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「Ghost of Tsushima」の“日本版”を作る! ローカライズチームの挑戦とその教訓
小池一夫氏からのレクチャー「面白ければいい」の逸話も
2021年8月26日 15:43
- 【CEDEC2021】
- 開催期間:8月24日~26日
2020年に発売されたプレイステーション 5/4用オープンワールド時代劇アクション「Ghost of Tsushima」。8月20日にはアップグレード版となる「Ghost of Tsushima Director's Cut」が発売されたばかりだが、CEDEC 2021ではその日本ローカライズチームによる講演があった。
登壇したのは、ソニー・インタラクティブエンタテインメント ローカライズスペシャリストの坂井大剛氏と同ローカライズプロデューサーの関根麗子氏。講演では翻訳や音声収録などローカライズの多くを担当した坂井氏より、その裏側と得られた教訓が語られていった。
教訓1「開発側とローカライズ側で共通のゴールを持つこと」
SIEのローカライズチームの目標は、「オリジナル版の感動をそのままユーザーに届けること」。ローカライズは単純に翻訳するというだけでなく、表現をその国の文化に合わせるカルチャライズも含む。受け手が作品を体験したときに、「これって日本製?!」と思わせることができれば、質の高いローカライズだと言える。
「Ghost of Tsushima」では、蒙古兵以外の音声は息遣いも含めてローカライズされており、再収録や修正を繰り返している。1作品のローカライズは規模に応じておおよそ数カ月から1年以上くらいで、本作の場合は開発延期やコロナ禍の影響もあり、完成まで1年ほどかかった。
本作ではとくに、通常のローカライズとは違って鎌倉時代の日本が舞台となっている。当初のローカライズチームは、この時代の日本人がどのような話し方をしているかを知らかなったし、時代劇にも詳しくなかった。つまり、チームにとっては未知のジャンルのローカライズ挑戦となったという。
坂井氏がまず確認したのは、開発会社のサッカーパンチが何をやりたいか。サッカーパンチが開発初期から掲げていた目標は3つで、「日本の文化に敬意を払い、いわゆるトンデモジャパンにしないこと」、「時代考証優先の歴史レッスンではなく、世界中で共感できるエンタメ作品にすること」、「時代劇ならではのシリアスなエンタメ性を作ること」だった。
坂井氏は、この確認がローカライズ方針を決めるのに大きく役立った述べ、教訓を「開発側とローカライズ側で共通のゴールを持つこと」とした。ローカライズチームが開発チームと同じ方向を向くことができれば、自分たちだけで判断できることが大幅に増えるからだ。
教訓2「まず“ユーザーに理解してもらうこと”を達成する」
サッカーパンチの方針に「日本の文化に敬意を払う」とあったとおり、本作では事前取材も数多く実施されている。対馬への取材旅行はもちろんのこと、中世の漁村を知るために広島県にある「ふくやま草戸千軒ミュージアム」を訪れ、この取材をもとにジオラマが作成されている。
また開発のはやい段階で、サッカーパンチから日本のSIEチームへ内容についての相談があった。そのなかでは日本のサウンドチームに環境音制作、デザイナーチームにはUIの一部ロゴ制作などの依頼があり、開発に実際に携わることにもなった。
しかし、時代考証や日本文化のリアリティを大切にする一方で、「Ghost of Tsushima」ではその上であえて「時代考証的にはNG」なローカライズも行っている。
一例が、劇中に登場する手紙だ。当時の手紙の内容を再現するのであれば、漢字は使用せず、濁点などもなくさなければならない。ただしそれでは読みにくく、プレーヤーを困惑させてしまう。そこで「エンタメとしてユーザーの心を動かせるかどうか」を優先した結果、現代のプレーヤーでも読みやすいよう漢字や濁点を使うようにした。
教訓は「“ユーザーに理解してもらうこと”を達成できなければ、それ以上のこと(本物らしさをわかってもらうことなど)は伝わらない」。すべてのユーザーが楽しめることが、「Ghost of Tsushima」では目指されている。
教訓3「開発側の目標をローカライズで達成する」
「Ghost of Tsushima」でのローカライズ方針は、「感情ファースト(エモさ)」と「感性と分析の両立」の2つがあった。
「感情ファースト」では、本作が「登場人物のほとんどが感情的で、理知的なのはコトゥン・ハーンくらい」というくらいに感情メインの物語であることに由来している。
またそもそも時代劇は、侍の矜持や人情話といった、感情的な“エモい”ジャンルのエンタメだと分析。これらの理由から、ロジックよりも感情をより強調する方針が決定された。
また「感性と分析の両立」は、時代劇らしさを打ち出すと同時に、舞台に合ったローカライズの枠組みを設定することを意味している。ひとつは、サッカーパンチが参考にした黒澤映画や時代劇、漫画などを吸収すること。それらしい芝居やセリフを蓄積し、「時代劇っぽさ」を読み取る感性の獲得につながっていく。
もうひとつは、当時の風習や仕組みといった歴史的事実を知って感性を乗せる土台とすること。たとえば、武士と庶民の間に相当な立場の違いがあるとわかったとするならば、その事実はセリフや芝居を作る上で参考になる。事実から枠組みが生まれて、そのなかでエモさをつくる。重視すべきは、「心に響くかどうか」。結果的に事実と違っていても、感情移入を妨げるほどでなければOKだとした。
