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Game Developers Conference 2008現地レポート

「FIFA 08」の新機能“BE A PRO”モードの研究
サッカーゲームにもたらされたイノベーションとは?

世界的なサッカーゲーム「FIFA 08」に搭載された「BE A PRO」モードの本質とは何か?
2月18~22日 開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Convention Center

 サッカーは世界中で愛されるスポーツであり、コンピューターゲームの世界でも一大市場を形成している。その中でシェアトップの位置に君臨し続けているのがKONAMIの「ウイニングイレブン」シリーズと、Erectronic Artsの「FIFA」シリーズの2大巨頭だ。

 この両シリーズには、近頃になって決定的な新機能が搭載された。「一人の選手となってピッチ上に立つ」というゲームプレイスタイルである。前者では「Jリーグ ウイニングイレブン2007 クラブチャンピオンシップ」の「ファンタジスタモード」として、後者では「FIFA 08」の「BE A PRO」機能として実現されている。

 この両者には決定的な違いがある。「ファンタジスタモード」の場合、「一人の選手になりきる」ためのデザインは、チームへの所属、成長、移籍といったキャリア的な部分に重点が置かれている。「BE A PRO」のデザインは試合中のゲームプレイに集中しており、「ピッチで戦う感じの強化」がすべてだ。どちらも同じぐらい優れているが、アプローチがまったく異なるのである。

 GDC 2008の通常セッション1日目の今日、“FIFA 08 Be A Pro: Innovating in an Established Genre”というセッションが行なわれた。このセッションでは、「FIFA 08」の開発チームで「BE A PRO」モードのデザインを担当したEA CanadaのSebastian Enrique氏が登壇。「BE A PRO」モードのエッセンスと実現方法、苦労話など余すことなく紹介した。


■ 一人の選手としてピッチを走る“BE A PRO”モードは
  「11人でワールドカップを戦う」夢へのファーストステップ

講演を行なったSebastian Enrique氏。アルゼンチン出身のゲームデザイナーにして大のサッカーファンだ
 講演者のEnrique氏はアルゼンチン出身のクリエーターで、大のサッカーファンだという。講演の端々でメッシやリケルメといった選手の名前が飛び出し、サッカーと母国への愛情が感じられた。

 Enrique氏はまず「FIFA 08」の基本的な特徴を紹介。操作性を損なうことなく様々なトリックを使えるという「Pro Skills」システム、1秒間に1,000回の戦術判断が可能という「真の新世代AI」、世界のあらゆるチームを網羅するというデータの充実度を挙げた。最後に強調されたのが「BE A PRO」モードの存在だ。

 Enrique氏の表現によると、「BE A PRO」とは「夢を実現すること」であり、「サッカーゲームをプレイするための新しい方法」である。このモードではプレーヤーの操作が1選手に固定され、オフ・ザ・ボールも含めた臨場感のあるプレイが楽しめる。オンラインではこのモードを5人対5人で対戦することができる。

 Enrique氏が抱く将来の夢は「すべての選手を人間プレーヤーが操作する、11人対11人のバーチャルワールドカップを行なうこと」だという。今回実現している5対5のオンラインプレイは、その未来に向けて「消費者に慣れてもらう」ためのファーストステップであり、「真の次世代体験である」と説明された。

 固定プレーヤーでのサッカーゲームは、Xbox 360用の「Love FOOTBALL -青き戦士達の奇跡」(バンダイナムコゲームス) で既にメインフィーチャーされた経緯もあるので、ゲームモード自体の新奇性は、Enrique氏が言うほどには感じられない。しかし、「FIFA 08」における「BE A PRO」は、その背後にあるゲームデザイン哲学と方法論に興味深い要素がある。

 この開発にあたり「固定プレーヤー」で、「挑戦的であり」、「リアルな体験ができて」、「楽しい」ことを基本コンセプトとして掲げた。そのための方策としていろいろなゲームモード、たとえばRPG的な選手キャリア体験モードを導入する方向も考えられたが、敢えて「コアなゲームプレイ体験だけにフォーカスした」のだという。つまり、試合に集中するということである。

 開発初期には、「オフ・ザ・ボールの動きなどはプレーヤーが面白がらないのではないか? 皆ボールを追いかけるばかりになるのではないか?」といった疑問の声もあったという。

 しかし、実際にプロトタイプを作ってみると、プレーヤーはすぐに実際のサッカーに近いプレイを志向し、上記が杞憂であることが判明したそうだ。そして「BE A PRO」モードの開発が本格的にスタートする。そこから先は、立案、プロトタイプ作成、プレイテスト、フィードバック、修正というプロセスをひたすらに繰り返すことになったとのことだ。

