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【CEDEC2007レポート】

カプコン開発陣が明かす「ロスト プラネット」映像表現の内幕
独創的なビジュアルを生み出した技術と開発の手法に迫る

9月26日~28日開催

会場:東京大学

 ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC2007」の初日となった9月26日、「LOST PLANET でのビジュアル表現」と題するセッションが行なわれた。講演者はカプコン第二制作部ソフトウェア制作室テクニカルマネージャ・プログラマの滝崇海氏と、同制作室プログラマの澤田泰英氏。講演の主題となったのはXbox 360およびWindows PCで世界的なヒットを記録した「LOST PLANET: EXTREME CONDITION (ロスト プラネット エクストリーム コンディション)」のグラフィックステクノロジーと、その制作手法について。


■ 次世代機ならではの映像表現でヒットした「ロスト プラネット」
   その技術と制作手法に強い関心が集まった

【講演者】
 カプコン第二制作部ソフトウェア制作室テクニカルマネージャ・プログラマ 滝崇海
 第二制作部ソフトウェア制作室プログラマ 澤田泰英

会場の安田講堂前には「ロスト プラネット」の技術セッションを聴講するため長蛇の列が。業界関係者からの関心の高さが伺える
 会場となった東京大学・安田講堂には、カプコンの次世代タイトル開発を支える技術の秘密をひとめ見ようと数百名のゲーム業界関係者が訪れ、会場前には長蛇の列が。このため開演時刻が予定よりも若干遅れるという状況になったが、講演の内容はそれに劣らないほどの濃密な情報量で溢れていた。

・「ロスト プラネット」の開発はPS2向けとして始まり、Xbox 360向けに移行

開発タイムライン。PS2版での開発と次世代機向けの研究を加えると、制作開始までにおよそ1年半の蓄積があったとのこと
 テクニカルマネージャの滝崇海氏が説明を進めた。氏の説明によれば、現在次世代ゲーム機ならではの映像表現で知られる「ロスト プラネット」は、実は当初PS2向けのタイトルとして制作されていたのだという。開発は20人体制で2004年4月から12月にかけて行なわれ、当初より北米・ヨーロッパをメインターゲットに据えてゲームのコンセプトが練られていた。その点では現行のバージョンと変わらず、ブレていない。

 会場内で上映されたPS2版「ロスト プラネット」(原題は『THIRD PLANET』だったようだ) は、現行のXbox 360版やWindows PC版のものと変わらぬ雰囲気。キャラクタやメカの動きは違いがわからないほどで、濃密な吹雪の表現、爆発の煙などパーティクル表現もPS2版の時点からこだわっていたことがわかる。しかしフレームレートは不安定で、かなり厳しい状況だったようだ。

 滝氏は、PS2版について2004年末に「性能の限界に達したことがわかり、Xbox 360向けに開発を移行することに決定した」という。決定は2005年に行なわれたとのことだが、それに先立ち2004年末には次世代機向け統合開発環境「MT Framework」の開発が始まっていたとのことで、そういった先進的な開発姿勢がいちはやくタイトルのプラットフォームを移行するという決断につながったのだろう。

PS2版の当初から海外市場を意識したコンセプトで制作。映像の雰囲気は現行のXbox 360版と変わらないが、良く見ると細部の表現や陰影がかなり異なっている。映像品質を高めていくなか、ついに性能の限界に達したことで次世代機向けの開発を決意したのだという

・次世代機ならではの表現を実現するため、必要だった開発体制とは何か

カプコンの誇る「MT Framework」は、マルチコア・マルチプラットフォームの統合開発環境・ゲームエンジンであり、多彩なツール群が統合されていることが特徴だ
 その「MT Framework」上でXbox 360向けの開発をスタートし、それまでPS2上で走っていたゲームには数多くの映像表現技法が付け加えられた。まず決定的に制作手順に影響を与えたのはHDRライティング、法線マッピング、パーピクセルライティングの3点だったようだ。

