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会場:カナダ大使館
本イベントの講師を担当したのは、ゲームジャーナリストで国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表の新清士氏と、ゲームジャーナリストの小野憲史氏の2名。両名は本イベントに先立ち、カナダ国内の主要ゲーム産業地域を歴訪し、ゲーム企業の実態を調査。それにより判明した「カナダゲーム業界の強さと、その理由」をつぶさに紹介し、日本のゲーム業界からのアクションを考える講演となった。
■ 「なぜカナダのゲーム産業クラスターは強力に発達したのか?」
その中で、主要な調査対象となったのは、カナダに1,600人規模の巨大開発スタジオを抱えるUbisoft(UBI)と、同じく大きな開発スタジオをカナダ国内に多数擁するElectronic Arts(EA)である。中でも、EAがバンクーバーに持つEAカナダは従業員2,000人規模で、単独スタジオとしては世界最大を誇る。 UBI、EAの両社とも、北米・欧州地域においてミリオンタイトルを連発する世界トップレベルのゲーム企業でありながら、日本国内においてはヒット作に恵まれていないため、その内実はあまり知られていないことで共通している。新氏は、その強さの秘密がカナダの国柄と、特殊な産業構造にあると説明する。 新氏はまず、分析の前提として、カナダが持つ基本的な特性を紹介した。人口は3,200万人で、これは日本のおよそ4分の1、アメリカの10分の1。また、ゲーム産業の規模は人口に比例し、アメリカのおよそ10分の1。経済の中心はエネルギー、鉱業、製造業であり、ゲーム産業が属するハイテク・娯楽産業は「重要視されつつある」とのこと。 そのカナダのゲーム産業は2000年代に入り急成長を続けており、英国貿易投資総省の調査(2007年版)によると、現在ではカナダが世界3位の競争力を持つとされる。ちなみに1位はアメリカ、2位日本、4位イギリスである。新氏によると、イギリスがカナダに抜かれた、という事でイギリスには衝撃が走ったとのことである。 なぜ、カナダのゲーム産業は、それほどまで強力に立ち上がることができたのか。新氏が特に重要視するのは、政治機能上の特性として、連邦を構成する各州の独立性が高く、州政府の自治権限が非常に強いということ、そして、ツール企業、ミドルウェア企業が早期に立ち上がってきたことを挙げる。 取材対照となったのは東海岸のモントリオール(ケベック州)、トロント(オンタリオ州)の2都市と、西海岸のバンクーバー(ブリティッシュコロンビア州)であり、カナダのゲーム産業はほぼこの地域に全て集中している。州政府独自の公的支援の一例としては、ケベック州ではゲーム関連企業に対し、従業員給与の37.5%までを援助するというシステムがある。他の州においても、プロトタイプ開発に2,000万円までの資金を援助するといった、ゲーム産業の実態に即した支援を行なっているという。 現地のゲームスタジオにとっては、公的支援の存在だけでなく、ツール・ミドルウェア系企業との距離感が近いことも、他の地域には見られない特徴である。3Dツールの雄として知られる、SoftImage|XSI、3d Studio Max、Mayaなどは、日本のゲーム産業でも標準的に使われているソフトウェアだが、実はこれらのツールはカナダ生まれなのである。この中でもSoftImageは、カナダ不景気期の'80年代に創業し、モントリオールがIT都市に生まれ変わるきっかけを作った企業だ。 新氏によると、UBIのモントリオールスタジオでは、同じくモントリオールに居を置くXSIとの距離が近いことの優位性を認めていたという。単にパッケージを購入するだけに留まらず、新機能のヒアリング、共同開発といった協業を通じて、自社の技術力向上、新テクノロジーの効率的な応用において他にはない優位性を確保しているというのが、ゲームコンテンツの開発力を高める理由のひとつであるようだ。 ツールベンダーとの距離の近さが産業成長に好影響を与えた背景として、新氏は、2000年以降、PC系テクノロジーの応用が成長の鍵になったと分析する。つまり、近年のゲーム機業界における新世代機への移行合戦において、PC系ゲームで成長してきた企業が、ゲームエンジン、ミドルウェアといったプラットフォーム汎用性の高い技術を素早く応用することができたということだ。 「勝ち組」の企業においては、PC系テクノロジーを応用することで、Xbox 360やプレイステーション 3といった新世代機に素早く一流のゲームを提供でき、さらにコンテンツパイプラインとしてのゲーム製作を軌道に乗せ、総合的な生産性・競争力を向上させることができた。そこで、「痒いところに手が届く」ツールベンダーとの距離の近さは、非常に強いアドバンテージを発揮したことになる。 カナダという土地柄はこれだけでなく、アメリカ・日本などに比べ土地、建物のコストが低く、オフィスの拡大がしやすいこと、また、そのことから開発者の生活水準を高く保てるため、魅力ある労働環境を提供しやすいことが特徴として挙げられた。特にオフィスの拡大がしやすい特性は、州政府の方針ともうまく合致する。 というのも、カナダ各州のゲーム産業優遇の狙いのひとつは雇用創出であるからだ。一例として、ケベック州に居を置くUBIスタジオは2010年までに1,000人の増員予定を公表している。これはケベック州政府による37.5%の給与支援に基づくものであり、州政府の雇用創出の数値目標であるともいえる。 ・カナダゲーム産業と日本ゲーム産業のコラボレーションは可能か? しかし、カナダのゲーム産業には弱点もある。それは、強力な開発力を持つ各ゲームスタジオが、アメリカ、ヨーロッパのゲームベンダーの手の内にあるという事実だ。具体的には、Electronic Artsはアメリカの企業であり、UBIはフランスの企業である。その意味で、カナダのゲーム産業は、自国独自のコンテンツ発信力において弱さを持っている。 そこで、強力なコンテンツ発信力を持つ日本のゲーム産業と、カナダの先進的な開発力を組み合わせてみたい、という考えが出てくるのは自然なことだろう。新氏は、講演の最後にあたり、この点について分析してみせた。 ポイントの一つは、企画優位にある日本のゲーム産業と違い、カナダのゲーム産業は技術優位であるという点だ。カナダのゲーム開発スタイルでは、まず技術的な骨組みとなるフレームワークをプログラマが開発し、それに適応する形でゲームコンテンツが載せられる。この点極めて製造業的で、ゲームはコンテンツパイプラインであるという考え方だ。日本はその逆で、まず企画ありきのスタイルが採られることが多い。この違いのため、日本からゲーム企画を出し、それをカナダ企業に外注する形では、うまくいかない。 カナダのプログラマの人件費が高いことも、外注を難しくさせる一因だ。アメリカよりは安いとはいえ、ゲームプログラマの年収水準はおよそ54,000米ドルから68,000米ドルであり、日本より遥かに高い。新氏の言葉によれば、「アメリカとインドの関係は成り立たない」というわけである。言葉の問題もある。英語が中心のブリティッシュコロンビア州はまだ良いが、ケベック州ではフランス語も主要言語である。日本でフランス語話者を探すのは、英語話者を探すよりも難しい。
新氏は、日本カナダのゲーム産業を組み合わせる形は「アウトソースより、コラボレーションなのかも」と指摘して講演を締めくくった。では、具体的にどうするか。ひとつの可能性として考えられるのは、カナダのゲームテクノロジー、ミドルウェア技術を理解し、応用する形で、日本のゲームデザインを適用することになるだろう。日本国内で完結するよりも人件費の面でコスト高になることは避けられないが、技術面のメリットは受けられる。汎用性に着目し、1つのエンジンを複数のタイトルで活用し、産性を高めることが理想といえるかもしれない。
■ 「おもしろいゲーム開発と生活の質」
まず、小野氏が掲げたのは、実際の取材を通じて見つけた「カナダのゲーム・アニメスタジオの三大ビックリ事情」。単純明快で、「広い!」、「古い!」、「寝袋がない!」の3点だ。 まず、「広い」については、国土が広いカナダなら当然のことで、開発現場には広々としたオフィスが確保されているのが一般的。そして「古い」。これは、カナダの開発スタジオ、特に小野氏らの取材対照となったUBI、Audodeskといった企業が、元紡績工場や元造船ドックのような、19世紀に立てられた古い建物を改装して利用しているということ。 面白いことに、UBIのゲーム開発にはこの「古さ」が一役買っているのだという。UBIは100年以上も昔に建てられた紡績工場の建物を改装してオフィスにしているが、建物自体の構造や壁面は昔のまま。古びたレンガの壁、錆付いた窓枠などがそのままになっており、ゲーム開発でテクスチャが必要になると、社内をうろついて写真をとって使っているのだという。このあたりは少々余談に逸れたかもしれない。 最も本質的な特徴が、3つ目の「寝袋がない!」である。これは、つまり残業がないということだ。日本的な論法では、小野氏流の表現でいうと「なぜ寝袋が必要なのか?」→「開発スケジュールが遅れるから」。「なぜスケジュールが遅れるのか?」→「バグるから」。「なぜその日本でもテレビアニメはきちんと毎週放映できるのか?」→「絵はバグらないから」。となる。そこで、バグが少なく、効率の良いゲーム開発のためには何が必要か?という話に繋がるわけだ。 その答えは、小野氏によれば「適切な投資が必要(精神論だけでは限界)」だ。実に常識的な答えだが、では「適切な投資」とは具体的に何を指すのか。UBI(モントリオール)、Radical Entertainment(バンクーバー)などカナダのスタジオでは、社内にトレーニングジムを設置したり、食べ放題の食堂を設置していたりする。しかし、本当に必要なのは、「開発の効率化」だ。 ゲーム開発は、中核スタッフへの依存度が高く、一人の遅れが全体の遅延に繋がりやすい。小野氏は、大規模開発ほどペースを守って計画的に作る体制づくりが必要であり、生活の質的向上が結果的におもしろいゲームに繋がる、と指摘する。ここで小野氏は、カナダのゲーム開発企業が採るゲーム開発のワークフロー/コンテンツパイプラインの整備について一瞬触れようとするが、「自分は詳しくないので」とすぐに次の話題へ。
そこで挙げられたカナダゲーム産業の特徴が、各種ミドルウェアや一部門に特化した開発企業の存在である。一例として、オンラインゲームのマルチプレイモードの開発を専門に行なうスリーウェーブ、マルチプレイのマッチングソリューションを提供するカザル、統合型サウンドソリューションを開発するオーディオキネティック、デバッグ・フォーカステスト専門のエンザイム研究所(いずれもカナダが拠点)を紹介。こういった企業との協業によって、ゲーム開発が効率化されていることも、開発者の生活の質を上げるポイントのようだ。
・日本とカナダのゲーム制作に見るスタイルの違い。協業は可能なのか?
