 身振り手振りで伝えることは難しい。それではどうするかというと、「ミクロマン」のアクションフィギュアを使い、型を付けて写真に撮り、ビジュアルで伝えることにしたという。スライドでは、ワリオやソニック、スネークを例にミクロマンの型と実際のモーションの比較図を見せてくれた。写真には無理なモーションを支えるためにちょこちょこと桜井氏の指が写っている。 ソニックの急降下キックのようにフィギュアの指定と実装のモーションが異なることもあったが、これはソニックのシルエットから、左右の出す足を逆にしたほうが似合うためだという。また、スネークにも工夫があった。もともとのスネークの匍匐前進は、肩をすりつけるような軍隊式のものだが、「スマブラX」では見栄えがいいようにデザイン重視で右肩を少し上げるように匍匐前進を行なう。 アクションフィギュアには女性タイプもあり、「スマブラX」においてはメタナイトのような極端に頭身の低いキャラクタも含め、全キャラクタにおいてアクションフィギュアを使ってモーションデザイナーへの指示を出したという。これにより、伝達のミスやブレを防ぐことができたようだ。
■ 「ジャパンチューニング」の神髄が感じられたパラメータ設定
「ゲーム制作側としては、まったく異なるルールのキャラクタを、同じ世界にそれらしく体現してあげる必要がある。見た目、モーションも重要だが、勝負の分かれ目となるのがパラメータ設定」(桜井氏)。このパラメータの設定作業は桜井氏がひとりで行なうという。 ここでいうパラメータとは、移動力、ジャンプ、慣性力、攻撃の強さ、吹っ飛ばし力など、キャラクタの性能を示す数値全般を指す。ゲームバランスを踏まえながら、毎日のように細かい設定が必要となる。地道な作業が必要となる行程だ。桜井氏は、「ここをうまくクリアできるかどうかが、ゲームにとってもっとも重要なところだと思う」とチューニングの重要性を強調した。 一例としてマリオとサムスの落下スピードの違いを挙げた。上昇時はボタンを押した間だけ等速ジャンプを行なうが、落下時はマリオはストンと落ちるのに対し、サムスは重いふんわりと落下する。桜井氏は、「『メトロイド』が宇宙空間だからという答えは間違い。なぜそうなのかということを理解できるかどうかはキャラクタ作成時に差が出てくるので、ゲームから敏感に意味を嗅ぎ取る必要がある」という。 答えは「メトロイド」は空中でのアクションを行なうゲームであり、落下速度が速すぎるとジャンプの中間地点でのアクションがしづらくなる。つまり「メトロイド」のゲーム性を活かすためには「必然的な表現だった」というわけだ。「スマブラX」では、「なぜそうなのか」ということを考えることがキャラクタ作成の上で、非常に重要なプロセスになっているようだ。たとえばソニックは、とにかく速いという印象があるが、実際はもたっとしているところが多い。だから、速度が乗ったときにめまいにも似た快感があると分析する。 ここで桜井氏は実機を使ってデモを行なった。ステージにはソニック、スネーク、ピットがいる。まずソニックについて、セガのオフィシャルモデルを採用しているため、過去のゲーム作品に比べると若干足が長めになっている。パラメータはとにかく俊敏だ。移動速度は緩急があるが、おおむね速く、走ると足の形が八の字を横に寝かせたような表現に変わる。大ジャンプはスプリングを使用。「セガのゲームなのでPPK(パンチパンチキック)」(桜井氏)といったように「バーチャファイター」のエッセンスも取り入れられているのがおもしろい。 スネークは、「メタルギアソリッド2」のスニーキングスーツをベースに、顔は小島プロダクションの要請で「MGS3」以降に近い表現になっている。パラメータは、全体的に遅く、重い。人型キャラクタでは最も遅いという。ワンツー、ソバットを基本技に、スマッシュ攻撃で様々な武器を使用できる。デモではキャラクタに装着できるC4爆弾が、たまに蝶々型のC3爆弾になるというレア技や、爆弾を使った回避テクニックなどが披露された。 ピットは、弓攻撃を基本に、二刀流にシフトすれば直接攻撃も可能と、攻防のバランスが優れた中間的な位置づけのキャラクタ。原作のアクションだけではとても太刀打ちできないため、オリジナルの解釈がふんだんに取り入れられている。 デモでは、投げ技も披露されたが、スネークの投げ技である後ろからの羽交い締めをピットに決めると、ピットの翼がスネークの背中に突き抜けて、あたかもスネークに翼が生えているように見える。桜井氏はこの偶然の演出を見て、「いいですね」と喜び、わざわざ写真に撮り、撮影機能の紹介に話を膨らませるという一幕もあった。
また、「作ってみなければわからない」という日本におけるプリプロダクション重視の傾向については、「よほど開発期間に余裕があるときにしたほうが良いのではないか」と、暗にこれを否定した。開発期間に余裕のあるプロジェクトなど存在しないからだ。 桜井氏は「頭の中で仕様を転がして、頭の中のゲームで遊んだ上で、しっかりスタッフに指示ができるように頑張って欲しい」と桜井氏らしいアドバイスを投げかけ、「ゲームを作っていると方向性に迷うことがあるが、ピンチの時こそ自分を信じて突き進んで欲しい」とまとめた。 桜井氏の提言は、極端に難易度が高い提言も含まれているが、内容が具体的でわかりやすく、何より欧米では軽視されがちな、キャラクタ間のチューニングの重要性を、GDCの場でアピールしたことが決定的に意義のあることだと思われる。
AIの研究に関しては、欧米はなんといってもプログラマの母数が桁違いであるため、日本より遙かに研究が進んでいるが、それに並ぶとも劣らない重要性を持つ異なる性能のキャラクタ間でバランスを取るというゲームバランシングの技法は、日本のほうがまだまだ先を行っている印象が強い。この「ジャパンチューニング」こそが、新しい時代に突入した世界ゲーム市場における日本産ゲームの大反攻のカギとなることを期待したい。
□Game Developers Conference(英語)のホームページ (2008年2月24日) [Reported by 中村聖司]
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