【BE A PROモード】
このモードで、プレーヤーは一人の選手だけを操作し、チームの一員として役割を果たすことになる。プレイを印象付けるカメラワークと、AIプレーヤーとの戦略的連動を楽しめるシステムだ
デザインフェイズでは、“FEEL”、“LEARN”、“EXPERIENS”という3つのキーワードを設定。その実現のために反復的なプロトタイピングを繰り返したという


■ プレーヤーの「臨場感」を最大限に高めるカメラシステムへのこだわり

カメラワークには「Emotional Axis (感情軸)」という概念を導入している
 「一人の選手になりきってプレイする」楽しさを、ピッチ上のシステムで最大限に高めるために必要だったもののうち、もっとも重要視されたのがカメラシステムだ。カメラはプレーヤーの視点であり、ピッチ上で起こっている現象と状況に基づいて、プレーヤーの関心に対応した適切な視野を提供しなければならない。11人を操作するために作られた従来のカメラモードは、その点でまったく不適切なものだったという。

 特定の状況に応じて、ゲームカメラがどの範囲をどの角度で映し出すべきかという問題に対しては、「Emotional Axis (感情軸)」という概念を導入し、システムの基準とした。この軸は、「ボールを持っていない」、「ボールを持っている」、「ゴールに向かっている」といった戦略的な評価軸だ。「ボールを持っていない」状況でゲームはより戦略的になり、「ゴールに向かっている」状況でゲームはより局所的なものになる、というのが基本的なアイディアである。

 こうして作られたカメラには「通常」、「ドリブル」、「スキル動作」、「パニック」の4モードがあり、それぞれにフォーカス範囲が異なる。実際のゲームカメラはブレンドによって実現されている。これにより、スペースに走りこんでパスを受け、ディフェンダーをトリックでかわしてシュートを放つ、という一連のプレイが臨場感溢れるものになった。

「通常」、「ドリブル」、「スキル動作」の各カメラフォーカスは、ピッチの戦略状況によってプレーヤーが受ける感情と、プレイ上の関心領域に基づいて設定されており、リアルタイムに変遷していく

 しかし依然として問題が残る。一人の選手を注視する「臨場感」はすばらしいのだが、サッカーのプレイを組み立てる上で不可欠の広い視野が失われてしまうのだ。視野の狭くなるドリブル中は特に横や後方にいる味方選手がカメラ内に入らず、パスの出し先を探すようなことが難しい。一般的なカメラに比べ、ゲームプレイ上の機能性が失われてしまうわけである。

 その解決策は、画面外の選手状況を知らせるための「Offscreen Indicator」であると説明された。この機能は、プレイに関与する可能性がある敵味方の選手が近くの画面外にいる場合、その情報が矢印型のアイコンとして画面端に表示される。位置、距離が判別できるようにアイコン表示が工夫されており、ゴールライン近くのサイドでボールを持ったときなど、後ろからオーバーラップしてくる味方をすばやく察知することもできる。

 さらに、プレーヤー選手自身の状況をわかりやすくするため、自分がオフサイドポジションにいることが一目でわかる「Offside Indicator」を導入。パスを受けることができるかどうか、これによってすぐに判断できる。さらに、敵ディフェンダーがオフサイドトラップを仕掛けたとき、そのラインがピッチ上に表示される「Offside Trap Indicator」もある。

 これらの方策に共通することは、「実際にサッカーをプレイした場合得られる情報を、ゲームでも同程度に得られるようにする」ということになるようだ。ゲーム的なカメラの特性により、視野の広い現実の世界に比べてわかりにくくなる事象は多い。それを補完し、実際にサッカーをプレイしているときと同じレベルの意思決定を促そうというわけだ。

視界外や、オフサイドラインなどゲームカメラの都合で得にくい情報は、実際にサッカーをプレイしている状況なら得られるであろうという範囲でアシストされるデザインになっている。リアルな意思決定をするための基礎ということころだろう


■ システムの良さを最大限に引き出すキーワードは“体感”、“学び”、“経験”

各ポジションにおけるプレイを意味づける基礎とされた「脅威マップ」。これはAI処理の応用であるようだ
 「BE A PRO」モードを実り豊かなものにするため、Enrique氏が重視したキーワードは3点ある。ひとつは“FEEL(体感する)”。これについては、上記で紹介したカメラ制御と各種インディケータによって実現された。

