【特別企画】

最高峰の「鉄拳」ここにあり! パキスタン大会「Takra Cup」レポート

世界ランク6位すら予選落ちの衝撃。「鉄拳」修羅の国には“まだ見ぬ強豪”が沢山いた!

11月3日開催

会場:パール・コンチネンタル・ホテル・ラーワルピンディー

 10月27日、日本の「鉄拳7」シーンに衝撃が走った。「世界中がインターネットでつながっているこのご時世に、こんなことがあり得るのか?」と。それは都内で開催された「鉄拳」の世界大会「Tokyo Tekken Masters 2019」での出来事だった。ホーム開催のこの大会に挑むにあたって、日本のプロ選手たちは並々ならぬ準備をしてきただろう。しかし彼らを次々となぎ倒し、決勝戦を戦う栄誉を得たのはパキスタンの無名選手2名だったのだ。完全にノーマークだったパキスタンの選手たちに、手も足も出ないまま敗れた日本のトッププロたち。我々は今まで誰も知らなかった「鉄拳修羅の国」が実在することを知った。

 そんな彼ら2人の凱旋大会となったのが、11月3日にパキスタン ラーワルピンディーで開催された「鉄拳7」のローカル大会「Takra Cup」だ。パキスタンで「鉄拳」ワールドツアー公認の大会が開催されるのは今回が初めてだ。総勢178名の参加プレーヤーの中には、前述の大会でそれぞれ優勝・準優勝したAtif Butt選手とAwais Honey選手も名を連ねる。恐らく世界で一番ハイレベルなローカル大会になるであろう本大会の配信には、世界中から1万2,000人を超える視聴者が押しかけた。

英語による実況中継が行なわれた
UYUtvのUYUGO - TakraCup - Pakistan TWT Dojo #UYU #TAKRACUP [Powered By @UnequalledMedia]をwww.twitch.tvから視聴する

 今まで謎に包まれていたパキスタン「鉄拳」コミュニティの全貌が、初めてネットに公開されることとなった大注目の本大会。しかも最高順位の未スポンサード選手には、12月にタイで開催される「「鉄拳」ワールドツアーファイナル」に名門eスポーツチーム「UYU」のスポットスポンサードが付くというのだから、参加選手たちも気合が入る。果たしてパキスタン勢は本当に強いのだろうか、大会のキャプチャと共に解き明かしていきたい。

【Takra Cup 2019】

ローカル大会ながら全員が世界レベル! しかしPS4でのプレイに戸惑うパキスタン勢

 「鉄拳」eスポーツシーンに全く知られることなく「修羅の国」と呼ばれるまでに成長したパキスタン「鉄拳」コミュニティだが、これには彼らの日頃のプレイ環境が大きく影響を及ぼしている。ネット対戦の環境が整わない彼らは、日々ゲームセンターに集い、オフライン対戦で切磋琢磨していたのだ。

 その一方で、そんな彼らにとってPS4で行なわれる形式の大会は不慣れなようで、皆慣れないアーケードコントローラーの扱いやボタン設定に戸惑って、大会は最終的に2時間押しになる始末だ。選手達が使用しているアケコンも比較的旧世代のモデルが多く、実況担当者の説明によれば自前のものではなく借り物が多かったようだ。まさにゲーセン勢がコンソール版をはじめて触るような、そういう微笑ましい風景が各所で繰り広げられた。

【試合開始後にキーコンフィグを開いてしまう】
試合が始まってからキーコンフィグを開いてしまう選手も多くみられた。PS4版の初期設定を嫌ったのか、前の試合の設定のままだったのかは不明だが、試合中にメニューを開くのは国際大会では反則行為。Takra Cupも公認大会なので厳密に言うとアウトなはずだが、この風景はしばしば見られた

 しかし、ゲーセンで培われた彼らの技量は本物だ。実はこの大会には、ゲスト選手という形で現在世界ランキング6位、フランスのSuper Akouma選手も参戦していたのだが、彼の結果は予選敗退。なんと65位で終戦となった。Super Akouma選手といえばパキスタン勢か台頭する以前は世界一の豪鬼使いとして名を馳せていたのだが、そんな彼ですらプール抜けもままならないとは、パキスタン勢の層の厚さは相当だ。

プールでのSuper Akouma選手(左)とCH選手(右)の試合。SuperAkouma選手は2-1で惜しくも負け。

 そんな激戦を勝ち抜いてTOP8に到達した選手たちは、当然全員がパキスタン人。使用キャラクターの内訳は豪鬼4名、スティーブ2名、レオ1名、マードック1名だ。前述のAtif Butt選手とAwais Honey選手もTOP8入りしているが、Awais Honey選手はルーザーズからのTOP8入りとなっている。東京ではダブル選手やチクリン選手を圧倒したあの彼が、TOP32で地元のAJ選手というジュリア使いに2-0で敗れたのだ。

