インタビュー

【NASEF現地レポート】ICT教育の専門家 竹中章勝氏が語る日本の情報教育の課題とeスポーツ教育の可能性について

竹中氏「子供たちのソーシャルスキルの育成にゲームを使うというアイデアは有効」

11月16日収録

 あらゆる業種が急速なデジタル化を遂げる中、日本でもICT教育の在り方が見直され始めている。2020年に小学校でのプログラミング教育が必修化され、生徒1人に付き1台のタブレット端末が配布される決定がなされたのは記憶に新しい。また高等学校の情報科目も見直されており、2022年には新たに「情報I」が必修科目として追加され、2025年には大学入学共通テストにも情報科目が追加される予定だ。しかしそれでも、日本のICT教育の水準は欧米や他のアジア諸国に比べて低いのが現状である。

 奈良女子大学などで非常勤講師を務め、また文部科学省のICT教育情報活用アドバイザーとしても活動する竹中章勝氏は、長年情報教育の最先端で活動してきた専門家だ。竹中氏は今回、NASEF(北米eスポーツ教育連盟)のツアーに参加し、アメリカの学校で徐々に取り入れられつつある「eスポーツ教育」を視察した。そんな竹中氏に「eスポーツ教育」についてどう思ったか、また日本のICT教育の課題などについて話を伺った。

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文部科学省のICT教育情報活用アドバイザーの竹中章勝氏

――竹中先生はどのようにして教育者としてのキャリアをスタートさせたのですか?

竹中氏: 教師になったのは1995年で、はじめは自動車の整備専門学校で教えていました。その当時、100校プロジェクト(正式名称:ネットワーク利用環境提供事業)という、全国の小中高校にインターネット回線とサーバー、クライアント1台を配備してみようという実証実験があったんです。その影響があって、学会でNTTのプラザを見学しに行き、FTPやWebといったテクノロジーをはじめて目の当たりにしました。その時に、これからの教育には情報テクノロジーが使われるようになるなと確信したんです。

 当時はパソコンにもインターネットプロトコルがデフォルトでは入っていなくて、自分でインストールしなければネットに繋げないような時代です。そんな中、自宅のWindows 3.1を1ヶ月かけてインターネットに繋げ、独学で知識をつけていきました。それから学校のホームページを作成したり、教育的インターネットの研究グループを手伝ったりするようになりました。

 その後、情報テクノロジーの教育現場における重要性が徐々に認知され、高校で情報という科目を作ろうという動きが生まれました。それを知った時に高校の情報教師になりたいという気持ちが生まれ、大学を通い直す決断をしたんです。そして情報科目が実際に始まった2003年から遅れること1年、立命館高校の情報教師に就任しました。

――当時の情報の授業では何を教えていたのですか?

竹中氏: 当時は学習指導要領もまだなかったので、自分で授業をデザインしていました。1年生にはWordやExcelなど基本的なソフトの使い方と初歩的なプログラミングを、3年生にはUnix上でC言語を教えていました。また理系の生徒に向けて、美術の先生と共同で情報美術という授業も教えていました。これはプロジェクトベースの授業で、生徒たちがテーマに従った施設をデザインし、CADで3Dモデルを作るという授業でした。ただソフトの使い方を知るのではなく、プロダクトデザインの行程を知る必要がある、というのが当時のコンセプトでした。かなり実践的な内容の授業だったと思います。

 2008年になると清教学園というところに移り、今度はICT教育のコーディネーターとして、学校全体のデジタル化を担当するようになりました。まず黒板をすべて電子黒板に変え、メディア室には当時珍しかったWi-Fi環境とノートPC40台を揃えました。校内にネットワークサーバーを作り、2000人の生徒と先生方にそれぞれの個人アカウントを与えました。これからの時代を見据えた時、ただデバイスに触れるだけではなく、自分のアカウントを管理できるようになる必要があると思っていたからです。

 ICTコーディネーターとして意識していたのは、ただ生徒たちにデバイスを提供するだけでなく、先生方がそれらをうまく活用できるよう、先生方がデジタル教材に慣れる環境づくりをすることです。例えば、国語や社会といった教科のテストをiPod Touchを使ったコンピューターベーステストで行う実証授業を実施しました。テストを作問するのはもちろん先生方ですから、動画などを活用してコンピューターならではのテストを作成してもらうことで、先生方にデジタル教材の可能性を知ってもらう機会を作りたかったのです。

NASEFに向けてプレゼンをする竹中氏

――文部科学省のICT教育情報活用アドバイザーとしては、どのような活動をされているのでしょうか?