この方針を作る上で大きく役立ったというのが、坂井氏が受講したという小池一夫氏のワークショップだ。「子連れ狼」などで知られる小池氏が隔週で時代劇を作るためのヒントをレクチャーしており、そのなかで「昔のことなんて誰も知らないから正解なんて存在しない。面白いことが大事だ」との話があった。
坂井氏は「だからといって何をしてもいいというわけではなく、ブレない軸を一本立てろ、という意味だと理解している」と補足しながら、「これで自分なりの時代劇を作ればいいんだとわかった」と述べた。
そして目指すべきローカライズは、「マニアをうならせるような時代劇」ではなく、「大多数のプレーヤーがなんとなく感じる“時代劇っぽさ”」と「エンタメとして多くの人がわかる楽しさ」の最適なバランスだとわかった。これは最初に掲げられたサッカーパンチの目標とも一致し、方針が正しいことの確信を得ることとなった。
ここでの教訓は「開発側の目標を達成するために、“ローカライズ側ではどうやってそれを達成するのか”を決めれば、作品に統一性が生まれる」とした。
教訓4「ユーザーの共感を重視してルール作りを設ける」
では、実際にどのように芝居やセリフを作っていったのか。たとえば登場人物の言葉遣いは、境井仁たちの「武士チーム」と、ゆななどの「庶民チーム」で明確に変えている。
武士チームの言葉遣いは、中世の言葉を中心にして選び、現代口語からあえて離れさせている。名誉や面目を重んじる、現代から見れば「異質な行動規範」を表現した。一方の庶民チームは、現代的な話し方や比較的最近の言葉がチョイスされている。武士に比べて、「メンタリティが現代寄り」であることを表現した。
またあえて古語に振り切っているのは、「和歌」や「伝承」の語り部分。これはサッカーパンチの「ユーザーが時代劇のなかに入った気分にさせたい」との方針を受けてのもので、より雰囲気を重視したから。ただし和歌は「漢字を見ればなんとなく意味がわかるもの」を選んだり、伝承では「最悪、絵を見れば内容がわかる」と割り切れる部分があるなど、フォローも忘れていない。
教訓は「何でもOKではなく、ユーザーの共感を重視してルール作りを設ける」こと。
教訓5「開発の目標が叶うなら大胆なプラン変更はあり」
キャラクターを演じる役者陣の芝居については、オーディション時に方針が見えてきたという。それが「人間的な泥臭さ」だ。
これは、ゆな役に決まった水野ゆふ氏、竜三役に決まった多田野曜平氏のオーディションでの演技を見たときに、他の参加者にはなかった「泥水をすすって這いつくばってでも生きていくような、今っぽくない泥臭さ」を感じたことがきっかけとなっている。
「Ghost of Tsushima」のテーマは「泥・血・鋼」であり、泥臭さによって「感情ファースト」のニュアンスが強まる。チーム内でもコンセプトが固まっていき、以降のオーディションでも「王道よりも泥臭さ」が方針となったそうだ。
芝居の収録でとくに意識したのは、「日本語版ではなく“日本版”を作ること」。英語版はもともと感情を抑えた演技だったが、悲しみや憎しみといった感情をよりストレートに表現し、ときには芝居の内容を思い切って変えることにもチャレンジしている。すべてはエンタメ性を増し、ユーザーに感動を届けるためだ。
たとえば政子の登場シーンでは、英語版での芝居は一族を殺された「悲しみ」が前面に出ている。一方の日本語版では、セリフのひとつひとつの語気が強まっていて、「強さと怒り」が表現されている。
坂井氏はこの表現の違いが意図的であることを明かすと、「政子の感情の本質は優しさと悲しみではないかと感じていた。常に怒りを撒き散らすことで、ふとしたときに見せる優しさや悲しみがより効果的に伝わるのではないか」と理由を述べた。そこで原文よりも怒り成分を1.5倍ほど強め、仁が言わないような「くず」、「むしけら」といった言葉をあえて言わせもした。
同じような感情のギャップを狙う手法は、他のメインキャラクターにも適応しているという。教訓は「開発側の目標を達成できるなら、大胆なプラン変更はあり」。
教訓6「“神は細部に宿る”を忘れない」
ゲーム内のテキストにも、坂井氏ならではのローカライズのこだわりが詰まっている。
たとえば「文と書状」に見られるようなフレーバーテキストでは、書き手を意識して内容を変えている。庶民が書いたものであればひらがなを多くし、漢字は最小限にする一方、僧侶が残した書物などは漢字を多用してより自然な日本語にしている。
また元のテキストから離れて、独自に意訳しているものもある。「旅人の装束」の染め(カラーバリエーション)がその一例で、「Fiery Searcher」が「浪人」、「Adventure's Fortune」が「浮草」などとなっているが、日本語版の命名はすべて“旅人”の類語になっている。
さらにミッション名では、百合のすべてのミッション名に原文にない「在りし日の」を加えることで、過去がテーマの内容を表し、石川先生のミッションは「〇〇と〇〇と」と統一することで、理想と現実の間で揺れる石川先生の内面を表現している。細かいところだが、「凝れるところは凝るようにした」そうだ。教訓は「“神は細部に宿る”を忘れない」。
坂井氏は最後に「まず何より大切なのは、開発側がどんなゴールを持っているかを知ること。また、それを達成するために何をすべきか方法を考えて実現すること。この2つを守れば、きっと質の高いローカライズが生まれるのではないかと思います」と語った。