レビュー
「A Space for the Unbound 心に咲く花」レビュー
少年少女が紡ぐ不思議な青春物語が、心に深く染みわたる
2023年1月18日 00:00
- 【A Space for the Unbound 心に咲く花】
- 発売元:コーラス・ワールドワイド
- 開発元:Mojiken Studio、Toge Productions
- ジャンル:心に花を咲かせるアドベンチャーゲーム
- プラットフォーム:PS5/PS4/Xbox One/Nintendo Switch/PC
- ※PC版はToge Productionsが販売を担当
- 発売日:1月19日
- 価格:
- 2,860円(ダウンロード版)
- 4,378円(PS5、Switchパッケージ版)
コーラス・ワールドワイドは、プレイステーション 5/プレイステーション 4/Xbox One/Nintendo Switch/PC用アドベンチャー「A Space For The Unbound 心に咲く花」を、2023年1月19日に発売する。
本作は「日本ゲーム大賞2022」のフューチャー部門において、数々のAAAタイトルと共に同賞に選ばれた唯一のインディーズ作品であり、発売前から多くのゲームプレーヤーの関心を集めてきた。制作を手掛けるのは、インドネシアの気鋭ゲームスタジオMojiken Studioと「コーヒートーク」で一躍有名となったToge Productionsということもあり、2015年に最初のトレーラーが公開されて以来、本作の発売を心待ちにしていた方も多いことだろう。筆者も何を隠そう、「コーヒートーク」のレビューをきっかけに本作に興味を抱いた一人だ。
本稿では、実に7年以上もの年月を掛けて練り上げられたピクセルアート(ドット絵)による色鮮やかな世界観、プレーヤーを飽きさせないゲーム体験、そして個性的な登場人物たちが織り成す青春の物語を中心に、「A Space For The Unbound 心に咲く花」という作品の魅力について語っていきたい。
のどかな町で人々と触れ合い、心に花を咲かせよう
本作は、90年代後半のインドネシアの田舎町を舞台に、卒業間近の高校生活を送る少年少女たちの人生のひと時を描いたアドベンチャーゲームだ。とはいえ、もちろん彼らはただの高校生ではない。最新のトレーラーでも紹介されているように、主人公のアトマには人の心に入る能力があり、その彼女であるラヤも何やら不思議な超能力を持っているらしい。本作では、そんな2人の関係性を中心に、同級生や住民たちをも巻き込み、謎の現象によって終末へと向かう世界の秘密に迫っていく。
ゲームのシステム自体は、2Dアドベンチャーゲームとしては極めてオーソドックスで、シンプルなものとなっている。大枠としては「?」マークの付いた人々に話し掛けたり、オブジェクトを調べたりすると、情報やアイテムを入手できる。そうして得たアイテムなどをうまく使って謎を解くと、ストーリーが進行する、という形だ。
一方で本作ならではの表現要素としては、「心に咲く花」というサブタイトルにもあるように、悩みや不安を抱えた人物の頭上に花のようなものが現われる、という点が挙げられるだろう。ゲーム内では、花が出現している時に「魔法の赤本」というアイテムを使用すると、その人物の心象世界に入れるのだが、この行為は作中では「心という名の宇宙に飛び込む」ことから「スペースダイヴ」(中二病の筆者的には最高のネーミング!)と呼ばれている。現実世界で集めた手掛かりを利用して心象世界で謎を解くと、人々の不安が解消され、現実にも変化が現われる……この相互作用が本作では違和感なく、かつ効果的に機能しており、アドベンチャーゲームとしての面白さの根幹を作り上げているのだ。
青春の一幕を彩る、ドット絵の「画作り」に脱帽
本作を語っていくうえで最初に目につくのは、丁寧に作り込まれたピクセルアートの表現だろう。正直90年代のインドネシアの田舎町が舞台と言われても、日本からほとんど出たことない筆者などは全くピンと来ない。それでも、ゲームを開始してものの数分で、その美麗な画面に目が釘付けになってしまった。これっぽっちも馴染みがない風景のはずなのに、画面を眺めていると、どこか懐かしさすら覚えてしまうほどに……。
その理由を筆者なりに分析すると、大きく2つあるように思う。まずは、緻密なドット表現によるリアルな画作りだ。木の葉っぱや原っぱの草一つとっても、光の当たり方や影を意識した描き込みがなされており、まるで本物の草木が風にそよいでいるように見えてくるほど。また、美しい青空も目を凝らすと絶妙なグラデーションが施されており、確かな立体感をもって視覚に訴えかけてくる。その画の中で登場人物たちが生き生きと動くため、プレイしている時には、本当に小さな田舎町に自分が入り込んだかのような感触を覚えたほどだ。