 まずHDRライティングについては、テクスチャにHDRの色情報を格納するため外部ツールを活用したのだという。テクスチャに詳細な凹凸を加えるNormal法線マッピングについては、ハイポリゴンモデルをローポリゴンモデルに変換する方法、ハイトマップを法線マップとする方法、凹凸表現に特化したモデリングツール「ZBRUSH」を用いる方法の3種類を検証し、状況に応じて全ての方法を使用したとのことだ。

開発初期段階のプロトタイプ映像。ぱっと見た感じでは、まだ各種エフェクトが適用されていないためかPS2版との大きな品質の差はない。現在の品質に至る各種技法は、研究開発を進めるなかで整備していったというのが実情のようだ
 こういった手法の変化に関して、「開発の初期段階では不慣れだったためイメージクオリティのコントロールに苦心していたが、プロトタイプ制作を通じて最適なシェーディング手法を見つけ、うまくいくようになった」と滝氏。特にライティング、シェーディングに関してはプログラマとアーティスト両方の理解と、新たな方法の発見が必要となる。またひとつのキャラクタをレンダリングするために多数のテクスチャを用意する必要があるなど(下記スライド参照)、工程の変化に対応する経験蓄積も必要だったようだ。

 そういった難しい開発工程を支えたのが「MT Framework」。これは単なるゲームエンジンではなく、滝氏がいうには「統合開発環境」であり、開発を支援するグラフィカルなツール類を多数備えるものだ。開発体制としては「MT Framework」を開発するチームとゲームコンテンツを制作するチームは分かれており、コンテンツ制作チームはプログラマ、アーティストなどの専門に応じて各種ツールを駆使する。必要とあれば「MT Framework」にツール機能が実装されて提供されるという按配だったようだ。

開発の途上に追加されたシェーダーを適用する前の映像と、適用後の映像比較。陰影表現に磨きがかかり、存在感がしっかりと強調された様子が伺える プロトタイプ後、HDR、モーションブラーなどのポストエフェクトを充実させていくことで現在の品質に近いものになってきた
開発に使われたツール類は、「MT Framework」チームが制作したものと市販ツールを組み合わせておこなった。詳細をここまで見せてくれるのは太っ腹としかいいようがない ディティールアップに貢献したツール「ZBRUSH」での編集場面。ここで微細な凹凸をデザインしていく 最終的なテクスチャデータとしては、「ZBRUSH」で出力したものにアーティストがPhotoshopで微調整を加えて完成させるという手の込みようだ
キャラクタモデルについては2段階のLODモデルを使用。近景用は1万トライアングル以上、遠景ではその半分となる。品質へのこだわりのため、頂点のリダクションはすべてアーティストが手作業でおこなったという 環境マッピングに使うテクスチャは負荷低減のため60フレームに1回だけ更新する。切り替えを目立たなくするため新旧のイメージをブレンディングしながら更新 降雪の表現の方法としてはパーティクル生成機をプレーヤー周囲に立体的に配置。遠目からみると主人公の周囲だけ雪が降っている
爆発と噴煙は深度バッファを使って重なり部分を滑らかにブレンドするソフトパーティクルの技法を使っている。この処理には解像度を下げたバッファを使い速度を稼いでいる モーションブラー効果は30fpsというフレームレートでも60fpsに匹敵する見た目上のなめらかさを実現。このことが、重厚なシェーディング処理を多数導入できるパフォーマンス上のゆとりを生んだようだ
キャラクタアニメーションにも凝っている。これは「ミドリメ」のモデルだが、すべての足はたんねんにIK(インバースキネマティクス)で制御されており、地形との干渉時に自然な動きが可能になっているとのこと


■ Windows PC版ではDirectX 10の新機能「ジオメトリシェーダー」を積極活用
   イメージ品質の決定的な向上と同時にパフォーマンスアップも実現

Xbox 360版の発売から約半年と言う期間で登場したWindows PC版。ゲームの映像表現上「かなりハイスペックを要求する」ことは当初から覚悟していたとのことだ
PC版ではDirectX 9バージョンにおいても「アンビエント・オクルージョンマッピング」の導入などにより細部の表現に磨きがかかっている
 次世代機のパワーを余すことなく活用する上で「ロスト プラネット」に実装された機能は数多い。技術面の具体的な解説を担当したのはプログラマの澤田泰英氏。セッションではかなり具体的な制作手順にまで踏み込んだ説明を聞くことができた。Xbox 360向けに実装された機能のほとんどについては弊紙で以前紹介 (西川善司の3Dゲームファンのための「ロスト プラネット」グラフィックス講座) したものに重なるため、ここではWindows PC向けに新たに実装されたという機能について触れたい。

