2019年3月28日 07:00
「コール・オブ・クトゥルフ(Call of Cthulhu)」は、「D&D」や「ソードワールドRPG」などのTRPG(テーブルトークRPG)の1つであるケイオシアムの「Call of Cthulhu(邦題:クトゥルフ神話TRPG)」を原作としたアドベンチャーゲームである。筆者は本商品の発売を待ちわびていた。
筆者は、ホビージャパンがかつて発売していたTRPG「Call of Cthulhu」の翻訳版「クトゥルフの呼び声」で、この世界に大いにハマり、自分でもたくさんシナリオを作って仲間とプレイした。昨今の「クトゥルフ神話TRPG」の流行もとてもうれしく思っていたが、この世界をアドベンチャー化する、TRPGの元ネタである H.P. ラヴクラフトの小説とそれを元にした神話世界ではなく、あえてTRPGを原作とした作品が出ると言うことで、多いに期待したのだ。
その期待は叶えられた。舞台はTRPGの基本世界である1920年代のアメリカだし、謎めいた語り口、暗いトーンの物語展開、うさんくさい住人に謎の歴史、そして狂気の表現……。TRPGで抽出された要素がきちんと取り入れられ、プレーヤーを恐怖の世界に捕らえていく。TRPGファンや、クトゥルフ神話が好き、という人にはとてもオススメの作品となっている。
強大な恐怖に人間はいかに立ち向かうか? 「クトゥルフ神話」にフォーカス
H.P. ラヴクラフトの恐怖小説は文体がもったいぶっていて、当時の白人が奥底に持っている時代の変化への畏れや、差別意識なども強く、万人にはお勧めできないところがある。しかし、人類が目を向け始めた宇宙や、科学、想像を超えた未知の世界への憧れと畏れを提示するそのビジョンはとても魅力的であり、その後の作家を強く刺激したパワーがある。
その作品世界を受け継ぐ人達が多く現われ、「クトゥルフ神話」として紹介され、その世界観を取り入れた作品がたくさん発表されていく。日本でも様々な作家が「クトゥルフ神話」のエッセンスを取り入れている。「クトゥルフ神話TRPG」は、その「クトゥルフ神話」の要素をTRPGとして表現しようという作品なのだ。
「クトゥルフ神話TRPG」は1981年に生まれ、ルールは様々な改訂を受けながら現代も発展している。他のTRPGと大きく異なるのはプレーヤーである「探索者」は非力な存在で、一般的な人間の能力しかなく、ゲームでの“真の敵”とも言える神々には全く太刀打ちできないところだ。ヒットポイントの他“正気度”という数値があり、怪物に出会ったりするだけでなく、現実を揺るがすような事象に出会ったり、書物を読むだけでも減少する。探索者は狂気に陥る恐怖と戦いながら、想像することすらできない大きな力が世界を破滅させようとするその陰謀を止めるべく、奮闘することとなるのだ。
そしてゲームの「コール・オブ・クトゥルフ」は、この「クトゥルフ神話TRPG」のエッセンスを活かした作品となっている。邪神クトゥルフなどの神々や半魚人インスマウス、魔道書ネクロノミコンなど、「クトゥルフ神話」を取り入れた作品は非常に多いが、TRPGのルールや世界観をここまで取り入れた作品はない。プレイすることで様々な要素がTRPGのルールを思い起こされ、楽しくなってしまうだろう。
物語の主人公は探偵のエドワード・ピアース。彼はスティーブン・ウェブスターという老人から依頼を受ける。アメリカの漁村ダークウォーターの名家、ホーキンス一家が火事により死んでしまった事件を再調査して欲しいというのだ。ホーキンス一家の妻サラはスティーブンの娘であり、高名な画家だ。警察は火事はサラの狂気により起こされたものだ、というのだ。娘がそんなことをするはずがない、警察の言うことは本当のことか、それを調べて欲しいと老人は言うのである。
ダークウォーターはもう“滅んだ”といっても過言ではない辛気くさい漁村だ。かつてこの地では鯨が捕れたと言うが、今はもうほとんど機能していない。漁師はいるが仕事はなく、昼間から酔っ払っている者も多い。ピアースは漁師からうさんくさい目で見られながらも調査を開始する。このダークウォーターには“伝説”がある。かつて飢饉で住民が死にかけたとき、巨大な鯨が現われ、その肉で村人は生きながらえたという。