次に注目したいのは、繊細な色遣いによる温かな画作りだ。例えば現実世界の青空が広がる町並みにしても、寒色の青だけでは、どうしてもどこか冷たい印象を受けるもの。しかし本作では、その背景に木々や原っぱ(中性色~暖色の緑や黄土色)を多めに取り入れつつ、差し色として住民には暖色系の服を着せることで、画面全体で温かみのある印象を抱かせることに成功していると感じた。
主人公のアトマが入り込む心象世界にしても、黒を基調としつつ星の煌めきが心の宇宙を彩っており、黄色や緑の花の光が暗闇を照らし出している。青春の明るい側面だけでなく、うしろ暗い側面や人の心というデリケートな部分に踏み込む本作だからこそ、時に陰鬱な台詞や表現も避けては通れない。それでもテストプレイで最後まで気持ちが落ち込むことなく、晴れやかな気分でエンディングを迎えられたのは、巧みなシナリオ展開だけでなく、細部にまで拘った温かみのあるドット絵による画面作りのおかげなのでは?と、筆者は素人ながらに思った。
もちろん、そこは本作のBGMを手掛けたMasdito "Ittou" Bachtiar氏による、明るくもどこか寂しく、儚げな音づくりも大いに貢献していることは間違いない。そうした工夫の数々によって、本来は異国情緒あふれる町並みや風景も、どこか見知ったような親近感のある世界へと早変わりする。その世界の中で、大半のプレーヤーは最後まで、この風変わりな青春の物語を心地よく堪能できるはずだ。
ゲーム体験を盛り上げる、遊び心に満ちた仕掛けに注目
本作が一般的な2Dアドベンチャーゲームのスタイルを踏襲しているのは先述のとおりだが、実はスペースダイヴを利用した現実世界と心象世界の行き来の他にも、ゲーム体験を彩る要素がふんだんに詰まっているのだ。
例えば、ストーリー進行において次にやるべきことは魔法の赤本に描き込まれていくのだが、そこにはアトマとラヤの「やることリスト」も挟まれており、リストの一部はいわゆる「サブクエスト」として機能する。中には「ビンの王冠を集める」といった単純なものもあれば、「世界一モフモフの動物をなでる」のように一見しただけでは何をすればいいかわからないものもあり、このリストを埋めること自体がやり込み要素となっているのだ。
また、クイズを出題してくる3人組や、リフティング勝負を持ち掛けてくる小学生など、本作は直接物語に関わってこない住民さえも実に個性的だ。そういった人々との触れ合いやミニゲームなども楽しみつつ、「やることリスト」を埋めて充実した青春を送ることも、本作の醍醐味のひとつと言っても過言ではないだろう。
ストーリー進行においても、本作ではプレーヤーを飽きさせない工夫が随所に見られる。先生に見つからないように学校を抜け出す場面や猫を助ける場面など、随所でアクション操作も入ってくるため、謎解き以外の遊びも楽しめる作りとなっているのだ。特に町のゲームセンターでプレイできるコマンド入力式のミニゲームは、ただの箸休め要素かと思いきや、まさかの本編のストーリー進行でもガッツリ取り入れられている。最近のゲームではめっきり見かけなくなったが、アラサー筆者の子どもの頃なんかは、正にコマンド入力が全盛期!上上下下ABみたいな入力をしているだけで、心が躍ったのは言うまでもないだろう。本作は、そんな古き良きゲーム体験を意識した遊び心も随所で光っており、ゲームプレイの面でも、プレーヤーに強烈なノスタルジーを喚起させるのだ。
また、本編の謎解き要素も序盤こそ簡単なものばかりだが、章を追うごとに様々なパターンが加わり、一筋縄ではいかない場面も増える。集めた情報を基に頭を働かせないと答えが導き出せないものも出てくるが、謎解きの難易度がいきなり跳ね上がるようなことはなく、やれること、要求されることが程よいテンポで増えていくのが印象的だった。その辺りのゲームバランスは、ストーリーの最後までストレスなくプレイできるよう、また手探りで世界の謎に迫る楽しさが味わえるように丁寧に調整されているので、謎解きが苦手な方も安心して本作を手に取ってみてほしい。
不思議な力をもつ若者が繰り広げる、先が読めない展開に悶絶
秀麗なドット絵のグラフィックス表現も、数々の謎解きやアドベンチャー要素も、本作の大きな魅力ではある。一方で、ゲーム体験を一段上のレベルに引き上げているのは、何と言っても先が気になり過ぎる絶妙な物語展開だろう。
最新のトレーラーでも、主人公のアトマや彼女のラヤに焦点が当たっているため、この2人を中心に物語が始まると誰もが思うはずだ。しかし、本作の序章はアトマと幼い少女ニルマラが一緒に「星のお姫さま」のお話を作るところから始まる。スペースダイヴなど、操作面のチュートリアルの側面が強い序章だが、「なぜ少女が魔法の赤本を持っているのか?」、「なぜ、アトマがその力を使えるのか?」、「えっ、ラヤは出てこないの?」などと疑問に思っているうちに、ニルマラが川で溺れそうになり、助けに入ったアトマが川に流されるという衝撃のシーンで序章は終了。そして意味深なオープニングを挟んで第1章が始まり、目が覚めたアトマの前には、ガールフレンドのラヤの姿が……。ここまでの展開で現実時間では30分も経っていないが、その短時間で不思議な力や謎めいた少女の存在など、実に様々な要素がうまく散りばめられており、物語の掴みとしては文句なしの出来だ。
