【特別企画】

山形に“eスポーツ教育”の風! 入試評価にeスポーツを取り入れる山形県立酒田光陵高校に密着

発足5カ月のeスポーツ班が「第2回 全国高校eスポーツ選手権」に挑む

【第2回 全国高校eスポーツ選手権】

「リーグ・オブ・レジェンド」部門

オンライン予選:11月16日~17日、11月23日~24日

オフライン決勝:12月28日~29日

 “eスポーツ”と聞いて真っ先にイメージするのは何だろうか。多くの観客が注目する中で試合が行なわれる大会の様子だろうか。それとも、優勝トロフィーを掲げ、莫大な賞金額を手にした選手の栄光の姿だろうか。他にもいろいろなイメージがあると思うが、いずれにしても、多くの方が想像するのはプロシーンの状況ではないかと思う。

 しかし今のeスポーツで起こっているのは、そうしたプロシーンだけではない。言ってみれば当たり前のことだが、プロに限らず、いろいろな場所でいろいろな人たちがeスポーツを真剣に発展させようと努力している。そんな話は、eスポーツに興味があれば自然と聞こえてくるのではないだろうか。

 その中で、今回から4回に渡ってお届けするのは、「学校の部活としてのeスポーツ」だ。プロシーンやアマチュアシーンとはまた違う領域であるが、しかし今までにはなかった新たな潮流だ。今、学校側がeスポーツを「真剣に取り組むもの」として評価し、学校活動の一環として公式に活動しているところが増えている。

 GAME Watchでは2018年12月に岡山共生高校を取材し、eスポーツに取り組む“モデル校”としてご紹介したが、あれから約10カ月が経過し、もはやその光景は特別なものではなくなりつつある。

【岡山共生高校】
2018年12月取材時の岡山共生高校。写真の赤バフこと佐倉涼太さんは、このあと「LoL」プロチーム、Burning Core所属のプロゲーマーとなる

 各校の大きなモチベーションとなっているのは、「全国高校eスポーツ選手権」や「STAGE:0(ステージゼロ)」といった高校生のための大会である。これらの大きな大会が目標として存在するからこそ、生徒は練習を重ねて部活動を継続できる。

 そして今目の前に迫っているのは、11月にオンライン予選、12月にオフライン決勝が控える「第2回 全国高校eスポーツ選手権」の「リーグ・オブ・レジェンド」(LoL)部門だ。大会の本番が差し迫る中、本大会を目指す山形県立酒田光陵高等学校のメンバー、また顧問の先生にeスポーツチーム設立の経緯から現在の課題などの話を聞くことができたのでご紹介したい。

山形県立酒田光陵高等学校 ITサイエンス部 eスポーツ班

発足:2019年5月
人数:8名
競技種目:リーグ・オブ・レジェンド、Fortnite、ロケットリーグ
班長:村上勇太さん(3年生)
主な実績:
STAGE:0「FORTNITE」予選出場
第2回全国高校eスポーツ選手権「ロケットリーグ」予選出場
全国区都道府県対抗eスポーツ選手権「ウィニングイレブン」少年の部 山形県代表決定戦出場

eスポーツが「生徒の自己肯定感を上げる」ことを信じて

 酒田光陵高校は、山形県の酒田市にある公立高校だ。酒田市は江戸時代には「西の堺、東の酒田」と呼ばれるほど海運で栄えた街であり、今でも日本海沿岸にある酒田港は山形県唯一の重要港湾として知られている。船で様々な物資とともに文化も運ばれてきたようで、街の中には「酒田舞娘」と呼ばれる舞娘さんの踊りと食事を楽しめるスポットもある。

 そんな港町にあって、JR酒田駅から丘の上に向かって約20分ほど歩くと酒田光陵高校が見えてくる。酒田光陵高校が創設されたのは2012年ととても新しい。それまで酒田市内にあった公立高校の4校を統合し、そのときに新たな校舎も設置。当時の東北・北海道エリアでは最大級の規模だったそうだ。

JR酒田駅前にあるモニュメントは船がモチーフ

 学科は普通科、工業科、商業科、情報科の4つがあり、eスポーツの活動は情報科の生徒が多く所属するITサイエンス部の中で行なわれている。ITサイエンス部はスマートフォンのアプリを開発する「アプリケーション班」や3DCGを作成する「コンテンツ班」など活動内容によって班分けされており、今回取材した生徒たちは「eスポーツ班」の所属となる。

 「eスポーツ班」がスタートしたのは、今年の5月。本当にできたてほやほやのところを取材できたわけだが、この「eスポーツ班」を立ち上げたのは顧問の湯澤一先生だ。公立高校でゲームをやるとなると色々な障害がありそうなものだが、これが意外にも「スムーズに立ち上がった」という。その背景には、もともと情報科があることに加え、何より「校長や教頭が教育でICTを使うことに積極的」という完全なバックアップ体制が整っていたことが大きかったそうだ。

ITサイエンス部eスポーツ班の顧問を務める湯澤一先生(左)と難波秀幸先生(右)

 しかしその裏にあるのは、「生徒の自己肯定感を上げる場を作りたい」という湯澤先生の熱意である。情報科の教諭である湯澤先生は日頃から生徒の様子を見てきているが、情報科の生徒はどうしても引っ込み思案で、自己肯定感も低い傾向にある。

 しかし、もしゲームがスポーツになるとしたら、そういった生徒が大会に出て活躍することで自信を付け、自己肯定感を上げて、自分自身の新たな可能性を見つけるきっかけになるかもしれない。あるいは、自宅に引きこもっている子がeスポーツ班の活動を知ることで「酒田光陵高校ならeスポーツができるから通ってみたい」と思ってくれるかもしれない。今までの部活動とはまた異なる可能性がeスポーツにあると感じ、始動に向けて動き出したという。

