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「ゲームデザインは応用が利く」。「マリオカート」の経験から作られた「ARMS」、その制作プロセスが明らかに

【GDC 2018】

3月19日~3月23日(現地時間) 開催

会場:Moscone Center

任天堂の「ARMS」プロデューサー矢吹光佑氏

 「ARMS」は腕が伸びるファイター達による対戦型の格闘ゲームで、「マリオカート」は言わずと知れたレースゲームだ。

 「レース」と「格闘」。ゲームジャンルでいうとこの2つには大きな隔たりがあるようにも思われるが、「'ARMS': BUILDING 'MARIO KART 8' INSIGHTS INTO A SHOWCASE NINTENDO SWITCH FIGHTER」において登壇した矢吹光佑氏は「『マリオカート』」と『ARMS』は兄弟のようなものです」と切り出した。

 セッションでは「ARMS」の制作プロセスを振り返りながら、「マリオカート」からどのような影響を受けたのか、またどのように経験を生かしたのか、そしてその根底にある任天堂の制作文化がどのようなものかということが語られた。

「ARMS」のゲームデザイン

背後からの視点の格闘ゲームは作れるだろうか?

 矢吹氏はこれまで任天堂で「マリオカート」をはじめ、「nintendogs」や「ゼルダの伝説」の開発に携わってきた。「ARMS」のような格闘ゲームを作るのは初めてだったということだが、「別のジャンルを詳しく知っているからこそ、ユニークなものになる可能性がある」として、過去の経験を生かして新たな格闘ゲームの制作に取り組んだのだという。

 「ユニーク」というのは任天堂が最も大事にしていることで、矢吹氏は仮に「他と何が違うのか」と宮本 茂氏に聞かれたときに答えられなかったら「私に未来はありません」とその精神を冗談混じりに紹介していた。

 「ARMS」の構想は、矢吹氏が「背後からの視点の格闘ゲームは作れるだろうか?」という問いについて、任天堂のゲームデザイナー軸丸慎太郎氏と雑談したところから始まった。

 格闘ゲームの多くがサイドビューを採用する理由は「相手との距離がわかりやすい」からだと矢吹氏は分析する。一方で、背後からの視点にすると相手との距離がわかりにくくなる。その上でプレーヤーが自由に動けるとしたら、緻密な駆け引きなどもってのほか。「みっともない戦いになる」ことが容易に想像された。

 では、そのシステムで面白いゲームを作るにはどうしたらいいのか?矢吹氏は発送を転換して、「パンチが届くか届かないか」という"距離"の話を、「パンチが当たるか当たらないか」という"画面全体の話"に置き換えることを思いつく。

 これは「マリオカート」から着想を得たもので、「マリオカート」で障害物をよけるのに必要なのは正確な"距離"ではなく、画面上でどこにどう避けるか、ということだ。

カメラの位置で距離の把握のしやすさは大きく異なる
「マリオカート」のゲームシステムを参考に、「攻撃が必ず届く」ということを前提にした
任天堂において、試作のビジュアルは重要ではない

 ここではこうしたアイデアのもとで製作された試作版が公開されたが、既にこの段階で腕が伸びるキャラクターが登場していた。「スプラトゥーン」の発表会でも「豆腐」と呼ばれる試作版が公開されていたが、グラフィックスを気にせず、まずアイデアを形にするのが任天堂の試作のスタイルなのだとか。

貴重なプロトタイプの映像。「ARMS」の構想が形になった
射的やボーリングといったミニゲームも実装されていた

 試作版では「近くの相手と殴り合うボクシングのようであり、遠くの相手を狙うシューティングのようでもあった」という感触が得られ、1発目を囮のストレートにして、2発目は逃げる先へカーブさせることもできるなど、駆け引きのある対戦が楽しめたのだという。

 ここでは、格闘を構成する要素を視覚できる要素に置き換えることも考えた。例えば攻撃中の隙を、腕が伸びている間はガードができないというように腕が収縮する時間で表現する。弱いパンチ、強いパンチといった攻撃のバリエーションは、軽いアーム、重いアームといった腕のバリエーションで表現した。「こうした要素の置き換えは、新しいゲームをデザインする上でとても大切」なのだという。