その後の第1章では、アトマとラヤが卒業までにやりたいことをまとめた「やることリスト」を作り上げ、紆余曲折を経て映画館でのデートにこぎつける。そこまでの展開、2人のやり取りが実に微笑ましく、まさに青春の一頁といった演出で、そのノスタルジーの威力たるや油断すれば軽く尊死するほどだ。このテストプレイが仕事じゃなかったら、筆者も己の苦い青春を思い出して戦闘不能に陥っていただろう。ぶっちゃけ仕事だからギリ耐えられたんだ!一方で穏やかなBGMや町並みとは裏腹に、超能力を駆使するラヤの不穏な姿や、少しずつおかしくなる世界の描写などが、ただのキャッキャウフフな青春物語で終わるはずがないことを、プレーヤーに思い出させる。
心に入り込む能力のほうは、まだ「魔法の赤本」というアイテムのおかげということで納得できるが、「ラヤの超能力の根源は何なのか?」、「なぜ、アトマに力のことを隠したいのか?」など、第1章でも引き続き様々な謎が首をもたげ、先に気になって仕方がない作りとなっているのだ。特に舞台装置としての現実世界と心象世界の対比に加え、本作は物語の展開上でも穏やかな日常と不穏な非日常が巧みに対比されている。両者を行き来することがゲーム体験上でも絶妙にリンクしているため、筆者もいつの間にか仕事を忘れ、この世界にのめり込んでしまった。
とはいえ、いくらアトマとラヤの絡みが魅力的でも、2人の少年少女だけでは物語の世界は広がらない。序章で登場したニルマラの他にも、ラヤに気があり、やたらとアトマを目の敵にするエリックや、優等生で高飛車だが、実は思いやりにあふれるルル、如何にも図書委員っぽい地味な感じ(全国の図書委員の方ごめんなさい)だが、思わせぶりな態度を取るマリンなど、多くの同級生たちが本作の物語を盛り上げる。章仕立てで彼らにも焦点が当たるとともに、少しずつ世界の謎が解明されていく過程は、引きが神懸かった海外ドラマを見ているような感覚さえもたらす。特にルルが活躍する章では、筆者も大好物な某逆転しまくる裁判ゲームへのリスペクトとオマージュが満載なうえに、物語の緊張感も一気に高まり、クライマックスにかけては正に怒涛とも言うべき展開が次から次へと繰り広げられる。異国の小さな田舎町で起こる不思議な物語がどんな結末を迎えるのかは、ぜひその目で確かめてみてほしい。
もう戻れないあの瞬間、あの時代をもう一度
筆者はレビュー用に本作を最後までプレイしたが、やり込み要素のコンプリートを目指さないのであれば、大半の方はエンディングまで10時間も掛からずにクリアできるだろう。1本のゲームでクリアまでに50時間とか100時間は遊びたい!という方には少し物足りないかもしれないが、物語が章仕立てでどんどん面白くなるため、個人的には上質な連続ドラマを見ているような感覚で楽しめて丁度よいボリュームだと感じた。強いて言えば、現状やり込み要素の中には章が進むとプレイできなくなるものもあるため、そこは取りこぼした要素の救済措置があってもよかったのではないかとは思った。ただ、クリアまでのプレイ時間がそこまで掛からず、また1回クリアしただけでは気づけない台詞の意図や演出もあるので、そこは2回、3回とじっくりこの世界を味わってほしい、という制作陣の意図もあるのかもしれない。
人の心に入り込むと言っても、本作の主人公アトマは心の中で悪さをすることもなく、悪者を退治することもない。等身大の10代の若者として、ただ人の不安や悩みと向き合いながら、それを取り除く手助けをするだけだ。また、ラヤの様子や世界がおかしくなっても、アトマはラヤを思う一心で、ひたむきに困難に立ち向かい、問題解決に奔走する。その姿を見るにつけ、筆者も大人と子どもの狭間でもがいた10代の頃の自分を思い出し、損得勘定なしに誰かを大切に思うことの尊さに想いを馳せた。何時間もぶっ続けでプレイして楽しむというよりは、毎日すこしずつ、じっくり時間をかけて世界観を味わうようなプレイが似合う本作。多忙な現代だからこそ、青春の輝き、希望や不安を体感できる作品で、あの頃に感じていた瑞々しい心の機微に、再び触れてみては如何だろうか。
なお、本作の日本語翻訳には「コーヒートーク」を翻訳した小川公貴氏が携わっており、同作をプレイしたことがある方は、本作も安心してプレイいただけることだろう。今回のテストプレイでも、同氏の表現力が最後まで素敵な物語を盛り上げる一助となったことを付記しておきたい。
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