 2つめは“LEARN(学び)”である。1人のプレーヤーを操作するというゲーム体験をより豊かで面白いものに導くためため、サッカーへの理解を促すことを重視したのだという。1人のプレーヤーしか操作できないモードであるために、非効率なプレイをしてしまうと、一気につまらなくなってしまう危険性が非常に高いためだ。

 プレーヤーの“学び”を促進するために導入されたシステムとして、「成長バー」のシステムが紹介された。これは、プレイ中、画面中央下部に常時表示されているインディケーターで、「プレーヤーがどれだけ良いプレイをしたか」を評価するものだ。

 では、その評価基準はどうすべきか? コンピューターが評価するものだけに、これがなかなか難物である。企画段階では、「ミッション的なチャレンジを達成する」、「シュートする」などで得点を追加しようと考えたとのこと。しかし、評価基準がパターン的である以上はインチキをされてしまう可能性が残り、その可能性をつぶしたとしても、「基準が不明瞭で、疲労メーターと勘違いされてしまう」という問題が残った。

 最終的なバージョンとしては、非常にミニマムなレベルでプレイを評価するという、総当り的な方式がとられた。プレーヤーのドリブル、パス、シュート、タックル、ディフェンスなど、何十種類もの具体的行動についてプラスとマイナスの評価を即時に表示し、インディケーターが上下するシステムだ。これなら、プレーヤーが機能を勘違いすることもなく、各行動をうまくやろうとする動機につながる、と判断したとのことである。

 さらに、プレーヤーをよりよいプレイに導くため「好ましい行動を案内する」機能を搭載。ポジション、ボールの有無、戦術状況などに応じた適切な案内を出すため、この機能はNPCプレーヤーのAIシステムを応用したものになっている。たとえば、このシステムはディフェンダーをプレイしているときにマークすべき危険な選手を指示してくれる。

 その仕組みは、ピッチ上に張り巡らされた「脅威マップ」と呼ばれるデータを基準に、AI選手の次に予想される行動からゴールが脅かされる可能性を算出、該当する選手をインディケータで表示するというものだ。AIの出来がよくなければ全て破綻してしまう仕様だが、これを正面から実装してしまうあたり、「FIFA 08」チームのAIへの自信を垣間見ることができる。

プレーヤーをよりよいプレイに導くため、各種のガイド機能が実装されている。押し付けがましくならないよう、アイコンのデザインには相当気を使ったそうだ
プレイ評価システムは特に苦労したようで、様々な組み合わせがテストされたという。最終形態は満足いくものに仕上がったようだ


■ 「サッカーを経験」するためのゲーム

「アクション要求」機能各種。実際のピッチに立ったかのような「経験」は、このような参加型の機能で導かれているようだ
 最後のポイントとして掲げられた言葉が“Experience (経験)”である。これは、実際の試合に参加したかのような経験的な効果を、プレーヤーに与えるということを意味する。単なる臨場感ではなく、サッカー経験として実りあるもの、という視点だ。そのために存在するシステムが「アクション要求」機能、そして「5対5のオンライン対戦」機能である。

 実際のサッカーでピッチ上の選手が声をかけあってプレイする様子と同じく、「BE A PRO」モードでは「パス要求」、「スルーパス要求」、「シュート要求」、「カバーリング要求」といった機能が実現されている。また、オンラインプレイでは人間のプレーヤー同士が声を掛け合ってプレイすることができる。これらの点が、Enrique氏が言う“Experience”であるようだ。

 講演の最後に、Enrique氏は「BE A PROモードは、サッカーゲームのコアユーザーだけでなく、カジュアル志向のゲーマーにも楽しめるものであり、また、11人対11人でのオンラインサッカーという将来の夢に向けた正しい1歩である」と自信を覗かせた。

 講演の内容としては、やや自画自賛的な表現が散見されたものの、説明された機能の背景にある考え方は非常に興味深いものだった。セッションで示された方法論は、プレーヤーがピッチ上で触れる現象、情報、思考、経験に注目し、プレイしやすさを犠牲にしない範囲でそれらをリアルに近づける努力である。その背景には、リアルサッカーへの強いリスペクトを感じることができた。

 これは、他のゲームにも応用可能な優れたゲームデザイン事例と評価できるだろう。今年はオリンピックイヤー、そして次のワールドカップイヤーを2年後に控え、サッカーゲーム界のコンセプト競争は激化していきそうだ。

□Game Developers Conference(英語)のホームページ
http://www.gdconf.com/
□Game Developers Conference(日本語)のホームページ
http://japan.gdconf.com/
□関連情報
【2007年3月】Game Developers Conference 2007 記事リンク集
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070308/gdclink.htm

(2008年2月21日)

[Reported by 佐藤“KAF”耕司]



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