 また、当時試作段階だったJoy-Conとの相性も良く、「ユニークで未来が感じられた」のだという。格闘ゲームではアクションのタイミングが極めて重要になるため、操作デバイスには遅延のない確実な操作が求められる。Wiiリモコンから10年以上が経過した現在、今の技術なら精密で誤動作のないモーションコントロールを実現することができ、上級者でもテクニックを追求できるゲームを作れそうだと考え、ボタン操作とモーション操作で同等に戦えるゲームを目指したのだという。

 モーションコントローラーでは適当に動かすだけで遊べる一方、それだけでは上級者に勝てないというバランスを心がけた。つまり、「間口は広くて奥が深い」ということで、これは「マリオカート」がずっと挑戦してきた課題でもあり、「ARMS」もそこに挑戦したのだという。発売後には実際にモーションコントーラーを用いて世界ランキングのトップを取ったプレーヤー達もいるということで、この取り組みは成功したと言えるのだろう。

ボクシングのようでもあり、シューティングのようでもある。駆け引きも楽しめるゲームデザイン
格闘ゲームの要素を視覚できるものに置き換えることで、シンプルでわかりやすいなゲーム性を実現した
Nintendo SwitchとJoy-Conにより、いつでもどこでも楽しめて、間口が広く奥が深いゲームを目指した

腕が伸びるのは「任天堂だから」。「ARMS」のキャラクターデザインと世界観

なぜ腕が伸びるのか?

 「スプラトゥーン」と同じように、「ARMS」でもゲームデザインにあったキャラクターが検討された。案のなかにはヨッシーがベロを伸ばしたり、リンクがフックショットで戦ったりといった既存のIPを使ったものもあり、100体以上のキャラクターを検討したがいずれも決め手に欠けていたのだという。

 ゲーム画面上でも様々な等身やバランスを変えつつ検討を進めていたが、この段階では伸びるのは腕だけで、どうもアクションがこじんまりと見えていたのだとか。そこで、思い切って肩を含めた腕全体を伸びるようにしてみたところ、結果的にこれが突破口となり、Joy-Conを振るとまるで自分の腕が遠くに伸びていくかのような感触が味わえたのだという。

 ゲームシステムがキャラクターを形作る、というのはこれまた「スプラトゥーン」でのエピソードが印象深いが、「ゲームプレイの手ごたえが良いという理由で手が伸びるファイターをデザインしてしまうというのは任天堂らしいところかもしれない」と矢吹氏は振り返る。そもそもなぜ「ARMS」のキャラクター達は腕が伸びるのか?この答えは「任天堂だから」と言えそうだ。

様々な案を試すが、ダイナミックさに欠ける
肩を含む腕ごと伸ばすようにしたことで、突破口が開けた
「スプリングマン」のデザイン案

 こうしてコンセプトが決まると、はじめに「スプリングマン」が生まれた。髪の毛は地毛で、「バネ」のような張りがある。これ以降も「リボン」や「鎖」、「包帯」に「ラーメン」に「蛇」など、伸び縮みするものをモチーフにしたキャラクター達が続々と誕生していった。

【キャラクターデザイン案】

 後ろからのカメラを使うことで、ステージも3Dにすることができる。ここでも矢吹氏が「マリオカート」で3Dのステージをずっと作り続けてきた経験が生きる。しかし、「マリオカート」のコースのように複雑なものにしてしまうとバトルに集中できないので、各ステージに少しずつ立体的なアクセントを入れていったのだという。

【ステージ】

 ファイター達の衣装やホームステージの背景についても、「ARMS」の世界における格闘スポーツという説得力を持たせる為に作りこんだ。これまた「マリオカート」でも架空のメーカーロゴやマークなどを沢山作った経験が生きたのだとか。ファイター達の鍛えられた体にも拘ったが、これは「マリオカート」とは異なる部分だと言及し会場の笑いを誘った。

 また、「ARMS」の舞台は地球に似ているけれども、伸びる腕が一般化した別の世界だ。ファイター達が参加する「ARMSグランプリ」は、そんな世界で繰り広げられる、サッカーのワールドカップやテニスのグランドスラムのようなスポーツの祭典という設定になった。こうしてキャラクターをはじめ、世界観やそれを彩る様々なものを作りこむことで、「カラフルでポップだが、ファイター達が本気で真剣に戦っていることを感じられる。そんな世界を表現できた」のだという。