竹中氏: アドバイザーは現在40人ほどいて、それぞれ全国の教育委員会と共にICT教育の導入計画をたてたり、教育のデジタル化に伴うセキュリティの部分を設計したり、情報教員の研修をしたり、活動はさまざまです。私が今重点を置いてやっているのは、2022年からはじまった「情報I」の科目を教える情報教師の研修です。それから高等専門学校で教えられる専門教科「情報」の学習指導要領の作成にも携わりました。

――専門家である竹中先生からみて、日本のICT教育の課題はどんなところにありますか?

竹中氏: なぜICT教育が必要なのか、そして「情報」という科目でなにを学ぶのか、この2点に対する周知が足りていないことです。国語や数学といった教科であれば、親世代もどういう教科か理解していますが、情報に関してはあまり理解できていない方も多いです。また、情報科目自体も何度か名前とその内容が変わっているので、そのあたりの差異に対する理解も進んでいません。

 そもそもICT教育の目的は、デジタル社会で力強く生きていく人材を育成するということですが、これには2つの要素が必要だと考えています。まずひとつは、デジタル空間で情報を選び取り、問題解決に活用する能力。そしてもうひとつは、デジタルデバイスやネットワークそのものの仕組みを理解する能力です。

 2021年まで、情報は「社会と情報」と「情報の科学」の2科目に分けられていましたが、今回新設された「情報I」は、この2つを統合させたものでありながら、どちらかというと「情報の科学」、つまりコンピューターやネットワークの仕組みを教える、コンピューターサイエンスの分野に重心を置いています。

 これはどういうことかというと、先述したデジタル空間で情報を選び取り問題解決にあてる能力、いわゆる情報リテラシーや情報活用能力というのは、全ての教科で教えられるべきである、という認識に変わってきているということです。国語や数学といった教科も、今やコンピューターと切り離しては考えられません。なので、例えば国語の教科でもコンピューターを使って、国語的な情報活用能力を育むようにならなくてはいけないということです。

 そして「情報I」はもっと専門的に情報科学について、実践的なプログラミングやネットワーク構築、情報にまつわる法やモラルについて教える授業になっていく必要があります。このあたりのニュアンスを大人たちがしっかり認識することこそ、ICT教育を進める第一のステップだと思います。

――情報という科目は、ただパソコンを使うだけの授業ではなくなったということですね。

竹中氏: そうです。それからもうひとつの問題は、情報教員の数が足りていないということです。現状情報の授業は臨時免許を与えられた教師によって、例えば本来は体育や理科が専門の先生方が教えているケースも多いので、なかなか専門性が育たないのです。

 特に高校は生徒たちの大学入試のニーズに応えなければならないという役割があるので、共通テストの科目に対応することで精一杯な学校が多いです。しかし2025年から情報も共通試験の科目に追加されることが予定されているので、これにあわせて徐々に先生たちも情報科目に対応できるようになると良いなと思っています。

STEM教育とはアイデアという花を咲かせる茎(Stem)を育成することである、と語る竹中氏

――今回アメリカの「eスポーツ教育」を視察されましたが、どのような感触を持ちましたか?

竹中氏: 色々な可能性を感じました。特に有効だと思ったのが、子供たちのソーシャルスキルの育成にゲームを使うというアイデアです。日本ではまだあまり議論されていませんが、子供たちのデジタル空間上のコミュニケーションスキルを育むのもICT教育の役割なので、その点においてチーム制のゲームを遊ばせるのは有効な手段であると思います。

 またゲームを遊ぶと必然的に、その裏にあるソフトやプログラムにも触れることになります。ゲーム内でキャラクターや建物を表現するにあたって、どういう風に3Dモデルが組み立てられ、それらがどういう演算のもとで動いているのか、といったことです。情報で学んだスキルが実際にどういう風に活用されていくのか、その例を示すために、ゲームを教材として用いることは良いかもしれません。

 教育というのは必ず、日常体験と結びつけなければなりません。算数で数の概念を教える時に買い物の例を出す、といったようにです。そういった意味でいうと、ゲームは子供たちにとってすでに日常体験の一部になっているので、大人たちはそれを無視せず、ゲームを教育に取り入れていくことも考えなくてはならないでしょう。

今回のツアーで訪れた学校のeスポーツ部の様子

――eスポーツ教育を広めているNASEFの活動についてはどうお考えですか?

竹中氏: ゲームを教育に取り入れることの有用性については前述した通りですが、これを日本で学習指導要領に組み込むことはすぐには難しいでしょう。そういった意味で、学校単位、先生単位で働きかけ、「eスポーツ部の創設」という部分に活動の的を絞っているNASEFは、非常に素晴らしいと思います。

 これからもっとeスポーツ教育が広まっていくためには、NASEFが今しているように、eスポーツ教育の意味付け、価値付けが必要になっていくでしょう。そのためには大人たちや先生方が子供の日常と、彼らが何を必要としているのか、それらに寄り添っていく必要があります。そうやって大人たちが理解を深め、より実践的なICT教育が実施されるようになること、それこそが今の日本に必要なことではないでしょうか。