また、この村には暗躍する無法者達がいる。彼らのリーダーはキャットとよばれる女性。彼女たちが何をしているかも謎めいている。そしてホーキンスの家だ。館は食堂が焼けただけでほとんどが元のまま。なぜ一家は死んでしまったのか……そこでピアースは大きな謎と恐怖に直面することとなるのだ……。
「コール・オブ・クトゥルフ」は、一見非常に地味なゲームである。1人称視点のアドベンチャーで、アクション要素やシューティング要素はなく、様々なオブジェクトに近づき、調査できるポイントを探し物語を進めていく。特に序盤は、化け物と戦う要素や、派手な展開もなく、淡々と進んでいく。……しかし、そこが良いのだ。老人がすがるように頼んできた依頼、他人を拒絶する漁村と、謎めいた女ボス、ボロボロの屋敷と、そこに住んでいた一家に訪れた突然の悲劇は何だったか? じわじわと水位を上げていくように謎と恐怖が増えていき、プレーヤーを侵食していく感覚が、とても楽しいのだ。
古き印(エルダーサイン)、その鋭敏な芸術的感性が繋がる宇宙的恐怖、夢とも現ともわからない現象、悪意を持った医師、邪教の儀式、そして水中から呼びかけてくる存在……「コール・オブ・クトゥルフ」は、「クトゥルフ神話」に親しみのあるプレーヤーの心をグッと掴む作品だ。ファンである人は開発スタッフの愛を強く感じるだろう。
TRPGのルールの雰囲気を積極的に取り入れたゲーム要素
「コール・オブ・クトゥルフ」はゲーム要素でTRPGのエッセンスを多く取り入れている。キャラクターシートを思わせるパラメーターがあり、隠されたものを探し出す「目星」や、交渉を有利にする「話術」、相手の心理状態を洞察する「心理学」などがある。これらにキャラクターポイントを割り振る、強化していくことでゲームを有利に進められる。
例えば心理学が高ければ会話の時の選択肢が増えたりするし、筋力の値が高ければ暴力的な解決方法を試みることができる。ゲームを進めるとキャラクターポイントが増えていきさらに能力値を高められる。ただしオカルトと医学はポイントを割り振れない。この2つはゲーム内で書物を読んだり知識を得ることで増加していく。
会話と調査が本作の基本だ。何かある場所の場合は、画面左下のマークが手がかりの存在を示してくれる。テーブルの下だったり、隙間だったりと、隠されたものを見つけるのは難しいが、この細かく調査する感じが探偵らしくて楽しい。
強く印象に残るのが「再現」システム。様々な証拠から過去の人の動きを映像のように浮かび上がらせ、さらに心理学や医学などから当時の犯人の動きや起こった事象をまるで目の前で見たかのように再現するのだ。1920年代はコナン・ドイルのシャーロックホームズから始まり、エドガー・アラン・ポーなど優れた観察力とひらめき、そして科学知識で真実を暴く探偵ものが大きな流行だった。「コール・オブ・クトゥルフ」はその雰囲気を大きく取り入れている。
もう1つ大きなゲーム要素が「ステルス」。敵の動きを読んだり、距離を取って目的を達成する場面がある。ステルスアクションのように厳密ではなく、当たり判定なども大味だが、それが難易度の低さにも繋がっていて、コンピューターゲームにそれほど親しんでいない人も楽しめる部分があると感じた。FPSのような戦闘要素もほとんどない、かなり純粋なアドベンチャーゲームという印象だ。
キャラクターのアーカイブや手がかり、「クトゥルフ神話」を活かしたテキストなども入っており、作品世界にどっぷり浸ることができる。繰り返すが、古き印やネクロノミコンなど「クトゥルフ神話」ならではのフレーバーが良いのだ。
本作では何人か操作するキャラクターが変わる場面がある。また物語に深く関わる人物もいる。「コール・オブ・クトゥルフ」の主人公はのエドワード・ピアースであり、彼を中心に物語が進むが、一方、TRPGは複数のプレーヤーが参加するのが常だ。「この人はひょっとしたらプレーヤーキャラクターだったんじゃないか?」という想像も楽しい。TRPGの知識がなくても本作は楽しめるが、「クトゥルフ神話TRPG」プレーヤーならばさらに想像がふくらむ作品だと感じた。