「ARMS」は「テニスくらいのバランス」

 続く話題はゲームバランスについて。「ARMS」は数多くのアップデートを繰り返し、何度も遊びたくなるような面白い対戦ゲームになっているか、常に確認しながら制作をしてきたと矢吹氏は語る。なかでもゲームにおけるテクニックと運のバランスを常に考えており、例えば「マリオカート」ではどんなにドライビングテクニックが優れていても、甲羅をぶつけられたり、バナナで滑って負けてしまうこともあれば、ダッシュキノコを手に入れて逆転勝ちをすることもある。どんなアイテムを貰えるか、という運の要素が強いのだ。

テクニックとバランスの匙加減が重要。「ARMS」はテニスをイメージしてバランスを取った

 何が起こるかわからないのは「まるで人生そのもの」だとしつつ、「ARMS」のゲームバランスについてはテニスをイメージしているのだという。「ARMS」では相手が右へ動くか左へ動くか予想してパンチを打ち分けるので多少は運も影響するが、基本的にはより腕を磨いたプレーヤーが勝つゲームになっている。現実のテニスでもパーフェクトのゲームというのはなかなかないが、大体強い方が勝つというところで「ルールが公平で、競技製が高く、一般的なスポーツに近い」ゲームだと捉えているのだそうだ。

 また、色々なファイターやアームが使われる環境を目指してゲームバランスを調整してきた。ファイターとアームの組み合わせは膨大な数に及ぶので、開発当初は人間同士の対戦データでは足りずAI同士の対戦データなども参考にしたのだという。発売後はユーザーのプレイデータを元に調整を行なっており、ここでは世界の上位3%のユーザーの勝率を記した表が提示された。

 この表をもとに「マスターアーミー」を見てみると、対戦相手として「リボンガール」や「ミェンミェン」を苦手としているが、「ニンジャラ」や「キッドコブラ」には強い、ということがわかる。このように単に全体のデータを見るだけではなく、上位プレーヤーや地域別のデータなど色々な視点でデータを分析して調整を行なっているのだそうだ。もちろん、データを観るだけではなくて、開発者も実際にオンライン対戦をして環境を確かめたり、アメリカやヨーロッパの"スゴ腕"スタッフからのフィードバックも参考にしているのだという。

上位3%のユーザーの勝率。バランス的には5%前後までを許容範囲としているとか

 任天堂がオンライントーナメントとして初めて主催した「オンライン公開スパーリング」では弱いと言われていた「メカニッカ」が優勝したり、1月に行なわれた「EVO Japan」ではベスト8のファイターが全て異なっていたということで、「ゲームバランスは整ってきている」と捉えているのだそうだ。こうした大会も含めて、開発チームだけではなく、ゲームをプレイしているユーザーと一緒に「ARMS」を成長させている実感があり、ユーザーたちには「心から感謝している」と述べた。

「ARMS」、そして任天堂が大事にしていること

 一方で、「ARMS」は頂点を競い合うような上級者たちのためだけのゲームではない。相手をリングに叩き込むバスケットなどのミニゲームやバッジの収集要素を用意したり、「パーティジャック」というイベントモードも追加した。こうしてユーザーの遊んでいるデータや声を参考に、遊びの裾野を広げることに注力してきた。

 山吹氏にとって「家族や友達とのコミュニケーション」というのは「マリオカート」の開発に長年携わってきた紺野秀樹氏からいつも言われてきた言葉で、ゲーム作りの根幹を成しているのだという。任天堂のゲームを見渡してみると、「マリオカート」や「スプラトゥーン」といった対戦タイトルはもちろん、「どうぶつの森」や「nintendogs」、「ゼルダの伝説」といったタイトルでもゲームを中心にしたコミュニケーションが生まれている。コミュニケーションが生まれるようにゲームをデザインするのは、「任天堂のDNAのようなもの」なのかもしれないと分析する。

 こうした任天堂のDNAはもちろん「ARMS」にも組み込まれており、「言葉や地域、年代に関わらず世界中の人々が『ARMS』で対戦したり、観戦したり、コミュニケーションに使ってもらえたら本望」だと語った。

 そして最後に、セッションに参加している開発者に向け、「マリオカート」の制作経験を生かして全くジャンルが異なる「ARMS」を作り上げてた経験から、「ゲームデザインは応用が利く」とメッセージを送り、「皆さんの作るゲームを楽しみにしています」と述べてセッションを締めくくった。

イベントには世代や年齢、国籍までも超えたプレーヤー達が集う
家族や友人たちとのコミュニケーションが「ARMS」、そして任天堂のゲームの根幹にある
「ゲームデザインは応用が利く」