 澤田氏の話によると、プロデューサーから「PC版を出したい」という話があったのはXbox 360版の開発完了後である2006年末のこと。Windowsへの移植自体は、基盤となる「MT Framework」がマルチプラットフォーム機能を備えて開発されていたため、技術的には大きな困難もなくスムーズに進んだという。当初はDirectX 10のみに対応する予定で進めていたWindows版の開発は、「さすがにそれでは商売にならない」ということで、DirectX 9およびWindows XPへも対応することになった。この顛末は同社開発室の技術的な野心のようなものを垣間見ることができ、おもしろい。

 滝氏によれば、Windows PC版の開発にあたりまず導入された新機能がアンビエント・オクルージョンマップ(環境光遮蔽マップ)だ。これはレンダリングされる3Dモデルの各ピクセルに対し、「環境光の当たり具合」をテクスチャレベルで指定するというもの。シェーディング技術の一種だが、法線マップやスペキュラーマッピングと異なり、シーン内のすべてのオブジェクトに照らされる環境光に作用する。これを適用することで最終的な映像ををぐっとひきしまったイメージにできるようだ。

 さらにWindows PC版では発売後にリリースされたパッチにより、最近になっても新しい表現が追加されている (カプコン、WIN「ロスト プラネット エクストリーム コンディション」DX10に特化したパッチを8月17日に公開)。その多くはDirectX 10で導入された新技術を応用したものだ。その中にはモーションブラー、被写界深度表現、シャドウ、ファーシェーディングといった技術のイメージ品質の改善が実現されているが、今回のセッションでその技法の詳細が明らかにされた。

「アンビエント・オクルージョンマップ」の効用について。環境光は一般にシーン全体にいきわたる光を表現するため「最も暗い部分」の色レベルを決定付けるが、テクスチャにより環境光の遮蔽効果を付与することで、「環境光も届かないはずの入り組んだ場所」がより暗くレンダリングされ、結果的にひきしまった映像が得られる

・シェーダー機能によりジオメトリを生成、各種映像表現の品質を劇的に改善

DirectX 10の新機能によりサポートされたフィーチャーは「モーションブラー」、「被写界深度表現」、「ファーシェーダー」の3点についての映像品質向上。そのいずれもジオメトリシェーダーを利用
 DirectX 10で導入された「ジオメトリシェーダー」とは、従来はピクセルを出力するために使われていたシェーダー機能を拡張し、「頂点や線分やポリゴンを作って出力できる」という機能。特殊なテクスチャに必要な情報を埋め込んでシェーダーにかければ、最終イメージを作る為に必要なジオメトリ構造が演算の結果生成されるわけだ。この機能を使えばポリゴンモデルを誤魔化しではなく文字通りハイポリゴン化することができる。

 ジオメトリシェーダーの応用例としてまず解説されたのは、「ロスト プラネット」の映像を語る上で欠かせないものになっているモーションブラー効果。Xbox 360およびDirectX 9バージョンでは遠景と近景が重なる部分や、動きが大きい部分で破綻が目だってしまっていたが、ジオメトリシェーダーを使うことで劇的に改善されたという。

 具体的には、レンダリング前に各ピクセルの運動成分をテクスチャにしておいたものを使い、「ぶれ」が発生する形に線分を生成、そのジオメトリをイメージベースのブラー画像に合成し、最終イメージを出力するというもののようだ。この手法ではブラー部分が背景と重なる部分でなめらかな合成が可能になるため、従来の手法で目立った破綻が大幅に軽減。「ブラーをマジメに計算する手法」であるスーパーサンプリングに匹敵するイメージ品質を実現することができたという。それはスライドの写真でも一目瞭然だ。

