【特別企画】

【NASEF現地レポート】貧しい地域にこそeスポーツ教育を! NASEFの教育現場をレポート

子供たちがテクノロジーに触れ、将来の夢を膨らませるツールとしてのeスポーツ

【NASEF視察ツアー】

11月16日実施

会場:Little Mill Middle School及びOld Atlanta Recreational Center

 様々な業種がDX化するに応じて、幼い段階からのICT教育の重要性が叫ばれるようになった昨今。しかし教育の現場に目を向けてみると、その現実は理想とは程遠い。特に地方では、教員たちがPCやタブレットの使い方を知らなかったり、そもそも満足なスペックのPCが揃っていなかったりと、問題は山積みだ。

 そんなICT教育問題の解決に、「eスポーツ教育」というソリューションを提唱している団体がある。2017年に発足した、アメリカに本拠地を置くNASEF(北米教育eスポーツ連盟)だ。NASEFの提唱するeスポーツ教育とは、子供たちがゲームを通じてPCに触れる機会をつくり、そこからプログラミングやインフォマティクスといった実践的な領域への興味を開かせようという取り組みである。

 そして今回、NASEFが日本の地方政府(群馬・茨城)とメディアに向けて、NASEFのアメリカでの取り組みを見学するツアーが開催された。我々が訪れたのは、ジョージア州の州都アトランタから北へ車で一時間ほど行ったところにある、牧場や農地が目立つ田舎町、フォーサイス郡。もともとはICT教育が疎かであったというこの町で、いまNASEFによるeスポーツ教育が花を開きつつある。

【ジョージア州フォーサイス郡】

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貧しい学校にこそeスポーツ部を

 アメリカは先進国の中でも貧富の差が激しい国として知られている。アメリカ国税調査局によれば、所得格差を表すジニ係数は2021年に0.494まで上昇しており、これは一般的な警戒ラインと言われる0.4を大幅に超えている。そして我々が訪れたフォーサイス郡は、商業都市アトランタからほど近いところにありながら、アメリカ南部特有の保守的な思想が未だに根強く残る、貧困層の人びとが多く住まう地域だ。黒人市民たちからは未だに「Sundown Town」と、日が暮れてから訪れてはならない土地として知られる、文化的にもインフラ的にも未開の地だ。

 NASEFはその活動の一環として、フォーサイス郡の公立学校にeスポーツ部を創設することを行っている。貧困層の地域にこそ、子供たちが最先端のテクノロジーに触れられる場を設け、彼らが貧困を抜け出せる手立てを与えなければいけないというのが、団体の考えである。そこで我々は、NASEFが昨年eスポーツ部を立ち上げた地元の公立中学校「Little Mill Middle School」を訪れた。

Little Mill Middle School

 アメリカらしいレンガ造りの校舎が印象的なこの中学校は、合衆国初等中等教育法(ESEA)によりTitle I Schoolに定められた特定低所得校であり、全生徒の45%がFree and Reduced-Priced Meals制度を利用して給食費の減免を受けていることからも、生徒たちが置かれている経済的な状況が分かる。校舎内は入り口こそ厳重なセキュリティに守られているが、そのほかはおおむね殺風景で、目立った設備は何もない。

校舎内の様子

 しかしそんな校舎内で唯一、最新鋭のゲーミングPCが12台配備されたパソコン室がある。NASEFとアトランタのゲーミングチームGhost Gamingにより支援金を受けて創設されたeスポーツ部の部室だ。PCはCPUにIntel Core i5 12th genを、GPUにはGeForce RTX 3060 Tiを搭載する、まさに最新鋭のモデル。現在eスポーツ部に所属する30名ほどの生徒は、この恵まれた環境で「Rocket League」や「Minecraft」などのゲームを楽しんでいるという。

eスポーツ部が使うパソコン室

 「取り合いになることもありますね。そういう時は、順番で交代して遊んでもらっています」そう語るのは、eスポーツ部顧問のVictoria Warnerさんだ。Warnerさん曰く、所属する生徒の多くはゲームをするに足りるスペックのPCを自宅に持っておらず、この部屋へ来てゲームをすることを毎日楽しみにしているらしい。部の活動は朝7:45~8:30の間で、生徒たちはこれを目当てに毎朝遅刻することなく学校にやってくるという。「ゲーマーは朝が苦手なんていいますが、ここではそんなことはないです」と、Warnerさんは話す。