TOP32でのAwais Honey選手(左)とAJ選手(右)の試合。

 そのAJ選手も、「Tokyo Tekken Masters 2019」優勝のAtif Butt選手らに敗れ、TOP8入りを果たすことはできなかったが、彼の「鉄拳」力、そして豪鬼対策は日本のトッププロをも凌駕するものだった。例えば、彼は試合中常にAwais Honey選手の豪鬼から一定の距離を保って戦っていた。これは、豪鬼の主力技である六腑潰しや掌底の間合い外であり、尚且つジュリアの箭疾歩などが届く距離だ。ジュリアが得意とする中距離からの攻めをリーチの短い豪鬼に押し付けることによって、試合の展開を作っていたのだ。

豪鬼の技が空振りする距離を保つAJ選手(右)
波動拳を横移動で避けてすかさず箭疾歩で距離を詰める

 さらにAJ選手は、日本勢が苦しめられたAwais Honey選手の細かい中段・下段の揺さぶりに対しても、横移動を駆使してそれらを回避し、スカし確定をとっていた。これは、相手の技に対する知識が必要なだけでなく、Awais Honey選手の攻めのリズムを読む心理的テクニックも求められる高等技術だ。しかしパキスタンでは、地元の無名プレーヤーでさえそれを徹底してやってくる。

豪鬼の岩裂斬に対して背後に回るAJ選手

 先述のSuper Akouma選手をプールで破り、TOP8でもAtif Butt選手・Awais Honey選手に対し接戦を演じたスティーブ使いのCH選手も、世界トップレベルの手練れだ。世界大会で結果を残す選手たち相手に物怖じしない攻めの姿勢もそうだが、なんといっても近距離でのプレッシャーが凄まじい。近距離戦の爆発力がある豪鬼を相手にしても、下段・パンチ捌きへの嗅覚や、スティーブ得意のカウンターヒットの当て勘で攻めを通していく。こういった「戦いのセンス」は、やはりゲームセンターで鍛え上げられたものなのだろう。

豪鬼の灼熱波動拳を横移動で躱し、レイジドライブでの反撃を入れるCH選手のスティーブ
レイジドライブからのコンボでKOだ

 「Tokyo Tekken Masters 2019」におけるAtif Butt選手の豪鬼での優勝を受けて、プレーヤーの多くはキャラクターの強さに目がいってしまいがちだが、こうして見るとパキスタン勢の強さはキャラクターに依存していないことがよくわかる。彼らは、相手キャラクターの知識、反撃・コンボの精度を磨いたうえで、「キャラクターの特性を活かす」戦略作りをしているのだ。

打倒Atif Buttなるか?THE JONの挑戦

 ハイレベルな戦いの連続となったTOP8の末に、TOP3に残ったのは、Atif Butt選手、Awais Honey選手、そしてTHE JON選手だ。Atif Butt・Awais Honey両選手については案内の通り、異次元レベルで豪鬼を動かし、東京大会を絶望に包んだプレーヤーたちだ。強豪ぞろいのパキスタン大会でも、先日の勝利がまぐれでないことを証明するかのように、順当に勝ち上がって来ている。中でもAtif Butt選手は本大会においても圧倒的で、東京大会よりも多少苦戦を強いられていたようだが、それでも安定した強さを見せている。

 注目したいのはこのTHE JONという選手だ。パキスタンでは名の知れた選手のようだが、スポンサーがついてないように国際的には完全に無名、当然世界ランクもなし、しかも使用キャラクターはマイナーキャラのマードックだ。マードックは投げ技・タックルからの火力が高いキャラクターだが、Atif Butt・Awais Honey両選手が使う豪鬼はマードックの2択に対しジャンプで逃げることができるため、組み合わせ的には不利とされている。しかしTHE JON選手は、予選を通して何人もの豪鬼を倒しており、“豪鬼キラー”として番狂わせに期待が集まっていた。

 まずTHE JON選手の前に立ちはだかったのは、Awais Honey選手だ。Awais Honey選手は細かい中段・下段択で相手の体力を着実に削っていくスタイルが強力な選手だが、THE JON選手はどっしりと構えてAwais Honey選手の技に確実に反撃を入れていく。マードックの投げと打撃の攻めを展開するのではなく、リーチを活かした対応型のプレイで応戦していく姿勢のようだ。

Awais Honey選手の大足払いをバックダッシュで躱して…
反撃のコンボはこのダメージだ(右上の赤いゲージに注目)

 Awais Honey選手もさすがの立ち回りで、マイナーキャラのマードックに対してもしっかり対策をしてきている。起き攻めのタックルは全て抜け、ニースライサーやウォーハンマーなどの下段技への反撃も徹底している。しかしTHE JON選手は引き下がらなかった。試合が進むにつれ、次第に立ち回りでタックルが通るようになり、マウントからの攻撃をフェイントを絡めながら確実に決めていく。更には要所での下段読みのライトゥーも当てていき、試合は3-1でTHE JON選手が勝利した。

