【特別企画】
「鉄拳」を知らない人でもわかる! パキスタン勢が異次元に強い理由
「Tokyo Tekken Masters 2019」を完封したパキスタン勢の強さの秘密を解説する
2019年10月30日 12:29
10月26~27日にかけて開催された「鉄拳7」の世界大会「Tokyo Tekken Masters 2019」。ホームでの開催ということで日本人プロ選手の優勝が期待される中、優勝・準優勝の座を奪ったのはパキスタンから初来日した2名の無名プレーヤーたちだった。しかもその強さは圧倒的なもので、日本ではトップレベルのプロ選手でさえも、彼らからまともに1ラウンドすら奪えないほど力の差があった。
パキスタンといえば厳格なイスラム教国家で、ゲームのイメージは無い。「鉄拳」コミュニティにおいても、パキスタンで「鉄拳」が流行していることを最近まで知られていなかった。それもそのはず、オンラインゲーム全盛期のこの時代に、ネット環境の整わない彼らはゲームセンターに集って「鉄拳」をプレイしていたのだ。
そんなノーマークだったパキスタン人「鉄拳」プレーヤーたちの強さを、今年に入ってからは一部の選手達のみならず、世界中が気づきはじめ、スポンサーの力を借りて続々と世界大会に出場している。そこでの彼らの快勝ぶりは、まるで某漫画の戦闘民族が地球人を相手にしているようなものだ。無名の選手がいきなり世界大会を優勝してしまうなんてことは、スポーツ界はおろか、eスポーツ界においても他に聞いたことがない。なぜ彼らはこんなにも強いのか、そして日本勢はどうすれば彼らを倒せるのかを、先日の大会を振り返りながら解説してみたい。
ゲーセンに集まって切磋琢磨した、実戦主義の強さ
前述の通り、オンライン対戦が普及していないパキスタンでは、彼らはゲームセンターに通って「鉄拳7」をプレイしている。毎日顔を合わせてゲームをプレイする事で選手同士で堅いコミュニティが築かれ、それが彼らの強さの秘密になっているのだろう。EVO Japan後にWithnewsに掲載された、パキスタンのゲーセンを取材した記事がある。これはArslan Ash選手の優勝を受けて、彼に密着するような形で書かれたものだが、恐ろしいことにAwais Honey選手もこの記事に登場している。
これはすなわち、「鉄拳」世界トップランクのさらに遙か格上のプレーヤー達が、常に同じオフライン環境でプレイしているということだ。彼らがホームとするゲーセンで行なわれている試合の数々は、どんな世界大会よりもハイレベルな試合であるといえる。これまで「鉄拳」で強いとされてきた日本や韓国では、「鉄拳」発祥の地であるゲームセンターの文化が廃れつつあり、パキスタンのような環境はなかなか実現しにくい。
ご存じの通り、多くの「鉄拳」プレーヤーはオンライン対戦環境で日々トレーニングを行なっているが、格闘ゲームにおいてネット回線が生むラグは致命的なもので、オンライン対戦だけでは、いくら練習を重ねても上達には限界がある。日韓のトッププレーヤーたちは、オンライン対戦のみならず、単独での練習や、対戦会を実施したりなどラグのないオフライン環境で実戦練習をしているイメージだ。
これに対してパキスタンの彼らは、奇しくもオフラインで勝つために理想的な環境で、日々トレーニングできる状況が整っているのだ。日々トッププレーヤー同士がオフラインで実戦練習をし、顔を合わせて「鉄拳」理論について議論が交わせる環境が整っている。この日々の差が、結果として大会での圧倒的な差となって現われているわけだ。
パキスタン鉄拳シーンの層の厚さを現しているのが、9月頭にパキスタン国内で開催された「All Pakistan Tekken 7 Dojo Cup Esports Pakistan」だ。この大会はAwais Honey選手が優勝したのだが、Atif Butt選手はこの大会で17位タイという成績に終わっている(参考記事)。
世界中からトップランカーが集う“世界大会”で優勝できる選手が、たかが地元のローカル大会で17位とは、末恐ろしい話だ。また、Facebookにパキスタンの「鉄拳」プレーヤーたちのコミュニティページがあるが、このコミュニティのメンバーは実に9千人を超える。恐らく、ArslanAsh選手らがホームとするラホール地域の他にも、鉄拳コミュニティが存在している場所がいくつかあるのだろう。パキスタンには、まだ見ぬ強豪が沢山いるかもしれないのだ。
では、そんな実戦主義で培った彼らの強さとは何なのか、具体的に解説していきたい。
精密なコマンド入力と、妥協のないコンボ
