「アンリアルライフ」レビュー
アンリアルライフ
そのポンコツっぷりさえも愛おしい、AI信号機×記憶喪失の少女が紡ぐ濃密な謎解きアドベンチャー
- ジャンル:
- アドベンチャー/パズル
- 発売元:
- room6
- 開発元:
- hako 生活
- プラットフォーム:
- Nintendo Switch
- 価格:
- 2,400円(税込)
- 発売日:
- 2020年5月14日
2020年5月14日 00:00
個人ゲーム開発者のhako 生活氏が手掛ける「アンリアルライフ」。そのNintendo Switch版が、room6より5月14日に配信される。本作は、触ったモノの記憶を読み取る力を持つ記憶喪失の少女が、無線式のAI信号機と協力して自身の記憶を取り戻していく、ポイントクリック型の謎解きアドベンチャーゲームだ。
実を言うと、筆者は三度の飯より謎解きが大の好物。テレビでクイズ番組をやっていれば必ず視聴し、見た目は子どもでも頭脳は大人の某国民的マンガのファンでもある。とはいえ、「好きこそ物の上手なれ」のことわざも虚しく、推理小説やマンガを読んで先に犯人がわかったためしがない。趣味ならまだしも、今回は仕事としてのレビューである。謎が解けず、先に進めなかったらどうしよう……と身構えていたが、結論から言うと、そんな心配は杞憂に終わった。
配信前から話題となっていた緻密なピクセルアートや、謎に満ちた世界観だけでなく、プレイしてみてわかったのは、どんなプレーヤーでも物語を進められる巧妙なゲーム設計も、本作の大きな特徴だったということ。今回のレビューでは、そんな「アンリアルライフ」の持つ魅力について、存分に語っていきたい。なお、本レビューに当たってはテストプレイ用のPC版を使用したため、Nintendo Switch版とは操作ボタンなどが異なる可能性がある旨、予めご了承いただきたい。
モノの記憶をヒントに、なぞを解き明かす醍醐味
本作の物語は、とある道路で倒れていた記憶喪失の少女「ハル」を、自称?高性能AI信号機の「195」が助けたところから始まる。ハルは自身の記憶を取り戻すため、触ったモノの記憶を読み取る力(サイコメトリー)を使いながら、微かな記憶に残る「先生」の姿を求めて、195と共に旅へ出ることとなる。なぜ主人公は記憶を失い、サイコメトリーの能力が使えるのか。そして脳裏に映る先生との関係は?物語は冒頭から謎が尽きず、その先に待つ真実へとプレーヤーを駆り立てる。
主人公であるハルは、特定のモノから記憶を読み取り、周辺の過去の映像と今の映像を比較できる。プレーヤーは比較映像などをヒントに、横スクロールで各マップの謎解きを進めていくわけだが、ハルは記憶を失っているため、初めは手探り状態で周囲のモノを触って情報を得ることしかできない。物語の冒頭では手掛かりが少なく、195の勧めのままにカラスを追いかけることになるが、やがて不思議な旅の宿に辿りついてからは様々な情報やアイテムを活かして、能動的に物語を進められるようになる。
勘のいいプレーヤーであれば、画面にあるモノを見ただけでもピンと来るので、快適に本作を進められるだろう。一方でひらめきが苦手な筆者でも、間違うことによる発見や更なるヒントの提示によって、最後まで無理なくゲームを進行できた。どんなプレーヤーでもストレスフリーに遊べるゲーム設計は実に絶妙であり、謎を解くことでアイテムを入手し、そのアイテムがまた謎解きのヒントになるなど、世界が徐々に広がっていく作りもゲームプレイへの没入感を高めてくれる。
ゲームプレイを円滑に行うための工夫は他にも見られる。本作の主人公ハルは記憶喪失の影響で記憶の保持が難しいため、195が代わりに会話ログを記憶してくれる。目を閉じる(メインメニューを開く)と過去の会話や触ったモノの記憶などを閲覧できるので、前に触った時の映像を確認したい場合も、いちいち元の場所まで戻る必要がない。記憶を失った少女とサポートAIの信号機、という物語上の設定が無理なくゲームのユーザービリティにもうまく溶け込んでおり、快適なプレイの助けとなっているのだ。
美麗なグラフィックスの表現に留まらない幻想的な世界観