 生徒たちにeスポーツ部での活動について尋ねると、彼らは口を揃えて「楽しい!」と笑顔で語った。「eスポーツはもうサッカーやバスケと変わらないんだ。皆で熱狂して盛り上がれる、れっきとしたスポーツだよ」そう語るのは車いすの少年だ。他の生徒たちも、eスポーツ部に参加するようになって友達ができたことや、eスポーツ部に入ってはじめて熱中するものができたことを、口々に語ってくれた。さまざまな制限のある環境で生まれ育った彼らにとって、最新鋭のテクノロジーに触れて自由に自分を解放できる時間があることが、どれだけ重要かが分かるだろう。

eスポーツ部について発言する生徒
部員の生徒たち

 「我々の仕事は生徒たちに夢を与えることです。デバイスさえあればどんな子供たちでも平等にプレイできるeスポーツは、確実にその助けになっています」と、校長のConnie McCraryさんはeスポーツ部の有用性を強調した。McCraryさんはNASEFからeスポーツ部を作ってみないかという提案を受けて、これをすぐに快諾したという。「両親たちから理解を得るのが大変なこともありますが、子供たちのために交渉をするのも私たちの役目です」とのことだ。

McCrary校長

公営の地区センターにもeスポーツ施設が

 我々が次に訪れたのはフォーサイス郡の公営地区センター「Old Atlanta Recreational Center」だ。体育館やジムなど、地域の住民に向けた健康設備が揃うこの場所に、昨年、NASEFの働きかけが実を結びeスポーツエリアが新設された。場内には6台のゲーミングPCが配置されており、スペックはCPUにintel core i5 10th gen、GPUにGeForce GTX 1650と、eスポーツタイトルをプレイするに堪える性能だ。利用者はこれらのPCを使って自由にゲームを楽しみ、またコーチが在館している時間は、コーチングを頼むことも可能だという。

Old Atlanta Recreational Center

 この施設の開発費と運営費はすべて郡の予算で賄われており、郡の住民は年100ドルほどのメンバーシップを支払うことでセンター内すべてを利用できるようになっている。郡の予算からeスポーツエリアの開発費が捻出された背景には、eスポーツがもつコミュニティ形成の効果が評価されたことがあり、その評価に応えるかのように、18:30~20:30の開放時間には多くの子供たちがここを訪れ、eスポーツを架け橋に互いに交流しているという。

eスポーツエリアに用意されたセットアップ

 また当施設は個人での利用のみならず団体での利用も受け付けており、満足な設備を持たない地元の学校のeスポーツ部が練習しにくることもあるという。当施設の運営スタッフを任されているPK Graff氏は、eスポーツの高校生大会が大々的に開催されるようになった昨今、どんな境遇の生徒にも練習の機会が与えられるように、こうした公共のeスポーツ設備は重要であると語る。

 「施設を開発するのには様々な苦労がありましたが、子供たちの笑顔を見るとやってよかったと思えます」と、Graff氏は語る。「私の夢は、いつかここでeスポーツに出会った子供が、プロシーンで活躍するようになり、また次の世代の子供たちに夢を与えてくれることです」

eスポーツ教育の展望を語るGraff氏

 日本でeスポーツ教育というと、私立の専門学校や特殊な通信制学校の取り組みが注目されがちだが、今回訪れた2か所はどちらも公営の教育施設で、比較的貧しい境遇の子供たちに向けた施設だ。NASEFがこれらで行っている取り組みを見ていると、スポーツの本質とは、どんな境遇の子も平等に楽しめる遊びであり、言語を越えたコミュニケーションツールであることを思い出させられる。eスポーツというと先進的なイメージがつきまとうが、日頃テクノロジーに触れられない環境の子供たちこそ、eスポーツの場を必要としているのだ。