インタビュー

【NASEF現地レポート】米国eスポーツ教育の最先端! 「Academy of Creative Education」見学レポート

プロチーム顔負けの設備、eスポーツによる情操教育など、eスポーツ教育の未来がここに

【Academies of Creative Education】

11月16日収録

会場:ジョージア州Forsyth County

 いま全世界でビデオゲームの教育的価値が認知され始めている。例えばPCゲームを通じて子供たちがテクノロジーに触れる機会を作ったり、eスポーツを用いて子供たちのコミュニケーション能力を育んだりなど、ゲームの教育利用には可能性がたくさんある。子供たちが興味を注ぐゲームを、取り上げてしまうのではなく、教育に活用しようという考え、これを「eスポーツ教育」として体系化しようという動きが活発化しつつある。

 2017年にアメリカで発足された団体NASEF(北米教育eスポーツ連盟)は、世界のeスポーツ教育をリードしている組織だ。中学校や高校がeスポーツ部を創設するためのガイドを作成したり、教員にむけたeスポーツセミナーを行ったり、eスポーツの高校生大会を主催したりと、その活動は多岐にわたる。そして今回、NASEFが日本の地方政府(群馬・茨城)とメディアに向けて、NASEFのアメリカでの取り組みを見学するツアーが開催された。

 一行が訪れたのは、ジョージア州の州都アトランタから北へ車で一時間ほど行ったところにある、牧場や農地が目立つ田舎町、フォーサイス郡。一見するとeスポーツやテクノロジーといったものとはかけ離れたようなこのフォーサイス郡に、いったいどんな先進的な学校があるというのだろうか。本稿ではその全貌をレポートし、また生徒のインタビューもお届けする。

Academies of Creative Education

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郡の教育機関が運営するeスポーツ教育カリキュラム

 我々が訪れた「Academies of Creative Education」(以下ACE)は、2005年に創設された、Forsyth County Schoolsが運営する教育機関だ。ACEの活動は主に3つで、特別な支援が必要な6から12年生までの教育、9から12年生にむけた通信制の高等学校の運営、そして郡内の学校に向けたオンラインカリキュラムの開発と流布がある。ACEこの3つ全ての活動において、NASEFのサポートのもと、eスポーツを積極的に教育に取り入れている。

 ACEの最も特筆すべき点は、この機関がForsyth County Schoolsという、郡内のK-12教育行政をつかさどる、いわば教育委員会のようなものによって運営されているという点だ。つまり、ACEが行うeスポーツ教育のカリキュラムは全て教育委員会に認可されたものであり、それらは郡内の公立学校にオープン提供される。日本ではまだ考え難いことだが、郡の教育機関がeスポーツ教育を公的に推進しているということは、それだけeスポーツの教育的価値が認められつつあるということだ。

 ACEの教育理念の根幹にあるのは、Connect(繋がる)、Create(創造する)、Commit(打ち込む)、Climb(向上する)、Cookie(ご褒美のクッキー!)の5つで、彼らはこれを合わせて5Cと呼んでいる。ここで重要なのは、様々な境遇の子が訪れる公立機関だからこそ、固定された価値を押し付けるのではなく、生徒たちの自主性を育みたいという姿勢だ。そしてACEでは、この5C教育を達成するためにeスポーツを活用しているというわけだ。

 我々を迎え入れてくれたPK Graff氏は、ここACEのeスポーツ教師である。ケネソー州立大学にて情報教育の研究をしていた氏は、NASEFと協力して科目「eスポーツ」のカリキュラム開発を行い、またACEにて自ら教員としてこれを生徒たちに教えている。この「eスポーツ」という科目は、ACE運営の通信制高校で教えられているだけでなく、オンライン授業として郡内の公立高校に提供されており、興味のある生徒は他の科目の代わりにこれを履修できるようになっている。

Graff氏

 では実際に「eスポーツ」という科目で一体なにが教えられているのか。この科目は講義と実技の二つのパートに分かれており、講義ではゲームの仕組みについて、コンピューターサイエンス(プログラミングやネットワークについて)にまつわるレクチャーや、「eスポーツイベントの運営」という切り口から、ビジネスについてのレクチャーがなされる。そして実技のパートは生徒たち主体のゲームの時間だ。「Rocket League」や「Knock Out City」など、暴力表現のないチーム制の対戦ゲームを採用することで、子供たちが安全な空間で互いに協力することを促している。

