【特別企画】

【NASEF現地レポート】“eスポーツ首都”に成長したアトランタ、日本が学ぶべきは何か?

eスポーツで地元経済を活性化させる興行と教育の取り組み

【日米eスポーツ振興会議】

11月14日開催

会場:191 Peachtree Towers

 11月14日、NASEF(北米教育eスポーツ連盟)が主催する日米のeスポーツ振興会議がジョージア州アトランタ市内にて開催された。アメリカ南東部最大の街であり、コカコーラ社が本部を置くなど商業都市としても知られるアトランタだが、昨今では大小のeスポーツイベントが盛んに行われ、またNASEF主導のもとeスポーツ教育にも力をいれており、アメリカの“eスポーツ首都”として目覚ましい発展を見せている。

 今回の振興会議では、そんなアトランタのeスポーツ事業から学ぶため、Metro Atlanta Chamber(アトランタ商工会議所)を会場に、日本の中でも特にeスポーツ事業に力を入れる茨城県と群馬県の代表者3名ずつが招かれ、日米の交流が行われた。会にはアトランタ商工会議所所長Katie Kirkpatrick氏や、JETRO(日本貿易振興機構)アトランタ事務所から宮武寛治氏も登壇し、日米の友好関係におけるeスポーツ事業の重要性を語った。

 ときに「eスポーツ後進国」などと揶揄されることもある日本だが、我々はアトランタのような都市から何を学ぶべきなのか。本稿では、3時間以上にわたった当会議の模様をレポートする。

【アトランタ商工会】
Katie Kirkpatrick氏
宮武寛治氏

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州をあげてエンタメ事業に注力するジョージア州

 アトランタがeスポーツ都市として発展を見せている背景には、2019年に創設されたAtlanta Esports Alliance(アトランタeスポーツ連盟)の存在がある。アメリカの主要な都市にはSports Alliance(スポーツ連盟)と呼ばれる、民間企業と行政が共同で運営する特別法人があり、これが地域のスポーツ事業の振興を担っているが、アトランタは市としてeスポーツ事業に参入するにあたりこのかたちを模倣し、特別法人(Section 501(c)6 に分類)を設立することで、官民一体となってeスポーツを振興する態勢をとっているのだ。当連盟のボードメンバーには、ジョージア州経済開発局やアトランタ商工会といった公的機関と、後述するSkillshot社やGhost Gaming社といった民間企業がある。

アトランタeスポーツ連盟ボードメンバー

 こうした取り組みの甲斐あって、アトランタではこれまでに人気MOBAタイトル「League of Legends」の世界大会「World Championship」や世界最大のLANパーティイベント「Dreamhack」などといった大型イベントの招致に成功している。つい先日行われたLoLのSemi Finalは、収容人数63,400人を誇る地元バスケットボールチームのホームスタジアム「State Farm Arena」で開催されたのだが、2日間の観戦チケットは販売開始わずか5分で完売するほどの売れ行きだったそうだ。こうしたイベントは国内外から観光客を呼び寄せるほか、地元の雇用の創出にも繋がっているため、その経済効果は多大だという。

 アトランタがこのようにeスポーツに力を入れるようになった背後には、地元経済の低迷があったという。南部の経済ハブとして長い歴史を持つアトランタだが、2000年代以降は海岸都市への人材の流出や貧困層の拡大など、様々な社会問題に悩まされていた。こうした状況を打開するためにアトランタが目を向けたのがエンタメ業界だった。

 例えば2008年には、映画製作会社に向けた税制控除による優遇措置政策が施行された。これは映画製作における支出をジョージア州内で支払うと、その支出の30%の額だけ税が控除されるという取り組みで、この政策の甲斐あって、例えばかの有名な「アベンジャーズ/エンドゲーム」などはジョージア州で制作されている。今ではジョージア州は「南部のハリウッド」といわれるほど映画産業が盛んな地域になった。そして新たに始まったeスポーツ事業への注力も、こうした実績が後押しとなっている。

 今回の会議には、アトランタeスポーツ連盟創設の立役者となったTodd Harris氏も登壇した。同氏は「SMITE」や「PALADINS」といったゲームの販売を担うパブリッシャー「Hi-Rez Studio」の創業者としてゲーム業界でのキャリアをスタートさせたのち、eスポーツ事業のもつ可能性に気づき、「Skillshot」というeスポーツイベントの運営会社と、「Ghost Gaming」というeスポーツチームを立ち上げた。そんな同氏がアトランタ商工会に働きかけるかたちで、アトランタeスポーツ連盟の設立に至ったという。以降Skillshotはアトランタで開催される多くのeスポーツイベントの運営を担っており、またGhost Gamingもこれらの大会で活躍することで、両者はWin-Winの関係を築いているとのことだ。