今回パキスタンから来日したAwais Honey選手とAtif Butt選手の両名は、どちらも豪鬼使いだ。豪鬼はもともと「ストリートファイター」のキャラクターで、ゲストキャラクターとして「鉄拳7」に参戦している。そんな豪鬼の最大の特徴はコンボ火力の高さだ。コンボとは技を連続的にヒットさせることであり、成功させるにはルートやタイミングの練習が必要だ。反対に、コンボを習得してしまえば、単純にキャラクターの攻撃力が向上することになる。
豪鬼のコンボダメージの理論値は、全キャラ中トップといっていい。しかし同時に、豪鬼のコンボにおけるポテンシャルを最大まで引き出すには、かなりの操作精度が求められる。「鉄拳」は8方向のレバーと4ボタンでキャラクターを動かすわけだが、パキスタンの選手はこのレバー・ボタン捌きが速く、そして正確で、本来難しいはずの豪鬼のコンボをいとも簡単に実戦で決めてしまうのだ。これは国内トップ選手でも同じ精度で繰り出せる選手はそうはいない。
またコンボは、ステージの「壁」を有効活用することで、さらに大きなダメージを狙える。しかし「壁」の位置・角度はステージによって異なり、有効活用するには、コンボが始まった時点での「壁」までの距離・角度を計算し、臨機応変にコンボを組み立てる技を変えていく必要がある。
パキスタン勢のプレイングを見ていると、例えばコンボ始動技がヒットした位置が壁から遠ければ、スクリューの後にダッシュ・ジャブ、ダッシュ・ジャブと、計4回ジャブを当てることで相手を壁まで運んでいき、トータルのコンボダメージを最大まで引き上げている。このように壁の位置を把握するには、30種類弱あるステージの完全習熟が求められる。またコンボは技数が増えるほどタイミングがタイトになるため、本来であればジャブを3回当てるのが関の山だ。しかし彼らは簡単にジャブを4回当ててくる、これだけで相当な操作精度が求められる。
反対にコンボ始動が壁から近ければ、無駄にヒットを重ねることを控え、昇竜拳を使うことによって相手を高く打ち上げている。これにより相手は壁に長い間貼り付けられ、その分コンボダメージも高くなるのだ。パキスタン勢はこういったコンボの瞬間的な判断の面においても圧倒的に優れており、これは実戦練習が生んだ経験値の高さがもたらしているといえる。
パキスタン勢はとにかくコンボにおいてミス・妥協が一切ない。どんなコンボ始動からでも常に最大ダメージを狙い、どんな位置からでも壁コンボを決めてくる。これは単純に練習の賜物だろう。練習を重ねて自信があるからこそ、実戦でもミスを恐れずに高難度のコンボを決め、そしてそれが結果的に相手プレーヤーにとってのプレッシャーになっているのだ。
試合のペースを自分のものにする、明確なゲームプラン
ここまで散々コンボが難しいという話をしたが、結局のところコンボは、一人でトレーニングモードで練習していればいずれ習得できる。重要なのはコンボをどうヒットさせるか、つまり相手の防御をどう崩すかだ。ゲームにおいてNPCのボスを倒すには明確な攻略法があるが、格ゲーにおいての敵は人間なので、技を当てるには心理戦で勝たなければいけない。「鉄拳」には中段・下段という独自のシステムがある。中段はしゃがみガードできず、下段は立ちガードできないため、防御に徹していても全ての攻撃を防ぐことは不可能なのだ。これをうまく使いわけて防御を崩すのがセオリーだ。
しかし、中段技・下段技を考えなしに放り出している間は、勝負を運任せにしてしまっているようなものだ。パキスタン勢のプレイングを見ていると、彼らは対の選択肢になっている中段・下段を、心理的優位に立つことで確実にダメージに変えている。人間であるはずの対戦相手を、NPCキャラクターのように少しずつ「攻略」しているのだ。
具体例を挙げて説明しよう。まず彼らはゲーム序盤に、大足払いと百鬼襲を多用している。これらは、もし相手がガード・対空をしてくれば、手痛い反撃を受ける技で、大胆な選択肢と言える。しかし、彼らの狙いはそこではない。ハイリスクな選択肢を序盤に「見せる」ことで、相手の警戒心を煽っているのだ。
例えば大足払いは下段技で、ガードされれば大きな隙が生まれる代わりに、ヒットするとダウンが奪える。前述の通り下段技は立ちガード不可なので、序盤に大足払いを複数回喰らった相手は、しゃがみガードを意識せざるを得なくなる。そしてしゃがんでいる間はキャラクターを動かせないので、結果的に相手の動きが止まるのだ。
ある程度相手への意識付けが済んだら、彼らは細かい技で相手のガードのリズムを把握する作業に入る。中足払いや岩裂斬などの隙の少ない中段・下段の選択肢を使い、相手がどのタイミングでしゃがみ、どのタイミングで立つのかを確認している。そして完全にそのリズムを把握した後で、蒼天衝などのコンボ始動技を当てるのだ。一度コンボ始動技が当たってしまえば、前述の痛いコンボをお見舞いされ、たちまち体力が0になる。