Knock Out Cityをプレイする生徒

 Graff氏によれば、この授業の目的はキャリア教育と情操教育を同時に行うことであるという。まず講義のセクションでは、ゲームという媒体から子供たちのテクノロジーやビジネスへの関心を引き出し、社会で通用する実践的な知識を身につけさせる。そして実技のセクションでは、子供たちが講義の内容を踏まえた上でゲームに臨み、如何にして互いに協力し合うことで勝利できるかを考えさせる。ゲームを通じてコミュニケーション能力や発想力を育もうというわけだ。

 加えてGraff氏は、eスポーツの多様性とコロナ禍の影響についても強調した。まず多様性について、eスポーツはフィジカルなスポーツと違い、年齢や体格などでパフォーマンスに差がつきにくく、また内気であったりシャイであったりする生徒でも自己表現がしやすいフィールドなため、伝統的な学校カリキュラムに馴染めない生徒の教育に抜群の効果を発揮するという。またコロナ禍でオンライン授業に対する需要が爆増したが、ゲームを用いた教育はオンライン空間で生徒どうしを繋げる有効なプラットフォームであり、オンライン教育による生徒の孤立化を防いでくれるという。

 またACEは科目「eスポーツ」だけでなく、他の科目や特別支援学級の授業においてもゲームを活用している。例えば歴史の授業でマインクラフトを活用してローマの建築を再現したり、技術の授業でレースゲームを活用して車の仕組みを説明したりなど、活用の幅は広い。Graff氏曰く、教科書と講義による古典的な教育方法では集中を維持できない生徒も、ゲームが教材であれば授業に取り組めるようになるケースが多いという。

eスポーツ教育は生徒たちの居場所となっている

 ACEではeスポーツ部の運営も行っている。こちらのeスポーツ部はACEのオンラインカリキュラムを採用する郡内の公立高校全ての生徒が加入できるようになっており、部員は最新鋭の設備が揃うACE内のeスポーツラボを利用することができる。現在メインで取り組んでいるのは「Knock Out City」だそうで、週に2~3回集まって練習しているとのこと。何人かの部員が筆者のインタビューに応えてくれたので、生徒たちがeスポーツ教育についてどう考えているのか、彼らの生の声を聞いてみたい。

eスポーツラボの様子

――こんにちは、お名前を伺ってもよろしいですか?

DJさん: DJといいます。East Forsyth Highschoolに通う12年生(高3に相当)です。

――ACEのオンラインカリキュラムを受講しているのですか?

DJ: はい。1日に2時間は対面の授業を受けていますがそれ以外は自由で、ACEのオンライン授業を受けたり、大学の授業を先取り受講したり、自分でフレキシブルに時間を使って良いことになっています。オンライン授業だけを受講している生徒もいますね。

DJさん

――ACEのオンライン授業は面白いですか?

DJ: とても面白いです。対面の授業よりも自主性が求められるので、時間管理などをしっかりしないといけないのですが、その分興味のある分野に深く入り込めます。

――「eスポーツ」科目も履修していますか?

DJ: もちろんです。僕が最も面白いと思うのは「eスポーツイベントを主催するには」というテーマの講義でした。eスポーツを題材に起業家精神を学ぶカリキュラムなのですが、自分たちでeスポーツイベントを企画する課題があって、アイデアを出すのが非常に楽しかった覚えがあります。

――いつからeスポーツ部で活動しているのですか?

DJ: 11年生のころからですね。コロナ禍に入ってから友達とのつながりを維持するのが難しくなって、それがきっかけで入部しました。部員たちは皆ゲームが好きなので非常に仲が良く、練習外でもよく一緒にゲームをしています。最近では一緒に出かけたりもしますね。

――将来の進路としてゲーム業界は考えていますか?

DJ: とても意識しています。今も「Skullz」という、eスポーツチームのジャージを制作販売している会社でインターンをしていて、ゲーム業界に携われること、ものづくりに関われることに非常にやりがいを感じています。将来を視野にいれて「eスポーツ」の科目の他にもプログラミング(Python)の授業も受講しています。

――学校でeスポーツに関われることの良さはなんですか?

DJ: 一番はコミュニケーションスキルを身につけられることです。僕らの世代では、単に学校に行っているだけでは中々友達ができづらいのですが、eスポーツのおかげで自分のコミュニティを見つけることができました。自分が自分で居られるコミュニティを持つというのは非常に大切で、友達と話す中で自分の内面と向き合ったり、協力してゲームをすることで人として成長することができます。インターンに行っている会社でも、eスポーツで育まれたコミュニケーション能力が役立っていると感じます。

メンバーと談笑するDJさん

――後輩たちにもeスポーツ教育を勧めますか?