【DX10 モーションブラー】
DirectX 9バージョンでは境界が目立っていた部分も、DirectX 10バージョンではなめらかな描写に改善されている。これはジオメトリシェーダーでベクトル方向に伸びたジオメトリを生成、これをイメージに合成することで実現

「DX10 ファーシェーダー」のデモでは、モンスターのモデルに伸縮自在な毛を生やし、長さをリアルタイムで調整してみせた
 また、同様にジオメトリシェーダーを使ったアイディアはファーシェーダーに効果的に使われている。主人公の首部分を覆う部分など「毛」の表現について、の従来手法では階層ごとに描かれたテクスチャマップを積層していくという伝統的な方法がとられていた。この方法では斜めや横から見たときに階層構造が見えてしまう。新手法では、毛の伸びるベクトルをテクスチャに格納し、それをもとに実際のジオメトリを生成、大量のポリゴンをシェーダーレベルでレンダリングしてしまうというわけだ。これもスライドの映像を見れば一目瞭然だが、どんな方向から毛を眺めても破綻が起きない。「実際に生やしている」のだから当然といえば当然である。

 会場のデモでは、この「DX10 ファーシェーダー」を使い、ツール上でリアルタイムに毛を伸ばしたり縮めたりする様子が上映された。3Dモデルとしてあらかじめ用意するのではなくシェーダー処理でフレーム毎に制御できる技法であるため、非常に柔軟な制御が可能ということのようだ。

【DX10 ファーシェーダー】
ジオメトリシェーダーを使い、毛の伸びる方向と長さを入力したテクスチャを元にジオメトリを生成してレンダリング。最終的には実際に毛が生えているのと変わらず、イメージクオリティは非常に高くなる

DirectX 10によるパフォーマンス向上を示すグラフ。テスト機にはGeForce 8800 GTXを使用している
 また澤田氏は、DirectX 10で新しいレンダリングパイプラインに対応したことで、DirectX 9バージョンに比べ、パフォーマンスの向上が得られたという点についても紹介。計測に使われたビデオカードはGeForce 8800 GTXで、リリース当初はドライバの最適化が完了していなかったためDirectX 9に比べパフォーマンスが低下していたものの、新ドライバでは約10%から20%程度の高速化が実現したという。これまではなかなかメリットの見えてこなかったDirectX 10であるが、このように実際のフレームレート向上やイメージ品質の向上という利点が見えてきたことで、今後、価値がますます上がっていくことだろう。

 セッションの最後では、現在カプコンが開発に取り組んでいる「バイオハザード 5」の映像を公開。このタイトルも「MT Framework」で作られている。これも映像品質に関しては「ロスト プラネット」で取られたシェーダー機能の積極活用路線を行なっているようで、一見してプリレンダの映像に見えるクオリティの動画が、実はインゲームの品質で動いているという次世代機ならではの醍醐味を味わえるタイトルになるようだ。

【MT Framework使用の開発中タイトル】
講演の最後に上映された「バイオハザード 5」の映像。主人公の髪の毛の表現が非常に自然であるほか、野外の強烈な陽光が作るコントラストが美しい


Character Wayne by (C)Lee Byung Hun/BH Entertainment CO., LTD,
(C)CAPCOM CO., LTD. 2006, 2007 ALL RIGHTS RESERVED.
「バイオハザード 5」
(C)CAPCOM CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

□カプコンのホームページ
http://www.capcom.co.jp/
□「CEDEC 2007」の公式ページ
http://cedec.cesa.or.jp/
□関連情報
【8月10日】 カプコン、WIN「ロスト プラネット エクストリーム コンディション」
DX10に特化したパッチを8月17日に公開
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070810/lp.htm
【7月18日】PCゲームレビュー「ロスト プラネット エクストリーム コンディション」
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070718/lp.htm
【1月31日】西川善司の3Dゲームファンのための「ロスト プラネット」グラフィックス講座
Xbox 360グラフィックスここに極まる! 日本発の次世代技術の秘密とは?
http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070131/3dlp.htm

(2007年9月26日)

[Reported by 佐藤“KAF”耕司]



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