いずれにしても、彼らの一挙手一投足には明確な意図があり、それに対応しようとするだけで、すでに対戦相手は彼らの術中に陥っているのだ。彼らが勝つ試合を見ていると、残り時間が少なくなっている試合が多い。これは、彼らが試合のペースを握っていて、展開を意図的にコントロールしているからだといえる。
相手の間合いを完全に理解した立ち回りと、超反応が可能にする反撃
最後に特筆したいのが、彼らの「間合い管理」と呼ばれる技術だ。間合い管理とは、相手の技の届く範囲を把握し、その範囲からギリギリ外れることで相手の攻撃をかわすことだ。間合い管理を徹底して行なうことで、相手の攻撃を無力化し、相手にイニシアティブを与えないようにしているのだ。
ノビ選手対Atif Butt選手の試合では、Atif Butt選手は意識的にドラグノフの主要技が届く範囲外にいた。もしノビ選手のドラグノフが技を空振りすれば、その隙に灼熱滅掌で反撃を入れる。もしノビ選手が距離を詰めようとすれば、そこにしゃがみ右パンチを置き、ヒットし次第、地獄のコンボがスタートする。これには相手キャラクターを熟知している必要があると共に、相手の動きに反応する反射神経も必要で、誰にでもできることではない。
また彼らは上段攻撃に対する対処にも優れている。上段攻撃は、しゃがみ状態の相手に当たらない代わりに、発生の早い技だ。近距離戦で多用される上段攻撃だが、パキスタン勢の彼らは上段攻撃が来そうなタイミングでしゃがみ、トゥースマッシュによる反撃を徹底していた。特にジャブなどの上段技は全体硬直自体が短いので、その空振りに反応することは非常に難しいのだが、そういった場面でもトゥースマッシュを放ち、相手が有利な展開を作らないようにしているのだ。相手からすれば発生の早い上段攻撃をヒット、もしくはガードさせてペースを握りたいところなのだが、そういった細かい行動にも徹底して反撃を決めている。
つまり彼らは、心理戦で優位に立つことで試合のペースを握り、そして類まれな反射神経神経でそのペースを保持している、故にあそこまで一方的な試合が展開されるのだ。
いったい日本勢はどうすればいいのか?
パキスタン勢は今まで、ビザ取得が困難なために世界大会で見かけることが少なかった。しかしeスポーツが発展しつつある今、パキスタンの選手は続々とスポンサーを取得し、強力な後ろ盾を得てビザを取得できるようになっている。今後彼らが世界大会の常連になることは間違いなく、彼らに勝てなければ大会を優勝することは困難になるだろう。噂によるとパキスタンでは、今回来日した2名でさえ負けなしとはいかないようで、彼らのレベルはそれほどまでに高い。
では彼らにどうすれば勝てるのか。大きな課題のひとつは豪鬼というキャラクターへの対策だ。国内プレーヤーの間では、豪鬼は前述の様に操作難度が高いため最大限活かすのは非現実的とされ、今まであまり注目されていなかった。しかしパキスタン勢の台頭により、そうも言っていられなくなった。豪鬼は「ストリートファイター」シリーズのシステムを継承しているため、他の鉄拳キャラクターとは違う対策が求められる。
特に今回露呈したのは、しゃがみ右パンチに対する対策の乏しさだ。隙が少なく、それでいて大ダメージを奪うしゃがみ右パンチは豪鬼の主力技だ。これに対して安定した対策を練ることができれば、対豪鬼戦は格段に楽になるだろう。
そしてもうひとつは、パキスタン勢の術中にはまらないことだ。これは心理戦の部分なので、明確な準備はできないだろうが、彼らの大胆な選択肢に最大の反撃を入れたり、こちらからも積極的に中段・下段の択を仕掛けていくことで、ペースを押し戻すことはできるのではないだろうか。場合によっては「荒し」と呼ばれるようなセオリー無視の行動も求められてくるかもしれない。
現時点ではパキスタン勢は型破りに強いが、日本の「鉄拳」シーンには長い歴史と伝統がある。どんな強いキャラクター、選手にも必ず対処法がある。それがゲームの醍醐味だ。日本「鉄拳」の歴史をもってすれば、打倒パキスタン勢にも何か突破口を見つけれるはずだと、筆者は信じたい。12月の頭には、今シーズンを締めくくるTWT決勝大会がバンコクで開催される。日本のトッププレーヤーたちには、十分な対策をして、是非TWT決勝で今回の雪辱を晴らしてほしい。
いずれにせよ、「鉄拳7」のeスポーツシーンが新時代の幕開けを迎えたことは確かだ。世界中から選手が発掘されることで、どんどん競技のレベルが上がっていく、eスポーツの醍醐味はここにあるのではないだろうか。今後の鉄拳シーンに是非注目してほしい。