個人ゲーム開発者にして、ピクセルアーティストでもあるhako 生活氏が手掛ける本作の世界は、静謐な青を基調としつつも、ふとした瞬間に色鮮やかな表情を見せる。リアルな光や水の表現を織り交ぜた繊細なピクセルアートは、より本物らしい世界観の実現に成功していると言えよう。その一方で、筆者としては美しいグラフィックス以上に、物語の要所に色濃く表れる様々な作品の影響にも注目したい。
例えば、本作には海の上を走る電車が登場するが、その場面で流れる静かなピアノの調べと海の組み合わせは、映画「千と千尋の神隠し」の一場面を彷彿とさせる。そう思って振り返ってみると、本作の序盤でアパートの扉を開けた先に不思議な旅の宿「くじら」が出現したことも、同映画の冒頭でトンネルを抜けた先に出現した不思議な街へのオマージュでは?などと思えてくる。実際に制作に当たっては、開発者も様々な作品の影響を受けたことを公式サイトで公言しており、そういった影響の数々が見事なバランスで幻想的な世界観を作り上げている、と言っても過言ではないだろう。
本作の舞台は美しくもユーモラスに溢れた世界である一方、物語の端々からは不穏な展開も垣間見える。そのギャップもまた本作の大きな魅力であり、物語の核心であるハルの記憶はもちろんのこと、キャラクターの背景や世界観が少しずつ明らかになる過程、秀逸なストーリー運びは、間違いなく本作への没入感を高める一助となっている。どんなプレーヤーでもクリアできる親切設計ゆえ、駆け足でプレイすれば1日でエンディングを迎えられるプレーヤーもいるだろう。だが、筆者としては物語の随所に影響を与えた作品を想像しながら、少しでもゆっくりと本作の世界観を楽しむプレイをお勧めしたい。それだけ本作は、プレイする方やプレイした時のコンディションによって、いろんな表情を見せてくれるのだ。
少女とAI信号機の「バディもの」感が至高
幻想的な世界観や物語は本作の大きな魅力のひとつだが、その中核を成すのは記憶喪失の少女とAI信号機のバディもの、という点も忘れてはならない。感情が希薄な主人公と人間を見守る役目の信号機のやりとりは、初めは傍から見ていてもぎこちない。だが物語が進むにつれ、保護者と被保護者的な立場だったコンビは、少しずつ息の合った掛け合いを見せつける。195が意図せず?ヒントを出し、ハルがそれを基に謎を解いていく様は、まさにバディものの神髄と言えよう。
本編の進行とは関係ない場面でも2人の掛け合いが見られるので、ついつい寄り道をしたくなってしまう。例えば、本作ではミニゲームとして195とのシューティング対戦を楽しめるが、対戦するたびに195がムキになってリベンジを挑んでくるので、それを返り討ちにするのが段々と楽しくなってくる。普段は優秀なサポート役である195が時折ふと見せるポンコツな一面が、筆者の隠れたSっ気をたまらなく刺激してくるのだ……。物語の進行に合わせて、守る側だった195と守られる側だったハルが少しずつ対等の(むしろハルのほうが強い?)立場になっていき、心を通わせていく過程は、齢30をとうに過ぎた筆者でもジーンと来るものがあった。本作の謎解き要素とともに、ぜひとも息の合ったコンビの会話にも注目してほしいところだ。
幻想的な世界に、いつまでも浸っていたいと思わせる一作
本作の配信に先駆け、開発者のhako 生活氏と配信元のroom6は、新たなインディーゲームレーベル「ヨカゼ」の設立を発表している。思わずその世界に浸ってしまうような、情緒ある体験を持つゲームのリリースを目的に設立された本レーベル。その第一弾となるのが、本作「アンリアルライフ」だ。ヨカゼのコンセプトを体現した本作は、その理念に相応しい幻想的な世界をプレーヤーに提供する。
ゲームにプレイ時間の長さを求めてしまう方の中には、もしかしたら本作を評価しない向きもあるかもしれない。だが、精巧に作り込まれた謎解きのゲーム性、幻想的な世界観、そして徐々に明らかになるストーリーテリングの巧みさを楽しみたい方には、本作はまさにうってつけの一作であることは言を俟たない。物語の分岐点においては自動的にセーブデータを作ってくれるため、極端に言えば誰でも真実に辿りつけるのも、謎解きが下手な筆者にとってはうれしい誤算だった。
外出の自粛が叫ばれ、在宅のストレスが溜まりやすい今の状況だからこそ、プレイ時間だけでは測れない濃密なゲーム体験を、本作で味わってみてはいかがだろうか。
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