Todd Harris氏

 同氏がアトランタに目を付けた理由には、前述のエンタメ政策の他に、それまで満足に活用されていなかったインフラ設備の存在もあるという。アトランタは巨大な空港やスポーツスタジアム、大学など、イベントの開催に適したインフラ設備が整っていたが、地元経済の活性化にうまく繋げることができていなかった。しかしHarris氏は、eスポーツがこうした設備を有効活用する糸口になったと語る。

 アトランタはこうしたeスポーツ事業の振興をこれからも続けていくとのことで、11月18日に開催された「eSports Summit」にはジョージア州経済開発局からAsante Bradford氏が登壇し、eスポーツ事業の地元産業への影響を称えた。また、アトランタ市は11月19日を「Online Gaming and eSports day」(オンラインゲーミングとeスポーツの日)に制定することを公式に発表した。

Asante Bradford氏

公立大学にeスポーツの授業を

 ジョージア州は興行面でeスポーツに力を入れているだけでなく、教育面でもeスポーツの活用を進めている。NASEF主導のもと地元の中学や高校にeスポーツ部の創設を進めているほか、地元の公立大学にむけてeスポーツ関連のカリキュラムの作成と提供も行っている。

 ジョージア州はこれまでにも映画業界に適した実用的な人材を育成するため、2015年にGeorgia Film Academy(GFA)を設立し、地元の制作会社と協力して映画制作のノウハウを教えるカリキュラムを造ってきた。一見すると単なる専門学校のようにも聞こえるが、GFAは州内の公立大学の連合であるUniversity System of Georgiaによって運営されているのがポイントだ。GFAで造られたカリキュラムは、連合に加盟している公立大学に提供され、学生たちは普段の講義を受けながら、自由にそのカリキュラムを履修することができるようになっている。

GFA対象大学のひとつ、Georgia State University

 これをeスポーツ業界にも適用し、Georgia Film AcademyはSkillshot社と協力し、eスポーツ興行のノウハウを教えるカリキュラムを制作した。このカリキュラムはオンラインで行われ、取得した単位は卒業単位に加算されるだけでなく、修了後にはSkillshot社公認の修了書が贈られる仕組みになっている。当カリキュラムでは、eスポーツイベントの運営に必要な経営学をはじめ、配信機材にまつわるテクニカルな講座、eスポーツキャスターになるための講習も含まれる。また11月19日から開催される「Dreamhack Atlanta」では、当コースを修了した学生が配信の裏方とキャスターを務めることになっている。

Dreamhack Atkantaにて、大学対抗VALORANT選手権の様子

 Harris氏は、eスポーツ市場の拡大に伴い、eスポーツに強い人材育成は急務だと強調し、また同時に、このカリキュラムで学んだことはeスポーツ業界にかぎらず、幅広いテック業界に通用するはずだという。eスポーツにまつわるカリキュラムを、専門学校を設立するのではなく、複数の公立大学にオープンに提供しているという点で、この施策は他に類を見ないものだといっていいだろう。

従来の取り組みを続けていてはダメ

 当会議では、群馬県eスポーツ・新コンテンツ創出課課長の齊藤義之氏と、茨城県産業政策課eスポーツ推進担当リーダーの三島達典氏がそれぞれ登壇し、両県で行われているeスポーツ事業についてプレゼンした。両県はかつてのジョージア州と同じように、都心部への人材流出や経済の停滞といった問題に悩まされており、eスポーツに活路を見出そうとしている。

齊藤義之氏
三島達典氏

 例えば茨城県は2019年に「全国都道府県対抗eスポーツ選手権2019IBARAKI」をつくば国際会議場で開催、群馬県は2021年に「RedBull5G」をGメッセ群馬で開催するなどして、地元産業の活性化にeスポーツを活用している。また両県はNASEF JAPANとも連携し、地元高校でのeスポーツ部創設を推進することも行っている。

 両県がプレゼンを終えた後、さらなるeスポーツ事業の振興のためにはどうすればよいかという議論になるとHarris氏は「いちばん大切なのは、従来の取り組みを続けていては状況を打開することは困難であると認識することだ。eスポーツに予算を捻出することはリスクがあると捉える人もいるかもしれないが、何もしないことのリスクもまた大きいということを知るべきだ」と語った。

Todd Harris氏

 こうして、3時間以上にわたった会議は幕を下ろした。アトランタは様々なインフラの整った都会であるが、一歩街に出れば錆びれた地区や貧困層の居住区などが点在しており、決して経済的に潤っているとはいえない。そんなアトランタがeスポーツに可能性を見出し、eスポーツ興行・教育によって地元の産業をここまで活性化させているのは目を見張る功績であり、日本の地方都市が見習うべきモデルとしてぴったりだといえるだろう。今後日本でもこのような政策がすすめられ、「eスポーツ後進国」を脱する日が一刻も早く訪れることを願うばかりだ。