DJ: 勧めます。eスポーツ業界はどんどん成長している勢いのある業界なので、生徒たちがeスポーツに関連した実践的なスキルを身につけられるの場があるのは非常に重要です。またeスポーツ業界への就職に興味のない生徒にとっても、eスポーツが大事な居場所になることもあります。学校に馴染めなくても、自分の好きなゲームができる時間があるだけで活力が湧いて、他の科目にも真剣になることができる、なんてこともありますから。ACEには是非eスポーツ教育をもっと広めてほしいです。

部の練習風景

――こんにちは、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?

Selene: 12年生のSeleneです。ACEのオンライン授業を受講しながら、eスポーツ部にも加入しています。

――小さい頃からゲームがお好きなんですか?

Selene: 両親の影響で、小さい頃から「Diablo」や「World of Warcraft」をやっていました。コロナ禍になってから多くの友達と疎遠になってしまって、それがきっかけで「Overwatch」などのeスポーツゲームにはまり、ACEのeスポーツ部にも入部することを決めました。

Seneleさん

――「eスポーツ」科目も履修していますか?

Selene: もちろんです。自分の好きなゲームの裏側が知れるような授業なので、いつも楽しんで受講しています。プログラミングの授業も併せて受講しているのですが、eスポーツの授業があるおかげでプログラミングへの興味も増しました。

――将来の進路には何を考えているのですか?

Selene: 心理学者になりたいと思っています。心理学者になって、精神に問題を抱える子供たちを助ける、セラピー効果のあるゲームを開発したいというのが、私の今の夢です。

――なぜそのような夢を持つようになったのですか?

Selene: 現代の高校生は精神にさまざまな問題を抱えていて、私自身うつ病と診断されたこともあります。しかしそんな時、ゲームが私に居場所を与えてくれ、自分の精神と向き合うきっかけを与えてくれました。ネガティブな思考が止まないときはゲームをして、コミュニティの仲間と触れ合うことで励まされていました。ゲームがこれからも私のように辛い経験をしている子たちの救いとなるように、心理学者になってゲームを作りたいと思ったのです。

――科目「eスポーツ」にも情操教育の側面があると聞きました。

Selene: そうなんです。先生方は私たちがゲームをやるとき決まって「Stay Positive」と声を掛けてくれるんです。ゲームという場は、人によっては乱暴な発言をしたり、他人にむかついたりしてしまって、精神を乱す要因にもなり得ますが、授業では安心できる仲間とポジティブなマインドでゲームをすることができるので、精神的に良い効果があるんです。なのでやはり、先生方の指導のもとでゲームをできる環境があるというのは、非常に大切なことだと思います。

――eスポーツから学んだ最も重要なことはなんですか?

Selene: 協力することだと思います。一緒に戦う中で、案を出し合って戦略を練ったり、敵の位置を教え合ったりすること、それから味方を励まし合うことの重要性を学びました。こうした学びはゲームの外でも生きる重要なスキルだと思っています。

――後輩たちにもeスポーツ教育を勧めますか?

Selene: はい。こころに問題を抱えている子や、自分の居場所が見つからない子、そういう子たちには是非勇気をもってeスポーツにとび込んで見てほしいです。

eスポーツ部について語るSeleneさん

 生徒たちの声を聞く限り、ACEのeスポーツ教育はその目的通り、キャリア教育と情操教育の2点において非常に有効に働いているようだ。ただゲームをしているだけでは何も勉強にはならないかもしれないが、ゲームを糸口にして将来のキャリアへの興味を持たせたり、ゲームを通して他の生徒とのつながり作りをサポートすることで、ゲームは確かに教育的効果を発揮している。

 生徒たちの話を聞いていてとくに興味深かったのが、彼らが口を揃えてコロナ禍の影響と、その中でゲームがどれだけ大切な居場所を与えてくれたのかを語っていたことだ。日本でもeスポーツがより積極的に教育現場に採用されれば、それによって救われる生徒がきっといるだろう。そんな生徒のためにも、大人たちがゲームをただ「悪影響」とみなすのを止め、子供たちに寄り添ってくれるようになることを願うばかりだ。