プレーヤーの背筋を凍らせる狂気の描写、その先に待つものは……
「クトゥルフ神話TRPG」らしさ、という部分では“狂気の描写”がある。エドワード・ピアースは戦争時のトラウマから閉所恐怖症で、狭い場所にいると恐怖の発作に襲われる。また、この世ならざるものを見たときや、死の恐怖に襲われると、視界が歪み、動悸が激しくなり、操作が難しくなることもある。その演出がプレーヤーにも焦りと恐怖を生む。
また、現実を失う感覚も非常に独特だ。目の前のことが夢か現実か、それとも恐怖が生む幻か、はたまた“何か”が与えるビジョンなのか、全てが曖昧になる場面がある。視界全てがCGであるコンピューターゲームは、この現実を喪失する感覚を表現するのにとても優れた媒体である。目の前が壁だったはずなのに、後ろを振り返り、もう1度前を見ると別の景色が広がったりする。自分がキャラクターを操作できるゲームは、映画以上に「自分がどこにいるかわからなくなる」という状態を表現しやすい。「コール・オブ・クトゥルフ」はその手法をうまく活用している。
さらに「病院の恐怖」がある。「クトゥルフ神話TRPG」では1920年代の未発達な医学、特に精神科の医学の誤った療法への恐ろしさを強調しており、正気度を失った探索者が、病院に入るとさらに正気度を減らしてしまう描写などもあった。「コール・オブ・クトゥルフ」でもエドワード・ピアースは、病院で非常に恐ろしい体験をすることとなる。異常な状況に閉じ込められ正気を失っていくような、恐ろしい感覚が体験できる。
「コール・オブ・クトゥルフ」は、ストーリーがやはり魅力的だ。謎がどんどん深まってくる序盤、現実と狂気の世界が曖昧になっていく中盤、そして事態が大きく動く終盤という流れも良いし、プレーヤーを驚かすどんでん返しも用意されている。物語はぐいぐいとプレーヤーを引き込んでいく。誰が黒幕なのか、この村に巣くう悪は何なのか、それらが徐々に明らかになっていく要素が楽しい。
特にクトゥルフ神話ファンの筆者としては“あの場所”がビジュアル化されているところが特に好きだ。クライマックスシーンなためとても書けないが、様々なクリエイターが描いたあの場所を、ゲームのステージとして歩ける。……そしてその視界の彼方にはあの存在がいる。これは、とてもたまらない体験だ。ファンはぜひその場所にたどり着き、筆者と同じ感慨を味わって欲しい。
「Call of Cthulhu」は、ゲームとしては少し大味な部分もある。インターフェースや、ゲームシステムはAAAタイトルと比べると甘さを感じる部分もあるし、ストーリーも説明不足に感じるところもあった。しかし、やはり、このあふれ出るほどの「クトゥルフ神話TRPG」リスペクトが良いのだ。ファンにとって、唯一無二のゲームとなるだろう。他の作品では、ここまで「クトゥルフ神話TRPG」と、クトゥルフ神話を正面から扱えないだろう。そこに価値を見出すファンにこそ手に取って欲しい作品だ。
Call of Cthulhu (C) 2018 Chaosium Inc. Call of Cthulhu is a video game published by Focus Home Interactive and developed by Cyanide SA. Published and distributed in Japan by Oizumi Amuzio Inc. “Call of Cthulhu” is a trademark of Chaosium, Inc. Unreal, Unreal Engine, the circle-U logo and the Powered by Unreal Engine logo are trademarks or registered trademarks of Epic Games, Inc. in the United States and elsewhere. All trademarks or registered trademarks belong to their respective owners. All rights reserved.