 湯澤先生の経験では、eスポーツ部立ち上げの障害になるのは大きく「管理職の理解」、「予算」、「回線」の3つがあるという。酒田光陵高校の場合、「管理職の理解」は最初から問題がなかったし、「回線」は情報科の実習用にもともと光回線を引いていて、この環境をeスポーツ班に使用できる。唯一の悩みのタネがゲーミングPCを揃えるための「予算」だったそうだが、ちょうどそのときに「第2回 全国高校eスポーツ選手権」運営のサードウェーブが提供する「eスポーツ部 発足支援プログラム」を知った。

 「eスポーツ部 発足支援プログラム」は、サードウェーブ製のゲーミングPC5台を最大3年間、さらに最初の2年間を無償でレンタルするプログラムである。eスポーツ班を準備していた湯澤先生にとってこのプログラムはまさに渡りに船で、すぐにサードウェーブに連絡を取ったそうだ。

「eスポーツ部 発足支援プログラム」を活用して導入されたゲーミングPCセット

 実績がなければ予算をつけにくいのはどの分野も同じだが、本プログラムを利用すればひとまずスタートは切れる。その間に実績を重ね、予算を確保すれば活動は成立するので、始動までのハードルがグッと下がる。湯澤先生は親御さんの理解もしっかり得て、満を持して活動がスタートできたと話してくれた。

 酒田光陵高校がeスポーツに対する“本気”を感じさせるエピソードとして興味深かったのは、本校推薦入学のための出願要件にeスポーツが盛り込まれていることだ。情報科の推薦入試では、それまでの実績が評価基準のひとつとなるが、評価の対象となる「情報技術に関する検定の獲得」や「プログラムの公開」といったものと合わせて、「eスポーツ大会に出場し決勝大会に進出した者」という項目も明記されている。eスポーツで入学した生徒がeスポーツ班に所属し、eスポーツでさらなる活躍の場を広げるという流れが、酒田光陵高校では現実になろうとしている。まさにeスポーツ教育の最前線ではないだろうか。

全員未経験から狙う「第2回 全国高校eスポーツ選手権」での1勝

 続いて、ITサイエンス部eスポーツ班の活動の様子を見せていただいた。

 現在eスポーツ班に所属しているのは「LoL」の5名チームを含む8名が所属している。専用の活動場所はなく、情報科の実習室の一角を利用している。普段は実習室の後ろの戸棚にゲーミングモニターやPCが仕舞われていて、活動開始とともに生徒たちがそれらを運び、机にセッティングして各々活動を開始していく、といった感じだ。

 現在「第2回 全国高校eスポーツ選手権」に向けて練習を重ねている「LoL」チームは、もともと「LoL」経験者が1人もいなかったという。唯一心得があったのはリーダーを務める3年生の村上勇太(むらかみゆうた)さんで、もともとMOBA「Vainglory」のプレーヤーだった。

eスポーツ班、「LoL」チーム
3年生の村上勇太さん

 村上さんも「LoL」をプレイしたことはなかったが、同じMOBAとして応用できる点は多くあるということで、完全未経験の2年生4名を率いていったそうだ。名称も用語も感覚もわからないというメンバーにひとつひとつ教えていくのは苦労したそうだが、その中で特に気をつけたのは「メンバー同士の声掛け」。

 取材した時点では、プレイ中はメンバー内で積極的に声を掛け合って、活発なコミュニケーションが生まれていると感じたのだが、5月のチーム発足直後はそうした声がほとんど出ていなかったという。

 各メンバーのプレイを見ていても操作にたどたどしたを感じることはまったくなかったのだが、立ち上がったばかりのチームだけに課題は山積みで、「基礎知識、技術の向上」、「自身の研究不足」、また「使用キャラクターの幅」、「より綿密なコミュニケーション」などまだまだやるべきことは多くあるという。

和やかながら、真剣にゲームに取り組んでいるeスポーツ班の面々

 「第2回 全国高校eスポーツ選手権」の目標は「まず1勝」。「LoL」チームはまだ大会出場経験がないため、オンライン予選という“本番”でどれだけ実力が出せるかも未知の領域となる。酒田光陵高校eスポーツ班の大きな一歩として、ぜひ力を発揮してほしいところだ。

 eスポーツ班全体的な課題としては、「第2回 全国高校eスポーツ選手権」のような大会が目の前にない場合に、何を目標に活動をしていくかは考えどころだと湯澤先生は話してくれた。

 ただ成果としては、10月26日開催予定のものづくりフェア「さかた産業フェア2019」ではNintendo Switch「大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL」大会が目玉イベントの1つとなっており、酒田光陵高校eスポーツ班もプレーヤーとして参加する予定がある。こうした活動も、eスポーツ班の大切な活動になっていくようだ。

 湯澤先生としては、やはり公式大会での「1勝」が当面の目標だという。ゆくゆくはオフライン大会の現場へ生徒を引率したり、山形県内の他のeスポーツ部との交流戦など、「eスポーツで生徒の自己肯定感を上げる」ための活動を広げていきたいとした。まずは全国高校eスポーツ選手権の「LoL」部門でどのような結果を残すか。酒田光陵高校の今後にも注目だ。

「さかた産業フェア2019」に向けて「スマブラSP」を練習する。手が足りないときは湯澤先生が練習相手になることも
「フォートナイト」をプレイしていたのは2年生の塚形歩夢(つかがたあゆむ)。なんと、アジア3位に輝いたことのある逸材。「全国高校eスポーツ選手権」とは直接関係しないが、こちらも注目すべき高校生だ