マードック得意のマウントからの攻め

 「Tokyo Tekken Masters 2019」準優勝のAwais Honey選手もついにルーザーズで敗れ、波乱のTakra Cupの決勝戦は、「Tokyo Tekken Masters 2019」覇者のAtif Butt選手VS地元のアマチュアプレーヤーTHE JON選手というカードになった。THE JON選手は直前の試合に勝ち、精神的に勢いに乗っているのに対し、Atif Butt選手は直前の試合からTHE JON選手の豪鬼戦を観察し、情報アドバンテージを得ている状況だ。

Atif Butt選手(左)THE JON選手(右)

 THE JON選手は先ほどと同じ、距離を取った対応型の戦術でマードックのリーチを活かしていく立ち回りだ。豪鬼というキャラクターは基本的に技のリーチが短いため、対応型の戦術で対処するのは理にかなっている。しかし、Atif Butt選手はその一枚上手を行く。この試合でAtif Butt選手が魅せたのは、ジャブの使い方だ。

 豪鬼のジャブは、六腑潰しなどに比べるとリターンの見込みは少ないが、その分発生が速い。さらに先端がギリギリ当たる距離においては、掌底などよりも安定して相手の技の出がかりを潰すことができる。マードックが持ち味の長リーチの技を振ろうとする間合いにジャブを置いておくことで、ジャブが発生の早さで勝ち、リターンは少ないが徐々に相手の攻めてを封じていくことができるのだ。

切り札のレイジドライブもジャブで止められる始末

 THE JON選手も豪鬼の百鬼襲に対する対空コンボや、高火力の投げ技で食らい付くが、試合は終始Atif Butt選手のペースで進んでいく。迂闊に技が振れずに動きが硬くなるTHE JON選手に対し、追い打ちをするかのようにAtif Butt選手は執拗に岩裂斬で迫っていく。そしてコンボ始動技が当たってしまえば、持ち前のコンボ精度でKOだ。打つ手がなくなったTHE JON選手は、苦し紛れに豪鬼にキャラクター変更をした。

跳び込みが決まればレイジ無しでこのダメージだ
苦し紛れに豪鬼にキャラ替えするTHE JON選手(右)

 しかし、この変更が戦局を変えることは無く、Takra CupはAtif Butt選手の優勝で幕を閉じた。THE JON選手は2位に終わってしまったものの、彼は未スポンサー選手の中で最高順位を獲得したので、UYUの支援を受け12月にタイで開催される「鉄拳」ワールドツアーに参戦することになる。

優勝を決め仲間と喜び合うAtif Butt選手
優勝したAtif Butt選手には賞金として150,000PR(パキスタンルピー、約105,000円)が贈られた

 今回Takra Cupを観戦して分かったこと、それはパキスタン鉄拳コミュニティの層の厚さだ。Atif Butt選手は確かにパキスタンの中でも抜きんでて強く、日本勢が苦戦したのも納得できるように思える。しかし、彼でさえTakra Cupの決勝まで勝ち上がる途中には危うい試合がいくつかあった。あまつさえ今回の大会には、EVO 2019覇者のArslan Ash選手は参加していない。8月に同じくパキスタンで開催された大会では、Atif Butt選手はArslan Ash選手に敗れ17位に終わっている。今大会もArslan Ash選手が参加していれば、Atif Butt選手が優勝していたとは限らない。つまりAtif Butt選手やAwais Honey選手が異次元に強いのは、偶然の産物ではなく、それは彼らと同等の実力を持つ選手がパキスタンには多数存在し、皆が互いに切磋琢磨しているからなのだ。

 加えてパキスタン「鉄拳」コミュニティには、未だ無名な選手の中にもTHE JON選手のような世界のトップランクの実力を備えた選手が多数いることもわかった。今回タイへの切符を手にしたTHE JON選手が、各国の強豪たちを相手にどのような活躍を見せるのかが今から楽しみで仕方がない。

 さらに今回のTHE JON選手のように、チャンスを掴んでスポンサーを得て国際大会に出場する選手は今後さらに増えていくだろう。そうなった時、日本・韓国勢をはじめ今の「鉄拳」シーンを構成するプレーヤーたちは、如何に一丸となって彼ら新鋭達の挑戦を撥ね除けられるかが鍵となってくる。新勢力が台頭し勢力図が一気に覆された「鉄拳」eスポーツシーン、パキスタン勢が圧倒する展開になるのか、それとも日韓勢が待ったを掛けることができるのか。1カ月後に迫った「鉄拳」ワールドツアーに目が離せない。