これについては日本側の弱点も指摘。そこで挙げられた「ビジョンは壮大だがゲームが完成しない」、「新世代ハードの性能をフルに引き出せない」、「開発者が倒れる」といった点は、国内の開発者には心当たりのある人も多いことだろう。開発者の欝病も深刻な問題である。ところがカナダでは、「鬱病なんて居ないよ」という状態のようだ。カナダでは精神科医との距離感が近いこともあり、日本とは随分と環境が異なる。 日本とカナダの相違として小野氏が最後に挙げたのが、ゲームデザイン哲学についてである。欧米スタイルのカナダではプログラマーが強い。プログラマはゲームデザイナーよりも初任給は高く、ゲーム作りはプログラマが作るフレームワークの枠内で進められる。日本では、多くの場合初任給は一律であり、企画がゲームデザインをおこない、それをプログラマーが実装する。 このことは、ゲームデザイン哲学について持つ、真逆のアプローチが原因である。日本では、「商品開発を通じてユーザーの反応を元に、企画面からゲームを改善していく」という形で、小野氏によれば帰納的な方法をとる。欧米では、「構造+スタイル→ゲーム」といった考え方で、こちらは演繹的なアプローチであり、プログラマが多くの価値を生み出す方向性だ。
この両者が創造的な協業をおこなうためには、どうすればよいのか。小野氏は、近年のゲーム市場が「重厚長大な据え置き機」、「軽薄短小な携帯機」の2つのストリームに分かれていることを上げ、カナダの強みを生かせるのは据え置き機・大作・ビジュアル志向であるとした。大規模開発においては、「進出・買収・提携・情報収集」などの手段でカナダの強みを取り入れることで、プレイステーション 3やXbox 360といった新世代機での競争力を得られる。それは現場レベルの話ではなく、経営レベルの話であると指摘し、講演を締めくくった。
■ カナダのゲーム産業が日本のゲーム市場に影響力を持つ日は来るか 本イベントの会場には、国内のゲーム・メディア関連関係者だけでなく、話題の対象であるカナダ各州の政府関係者も来場していた。講演の内容からは、日本・カナダのゲーム産業をコラボレーションしていくことは簡単にいかないという印象をうけたのも事実だ。しかし、カナダ側としては本イベントを開催するだけの動機、つまり日本の業界にカナダの価値を訴えるだけの理由があるわけである。 そこには、代表的な国内パブリッシャーを持たないながらも世界3位の競争力を持つとされる圧倒的な開発力を、日本のコンテンツの競争力と組み合わせることでさらなる市場拡大を期し、カナダのゲーム産業をさらに強化したいという思いがあるだろう。その真意のほどは推測するしかないが、カナダで開発され北米・欧州でトリプルミリオンを記録するような数々のタイトルが、「ゲーム大国」日本ではサッパリ売れていないのは事実なのである。
そういった海外ゲームの日本国内におけるプレゼンスの低さは、カナダだけでなく、アメリカ、イギリス、フランスといった、大ゲームパブリッシャーを擁する地域にとっても懸念のひとつかもしれない。ゲーム界の新興勢力として成長してきたカナダと、「不思議の国」日本のゲーム産業のコラボレーションがこの状況を変えていくことができるか否か、カナダ政府と業界の動きが今後も注目される。
(2008年1月18日) [Reported by 佐藤“KAF”耕司]
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